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異世界転移すればそこは玉座への階段だったりするし  作者: 魚座スプーン
第19章 王都
202/256

201 そして旅路の果てについに聖剣と出会ったのだ




 馬車の旅。

 幾つもの町や村を過ぎ、王都までの道程の八割を進んだ。


 幸い天気には恵まれている。

 突然の雨に降られて野外で立ち往生することは無かった。朝から丸一日降り続き、宿でのんびり過ごした日もあったが、他は概ね好天だった。雨の多い季節のはずなのに。まさか精霊パワーとかじゃないよね。


 キリが精霊魔法で操るゴーレム馬には欠点がある。

 水に弱いのだ。

 にわか雨程度なら平気だけど、長雨や大雨は要注意だ。馬の体に水が染み込むと途端に動きが悪くなり、最悪崩れてしまう。土の馬だしな。川を渡るのに浅瀬に入ることもできない。渡し船か橋を利用することになる。


 平原が現れ、やがて山勝ちになり、また平野になる。

 荒れ地や未開拓地は減り、緑濃い牧草地と耕作地が交互に現れる。森林は切り開かれ灌漑も進んでいる。王都の人口を支える農業地帯なのが分かる。街道もきちんと整備されている。並木道が多い。木の根で路肩を補強するためかな。

 それでも果樹畑に挟まれた道はのどかで、午過ぎの時間だと往来も稀だ。


 キリが馬車を止める。


「どうした?」

「なんかあるんだけど。道の真ん中」

「ん? あれは、――剣――かな?」


 轍の残る道のど真ん中に剣が刺さってる。


「いたずらなの? なんかのメッセージ?」

「さっぱり分からん。ヤマダ、周囲を警戒」

「はいです」


 一種の警告なのか、盗賊の待ち伏せか。

 辺りに不穏な気配はない。誰かが潜んでいる様子もない。


「レティネとキリも待機」

「はーい」「私も行くよー」


 馬車を降り、罠を警戒しながら近付く。

 地面に刺さった剣はとくに魔力を帯びてはいない。魔道具や魔剣の類いでは無さそうだ。


「エクスカリバーとか?」


 キリがお約束過ぎる件。

 突き立った剣があると皆そう言うよな。俺も思ったし。

 でもあれ、岩に刺さってたのは別の剣らしいぞ。

 刺さりが浅いから誰でも抜けそう。落とした剣が偶然突き立っただけみたいな。飾り気の無い大剣だけど、刀身を見るとそれなりに業物わざものっぽい。大振りな両刃の直剣。クレイモアとかに近いかな。


「抜いてみようよ。これはきっと、ウザー・ペンドラゴンの息子にしてサクソン人を打倒した、キャメロットの主である全イングランドの王、アーサーから受け継ぎし聖剣だよきっと」

「だからエクスカリバーじゃねーし。なんで急に饒舌なんだよ、キリ?」


 古い聖杯伝説の映画でも見たのかな。馬が出てこなくてウサギが無双するヤツ。


「そこ、カメラを意識しながらカッコ良く抜いてね、シン君」

「カメラなど無いっ」


 ならヤマダに抜かせればいい。凄く名場面ぽくなるよ。

 まあ、抜かないという選択肢は無いけどさ。通行の邪魔だし。

 柄をしっかり握り、剣を引き抜く。


 ――ずぽっ――


「――?」

「――?」


 キリと顔を見合わせる。

 何も起きない。ただの鉄剣のようだ。


「どう? 不思議な力が漲ったりしない? 祝福の声が聞こえたりとか」

「えーと。――しないな。女神も精霊も間に合ってるし」


 マジで間に合ってるし。


「パパー!」


 レティネが馭者台から見ている。


「なんだい、レティネ」

「あそこ、何かあるよー」


 背伸びして先の道端を指差す。


「ん? あ、ホントだ」


 篭手ガントレットというか手甲が落ちている。右手だけだ。革の止め帯が千切れてしまっている。なんか血も付いてるし。穏やかじゃないな。剣の持ち主の物かな。これも魔道具とかじゃなくただの防具だ。飾り気の無い実用本意の意匠だ。

