212 わたくしはご主人様の盾にして忠実なるソードダンサー
「魔法使いオッキゾルが、魔族――」
そういうことなら、レティネを狙うのは必然なのかな。
〈深淵〉の力を手にすることで、魔族を統べる魔王の後継者となるつもりかも。
「真ですか!? コウノス殿。魔族がこの王都に入り込んでいると!?」
納得しかけた俺とは逆に、従者騎士メアリが気色ばむ。
王家を守護する立場としては見過ごせないのだろう。
「お待ち下さい、近衛騎士殿。オッキゾルの所在は不明です。サファロウ公爵もまだ王都に到着していないのです。おそらく同行しているかと」
「しかしっ――」
「落ち着きなさいメアリージョー。どうしてオッキゾルが魔族と判ったのか、まずそれを伺いましょう」
いきなり声を発した人形然とした少女に、コウノスが目を見張る。
そして俺を見る。
人形少女も上品な笑みを浮かべて俺を見る。
俺に丸投げですね。説明プリーズですね。
容姿も知られていないから王女とは分からない。正体を明かして欲しい訳でもなさそうだ。なんとかしろと?
――どうしようか。
「こちら――いえ、コイツは俺が使役するゴーレムの――エスです」
「は?」
「――?」
「?」
「――」
レティネとヤマダ以外はポカンとしている。本人もだ。
聞こえたよね。
「まだ調整中でこんな貧相な見てくれですが、王都滞在中、俺たちの護衛をさせるつもりです。会話も可能ですが、今のところマトモなことは喋れません」
コウノスは人形少女を凝視している。
半信半疑というより全然信じてないな。まあ嘘だし。
騎士メアリは硬直している。いや、震えている。
キリは気の毒そうに人形を見る。
「さあエス、お前の技をここでお見せしろ」
「きゃっ!」
人形少女は弾かれたように立ち上がる。
機敏な動きで壁側に走り、振り返る。
俺たちに向けて右手を差し出すと、手の中に忽然と短剣が現れる。
刀身が光り輝く〈矢筒剣〉だ。
――ヒュン、ヒュン、ヒュン――
人形が剣を振る。
素晴らしく速く。手練の剣士のような鋭い斬撃を見せる。
右に左に。前に後ろに。
壁も家具も傷付けることなく。部屋を壊すこともなく。
いかにも軽い剣筋だが、速い。
ひたすら速い。
――ビュン、ビュン、ビュン――
バレエのターンのように回転。
スカートが膨らむ。
軸もぶれず、バランスも崩さない。
剣を振る。
横薙ぎ、そして斬り下ろし。
ひたすら速く。
回転しながら、さらに速く。
パンツ見えたけど、かぼちゃだからノーカン。
「もういいぞ。戻れ」
人形がピタリと動きを止めると、剣が消える。
すたすたと戻り、元のソファにちょこんと座る。
息も乱れていない。汗も掻いていない。
何事もなかったかのようだ。
「こんな感じです。邪魔かもですが。コイツのことはお気遣いなく。居ないものとお考え下さい」
「え? は――はあ、分かりました」
コウノスは諦めたのか人形から目を逸らす。
騎士メアリは放心して瞬きすらしない。
リエステラから魔力制御を奪い、俺の意思通りに王女の身体を動かしてみた。かなり上手くできた。ここ数日徹底的に魔力干渉していたので、もう一人の自分みたいに馴染んでいる。ここまで他人を作り替えたのは初めてだ。マジで人形戦士にできるよ。
人形師として武闘会に出るのも面白いかも。そこそこ勝ち進めるんじゃないかな。まさかの武装第四王女を使役して。
本当にやったら大問題になるけど。
「――ひ――貧相な――見てくれ、――邪魔――」
呟くリエステラ。無表情なのに悲しそう?
泣き顔はまだ作れないみたいだ。
「シン君、マジ鬼?」
冒険者ギルド本部長コウノスが、オッキゾル魔族疑惑の根拠を話し始めた。
「昨冬、魔王討滅を自ら喧伝してから、私の知るかぎりではオッキゾル本人に会った者はおりません。過去のオッキゾルを知る者もいませんでした。――魔王を滅ぼすという快挙を本当に成しているなら、これはあまりに不自然です。サファロウ公爵は詐欺師を抱え込んでいる、というのが多くの者の認識です」
物証も証人もない状態だしな。
「実はあの頃魔王を討滅したと名乗り出る者が他にもおりまして、オッキゾルもその類いとされたのですが、後ろ盾が公爵閣下だったことで名が広まったのです」
おお、やっぱり自称〈魔王殺し〉の皆さんが名を上げようとしたのか。
もっと頑張って欲しかったな。
「三ヶ月前、サファロウ公爵が王都の屋敷に滞在されました。その時初めてオッキゾルを伴っておられたのです。公爵の目的は通商会館で開催の発掘魔道具のオークションでした」
「別件で通商会館にいた私は公爵にご挨拶しようとしたのですが、同伴なさっていた一人の男に驚き、声を掛けられませんでした。――何とも不自然な魔力を感じたのです。後でその男がオッキゾルと知りました」
エルフのコウノスも魔力感知に長けているだろう。異質な魔力にも気付けるはず。
「不自然な魔力とは?」
「なんというか、境界面を感じたのです。――複数の魔法属性を無理矢理混ぜたような、身体を包む膜のような印象でした」
「隠蔽の魔法でしょうか?」
「もしかしたら魔力そのものを制御していたのかもしれません。身体強化とも違うように感じました」
「それで魔族と?」
