021 まさか本物のワイバーンが現れるとは驚きだ
ランチタイム。
椅子を余分に出したのにレティネは俺の膝の上に座っている。
レティネにしては行儀が悪い。ドライアドを警戒しているのだ。パパは渡さないアピールかな。木の精霊はまだ、ままごとメンバーとして認められていないのだ。まずは無難な観葉植物の座でも目指すしかないな。
ドライアドは食事ができないので水を飲んでいる。俺の水だ。
「ぷふ〜」
「その水、どうだ?」
「うまいね。なんていうか、――整ってるっていうか、こなれてるっていうか」
土のときもそう言ってたな、こいつ。ただの味覚音痴さんかも。
「ヘンな成分とか、組成がユルいとか、何かないか?」
「そんなオカシナところはないなあ。気にしすぎじゃないかね?」
まあ、明らかな異状がなければいいんだけどさ。お茶は俺も飲んでるしな。
精霊検査官による安全判定ということで、いいか。
「ところで、アンタたち、もしかしたら北のほうから来たんじゃないかい?」
「――そうなるかな」
「だったらさ、トゥラパジェクのことは知らないかね?」
「トゥラ、なんだって?」
「トゥラパジェクっていうのは、でかいクモの魔物なんだけど、死んでたんだよ」
「クモか。――知らないな」
「からだの上に水をためて、おびき寄せた獲物をいっぺんに食っちまう、古株の魔――」
「ちょっと待った、あれってクモなのかよ!」
イソギンチャクじゃないのかよ。確かにここは海じゃないけどさ。
クモにぶよぶよの触手とかないだろ。
「もともとは、獲物を待ちぶせて食う地蜘蛛の魔物だったけど、長いあいだに図体がでかくなって変異をくり返してきたんだよ。長生きした魔物にはよくあることさ。いまじゃ、クモとは思えないやね。――で、知ってるのかい?」
「というか――殺した、かな」
「アンタ、ホントに人間かい? アレはでかすぎて殺せなくなった魔物だよ。どうやって殺したんだよ?」
「まあ、成り行きで――だよ」
言えない。苦しまぎれにスーパーお地蔵さんを三つも載っけて圧殺したなんて言えない。どうせ信じてもらえない。
「それじゃあ、この森の異変はどれもアンタたちのせいだったんだね。――アンタの魔法もヘンだし、その子も普通じゃないよね。うまく隠してるのかもだけど、とんでもない魔力だ。――まともなのは上にいるワイバーンだけかい」
へえ。やっぱりジョーロは飛竜なんだ。凄いな。
飛蜥蜴じゃなかったんだ。
「ワイバーンに乗るヤツはめずらしいのか?」
「このあたりだと、まれに魔族が乗ってるね。人間だとむかし、勇者やその仲間が乗ってたかな。遠くの土地がどうかは知らないけれど。ワイバーンは自分より強者じゃないと従わないからね」
それだとジョーロに乗ったまま人前には出られないか。そんな形で目立ってもいいことはない。
「そうすると魔族に動きがないのがヘンだね。せっかく魔王を担いで軍勢をあつめたのになんにもしないとか」
「あー、たぶん、その魔族とかいう連中は今それどころじゃないと思うぞ。まとまった動きはとれないかも」
「アンタなにを知ってるんだい? なにがあったんだい?」
「なあ、もし魔王がいなかったら魔族たちはどうするんだ?」
「うーん。人族を攻めようとはしないんじゃないかね。魔族は油断できないが数が少ないしね。――魔王が現れると種族として活気づくんだよ。人族の領域になにやら欲しいものがあるらしいよ」
魔族たちが大混乱なのは間違いないだろうけど、しばらくしたら骸骨魔王が復活したり、新しいヤツが玉座に座るのかもしれない。魔王の生態なんて全然知らないからな。
魔王がすでにいないこと、主な魔族や魔物が巻きぞえになったことをドライアドに話した。
