227 八百長か舐めプかを知ってるのは俺たちだけだし
「ベドヴルさん! 危ないっ!」
キリが叫ぶ。
――ボワワワッ!――
魔法使いリンキッペの放った火球が、避け損ねた武芸者ベドヴルの頭髪を焼く。
射程距離が短いけど連射が利く火炎の弾丸。誘い込まれたベドヴルの負けだ。
「わちっ。あちい、熱いっ! うわっうわわわわぁ!」
「わははははははははははは! 燃えろ燃えろっ」
哄笑するリンキッペ。
自分がスキンヘッドだからって対戦相手の髪を焼いた訳じゃないよな。
愛用の大剣を放り出し、転げ回るベドヴル。髪の毛と共に戦意も喪失。
火傷は結構痛いし。見た目より重傷のはず。進呈した魔法薬を惜しまずに使って欲しい。
リンキッペはこれで八強だ。
バレエのチュチュに似たスカート状の魔道具の機能は謎のままだ。まだ温存するのか。余裕だな。
武闘競技会本選八日目。
四回戦は全八試合。午後のみの開催だ。
俺とキリの対戦の前に、剣士ムスベイと獣人剣闘士マムシーバが勝ち抜けている。
選手用通路を俺とキリが並んで歩く。
手を繋いでいる。恋人繋ぎで。
「緊張してる?」
「むしろリラックスしてるよ。シン君と一緒だし」
「おう」
「お手柔らかに願います」
「いつも通りでいいよな」
「私はヤマダさんみたいにできないし。レムちゃんでも出す?」
「ここまで使わなかったんだから、精霊魔法のお披露目はもったいないよ。棒術か氷魔法で」
「うん」
「――」
「なに?」
「二人っきりなのに、海外旅行みたいって言わないんだな」
「な。愛し合う二人が闘技場で戦う海外旅行とかないしっ!」
「――ないな」
「ないよっ」
――ガスッ! シジジッ! ズザンッ!――
俺の矢筒剣とキリの竜杖が弾き合う。
キリの上段からの鋭い打ち込み。
真っ正面から受ける。
そのまま剣身で押しずらし、キリの膝に牽制の一撃。
それを読んでいたのか、脚を引き、大きく剣を払い上げる。
浮き上がった剣を再び膝へ。
――ザザザザーッ! ギキキンッ! ブンッ!――
嫌って後ろに逃れるキリ。
穿つようなカウンターの突きが、俺の追撃を止める。
互いに得物を一振りして跳び退る。
――ぅおおおおおおおおおぉおおぉおおおおお!!!――
観客にも動きが分かりやすいからウケがいい。
キリの竜杖は魔力を帯びて緑色に光っている。
俺の矢筒剣は白くまばゆい光を放つ。
見た目も派手で楽しいよね。
矢筒剣は身体強化の延長で魔力を付与している。
切断の〈魔力糸〉は使わず、ひたすら頑丈なナマクラにした。
表面に斥力でも発生しているのか、おかしな手応えだ。ちょうど切断と真逆の効果が出ているのかな。折れないだけで十分だが。
――ヒュン! ヒュン! ギュン! ザギンッ!――
木の幹に左右から斧を打ち込むような、強烈な連撃が来る。
それをかわし、受け、流して、反撃を狙う。
キリの身体強化が僅かに途切れる。
すかさず光の剣で心臓を突く。
キリは跳び退って大きく距離を取る。
竜杖に魔力が巡る。緻密な波動が生まれる。
『ア、ヒカノキ、シトリゼ、ヨハミテツムカ、テ〈氷柱槍〉!』
短縮詠唱で撃ち出される一メートルの氷の槍。
氷属性の攻撃魔法だ。
日本刀の真剣に似た、ゾッとする鋭さ。
以前の木の杖で作った氷とは明らかに密度が違う。
生成も遥かに速い。
――シキキキキィギギギギギギィンッ!――
――わぁああああああああぁあああああぁあぁ!!!――
光の剣をフル回転して槍を砕く。キラキラとド派手に飛び散る氷の欠片。
ぶっちゃけ超高速でカチ割り氷を作ってるだけだが、観客は大盛り上がりだ。
連撃はちゃんとワンセット受け切り、終われば距離を取って仕切り直す。
観客にも一息吐かせる。流れを見失わないように。
詠唱も魔法発動まで待っててあげる。
気分は完全に模範演武。
パワーもスピードも、昨日のヤマダとの対戦とは比較にならないが、確実にキリも成長している。
短縮詠唱も失敗が少ないし、身体強化も安定してきた。強化がワンテンポ遅れて無駄発動になったりするが、不発そのものは減ってきた。
キリが騎士の剣筋で真っ向から斬り込んでくる。
昨日戦った騎士志望の剣士セルショーの真似だ。
それをさらにベドヴルのように崩して見せたりもする。
――ブンッ! ザキン! ザザッ! ガギギンッ!――
〈飛氷塊〉や〈氷礫〉も短縮詠唱で繰り出す。
〈氷礫〉で作った煙幕から、雲の筋を引いて飛び出すキリ。
俺は重さの乗った竜杖に押し込まれつつ、矢筒剣で大仰に受け止める。
キリの顔が赤い。
氷の散弾を俺に浴びせるはずが、発動タイミングが合わずに自爆して霧になったのだ。
でも問題無し。
観客は歓声を上げてるし。そういう技だと思われてるよ。きっと。
さて、そろそろ終わりにしようか。
一通り見栄えのする技も見せたし。もう十分だろう。今のキリの力なら、まだまだ続けられるけど、これ以上やると二つ名が〈大道芸人〉になるかも。
懐に飛び込んだ俺の前に、竜杖を差し込み、すくい上げて距離を取るキリ。
「ヤバい、破れてるっ! パンツ見えてるっ!」
「え、うそっ!?」
身体を捻って重心が泳いだキリ。
その背後から派手な回し蹴りを決める。
蹴飛ばし名人の俺による、魔力を使った絶妙な蹴りだ。
痛いだけで怪我はしないのだ。
「ぎゃっ!?」
――ズザザザザザーッ――
キリが見事に転がって黄土色になる。
思ったより遠くまで転がってしまった。
すまない。
すかさず距離を詰め、喉元に光の剣を突き付ける。
キリは呆然としている。
というか、裏切られた顔?
