217 これは祝祭の始まりを告げる狼煙みたいなもの
――パコーン!――
――パコーン!――
放たれた矢が次々に命中。
小気味のいい音と共に、中空に高く浮かんだ素焼きの球が弾ける。
その度に極彩色の大輪の光の花が咲く。豪壮な王城の姿を背景に。
見物客から歓声が上がる。拍手。
見事に標的を射抜いた三人の射手が、弓を掲げて応える。
「パパ。ちょうちょ?」
「ははは。そうじゃないよ」
舞い降りて来るのは魔法陣の描かれた薄片の群れ。
鮮やかで色とりどりの紙飛行機。
的の素焼き玉の中に仕込まれていた仕掛けだ。
くるりくるりと生き物みたいな動きで飛んでいる。
俺はこっそり風を作ってレティネのところに流す。
「とったー!」
ナイスキャッチのレティネが、ぴょんぴょん跳ねる。
「おお、レティネ殿。お見事です。この射撃競技会で〈風鳥〉を捕まえた方には最高のご縁が舞い込むとされています」
冒険者ギルド王都本部長のコウノスが讃える。
縁起物と聞いてたからレティネに取らせたのに、無病息災じゃなくて良縁系かよ。
はしゃぐレティネをリエステラ王女が羨ましそうに見ている。気がする。
別の〈風鳥〉を操作して王女にも届ける。
まだ人形じみているが、ぎこちなさの抜けた動作で〈風鳥〉を捕まえるリエステラ。無表情だけどきっと喜んでる。はず。
射撃競技会が行われていた。
明日開幕の武闘競技会本選。そのプレイベントである。
会場は王城下の大円郭。
差し渡し数百メートルの長楕円形の広場だ。庭園風に整備されているが元は城兵舎や馬場があったそうだ。一角には物見の塔がそびえている。
弓術や魔法による射的競技とはいえ、実質エキシビションなので、射程や威力の限界に挑戦するような種目はなく、正確さや技巧を披露する場になっている。王城の近くで流れ弾飛びまくりじゃ不味いしな。
あちこちに立てられた白いポールが、リボン状の吹き流しで飾られている。
俺たちがいるのは大商会や主要ギルドのために用意された招待席だ。
関係者も含めて千人以上が集まっている。競技の背景に王城を望めるので、対面にある王侯貴族の観覧席より眺めがいい。
リエステラには王族用の席があるけれど、そこだと重病のはずの第四王女が姿を見せたことになるので、当然好奇の目に晒される。挨拶に来る貴族もいるだろう。今の身体の状態を上手く説明できないので今回はお忍びだ。俺の仲間扱いで。近衛の制服のメアリは、なるべく目立たない位置に付かせている。
ベンチ風の簡易な座席が花壇に沿って置かれ、テーブルには華やかな料理が並んでいる。着飾った人たちが談笑。上流階級のガーデンパーティーの趣だ。
飲み物を楽しみながら競技を観る名家の子女。奥方同伴で挨拶回りに精を出すどこかの商会員。挨拶する側とされる側を見ていると誰が偉い人なのかよく分かる。
隣のコウノスもひっきりなしに挨拶されている。やっぱり名士なんだな。ただの始祖様信者のエルフおじさんじゃなかったのだ。ヤマダに見蕩れる人たちに何故か鼻高々だ。
「マヤさんが揃えてくれるおかげだよな、俺たちがしれっと参加できるのも」
強力な服飾担当がいてくれるので、庶民の俺とキリも気後れすることなく、こんな場に出られる。そうでなければ服装だけで相当思い悩みそうだ。アクセサリーに至るまでマヤさんに任せておけば安心。ありがたやー。
「照れてないで褒めてくれていいんだよ、シン君」
「凄く綺麗だよ」
「ヤマダさんを見ながら言うんじゃねー!」
「キリもなー」
「覚えてろっ!」
ヤマダはやや控え目なドレス。ひらひらも少なめ。
淡いブルーゴールドに発色するシルクを使ったコタルディタイプのワンピースドレス、だそうだ。西欧中世の貴婦人が着てそうなクラシックなやつね。優美なラインのプリーツが入ってる。裾周りのレースが軽やかな印象だ。襟と袖口には、すっかりお馴染みのアラシルクのギャザーリボン。ヤマダの美貌と相まって神秘的なブラー効果を出している。マジ凄い。
キリは銀と白の糸を編み込んだ、ドレープネックのブラウスとゴアードスカートの組み合わせ。動き易さでこれにしたらしい。上品な色合いだ。ドレープは俺のジャボ襟シャツにボリュームを合わせてある。これもよく似合っている。黒髪も艶やか。ヤマダと比べることなんてないのにな。魔法のローブは脱いでいる。
