198 夏の終わりに南へと旅する冒険者パーティー
ブクマ、評価、レビューいただきありがとうございます。
新章を開始します。
〈パパ〉一行が王都に行って武闘会に出場という話ですが、ちょっと話数が多くなるかもしれません。投稿ペースは週二、三話になりそうです。たぶん。
引き続きよろしくお願いいたします。
「どう。パパ?」
「見えないね、うん。上手にできたよ」
レティネの光が薄れている。
微かに漏れ出ているだけだ。異様な強さの光暈は見えない。
浴室の明るさにまぎれて誤摩化されてるかもだけど。
「やったー」
裸のレティネが喜ぶ。
「じゃあ流すよー。バンザイねー」
「はーい」
幼女にじゃぶじゃぶとお湯を掛けて石鹸の泡を流す。
レティネが自分の精霊光を消してみせた。
数ヶ月にわたる試行錯誤の成果だ。
精霊の〈祝福〉や〈加護〉がてんこ盛りのせいで、俺たち〈パパ〉は精霊光がダダ漏れ状態だった。精霊視できる者からすれば、精霊光をまき散らす異様な一団なのだ。無駄な注意を引かないための対策が必要だった。
消せるようになったのはレティネが一番最後になる。
エルフのヤマダは割と自然な感じで精霊光を抑えていたし、俺は魔力操作の延長としてほぼ漏れないようにできた。レティネは精霊視するまでが大変だったけど、俺の魔力を同調して練習させたらなんとか消せるようになった。
そしてほとんど無理だろうと諦めていたキリが、「ロアムちゃんお願い」の一言で消してみせたのには驚いた。精霊自身にやらせるとは。なんかズルい。
キリ特有の元の世界の精霊光も目立たなくなっている。
これで、なんかアイツらヘンに光ってる、と不審がられずに済みそうだ。精霊がらみで寄ってくる人って面倒なタイプが多いし。ただし、精霊光=精霊の力、とも言い切れないから完全に安心もできない。あくまで光を抑えただけだ。
「ヤマダ。火の精霊って、どこにいるか分かる?」
お風呂の妖精みたいなエルフの美少女にお湯を掛ける。
流石に身体は自分で洗わせるけど洗髪は俺も手伝う。長い髪だし。なんとなく。ヤマダはあまり恥じらったりしないから、俺も意識し過ぎないでいられる。
キリは恥ずかしがって一緒に入ってくれない。
それが当たり前なんだけどさ。
幼女様と始祖様は俺と一緒なのが自然なようだ。俺も受け入れちゃってるし。
習慣って怖い。
「分からないです。火の精霊ヤンギン様は、すべての火に宿り、あらゆる火を導く、そうです。おらの里でも、竃に火を入れるとき、ヤンギン様に一言、感謝を捧げる、です」
魔法の火にも宿るのかな。
木の精霊ドライアド、土の精霊ロアム、風の精霊アエル、水の精霊スー。どの精霊も人の生活とは縁遠い大森林の奥を住処にしていた。でも火ならむしろ人の世界の方が多いんじゃないだろうか。
「火の精霊の〈加護〉をもらったエルフはいないの?」
「古い伝承には、あるみたいです。でも、長老様にも、いないです」
他の精霊にはもう出会わないようにしたい。
火の精霊の巣とか、あったりして。
うっかり〈祝福〉を受けたくない。俺はともかく仲間たちまで人間離れするのは困る。今更かもだけど。出没しそうな場所を避けるくらいはしないと。わざわざこちらから精霊の縄張りに出向いたりしないように。
「〈大地の火〉に住まう、とも聞いてる、です」
「大地の、火?」
火山かな。
「山じゃないです。消えない火が、地の底から、湧いてるそう、です」
天然ガスとか? それとも霊的な火かな。鬼火とか。
「遠いの?」
「そう聞いてる、です」
「ならとりあえず、明日の花火は大丈夫だね」
明日は領主主催の夏の旬祭がある。
七の月の初日だ。
去年は飛竜に乗った魔族部隊の急襲があって花火が見れなかった。
精霊が怖くて楽しめないんじゃ残念過ぎるし。
精霊は花火見物に来たりしないよね。
花火と思ったら精霊でした、とか。
火以外だと、メジャーどころは光の精霊かな。
光なんてどうしようもないな。
めちゃくちゃ光っちゃいそう。
闇の精霊や雷の精霊とかもいたりして。
とにかく精霊のいそうな場所には行かないぞ。
正直見当も付かないけど。
◇◇◇
それから夏の間、俺たちはレリカム大森林の深部で冒険者稼業に励んだ。
キリの強化が主な目的だ。
なるべく大物の魔物を探し、キリとヤマダだけで倒せるようにお膳立てした。俺はナビ&サポート、レティネはいつものように〈ポケット〉での素材回収係。
何日も適当な獲物が見つからないこともあったし、立て続けに遭遇したこともある。
崖の上で体長八メートルを超える〈デーシクリク〉というカメレオンに似た魔物に待ち伏せされたり、谷一面に巣穴を掘りまくっていた上半身はクワガタ、下半身はイモムシな〈ソルマゴット〉の群れを、キリがモグラ叩きよろしく退治したりと、生態すらあまり知られていない獲物を狩った。
