226 事実上の決勝戦なのにそこは二人だけの世界
「今日はヤマダとだけど、明日はキリとだろうな」
武闘競技会七日目。
晴天の続く季節というだけあって、今日も雲のほとんどない空だ。
闘技場の貴賓席は日光が直射しないように設計されている。
「傭兵ギルドの選手って残ってないの?」
「あと二人いるらしいけどそんなに強くなさそうだよ。怖くて俺たちには当ててこないよ。マクナイトとビオークが有力選手だったんだけどね」
もう傭兵ギルドにできるのは嫌がらせくらいしかない。
恣意的な組合わせをゴリ押しするとか。
俺にオッキゾルを当てておけばそれで終了だったのにな。後は棄権して観光に専念したのに。直接潰そうとするからこんなことに。
勝ち残った三十二選手。
二回戦までに優勝候補や有名選手がかなり減ったので、番狂わせの大会になるのかな。原因は〈パパ〉とオッキゾルだが。
今年くらいは我慢してもらおう。毎年開催してるんだし。四年に一度じゃないし。
「レティネちゃん。やり過ぎちゃダメよ」
「はい、おねえちゃん」
応援に来てくれたマヤさんが注意する。
観葉植物にレティネが水をやっている。楽しそうだ。
貴賓室の隅に置かれた鉢植え。大人の背丈ほどもある立派な植物だ。
おねだりされて小さな園芸ジョウロを出したのだ。
世話係はちゃんといるはずだけど、この数日で一回り大きくなって葉がツヤツヤになった。なんか蕾みたいのも膨らんでるし。決勝までに花が咲きそう。
原因は分かってるけどな。新種とかになってませんように。
「私はセルショーっていう剣士さんと。――で、ベドヴルさんはミリムさんとだよ。あの戦鎚使いの。勝てるのかな?」
「勝てるかもよ。なんだかんだでベドヴルさんは強かだし、ツイてるし」
「セルショーさんも強くてカッコいいよね。私負けちゃうかも」
「ふん。あんなイケメンなど、コテンパンにして差し上げなさい」
「ならシン君もコテンパンだよ」
――セルショー。剣士。槍も得意。黒髪美少年。十八歳。ウジーヌ男爵家四男。本選初出場。
「セルショー殿というのはおそらく、家督が継げないので騎士爵を目指しているのでしょう」
メアリが教えてくれる。
戦いぶりを披露して仕官に繋げたいのか。
騎士になれば最下級ながら貴族扱いだし、実績次第では子孫に騎士爵を継がせることができる。腕に覚えがあるなら挑戦したくなるはずだ。
三回戦最初の一戦はベドヴル対ミリム。
そして、ベドヴルの勝利だった。
速攻を仕掛け、ミリムの加速の戦鎚が本領を発揮する前に、利き腕に大剣の一撃。無茶な体勢だったが、ここしか無いという好機に賭けたのだ。ミリムもこれまでに手札を見せ過ぎていたし。
これも一応番狂わせになるのかな。
キリも危なげなく勝った。
セルショーは基本に忠実な剣術を見せてくれた。正統派の騎士タイプ。キリは教えを受けるかのようにセルショーの剣を真っ向から捌き続けた。勝手に師匠にしちゃって悪いけど、自己流じゃない相手は貴重だ。
数十合も剣と竜杖を打ち合わせ、最後は足払いされたセルショーが立ち上がれず決着した。
また魔法は使わなかった。でも見応えがあって観客受けは良かった。
俺とヤマダが選手通路を並んで進む。
「弓を使うのか?」
「鉄棒、です」
ヤマダの弓と矢は全て俺が〈神力〉で複製している。
消去するだけで防げるのだから敵になった俺との相性は最悪だ。
そんな無粋なことはしないけど。
「勝つ気か?」
「勝てないです。全力でも勝てない、のが、嬉しいです」
「本気でやるのかよ」
「おら、アラタのことなら、ぜんぶ本気、です」
嬉しそうだ。
期待と興奮と喜びの交じった表情。こういう時のヤマダは本当に綺麗だな。
「そっか」
――うおおおおおおおおおおおおおおぉおぉおぉ!!!――