レティネはベルベット風の光沢がある水色のワンピース。裾に向かって色が変化する凝った染色でAラインを強調している。
俺は細身のグレージャケットと襟飾りのあるシャツ。俺の場合はヤマダやキリの従者や給仕に見えなければ十分なのだ。見えてないよね。
先ほどの開幕の射撃に続いて投擲競技、槍投げが始まっている。
拡声の魔道具による選手紹介があった。どこぞの槍投げ名人の皆さんらしい。
標的に当てるところは同じだが、的は魔物の形を単純化した模型。橙色に塗られている。槍が突き刺さる度に、パーンという景気のいい音と光の輪を発する。的に魔道具が仕込まれている。
身体強化しているとはいえ五十メートル越えの距離の的に正確に当てているのは凄い。しかも見栄えの為か、投げ易い短投槍ではなく、長さが二メートル以上ある重い長槍だ。柄の極端に長い剣みたいだ。
長い槍が飛ぶ様は迫力がある。
戦場では投げ槍はまず使われないそうだが、騎士も兵士も基本的な訓練は受けるらしい。
単純な競技も音と光の効果で華やかに演出されている。
射撃競技会は、大穣祭の季節が来たことを告げる花火的なイベントなんだな。
「ねえシン君。どう思う? これチョコレートかな?」
「真っ黒か。どれどれ――うーん。チョコっぽい気はするけど」
キリが料理のテーブルで謎菓子を発見していた。
「味は近いけど、なんか香りが違うよね」
「なんだろう。でもなんだか、覚えのある味がする」
「黒いホワイトチョコみたいな」
「あー。ちょっとだけ、そんな――感じか」
「でも食感はまんま羊羹だよっ」
「ちょこれー?」
「よーかん、です?」
「これは豆から作ったファバグルトンですわ。似たお菓子をご存知ですの?」
リエステラがチョコもどきをモグモグしながら名称を教えてくれる。
無表情だと不味そう。
「おいっ! え。うえっ?! えーっ!?」
異世界人の意味不明な会話を遮って、素っ頓狂に叫ぶ女がいた。
「妖精? ま、ままま、まさか。お前が、〈精霊の弓〉なの――か?」
なんかエラく失礼なヤツだ。呼び掛けといて驚くとは。
白銀のプレートで装飾された革鎧を着けている。ドレッドに編んで流した茶色髪。体格も良くて勇ましい印象だ。化粧慣れしていない感じ。切れ長の鋭い目でヤマダを睨む。
大弓と矢筒を背負っている。
「誰? です」
「あ、あたしは、ウニノデ。傭兵団〈コツサの鷹〉所属のAクラス傭兵だ!」
Aクラスとか。傭兵にもランクがあるんだな。
「そして〈風雷〉の名を持つ弓術師範だ。それくらい聞いてるだろ。――どうして競技会に出てこない、〈精霊の弓〉!?」
「本選に、出るです」
「正気か!? いや、怖じ気付いたか冒険者めっ! 〈ヤヌアの百発必滅〉の噂は所詮噂かっ!」
意味が分からん。
噂にまで責任は持てない。
この女の二つ名も初耳だし。
ヤヌアというのは、勇者騎士団と一緒に遠征したエケス騎士国のヤヌア砦のことだ。ヤマダはそこで魔物相手に見事な殲滅力を披露したから、それが噂になっていたのか。確かに目立ってたしな。
「よせっ! ウニノデ、馬鹿かお前は! ――余計な事はするな」
女を追って来たのか、同じく革鎧の男がたしなめる。
刈り込んだ髪、厳つい日焼け顔だ。保護者かな。上司か。
「ウチの者が無礼をした。酒が過ぎたようだ。ご容赦願いたい」
男が謝罪する。ウニノデの腕を引っ張る。
「あたしは酒なんか飲んでねー!」
「お前はもう黙れ! ――騒がせた。これで失礼する」
しかしまた別の声が。
「おや、ご挨拶も無しにもうお帰りですか? 〈コツサの鷹〉副団長、ウネズコム殿」
冒険者ギルド本部長コウノスだった。
「コウノス殿――」
「こちらの〈風雷〉殿は〈精霊の弓〉ヤマダ様が射撃競技会にエントリーなさらなかった事がご不満のようですが、むしろ幸運とお考えいただかないと。ヤマダ様の絶技の前では〈風雷〉の名も霞んでしまいますから」
なぜ煽るし。
目の前でヤマダが侮られてカチンと来たのかな。
ここは年の功で華麗にスルーして欲しかった。
ヤマダ自身も気にしてないのに。始祖様大好きもほどほどに。
「ううぬぅ」
ウニノデのこめかみがピクピク震えている。怒ってる。
傭兵団副団長は厳しい顔だ。
「そうですね。折角ですからヤマダ様にご出場いただいて、メイン種目の速連射で勝負というのは如何でしょう?」