客観的な事実だけで、俺が異世界から来たことや、そこに居合わせた理由、女神の〈加護〉のことなどは省いた。
「――ふう。――こんなに、驚いたのは、はじめてだよ」
話を聞きながら硬直して呻くだけだった精霊がようやく復活した。
「じゃあ、魔族は大きく力を削がれたわけだ。人族を攻めきるだけの勢いはもうないだろうよ。あきらめの悪い連中がなにかやらかすかもしれないが、それでしまいだろうね。――それに、アンタのデタラメさもよくわかったよ」
デタラメとは失礼な。うっかり蔓切るぞ。
ドライアドは蔓を引きずりながらラウンジやキッチンを歩きまわっている。人の暮しがめずらしいのだろう。
なぜかベッドルームに入ろうとしないので、何か遠慮してるのかと聞いてみたら、すでに別の精霊域なので入れないという。精霊の先客がいたとは。
見たところ部屋は変わりない。見えない精霊じゃお手上げだ。
ドライアドによると、よい精霊らしい。悪さをしないのならこのままでいいのかな。
セキュリティに気を付けたつもりが、ザルだったとは。
さすがに精霊の侵入なんて想定できないよ。
「いいもの見つけたね。これはレメドの実だ。森の奥にしか生えない木なんだよ」
俺はレティネと摘んだ赤青の実をドライアドに見てもらった。毒性とかないのかな。
「いや、毒はないね。むしろ毒消しになるし魔力も回復するよ。もっとも人間が食べてどんなもんかは知らないけどね」
害がないならレティネにも解禁しよう。
それからジョーロの世話をしたり、野営用のオーブンを作ったり、風呂に入ったり、夕食を作って食べたりを、ドライアドは飽きるでもなく眺めていた。
蔓を引きずりながら。
俺の謎水を飲みながら。
ドライアドから森や魔法の話をいろいろ聞いた。
大半は俺たちには関わりのなさそうな精霊譚だったけど。
「アンタたちにこれあげるよ。ドライアドの種だよ。どこか大きくて静かな森があったら適当に土に埋めてくれないか」
ドライアドが俺に手を伸ばすと、指先にぷっくりと玉ができた。
ポトリと落ちた指先を慌ててキャッチする。アーモンドによく似た種だ。
おい。まさか縄張りの新規開拓を手伝わせる気かよ。
「森が豊かになって悪い魔物が近付かなくなるよ。人間が暮すような浅い森だとあんまり効果がないけど」
「分かったよ。気が向いたらな」
「じゅうぶんさ。何百年でも待つよ」
いや、そんなに生きられないから。
翌朝。
俺たちの出発の準備ができると、ドライアドはしゅるしゅると身体をほどき、蔓の束になって窓から帰っていった。
〈ポケット〉に家具を収納し、拠点となるはずだった岩山を飛び立つ。
予定どおり渓流に沿って下っていく。
流れが大きく蛇行したり、滝になっていたりする。
しだいに川幅が増していく。
やがて歩いてたどれそうな、なだらかな川原が見えてきた。
森は途切れることなく、岩塊の多い地形から丘陵地へと続いていた。
「パパー。パパ、あそこー」
「うん。見えてるよレティネ。あれは、道かな」
そして、ついに道を見つけた。
道の痕跡だ。川と交差して東西に延びている。
架けられていた石橋は完全に崩落している。橋の周囲だけ舗装されていたが草でほとんど隠れていた。
西に向かえばアルブスという国があるそうだ。ここから道をたどって行こう。
魔王城を出てから初めての転進になる。
日が傾いて西日がまぶしい。
道沿いの広い空き地がに降りてみる。
ほぼ中央に屋根の落ちた廃屋がある。壁と腐った床の一部が残っているだけで、家具や用具類は何もなかった。材木の集積場なのか、軍などの駐屯地なのかも分からない。
「ここがおうち?」
「いや、これはムリだね。屋根もないし」
廃屋の隣に土で五メートル四方の床を作る。