 ここで事故でもあったのか。それとも戦闘かな。そんな痕跡は無いようだけど。

 エクスカリバー(仮)と手甲を拾って馬車に戻る。


「誰かいるよ、シン君。あの木の陰」


 道なりに二百メートルほど進む。

 果樹畑の家畜除けの低い石垣。そこにもたれて座る男が一人。俺たちの馬車に気付いたのか、こっちに向けて片手を上げている。


「ヒッチハイク?」

「いや、あれは――大怪我してるな」


「お――おおーい!」


 弱っているようだが必死に声を張り上げている。


「すまない、あんたら。――近くの町まで乗せて、くれないか。それか、うくっ、――傷薬でも持ってたら、分けてくれると――助かる」


 武芸者ベドヴル。

 男はそう名乗った。


 冒険者風の格好。焦茶色の長髪で日焼けした精悍な顔。怪我の痛みで元気が無いが。左手のみ手甲を嵌めている。

 乗り合い馬車で王都へと向かう途中、乗客の傭兵くずれにいきなり斬り掛かられ、剣を飛ばされ、挙げ句に突き落とされたという。油断していて不意を突かれたそうだ。手首が砕け、左足も膝の下で折れている。とても動けない状態だ。


 俺は聖女リオーラから教わった中級治癒魔法の詠唱でカモフラージュしつつ、〈神力〉でユニオレの上級治癒魔法を再現してベドヴルの怪我を治す。


「おおおっ!? なんと凄い!」


 白い光に包まれて傷が癒える。

 痛みもすっかり治まったようだ。手首を回し指を曲げ伸ばしする。


「あんたはアウディトの治癒士様か?」

「いえ、ただの薬師。通りすがりの薬屋ですよ」




「不意打ちで斬り付けるとは酷いですね。そんなこと許されるんですか?」

「仕方ねえんじゃねえか? 武闘会前だしな」

「えー?」


 キリが驚いているが、俺もビックリだ。


「現に殺されなかったし、金や武具も盗られちゃいない。衛士に訴えたって盗賊ならともかく、武辺者同士の諍いってことで相手にゃされねえさ。油断したオレが悪い。間違いなくあいつは武闘会の出場者だな」


 それでいいのかよ。

 ライバルは蹴落とすのがデフォなの? 場外乱闘上等? すでに闘いは始まっているとか?

 殺伐としてるな。

 ベドヴルはごそごそと腰の巾着袋をまさぐり金貨を出すと俺の手に握らせる。


「すまねえ、治療の礼だ。見ての通りの旅の空。懐が寂しいんでこんなもんしか出せねえが。足りねえなら後でなんとか用立てる」


 立ち上がり、膝を屈伸する。


「さて、剣を探して来るとしよう。世話になった。あのままなら俺は武闘会を諦めるしかなかったろう」

「あ、ちょっと待って。落としたのはこの剣では?」


 収納の腕輪から大剣と手甲を出す。


「おお! 拾ってくれたのか。ありがてえ――」


 喜んだのも束の間、ベドヴルは肩を落とす。


「だがこれを受け取るだけの対価が用意できねえ」


 持ち主がいるのに自分の物にしようなんて思わないよ。すぐそこで拾っただけなのに。騙し討ちがアリなのに、謝礼に悩んだりする道義的な一面もある。脳筋世界の常識がイマイチ分からない。


「どうか気にしないで。武芸者には必要でしょう」


 構わずエクスカリバー(仮)を押し付ける。


「ところで、この剣に銘とかあるんですか?」

「ああ。この剣はオレの相棒で〈エングレイヴ〉ってんだ」

「惜しかったね、シン君」

「いや、エしか合ってねーよ」




 武芸者ベドヴルは俺たちの馬車に同乗している。

 当然ベドヴルも行き先は王都グラダスだ。

 治療と剣回収の礼として武闘会の話を聞かせてもらうことにしたのだ。どうやら俺たちはこのイベントについて認識不足だしな。


「じゃあ、あんたらは招聘選手なのか?! 武闘会に出るのも驚きだが、まさか招聘選手サマだとはな」


 ベドヴルが愕然としている。

 薬師が出場は珍しいのかな。


「はい。俺とヤマダの二人ですが。ヤマダは〈精霊の弓〉、俺は、恥ずかしいことに〈勇者殺し〉と呼ばれています」

「〈勇者殺し〉!? 薬師で勇者殺し――てことは――」


 ベドヴルがハッとする。俺の肩に優しく手を置く。


「そうか。相当な深手だったんだろうな、その勇者。あんたの腕は確かだ。誰が治療しても助からなかったさ。気にするな」

「はあ」


 あれ? 瀕死の勇者を助けられなかった薬師なの?

