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異世界転移すればそこは玉座への階段だったりするし  作者: 魚座スプーン
第20章 大結界
242/256

241 喪国の姫とドワーフの樽腹ダブルアタックとか




 俺たち〈パパ〉の本拠地バシスから、ドワーフの町ドーヴンへ。

 アルブス王国を縦断することになる。

 馬車を使っても二ヶ月以上、王国南部は道路事情の悪い土地もあるから、もっと掛かるかも。寒い冬の長旅にはしたくない。


 そこで俺一人が先行して、ドワーフ自治領に接するモラトリオ侯爵領を目指す。一度訪れた場所になら転移門を開ける魔道具〈界門エギュレサス〉を使って、大幅にショートカットするためだ。

 夜陰に紛れて王都グラダス近傍に転移してから、南方への夜間飛行を三晩続けた。

 武闘会で対戦した魔法使いリンキッペの浮遊魔法を再現して飛んだ。例の恥ずかしい魔道具は抜きで、魔法効果のみを模倣した。加減が難しくて何度か墜落しかけたけど。

 モラトリオ領のランドマークでもある湖水地帯が月明かりの下に見えてきたので、こっそりと領境の林に降りた。


 翌朝。サイトウと〈パパ〉の仲間を連れて林に転移。

 道に下りてゴーレム馬と馬車を出し、旅の冒険者としてモラトリオ領に入る。

 直接ドワーフ自治区に行かないのは、ドーヴンに入るには侯爵領の通行証が必要だからだ。入領管理まで他領任せなのかな。


 最初の町で通行証を入手し、ドーヴンに向けて馬車を進める。

 夕暮れ前には〈エルフの雫〉に戻った。

 サイトウも自宅には戻らず俺たちと一緒だ。

 小間使いのニーラちゃんに休みを取らせたいそうだけど、お湯使い放題の風呂が目当てなのはバレバレだ。すっかりふやけてるし。



 ◇◇◇



「パパ、見えたよー!」

「あ、ホントだね。いきなりだね」


 馭者台で身を乗り出すレティネを支える。

 隊商の荷馬車の列とすれ違い、岩山の道を大きく回り込むと、王立絵画館で見た名勝風景画そっくりの景色が広がっていた。

 大岩壁に高層建築を彫り出したようなドワーフの町。

 陽光に照らされた無数のレリーフ彫刻が複雑な光の綾を見せる。ゴシック聖堂が連なるような荘厳な雰囲気だ。

 数千人規模の町に見えるけど、もっと人口は多いはず。

 ここがアルブス王国最大のドワーフ自治区の中心になる。


「マジ凄いよっ」

「高くて、深い、です」

「やれやれ。再びここを訪れることになるとはな」


 キリとヤマダも馬車の窓から顔を出す。

 サイトウはすぐに顔を引っ込める。

 岩壁の背後から水蒸気の巨大な柱が立ち昇っている。何かの排気だろうか。


 盗賊との遭遇から三日。

 ようやく目的地の町、ドーヴンにたどり着いた。




「まさかこんな場所に宿が――」

「ドーヴン岩窟には宿泊施設が少ないですからね」


 宿の従業員に部屋まで案内される。

 簡易ベッドが人数分あるだけでかなり狭い。立地上仕方がない。

 ここはドーヴン岩窟対面の崖にある宿屋だ。渓谷を挟んで百メートルほど離れている。眺めはいい。

 崖の上から中腹にかけて建物が無数に貼り付いている。小さいながら商館や市場もあり一つの町を作っている。不思議と人族や獣人ばかりでドワーフは見掛けない。

 ドーヴン岩窟の絶景の前では霞んでしまうが、こちら側もなかなか面白い町だ。壁面の桟道を延々歩かされるけど。高所恐怖所の方はお断り。地震国の出身者からすると狂気の建築だな。

 乗ってきた馬車とゴーレム馬は、町に入る前にこっそり消去してある。


「崖をここまで登っていただくのは申し訳ないですが、雨季にはこの渓谷も水が流れますので」


 渓谷の川底に砂利が見える。水の流れた跡がある。今は乾期なのかな。


「パパ。ヤギさんがいる」

「ホントだ」


 離れた岩場でまだら模様のヤギが草を食んでいる。餌場とかあるんだろうか。


「ここからは見えませんが、ちょっとした農地もありますし家畜の放牧もしています。溶岩炉があるおかげで冬も暖かいですからね」


 溶岩炉。溶岩熱を利用した炉群だという。ドーヴン岩窟の地下にあるそうだ。

 天然の溶岩流を魔法回路で制御して冶金、鍛冶、そして生活用の熱源にも利用しているとか。なんか凄そう。危険がないなら見学してみたいな。


 渓谷の岩塊を橋脚にした石橋を渡る。

 幅が十メートルもある大橋だ。途中の検問所で入市税を払い岩窟内通行証をもらう。宿のある岩壁の町はドーヴンに含まれないらしい。

 斧ではなく槍を持ったドワーフの衛兵と職員がいる。赤毛で髭面、団子鼻。身長は俺の胸くらいの高さ。ずんぐりとした樽型ボディー。まさにイメージ通りの姿だ。手が大きく腕力もありそう。精緻な細工の金属鎧を着けている。

