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異世界転移すればそこは玉座への階段だったりするし  作者: 魚座スプーン
第19章 王都
227/256

226 事実上の決勝戦なのにそこは二人だけの世界




「今日はヤマダとだけど、明日はキリとだろうな」


 武闘競技会七日目。

 晴天の続く季節というだけあって、今日も雲のほとんどない空だ。

 闘技場の貴賓席は日光が直射しないように設計されている。


「傭兵ギルドの選手って残ってないの?」

「あと二人いるらしいけどそんなに強くなさそうだよ。怖くて俺たちには当ててこないよ。マクナイトとビオークが有力選手だったんだけどね」


 もう傭兵ギルドにできるのは嫌がらせくらいしかない。

 恣意的な組合わせをゴリ押しするとか。

 俺にオッキゾルを当てておけばそれで終了だったのにな。後は棄権して観光に専念したのに。直接潰そうとするからこんなことに。


 勝ち残った三十二選手。

 二回戦までに優勝候補や有名選手がかなり減ったので、番狂わせの大会になるのかな。原因は〈パパ〉とオッキゾルだが。

 今年くらいは我慢してもらおう。毎年開催してるんだし。四年に一度じゃないし。


「レティネちゃん。やり過ぎちゃダメよ」

「はい、おねえちゃん」


 応援に来てくれたマヤさんが注意する。

 観葉植物にレティネが水をやっている。楽しそうだ。

 貴賓室の隅に置かれた鉢植え。大人の背丈ほどもある立派な植物だ。

 おねだりされて小さな園芸ジョウロを出したのだ。

 世話係はちゃんといるはずだけど、この数日で一回り大きくなって葉がツヤツヤになった。なんか蕾みたいのも膨らんでるし。決勝までに花が咲きそう。

 原因は分かってるけどな。新種とかになってませんように。


「私はセルショーっていう剣士さんと。――で、ベドヴルさんはミリムさんとだよ。あの戦鎚ウォーハンマー使いの。勝てるのかな?」

「勝てるかもよ。なんだかんだでベドヴルさんはしたたかだし、ツイてるし」

「セルショーさんも強くてカッコいいよね。私負けちゃうかも」

「ふん。あんなイケメンなど、コテンパンにして差し上げなさい」

「ならシン君もコテンパンだよ」


 ――セルショー。剣士。槍も得意。黒髪美少年。十八歳。ウジーヌ男爵家四男。本選初出場。


「セルショー殿というのはおそらく、家督が継げないので騎士爵を目指しているのでしょう」


 メアリが教えてくれる。

 戦いぶりを披露して仕官に繋げたいのか。

 騎士になれば最下級ながら貴族扱いだし、実績次第では子孫に騎士爵を継がせることができる。腕に覚えがあるなら挑戦したくなるはずだ。




 三回戦最初の一戦はベドヴル対ミリム。

 そして、ベドヴルの勝利だった。

 速攻を仕掛け、ミリムの加速の戦鎚が本領を発揮する前に、利き腕に大剣の一撃。無茶な体勢だったが、ここしか無いという好機に賭けたのだ。ミリムもこれまでに手札を見せ過ぎていたし。

 これも一応番狂わせになるのかな。


 キリも危なげなく勝った。

 セルショーは基本に忠実な剣術を見せてくれた。正統派の騎士タイプ。キリは教えを受けるかのようにセルショーの剣を真っ向から捌き続けた。勝手に師匠にしちゃって悪いけど、自己流じゃない相手は貴重だ。