でも演技力の微妙なキリに、せーので負けたフリとか無理だから。八百長臭くなるだけだから。棒読みの、やーらーれーたー、とかになるから。
リアル演技指導と思って許してくれ。
「シン君や」
「何ですか、キリさん」
「ヤマダさんは優しく抱き止められてたよね? お姫様抱っこで」
「だね」
「私は力いっぱい足蹴にされて、土まみれですが?」
「いい記念になるかな、と」
「甲子園じゃねーよ!」
『勝者、〈勇者殺し〉冒険者アラタ!』
大歓声と拍手。
怒声や絶叫はほとんどない。俺のオッズも低かったしな。順当な結果ということだ。
「ごめんな、キリ」
俺はキリのローブの土をはたくフリして、〈神力〉で服と装備一式をクリーニングする。
そしてキリを抱え上げ、お姫様抱っこで歩きだす。
「えっ?」
「帰ろうぜ」
「ちょ、ちょーっと、待って!」
「待たない。注目されて恥ずかしいけど。でも、これは俺への罰だから」
「待ってよ、シン君。これもう、私の罰に、なってるからー。降ろしてー」
冷やかしの声や口笛が浴びせられる。キャーキャーという悲鳴も。
勝者が敗者をお持ち帰りしてみた。
「あ。正直言うと誤摩化すつもりで抱き上げたけど、なんかこれ、途中で降ろすとかえってヘンじゃね?」
「なんで?」
「なんかキリが重くて疲れたみたいで」
「いやー!」
「手でも振る?」
「無理ー!」
赤くなったりモジモジするキリを抱っこしたまま、早足で闘技グラウンドを去る。
やっぱり思い付きで行動するもんじゃないな。
オッキゾルも勝ち残った。
けれど今回は変化があった。
シーランという子爵家の六男との対戦で、初めて武器を使った。
シーランは長剣使いとして勝ち進んできたが、オッキゾル戦には弓を使った。入場時からオッキゾルと距離を置き、開始位置を白印から二十メートル以上離した。至近距離は危険と考えたのだろう。
魔法付与された矢は速く、オッキゾルに命中。
オッキゾルは漆黒の盾で防いだ。
黒い杖が形状変化して丸盾になったのだ。
立て続けに三本の矢を弾くと形状を再び変え、細長く伸びる鞭となってシーランを追尾、身体を貫いて引きずり倒した。
鉱物的な艶があるのに触手のような柔らかい動きだった。
どこかで見たような質感だ。
杖の形に戻った時には、シーランはもう動かなくなっていた。
「明日は四試合しかないね。俺の相手は、リンキッペか」
俺たちは貴族用の通路から大回廊に下りると、貼り出された五回戦の対戦表を見上げる。
「あの火を吹くバレリーナさんだね」
「男だけどな。必ずやあの魔道具の謎を解き明かすぞ」
あのチュチュにはどんな秘密があるのかな。本来の機能を使うように仕向けてやる。もしただのファッションだったら、脱げと言ってやりたい。
「パパ、いたー!」
土産売り場に俺のキャラクターカードがあった。冒険者〈勇者殺し〉アラタ。似てないのがデフォなので、誰コレ感が凄いが、服装と装備は多少再現されている。
「私のもあるし、ヤマダさんのも前のと違ってる」
冒険者キリと冒険者〈精霊の弓〉ヤマダのカードもある。ヤマダのは先日見た物とは服装が変わっている。改訂版なのかな。相変わらず顔は似てない。
「買う?」
「うーん。私はパスかなー。これをどうしろと」
「よし、三枚とも買おう」
「買うんかい!」
「後じゃ買えないし。似てないのも味があるし。老後になれば俺たちもあの頃はヤンチャだったなーって懐かしめるよ」
「そんな晩年イヤだなー」
なぜかヤマダとキリのカードは高くて、俺のは安かった。
何でだよ。差を付けるなよ。傷付くだろ。
「おーい、アラタたちー!」
ベドヴルだった。
頭の火傷はすっかり治ったようだ。俺の魔法薬を使ってくれたんだな。
「どうだ、みるみる毛が生えたぞ。ありゃ凄い効き目だな!」
リンキッペに焼かれた焦茶色の長髪が元通りになっている。というか、それくらい当然の薬だし。
ただ周囲では、ハッとしてこちらに視線を向ける男たちがチラホラ。聞き耳を立てている。ベドヴルの言い方だと誤解されるよ。奇跡の爆毛剤じゃないよ。
「次はアラタがリンキッペか? 油断するなよ。頭が燃えると滅茶苦茶痛いぞ」
「ベドヴルさんの髪の仇は俺が取ります。任せて」
「いや、もう生えたから別にいいけどな」