「いえ。その時は異質な魔力の使い手と思っただけでした。驚きはしましたが未知の技を使う魔法使いだと。――しかし最近になって気になる話を聞きました」
コウノスは声の調子を落とす。
「王都壁門に設置されている魔族判別用の〈試験盤〉が複数箇所で壊れていたと」
「なんとそれは? 聞かされていない話です」
近衛騎士メアリが復活した。俺を見る目は氷のようだが。
「門の天井にある魔道具ですよね」
「はい。どの町でも外門には設置が義務付けられています。王都の場合は第一壁から第四壁まで全ての門にあります」
流石王都だな。
「修理を請け負う職工ギルドから聞いた話なのですが、いずれの〈試験盤〉も受動式で、対象の魔力波長を受けて判別、警報を出すタイプなのです」
つまり対象一人一人に走査の魔法を当てて調べるのではなく、対象が発する魔力を感知して初めて機能するということかな。魔力を無駄に消費しない仕組みで低コストなのかも。
「第四壁の西大門から、公爵の邸宅のある第二壁内に通じる三箇所が壊れていたそうです」
「公爵一行の通り道ということですか?」
「そうなりますね」
「馬鹿なっ。ならばすぐに報告が上がるはず。何故通達が無いのです?」
即座に対応してしかるべきだ。
「受動式のため壊れていることに気付きにくいこと。そして稼働点検の時期もまちまちということです。――そのせいで三箇所の故障を関連づけられなかったのでしょう。まさか同時に壊れたとは考えなかった。魔法陣の劣化で修理することも珍しくはないですからね。――壊れた責任については厳しく対応したが、原因については技術的な問題として追求されなかった。職工ギルドの担当者が泣いてましたよ」
「どんな風に壊れてたんですか」
「魔法陣回路の過負荷、または魔力の逆流現象だそうです。近くで強力な魔法が使われると稀に起こるそうですが、外部からの干渉を防ぐ回路もあるので、意図的に壊した例は無いとのことです」
魔族判別の魔道具は精度が高い。元々魔族が人族に成り済ますのを防ぐために作られたとか。高感度ゆえの弱点か。
俺なら簡単に壊せそうだ。その上直せるし。
「そしてさらに通商会館のエントランスホール天井に設置してある〈試験盤〉も壊れていたそうです」
「それは、公爵とオッキゾルが訪れた時ですか?」
「おそらく」
自分の通り道に設置された魔族判別の魔道具を選んで壊しているなら、もう魔族としか思えないけどな。でも偶然の一致と言い張れなくもない。公爵ほどの権勢があるなら。
「捕まえて調べたりできないの?」
異世界庶民代表キリ。
「公爵の地位にある方の従者を捕縛するには不十分、というか無理ですね」
状況証拠だけだし。厳密な故障のタイミングも分からないだろう。確たる証拠があっても難しい相手だ。だからこそオッキゾルも取り入ったんだろうし。
冒険者ギルド本部長コウノスは真剣な顔でヤマダに向き直る。
「このような危険人物も出場する武闘会本選ですぞ。ヤマダ様の身にもしもの事あったら私は全エルフから非難されます。どうか、どうかご再考を!」
「ヤだ、です」
始祖様カッコいい。
オッキゾルという魔法使いがサファロウ公爵の元に現れたのは昨年の冬。
アルブス王国西端のボロウ伯爵領が、隣国のアバル子爵軍によって侵攻され、使役魔物の群れを〈パパ〉が殲滅した。その少し後のことだ。
そしてすぐにサファロウ領内での盗賊団退治で名を知られることになった。そこで使われたあまりに威力のある魔法によって。
それからは、ずっとサファロウ領都の公爵の城に籠っていたようだ。
例外は、三ヶ月前の王都での発掘遺物オークションと、六日後に迫った武闘競技会本選だ。
オッキゾルが魔族で、魔王軍でもそれなりの地位にいたなら、人族の少女レティネが〈深淵〉だと知っている可能性が高い。そして俺(勇者アアラ=タタ)と一緒にいることも。
狙いが本当に〈深淵〉なのか、それとも俺なのか、俺が奪ったことになっている〈玉座〉なのか。それら全部か。
いずれにせよレティネにも危険が及ぶのは間違いない。もしかするとヤマダやキリにも。
オッキゾルが武闘競技会に出場するのは、俺たちが招聘選手になったからだろう。俺と一緒に〈深淵〉がノコノコ王都までやって来るのだ。奪取のチャンスと思うはずだ。
オッキゾルは〈試験盤〉のせいで王都内での行動が制限されている。自由に動き回ることができない。それでもなお、危険を冒す価値があるということか。
いずれにせよ俺とレティネのことを既に知っていて、何らかの策を弄してくるのは確かだと思う。闘技場での対決なら準備万端な罠で嵌め殺しに来るかもだし、搦め手だったら仲間の誘拐や殺害もあり得る。
こうなると離宮に滞在していることは好都合かもしれない。当然〈試験盤〉は設置されているし警備も厳重だ。不審者に不意に接近されずに済む。何かあっても無関係な被害者が出ることもない。
リエステラ王女は、まだ俺から離れられない。治療調整は継続中だ。
巻き込んでしまうのは気の毒だが、元々俺たちを呼んだのは王女だしな。ヤバい連中を招き入れたことをたっぷり後悔してもらおう。
レティネ、ヤマダ、キリの安全が最優先。
それ以外は三人を危険に晒してまでは助けない。
その時に判断するのではなく、今判断してしまおう。
むしろ囮や盾として利用しよう。
まだ見ぬ敵ながら、俺はそう決心していた。