 大勢並ぶとコロコロした感じで面白い。

 レティネが見蕩れている。着ぐるみショーみたいだよな。


「あれがドワーフさんなんだね。エルフのみんなとはずいぶん違うね」

「別の種族だしな。仲が悪いわけでもないのかな」

「初めて見る、です」

「武闘会でヤマダと戦ったヴィードンはドワーフの選手だったらしいけど、ちょっと違う感じだね」


 ドーヴン岩窟の中も驚きの光景だった。

 ぶっちゃけ、くり抜き過ぎだった。

 多重多層の回廊とそれを繋ぐ通路と階段、回廊の両側には大小無数の部屋ブースが彫り抜かれていた。採光孔も多く意外に明るい。お陰で閉塞感はないけど、岩窟の強度が心配になるほど削りまくりだ。

 そして沢山のドワーフたちがいる。

 手作業に没頭する者、商談やおしゃべりに興じる者、堂々と昼寝をする者、様々だ。

 女性と子供にはヒゲがなかったよ。

 よかった。でないと区別がつかないし。


「暖かいです」

「暖房してるのかな」


 火の気は感じないが通路を暖気が循環している。これも溶岩熱による空調なのかもしれない。


「商店街っていうか、長屋みたいな感じもするよねー」

「キリおねえちゃん、おへやにドアがないよー」

「ホントだね、レティネちゃん。みんな仲良しなのかな」


 店舗と作業場と住居を兼ねたドアのない部屋が連なっている。目隠しの衝立てがあるくらいだ。プライバシー面は厳しいな。




「上級魔技師エイドン殿に面会したいのだが」


 最初に向かった職工ギルドの受付。

 サイトウが目当ての人物との面会を求める。

 魔技師にして、このドワーフ自治区を統べる七長老の一人だそうだ。

 ドワーフの各ギルドは王国のギルドとは直接関係はないが、職業別に人を束ねる組織なのは同じだ。ただし魔法士ギルドはない。ドワーフには魔法使いがいないのかな。


「申し訳ありませんが、エイドン師は紹介状のない方とはお会いになりません。一応お伝えすることは出来ますが、おそらく――」

「そんなことはないぞ。誰にも会わんほどわしは尊大でも偏屈でもないわい」


 野太い声が響き、奥の部屋から一際恰幅のいいドワーフが現れた。

 髭が長い。樽腹に掛かるほどに。革と布を継ぎ合わせたような服を着ている。けれど粗末な造りではなく、かなり手の込んだ仕立てだ。


「エイドン師、おいででしたか」

「ふん。ギルド長の小言をもらいにな。で、そいつらは?」

「魔技師エイドン殿。私はリューパス辺境伯領のエルフ、サイトウ・オクトルテと申す。よしなに願いたい」


 進み出たサイトウがローブのフードを下ろしエイドンに一礼する。


「ほう。儂がエイドンじゃ。また面倒な魔道具を作れと? お前たちエルフの魔法使いときたらいつも――うん、サイトウ? サイトウと言ったか?」


 エイドンが目を細め、しげしげとサイトウの顔を見る。


「驚いたな、〈喪国の姫〉か? 見違えたわいっ!」

「エイドン殿。その呼び名は止めてもらえまいか。そう呼ぶのはあなたたちだけだ」 

「ならば気にすることもなかろうに。まあいい、話は聞こう。儂の――」


 そのとき一人のドワーフが慌ただしく駆け込んで来た。


「たいへんですっ! 魔鉱蟲イヴィラムです! 魔鉱蟲が出ました! 第十八鉱区で怪我人がっ!」

「第十八だと? 休鉱区にか? 今日はシードンの奴が障板トレモルの交換に行っとるはず。まさか――」


 エイドンが自分のヒゲを掴んで思い切り引っぱる。目を剥いている。

 動転してるのかな。


「薬師が向かいましたが、ひどい怪我らしく――」

「手に負えんのか?――喪国の、いやサイトウよ、お主は治癒魔法が使えたかの?」

「いや、私は使えない。だが我が友アラタは薬師で光属性の治癒士でもある。腕はいい」

「この人族がか? ふむ。なら済まんがついて来い。力を貸してくれ」


 どたどたと駆け出すエイドン。

 走るの遅い。すぐに追い付けるな。


「ヤマダ、キリ。レティネを頼む。軽く食事でもしてて。三人で離れないこと」

「――わかった、です」

「私も行こうか? 何か胸がザザザワするんだけど」

「いや、ここはサイトウ様と俺で。待っててね、レティネ」

「はいパパ」