 数十合も剣と竜杖を打ち合わせ、最後は足払いされたセルショーが立ち上がれず決着した。

 また魔法は使わなかった。でも見応えがあって観客受けは良かった。




 俺とヤマダが選手通路を並んで進む。


「弓を使うのか?」

「鉄棒、です」


 ヤマダの弓と矢は全て俺が〈神力〉で複製している。

 消去するだけで防げるのだから敵になった俺との相性は最悪だ。

 そんな無粋なことはしないけど。


「勝つ気か?」

「勝てないです。全力でも勝てない、のが、嬉しいです」

「本気でやるのかよ」

「おら、アラタのことなら、ぜんぶ本気、です」


 嬉しそうだ。

 期待と興奮と喜びの交じった表情。こういう時のヤマダは本当に綺麗だな。


「そっか」


 ――うおおおおおおおおおおおおおおぉおぉおぉ!!!――


 俺たちがグラウンドに現れると大歓声だ。全部ヤマダへの声援だろう。

 札屋のオッズもヤマダの方がずっと低いし。優勝候補筆頭を余裕で倒したとなれば期待も高まって当然だ。


『リューパス辺境伯領、〈勇者殺し〉冒険者アラタ!』

『リューパス辺境伯領、〈精霊の弓〉冒険者ヤマダ!』


 全国大会でダービーマッチな気分。

 俺とヤマダは闘技場の観客席をぐるりと見回した後、中央貴賓席の王女リエステラと仲間たちに向けて揃って礼をする。

 レティネたちが手を振っている。俺たちも応える。


 グラウンド中央の白印ゼロマークから、いつもの稽古程度の距離を取る。

 ヤマダが収納の腕輪から長さ一・五メートルの鋼鉄の棒を取り出す。


 俺は、どうしようかな。

 剣だと折れるし、俺まで鉄の棒だと凄まじい金属音が響き渡るしな。手も痺れそう。あれでいいか。

〈勇者殺し〉の名を得た勇者セロヘベスとの試合で使った、トンファー型の手甲盾を作る。それを両手に装着。拳から肘までをカバー。透明度の極めて高いブルーモールサーペントの牙が原材料だ。遠目には無手に見えるかも。