「の、望むところだっ!」
「コウノスさん、今からじゃ無理じゃないですか?」
「ねじ込んでみせます」
コウノスは無駄にいい笑顔だ。
「ヤマダ様にとっては暇つぶしにしかなりませんが」
「どうするヤマダ?」
始祖様はチョコもどきをモグモグしながらコクリと頷く。
いいのかよ。本当に暇つぶしか腹ごなしのつもりかな。
ウニノデが副団長に引きずられて行くのを見送る。
「今回の武闘会で傭兵ギルドは積極的に動いていますからね。きっと選手を焚き付け過ぎたのでしょう。これくらいのサプライズは丁度良いかと。ふふふ。――ではヤマダ様、ご一緒願います」
コウノスはヤマダを連れて協議会仮事務所の白いテントに向かった。
なんか足取りが軽い本部長。
国軍選抜の弓手による華々しい射技に続いて、王国各地から集まった弓の名手による腕比べが始まった。ヤマダもこれに参加している。
「ヤマダ様、とても注目されていますわね。大丈夫でしょうか?」
「心配ないですよ。目立つのには慣れてますから。――むしろやり過ぎないかが不安です」
リエステラ王女の視力は順調に回復していた。
声量は今一つなので周りの喧騒に掻き消されそうだけど。
防具と弓矢を装備した十二人の中に、ドレス姿のヤマダが一人混じっている。
まるで美しい妖精の姫と十二人の弓の従者みたいだ。本人たちは思いもしないだろうけど周囲からはそう見える。ヤマダは弓も矢筒も持っていない。選手には見えない。
競技は速連射。動くものと静止したものが混在する標的を、いかに速く正確に射抜くかの競技だ。的までの距離は百メートルもない。標的は、まちまちな高さのポール上に置かれた素焼き玉十個と、動き回るポールの上の素焼き玉十個。動くポールの下部は四本脚の腰掛けのような魔道具になっている。この脚で動き回る、というか走り回る。
魔法的なラジコンかな。ちょっと興味が湧く。
会場の都合で遠当てはできないから難易度を上げてあるみたいだ。
照準の視野内で余計なモノが動いていると狙いにくいしな。
「あれって、爆発する魔法の矢で一掃すればいいんじゃない?」
キリがどこかの国のアブナい筆頭聖術士みたいなことを言う。
「的が散らばってるから難しいよ。それに、玉に矢を当てないで落とすのはダメらしい」
全ての玉を一発で破壊するには強力な爆裂系の魔法矢が必要だし、それだと観客にも被害が出る。王城の施設を壊す訳にもいかない。
この競技では、矢の緻密な制御を的確かつ素早く、という技量が求められている。
命中させて当然、外すのは不名誉、当てられないなら射つな、美技のみを披露せよ。そんな趣旨の競技会なのだ。エキシビションだしな。
ヤマダには難しくもない条件だ。
「流石に皆様素晴らしいですわ。名手として招かれるだけのことはありますわ」
「凄いよねー」
声援と拍手。
名を呼ばれた選手が一人ずつ射場に立ち、愛用の弓で妙技を披露していく。ほとんどが人族。獣人は二人だけ。エルフはいない。
魔法矢を交ぜる者、身体強化のみで普通の矢を使う者、動く的を先に片付ける者、逆の者。矢を番え、狙い、矢を放つ。誰もが熟練の動作だ。
命中すると玉が、ぽーんと音を立てて弾け、赤い光の輪を放つ。
審判も的の交換係も大忙しだ。的場を走り回っている。
いよいよヤマダが射場に立つ。
飛び入りだから最後に登場するのかと思ったら〈風雷〉ウニノデより先だった。
超然とした横顔。堂々としたものだ。
観客が息を呑む。
その姿の美しさと、収納の腕輪からいきなり大弓を取り出したことに。
距離があっても麗人と分かる。オーラを感じる。
ちょっとだけ心配だった。傷まないようにとドレスを脱ぐんじゃないかと。二つ名が〈裸弓〉とかになったら大変だし。ちゃんと成長してくれたようだ。
『リューパス辺境伯領、Dランク冒険者〈精霊の弓〉ヤマダ、いでませーっ!』
進行役の声が響く。
もう出ちゃってるけどな。これは決まり文句の口上だ。
左半身を前に、右足を肩幅ほど退き、的を見据えるヤマダ。
「いけね。矢筒を使わせればよかったな」
収納の腕輪から矢を出したら余計に注目されそうだ。
収納の魔道具自体は珍しくないけれど、矢を番える速度が異常に見えるだろう。俺たちにはそれが当たり前になっていた。
あれ?