 鈍足のエイドンを追って吹き抜けの階段を走り下る。

 薄暗い通路を延々と進み巨大な空洞に出た。

 地下駐車場かな。無数のトロッコがある。

 扇状にレールが伸びて、それぞれのトンネルに続いている。採掘した鉱石の集積場らしい。鉱夫たちが鉱石を別のトロッコに移し分けている。

 作業を監督する男にエイドンが詰め寄る。


「十八鉱区で怪我した連中はどこじゃっ?」

「ろ、老師? 予備資材庫です」

「全員か?」

「そのはずです」

「魔鉱蟲は?」

「追っ払ったそうです」

「ふむむぅ」


 再び走り出すエイドンに続く。追い抜かないように気を遣う。

 エイドンに限らずドワーフたちは走るのが遅いようだ。けれど持久力はありそう。


 資材倉庫の一画に簀子が敷かれ怪我人が寝かされていた。


「シードン! どういうことだ?」

「お、おやっさん――」


 仲間の身体を拭いていたのか、赤く濡れた手拭いを持った男が振り返る。

 二人が大怪我。四肢の欠損はないが腕や腹の肉を広く削られた酷い傷だ。魔法薬で一応の止血をしただけで傷自体はまるで塞がっていない。これだと包帯も巻けない。抑え切れない痛みに呻いている。引き裂かれた服が辛うじて身体を覆っている。

 他に三人が痣だらけで骨折。落石による怪我らしい。こっちは魔法薬でほぼ治っている。


「〈大喰らい〉が出やがったんでさ。前触れもなく。オードンたちが削爪にやられちまって。ありったけの障板トレモルを投げつけたら暴れて、そのはずみで坑道が崩れたんでさ」

「〈大喰らい〉はお前たちを見失ったんじゃな。中級の魔法薬は使ったのか? くっ、これ以上は無理なのか――」


 中級薬なら、もっと傷が塞がってもいいはずだけど。

 ドワーフの薬師たちは怪我人に生薬の薬湯を飲ませている。せめてもの痛み止めだろう。


「治せるか? アラタ」

「はい」


 サイトウに頷く。


「エイドンさん。俺が治癒魔法を掛けますので許可を」

「頼む。儂らドワーフは魔法が不得手でな」


 ドワーフも長命種族らしいけど魔力量は人族とあまり変わらない。やっぱり魔法使いが少ないのか。


 俺は重傷の二人に手を差し伸ばす。


『アマトゥスの神よ、ひらかれし無垢なる子等の身に障りしきずえやみ、いと真にて輝ける恩寵とこのじょうたる地の――』


 中級治癒魔法を長々と詠唱する。

〈神力〉による複製ではなく光魔法の発動だ。魔力はたっぷり込める。二人同時に掛けるしな。


『――癒しを垂れ賜え、〈中位聖癒サナサクレメディウス〉』


 俺の手と二人の怪我人の全身が光に包まれる。

 白く温かい光だ。


「「「おおおっ!」」」


 まばゆい光にドワーフたちが息を呑む。

 サイトウは俺を凝視。めっちゃ観察してる。やり辛い。

 大丈夫。これは普通の魔法だし。ちょっとだけ魔力ブーストしてるけど常識的な治癒魔法の範疇だ。サイトウが食い付くような謎要素はないはず。


 光が消え、すっかり傷の癒えた半裸のドワーフ男たちがむくりと起き上がる。

 脇腹や二の腕をさすっている。


「痛くねえ。治っとるぅ?!」

「マジでかー?」

「夢かよ! 傷がねーよ!」

「おれイケメンになっとるがな!」


 んなわけない。

 喜んでくれて何よりだが、ちょっと魔法が効きにくかった気がする。ドワーフの体質的なものかもしれない。魔力の通りが悪いのかな。


「そこの人族の治癒士殿が治してくれたんさ。ちゃんと礼を言わんかいっ」

「うおおっ。ひょろっとしてるのにスゲエな、ありがとようっ!」

「おはっ、うはははっ!」


 シードンが俺のことを教えると、二人がドワーフらしからぬ素早さで跳び掛かってきた。何でこんなに元気なんだ?


 くそ、油断して逃げ遅れた。

 うぐぐ。

 左右から暑苦しい男たちの腹に挟まれて、もがく俺。

 邪険にもできず、樽腹ぽよぽよをたっぷりと堪能させられる。

 腹を押し付けながら跳ねるなよ。

 そんな趣味ないから。


 今度から治し過ぎないようにしないと。

 こいつら元気にすると危険。




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