石のタイルで床を整えて土壁で囲う。
木の幹を出し、魔力の糸を刃に沿わせて高速回転させた〈矢筒剣〉でタテに割って板材にする。それを複製して壁の上に渡して並べる。
屋根だけログハウスっぽい土の家だ。大雨が降らなければ大丈夫だろう。
さらに小さなバスルームとキッチンを増設する。
これで完成。
「ちょっと狭いけどがまんねー」
「はーい」
レティネは毎回家が違うのを、むしろ楽しんでいるようだ。
レティネが家具を並べるあいだ、ジョーロの寝床を作る。こっちは風避けの土壁を三方に作るだけでおしまい。
そして〈お替わり自由ヴァリューセット〉を与える。
「おつかれー」
鞍を外してやると、ジョーロも今日はこれまでと分かったのか、水を飲んで寝床にゴロリと横たわり謎肉をかじりだす。行儀が悪い。幼女に怒られるぞ。
ケガは完治して体力も戻ったようだ。
周囲の魔物はジョーロがいるだけで寄り付かないだろう。なにしろ本物の飛竜様なのだ。雑魚とは違うのだよ、たぶん。
もちろん俺の〈威圧〉も常時展開している。ジョーロも少し慣れてきたみたいで、やや強めでもビビらなくなった。
ジョーロの飛行速度なら早ければ明日にも、人間の住む村や町が見つかるかもしれない。
――異世界からの転移者は受け入れられるのだろうか。
転移者という存在が認知されている可能性は低いだろう。
絶対数が少ないから、知る人ぞ知る存在なんじゃないか。
怪しい不審者と思われるかもしれない。他国の間者や魔族の仲間と疑われたら面倒なことになるだろう。投獄尋問処刑コースはカンベン。
とくに排斥とかされないかもしれないが楽観はできない。
俺たちの風体を考えてみる。
飛竜に乗った見慣れない人種の少年と、その肉親とは思えない幼女。
うーん。
まず飛竜がダメだろ。言い訳するまでもなくアウトだ。
とても通りすがりの旅人さんには見えない。飛竜が家畜並みに普及しているわけないだろうし。むしろ恐怖の対象じゃないのかな。怪獣映画みたいな登場の仕方はイヤだな。
次に俺だ。
〈神力〉や魔法は目の前で使わなければバレないが、人種的な外見と服装は目立つかもしれない。
むしろ全裸のほうがマシかも。盗賊に身ぐるみ剥がされました設定だ。
だが、幼女連れの全裸男は俺的にNOだ。何の羞恥プレイだよ。
外套でもあれば制服姿も隠せて人目を引くこともないだろう。今の格好は旅装にしては軽装過ぎるんじゃないかな。
そして、俺とレティネのことだ。
レティネが魔王城に連れて来られた経緯を俺は知らない。
家具調度や衣服をあれだけ持っている、あるいは持たされているのはどうしてか。
魔族に無理矢理さらわれたのか。人身御供として差し出されたか。
普通に娘の身を案じて捜しているかもしれない。
けれど逆の場合も考えなくてはならない。
レティネがこれまで家族のことをおくびにも出さないのは、やはりおかしい。
いつまでも一緒にはいられない。
けれど、このままどこかの役所やら施設やらに、レティネを押し付けることはしたくない。
俺たちはもちろん親子には見えない。
年齢以前に血の繋がりがないのは一目で分かる。
レティネが俺を〈パパ〉と呼ぶのは確定なので、ここはワケありの親子と言い張ろう。子供を預かって面倒見てるとかなんとか。たとえ不自然でも押し通す。
ただレティネには品があって、ちゃんとした家の子に見えるので、俺が誘拐したと疑われるかも。
そこはレティネのパパ大好きアピールに期待するしかない。
いっそのことジョーロに乗ったまま大きな都市の広場にでも降りて、異世界から来ましたが何か、とキッパリ宣言したい気もするが、それは単に無謀というか、ただのバカだろう。
ようするに俺は――異世界デビューが不安なのだ。