いきなり風見の吹き流しがあらぬ方向にはためく。
風はほとんど無かったのに。
ヤマダの番になったら風が吹き出した?
いや、観客席で感じるほどの風は吹いていない。的の周りだけ乱流になってるのか。微細な魔力を感じるから魔法で起こした風みたいだ。これはヤマダ自身の風魔法じゃない。演出なのかな。
不自然な現象に観客がざわつく。
銅鑼が鳴る。開始の合図だ。
ヤマダは気負うことなく弓を構え、収納の腕輪から次々に矢を出し、番え、放つ。三十秒ほどの間に、一定のペースで淡々と、二十本の矢を射る。そして、その全てを的に命中させていく。
右手で弓弦を引くと、そこに矢が現れる。弓から矢が生まれるかのように。
呆気にとられる光景だ。
標的の砕ける音が途切れることなく響き、放出される光で的場が赤く明滅する。
基礎的な身体強化のみで、全てが普通の矢だ。
風の精霊アエルの〈加護〉は、風の流れを予知する力をヤマダに与えている。
乱流などモノともしないのだ。
『〈精霊の弓〉ヤマダ。静十中十。動十中十。全的中! 要十二スピロぉ!?』
審判のせわしないハンドサインを受けて、ようやく進行役が結果を告げる。
今日一番の歓声が上がり、盛大な拍手が沸き起こる。
スピロというのは古い時間の単位で、格式張った儀式やこうした競技などでしか使われていない。だいたい二秒強で一スピロだ。専用の魔道具で測っている。
「す、凄いですわ、ヤマダ様。まさかこれ程とは。収納と加速の魔法をお使いですの?」
「いいえ。収納の魔道具だけです。速射はヤマダ自身の技量ですよ」
少しやり過ぎたな。
全的中もヤマダだけだし、なにより十二スピロは他の選手の三分の一以下の所要タイムだ。ダントツである。収納の腕輪を連射に利用するのはヤマダの得意技だ。出場しないはずだったから自重するように伝えてなかった。
蒼白な顔の〈風雷〉のウニノデに構わず、弓を仕舞って観客に淡々と礼をするヤマダ。
ふたたび轟くような拍手と歓声。
トリを飾って登場のウニノデも、二つ名持ちらしい見事な射撃だった。
風属性の魔法矢は威力も速度もあったが、連射そのものはヤマダに遠く及ばなかった。終盤は焦りからか集中が乱れて的を外し、平凡な成績に終わった。
けれどウニノデのときは風のおかしな乱れが全然なかった。
あれってヤマダへの妨害だったのかな。どうだろう。
そして、魔法使いたちによる射撃競技があった。
射程距離や速度、精度は弓矢に劣るが、威力と見栄えでは勝る。
威力と精度に優れるが射程の短い氷柱槍。
見栄えは最高だが威力、速度が今一な火球。
射程と速度はあるが見栄えの悪い風刃、というか見えない。
音と光でインパクト十分だがなぜか命中しない雷撃。
それぞれの上位の魔法も繰り出されたが、規模が変わっただけで技の性質そのものは同じだった。
こうして見ると、俺の使う火球も普通じゃないな。速度がまるで違うし、連射間隔も短いし、好きなだけ高温にできるし、いくらでも射てるし。
使いどころは選んだ方がいいかな。今更かな。
最後は王騎士団魔法士隊による大規模火焔魔法が披露された。
かつてヤヌア砦の戦いでリューパス騎士団が巨大魔獣ベヒモスに放った火焔龍に似た大魔法だ。大円郭の中央に引き出されたトロイの木馬、じゃなくて魔物のハリボテに向けて、幾何学図形的な配置をとった魔法士隊が、同時に二方向から火焔のアーチを放った。赤と黄金色の派手な炎だ。
着弾で燃え上がるハリボテ魔物。
もくもくと純白の煙の柱が高く立ち昇る。
魔法による虹色の光の輪で照らされながら。これなら王都のどこにいても見えるだろう。お焚き上げと打ち上げ花火の代わりだな。
祝祭の季節の始まりを告げていた。
ヤマダは飛び入り参加なのに弓技首位のメダルをもらった。
なんだか申し訳ない気もするが、会場は盛り上がってたし、これでいいのかな。
冒険者ギルド本部長のコウノスが一番喜んでたけど。