 それで〈勇者殺し〉と。

 何その汚名。まるで治療をしくじったみたいだ。

 やっぱり薬師で〈勇者殺し〉の二つ名だとそう誤解されるよな。薬屋をアピールするのは止めとこうか。毒殺したとか思われそう。地元バシスなら勇者との試合を見た者もいるから、そんな解釈にはならないのに。


「それで――招聘選手って何ですか?」

「おいおい、そっから知らないのかよ。自分がそうだろうが」


 知ってるけどさ。制度的な事じゃなくて、どんなイメージかを知りたいんだけど。


「国内で目に付いた強そうな奴を武闘会に呼びつける、とか?」

「ああそうだ。大体それで合ってる。推薦選手とも言うな。他領にまで武名の聞こえるような猛者が選ばれることもあるし、無名の実力者が呼ばれることもある。もちろん子飼いの戦士を出場させることも。合わせても百人を超えることはないはずだ。予選は免除で本選からの出場になる」


 そのあたりは支部長のセッラからも聞いている。


「王家と大貴族だけじゃなく、騎士団や有力ギルドも招聘枠を持ってる。推薦した側の名誉にも関わるから皆腕は立つぞ」


 俺とヤマダを推薦したのは誰だろう。

 冒険者ギルドを通して招聘状が届いたから、王都の冒険者ギルド本部の推薦かと思ってたけど。支部長のセッラは何も言わなかったし。リューパス伯爵にも力を尽くせと言われただけだ。

 主催者の武闘協議会の推薦なのかな。王都に着いたらギルド本部で訊いてみよう。


「オレも去年は予選を勝ち上がって本選まで進んだが、一回戦で招聘選手の剣士に負けちまったよ」


 武闘会は参加自由だ。

 銀貨三枚の登録費を払えるなら誰でも出場できる。素見ひやかしも含めて例年千人以上が登録するそうだ。招聘選手は所謂シード枠。一般参加だと本選前の予選から勝ち上がらなければならない。招聘選手に合わせて勝ち残る人数が調整される。本選は王都内の大闘技場で試合が行われるが、予選は本選の一旬前から街中の広場や市壁外の特設会場で順次行われる。


「本選は強者が揃って見応えがあるが真面目すぎる。オレは予選の妙ちきりんな盛り上がりが好きだな。裏工作も買収もアリだ。賭け札は飛び交うし、酔っ払いに喧嘩、歓声に怒声。ヤジもすげえ。勘違いの飛び入り参加に、思わぬ達人も現れる。支援者のいないヤツがほとんどだ。人死にも予選のほうが多いぞ。まさに戦場。ワハハハ、楽しみだ」


 思ったよりカオスなイベントらしい。

 とにかく盛り上がれば良いのか。管理された競技会というより、ただの喧嘩祭と考えるべきかな。


「予選は相手を自分で選べるんだぜ。人数の都合で会場ごとに振り分けられてるが、組み合わせは有って無いようなもんだ。互いが同意すればそのまま対戦が組める」

「相手が選べるのは面白いですね」

「ああ。もし決められなければ協議会側が勝手に対戦を組む。だから相性のいい相手をいかに引き込むかの駆け引きも要る。煽って怒らせたりな。――そして最低でも五勝しないと本選には行けねえ。結構キツいもんだぜ」


 自分に有利な相手を見つけられれば楽に勝ち上がれそうだけど、そう上手くはいかないんだろうな。最後にはボロボロになってるんじゃないか。


 武闘会は大穣祭での由緒ある御前試合が前身のはずなのに。

 どうしてこうなった。




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