 俺は、手甲盾クリスタルトンファーが見えていないらしい審判に頷き掛け、準備完了を伝える。


『始めっ!』


 ヤマダの全身が、そして鋼鉄棒が、まばゆい緑色の輝きに包まれる。

 そして一瞬で光が消える。

 大量の魔力が巡ったのが分かる。


 ――ズゥオオオオオオン!――


 ヤマダの最高速。身体強化による肉薄。

 両手で横薙ぎする鋼鉄棒は、完全に俺の身体を捉えている。

 風を切る、どころか、雷鳴じみた風裂音を伴う。

 速い! マジで。

 喰らえば身体を両断される。

 あの魔将ギアタリスを凌駕している。


 ――キギィギギギギギギギギギィッ!――


 巻き込んでくる鋼鉄棒を手甲盾でこすりながら圏外に逃れる。

 さらにヤマダの追撃。

 迫る鉄棒。

 手甲盾で受け、ヤマダの力を利用して大きく跳び退く。


 最初は俺が様子見すると読んで、一気に畳み掛けたようだ。

 ヤマダは全魔力を投入して身体強化している。

 蛇口全開、流しっ放し状態。数分で魔力枯渇するレベル。

 しかも速度と筋力に全振りだ。

 防御無視。

 俺から軽く一撃でももらえば終了だ。

 思い切りが良すぎる。


 ――ズザザッ、ザザザザァ!――ガキーン! ブゥオンッ!―― 


 いつもの稽古より半歩以上も踏み込んでくる。

 俺に体を預けるように。

 そして迷いの無い連撃。全身全霊の連打。

 遠慮なく急所を狙ってくる。

 どんな苛烈な攻めも、俺が受け止めると信じ切っている。

 鉄棒の両端を入れ替える猛撃。岩をも砕く突きも交えて。


 俺がヤマダを殴れないと知って特攻してやがる。

 ほら、一撃を入れてみろ、と。

 入れられるなら、と。


 ――ギギギィンッ! ガガンッ! ビュユン!――


 ああ、正解だよ。

 痛くないようにいなし。怪我をさせないように押さえる。それしか考えてないよ。

 上から目線で様子見する、舐めプ根性も。

 お前の骨を砕いたり血を流したりできない甘さも。

 全てお見通しかよ。

 俺をよく見てるもんな。

 俺がどんな奴か知ってるもんな。


 ――ッガガガガギンッ! ザザザッ! ギュインッ!――


 お前には俺が大切で。

 俺にもお前が大切だからな。


 ヤマダは歓喜している。

 俺の甘さを責めてる訳じゃない。ただただ喜んでいるのだ。

 俺の一撃であっさりと終わってしまうこの時間。

 自分を盾にして。自身を囮として。自分自身を弱点として晒し。

 その全てを俺の弱点に変換する。俺の動きを縛る。

 俺から最高の接待プレイを引き出そうとしている。

 暴風の中で優しく触れて欲しいと。

 柔肌を傷付けないように爪を立てろと。

 極上の愛撫を求めている。

 この上なく甘えているのだ。

 とんでもなくハードルの高いかまってちゃんだ。


 観客にはまるで優しくない戦い。

 瞬間的移動と重い打撃音、首を竦めたくなる擦過音が、ただただ繰り返される。

 巻き上がる土塊つちくれ

 空気を震わす轟音。

 俺たちの姿を間欠的に捉えても、攻防の流れすら掴めない。

 どちらが攻めたのか、どちらが優勢かも分からない。


 ――ビュンッ! ビュンッ! ビュウンッ!――


 汗ばむヤマダの顔に、心からの笑みが浮かぶ。

 見蕩れるほどカッコいい。


 俺の間合いに敢えて裸で入り込み、

 俺と互角になれるフィールドを作って楽しんでいる。

 たとえそこが俺の掌の上でも。

 のびのびと遊んでいる。

 俺を独り占めにして。

 自分だけ全力を出して。

 ヤマダを傷付けられない俺の弱味を、美味しく美味しく味わっている。

 自分が愛されていることを、噛み締めている。


 今の俺たちは、互いの心に手を伸ばし、その周りをクルクルと舞い踊っているだけなのだ。戦いはフィールドを作るための手段に過ぎない。

 ギリギリのスリルを演出する為の。


 やられたよ。

 天才さんめ。

 ここまで強くなりやがって。

 これじゃ俺、勝てないじゃん。


 ――ギキンッ! ビュビュンッ! ズカンッ!――


「おら、楽しい、です。アラタ」

「ああ。楽しいな」


 しかし、それでも――

 凝縮された時間はやがて終わる。


 ――ビュン!――


「しあ――わせ、です。アラ――タ――」

「俺も幸せだ。ヤマダ」


 ついにヤマダの魔力が尽きる。

 大量に魔力を循環させた反動が来る。

 仰け反るように硬直し、鉄棒を落とす。

 ヤマダの意識が途切れる。


 後は俺に丸投げかよ。

 好き勝手やりやがって。


 手甲盾クリスタルトンファーを消し、華奢なエルフを抱きかかえる。

 可愛いヤマダを黄土色にしたくないし。


 荒れたグラウンドに、ヤマダをお姫様抱っこした俺の姿がある。


『勝者、〈勇者殺し〉冒険者アラタ!』


 ――うおおおおおおおおおおおおおおおぉうぎゃあああああぁ!!!――


 大歓声と絶叫。というか悲鳴。

 すまない。番狂わせが多すぎて破産者続出かも。


 なんかヤマダが満ち足りた顔なので魔力補給は無粋だけど、魔力欠乏そのものは割と辛いはず。そう聞いてる。

〈魔力糸〉で魔力を注ぎ込む。

 元気にして自分の足で退場させよう。数万の観衆に注目されながら美少女をお持ち帰りとか、流石に青春ポイントが高すぎるからな。

 まさかそれを狙ってないよな、ヤマダ。




「ただいまー」「ただいま、です」

「お疲れ様です。アラタさん、ヤマダさん」「パパー」

「お見事でしたわ。目では追い切れませんでしたが」

「次元が違い過ぎます、アラタ殿。見たものが信じられません」

「えと。みんなありがとう」


 何が起きてるか分からなかったかもな。とにかく動きが速かったし。


「なんだろう、ヤマダさん嬉しそう。なんか――綺麗、なんだけど――」

「ふふふ。輝いてますね」


 まあ、キリもマヤさんも触れないでやってくれ。


「なんかエロいわね、このエルフ。発情してる?」


 台無しだろ、妖魔族サキュバスのアーデ。




 オッキゾルは王都騎士団の若手と対戦。

 開始直後に決着していたが、この騎士もオッキゾルが去り、担架に乗せられた時点で意識が戻っていた。まったく見所がない戦いなのでオッキゾルは観客受けが最悪だ。ブーイングまで出る始末。本人はまるで動じていないが。

 オッキゾルを推薦したサファロウ公爵は貴賓室には姿がない。観戦はしていないようだ。オッキゾルも自分の対戦前に闘技場に入り、終わればすぐに引き揚げている。他の選手に関心はないらしい。


「やっぱりね」

「えー。シン君とじゃ勝てないよー」


 そして四回戦の組合わせが発表になった。

 俺はキリと対戦。

 この露骨な辺境伯領冒険者潰し合いの組合わせ。しかし俺に文句はない。内心ホッとしていた。これでキリとオッキゾルが戦わずに済む。正体不明の即死攻撃モドキでキリが傷付くのは嫌だし。


 残る選手は十六人。


 武闘競技会も大詰めを迎えつつあった。




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