俺たちがグラウンドに現れると大歓声だ。全部ヤマダへの声援だろう。
札屋のオッズもヤマダの方がずっと低いし。優勝候補筆頭を余裕で倒したとなれば期待も高まって当然だ。
『リューパス辺境伯領、〈勇者殺し〉冒険者アラタ!』
『リューパス辺境伯領、〈精霊の弓〉冒険者ヤマダ!』
全国大会でダービーマッチな気分。
俺とヤマダは闘技場の観客席をぐるりと見回した後、中央貴賓席の王女リエステラと仲間たちに向けて揃って礼をする。
レティネたちが手を振っている。俺たちも応える。
グラウンド中央の白印から、いつもの稽古程度の距離を取る。
ヤマダが収納の腕輪から長さ一・五メートルの鋼鉄の棒を取り出す。
俺は、どうしようかな。
剣だと折れるし、俺まで鉄の棒だと凄まじい金属音が響き渡るしな。手も痺れそう。あれでいいか。
〈勇者殺し〉の名を得た勇者セロヘベスとの試合で使った、トンファー型の手甲盾を作る。それを両手に装着。拳から肘までをカバー。透明度の極めて高いブルーモールサーペントの牙が原材料だ。遠目には無手に見えるかも。
俺は、手甲盾が見えていないらしい審判に頷き掛け、準備完了を伝える。
『始めっ!』
ヤマダの全身が、そして鋼鉄棒が、まばゆい緑色の輝きに包まれる。
そして一瞬で光が消える。
大量の魔力が巡ったのが分かる。
――ズゥオオオオオオン!――
ヤマダの最高速。身体強化による肉薄。
両手で横薙ぎする鋼鉄棒は、完全に俺の身体を捉えている。
風を切る、どころか、雷鳴じみた風裂音を伴う。
速い! マジで。
喰らえば身体を両断される。
あの魔将ギアタリスを凌駕している。
――キギィギギギギギギギギギィッ!――
巻き込んでくる鋼鉄棒を手甲盾でこすりながら圏外に逃れる。
さらにヤマダの追撃。
迫る鉄棒。
手甲盾で受け、ヤマダの力を利用して大きく跳び退く。
最初は俺が様子見すると読んで、一気に畳み掛けたようだ。
ヤマダは全魔力を投入して身体強化している。
蛇口全開、流しっ放し状態。数分で魔力枯渇するレベル。
しかも速度と筋力に全振りだ。
防御無視。
俺から軽く一撃でももらえば終了だ。
思い切りが良すぎる。
――ズザザッ、ザザザザァ!――ガキーン! ブゥオンッ!――
いつもの稽古より半歩以上も踏み込んでくる。
俺に体を預けるように。
そして迷いの無い連撃。全身全霊の連打。
遠慮なく急所を狙ってくる。
どんな苛烈な攻めも、俺が受け止めると信じ切っている。
鉄棒の両端を入れ替える猛撃。岩をも砕く突きも交えて。
俺がヤマダを殴れないと知って特攻してやがる。
ほら、一撃を入れてみろ、と。
入れられるなら、と。
――ギギギィンッ! ガガンッ! ビュユン!――
ああ、正解だよ。
痛くないようにいなし。怪我をさせないように押さえる。それしか考えてないよ。
上から目線で様子見する、舐めプ根性も。
お前の骨を砕いたり血を流したりできない甘さも。
全てお見通しかよ。
俺をよく見てるもんな。
俺がどんな奴か知ってるもんな。
――ッガガガガギンッ! ザザザッ! ギュインッ!――
お前には俺が大切で。
俺にもお前が大切だからな。
ヤマダは歓喜している。
俺の甘さを責めてる訳じゃない。ただただ喜んでいるのだ。
俺の一撃であっさりと終わってしまうこの時間。
自分を盾にして。自身を囮として。自分自身を弱点として晒し。
その全てを俺の弱点に変換する。俺の動きを縛る。
俺から最高の接待プレイを引き出そうとしている。
暴風の中で優しく触れて欲しいと。
柔肌を傷付けないように爪を立てろと。
極上の愛撫を求めている。
この上なく甘えているのだ。
とんでもなくハードルの高いかまってちゃんだ。
観客にはまるで優しくない戦い。
瞬間的移動と重い打撃音、首を竦めたくなる擦過音が、ただただ繰り返される。
巻き上がる土塊。
空気を震わす轟音。
俺たちの姿を間欠的に捉えても、攻防の流れすら掴めない。
どちらが攻めたのか、どちらが優勢かも分からない。
――ビュンッ! ビュンッ! ビュウンッ!――
汗ばむヤマダの顔に、心からの笑みが浮かぶ。
見蕩れるほどカッコいい。
俺の間合いに敢えて裸で入り込み、
俺と互角になれるフィールドを作って楽しんでいる。
たとえそこが俺の掌の上でも。
のびのびと遊んでいる。
俺を独り占めにして。
自分だけ全力を出して。
ヤマダを傷付けられない俺の弱味を、美味しく美味しく味わっている。
自分が愛されていることを、噛み締めている。
今の俺たちは、互いの心に手を伸ばし、その周りをクルクルと舞い踊っているだけなのだ。戦いはフィールドを作るための手段に過ぎない。
ギリギリのスリルを演出する為の。
やられたよ。
天才さんめ。
ここまで強くなりやがって。
これじゃ俺、勝てないじゃん。
――ギキンッ! ビュビュンッ! ズカンッ!――
「おら、楽しい、です。アラタ」
「ああ。楽しいな」
しかし、それでも――
凝縮された時間はやがて終わる。
――ビュン!――
「しあ――わせ、です。アラ――タ――」
「俺も幸せだ。ヤマダ」
ついにヤマダの魔力が尽きる。
大量に魔力を循環させた反動が来る。
仰け反るように硬直し、鉄棒を落とす。
ヤマダの意識が途切れる。
後は俺に丸投げかよ。
好き勝手やりやがって。
手甲盾を消し、華奢なエルフを抱きかかえる。
可愛いヤマダを黄土色にしたくないし。
荒れたグラウンドに、ヤマダをお姫様抱っこした俺の姿がある。
『勝者、〈勇者殺し〉冒険者アラタ!』
――うおおおおおおおおおおおおおおおぉうぎゃあああああぁ!!!――
大歓声と絶叫。というか悲鳴。
すまない。番狂わせが多すぎて破産者続出かも。
なんかヤマダが満ち足りた顔なので魔力補給は無粋だけど、魔力欠乏そのものは割と辛いはず。そう聞いてる。
〈魔力糸〉で魔力を注ぎ込む。
元気にして自分の足で退場させよう。数万の観衆に注目されながら美少女をお持ち帰りとか、流石に青春ポイントが高すぎるからな。
まさかそれを狙ってないよな、ヤマダ。
「ただいまー」「ただいま、です」
「お疲れ様です。アラタさん、ヤマダさん」「パパー」
「お見事でしたわ。目では追い切れませんでしたが」
「次元が違い過ぎます、アラタ殿。見たものが信じられません」
「えと。みんなありがとう」
何が起きてるか分からなかったかもな。とにかく動きが速かったし。
「なんだろう、ヤマダさん嬉しそう。なんか――綺麗、なんだけど――」
「ふふふ。輝いてますね」
まあ、キリもマヤさんも触れないでやってくれ。
「なんかエロいわね、このエルフ。発情してる?」
台無しだろ、妖魔族のアーデ。
オッキゾルは王都騎士団の若手と対戦。
開始直後に決着していたが、この騎士もオッキゾルが去り、担架に乗せられた時点で意識が戻っていた。まったく見所がない戦いなのでオッキゾルは観客受けが最悪だ。ブーイングまで出る始末。本人はまるで動じていないが。
オッキゾルを推薦したサファロウ公爵は貴賓室には姿がない。観戦はしていないようだ。オッキゾルも自分の対戦前に闘技場に入り、終わればすぐに引き揚げている。他の選手に関心はないらしい。
「やっぱりね」
「えー。シン君とじゃ勝てないよー」
そして四回戦の組合わせが発表になった。
俺はキリと対戦。
この露骨な辺境伯領冒険者潰し合いの組合わせ。しかし俺に文句はない。内心ホッとしていた。これでキリとオッキゾルが戦わずに済む。正体不明の即死攻撃モドキでキリが傷付くのは嫌だし。
残る選手は十六人。
武闘競技会も大詰めを迎えつつあった。