魔物の姿に見蕩れて接近を許したことも。
背骨に沿って巨大な帆のある大トカゲ。なんだっけ、ほら、恐竜じゃないけど恐竜っぽい、えーと、と名前を思い出そうとしてるうちに目の前に。
「そうだ、ディメトロドン!」
技名を叫ぶように、牙をむいた魔物の大口に向けて〈魔力弾〉を撃ち出して仕留めた。
まあ、似ているだけの魔物だけどさ。
珍しい魔物とはいえ、素材利用のノウハウが確立されていないものは買い取り価格も微妙だった。暫定価格的な。希少なら高く売れる訳でもないらしい。
夏の狩を通してキリは〈ナーロの鳴鈴〉を三回聞いたそうだ。
〈継承〉による力の配分。この世界におけるレベルアップのお報せだ。
身体能力と魔力が底上げされたことになる。数値的に確認できないのであくまで印象だが、二割から三割くらい強化されると聞こえるようだ。
ヤマダは一度も聞いていない。
既にかなり強化されているので成長しにくいのだろう。
考えてみれば、アントラム迷宮探索からずっと一緒に相当数の魔物を仕留めてきた。俺が殺したのも含めて。それこそ普通ではありえないほどの数を。だから経験値的なものは俺と山分けになっているはず。レティネはおそらく〈継承〉の配分を受けないし。
弓の腕前や精霊の加護の力ばかりが目立っていたが、地力も格段に上がっていることになる。
以前のヤマダの話からすると〈ナーロの鳴鈴〉は必ず聞こえる訳ではないらしい。
短時間とはいえ脱力状態になるので戦闘中、つまり力を使っている間は鳴らないのかも知れない。致命的な隙になるし。ゲームとかだと魔力体力が全回復したりするけど、〈継承〉はそこまで都合良くないようだ。
でもそんな配慮があるなら、魔王城での俺の時も気を遣って欲しかったよ。凄いピンチだったのにノイズみたいに圧縮して鳴り響き、身体まで動かなかったのだから。
あれは例外的な事だったのかな。今更の恨み言だけどさ。
「マジなのか? キリ」
「うん」
キリが棒術の相手をしてくれと言ってきた。
「とうとう棒術に目覚めたんだな。魔物もめっちゃ叩いたしな」
「だから魔法の杖だと、何度――。じゃなくて、グラーシャ先生から体術も魔法使いには必要だって言われたんだよ」
グラーシャは俺にとっては魔力症の患者であり、キリにとっては魔法の師匠だ。数人の弟子に氷属性の魔法を教えている。
「近接戦対応ってこと?」
「それだけじゃなくて、魔法詠唱は集中力が大事だけど、意識を取られ過ぎると却って散漫になるからって。体術の修行は意識のリズムコントロールに効果的だそうよ。この杖でできる体術って棒術くらいだし」
それは理に適っているかも。息を止めて力んだところで集中できる訳じゃない。普通に呼吸をしながら、身体も動かしながら集中できないと魔物とも戦えない。実戦では息が上がることもあるしな。じっとしたまま詠唱に没入とか、産業系生活系の魔法使いか研究者だけだ。
「相手は俺でいいのか? ギルドの講座だってあるだろ。俺だと基本の型すら教えられないぞ」
「シン君がいいの。シン君じゃなきゃダメ」
「お、おう」
そんな真剣に見詰められると照れる。
「遠慮なく叩けるし。無料だし」
「――ですよねー」
「棒術そのものじゃなく体捌きみたいなのを覚えたいから」
俺とキリはロアムの精霊殿前広場で向かい合う。
土の精霊ロアムが作ったマヤ文明のピラミッドもどきがそびえている。
キリの得物は愛用の木の杖。ヒマの木というかなり硬い木だが、魔法の杖にしては素っ気ない初心者用のものだ。発動補助の魔石も付いていない。お遍路さんとかの杖に見える。
俺も同じ杖を複製して構える。
以前冒険者ギルドの試験場で覗いた棒術の講座を思い出しながらキリと打ち合う。
俺が打ち込み、キリが受ける。
キリが打ち込み、俺が受ける。
何度も繰り返す。
俺は身体強化はしない。キリにはなるべく身体強化させる。
攻撃にも防御にも。
身体強化も結局魔力操作に他ならない。集中力の訓練には最適なはず。
乾いた打撃音が響き続ける。
「シン君っ、私の杖が傷だらけに」
キリが愕然として膝を突く。涙目だ。
激しく打ち合えばそうなるよ。
「それは仕方ないだろ。――それっ」
〈神力〉による再生。一瞬で元通り。
装備メンテ担当は俺だしな。
「ありがとう、パパ」
「誰がパパだっ」
それからキリに身体強化のコツを教えた。
キリの身体強化はまだ不安定。俺が体内魔力の流れを誘導して疑似強化状態を教えても、キリ自身では再現しきれない。魔力が多いからそれっぽくはなってるけど、長くは保たないし魔力消費も大きい。無駄が多過ぎる。どんどん魔力が増え続けたから、効率的な魔力操作を覚え損なった感じかな。
その点は俺も人の事は言えないけど。
◇◇◇
八の月の半ばに馬車を購入した。
王都への旅の準備だ。
九の月の下旬に開催されるアルブス王国武闘競技会に出場するためだ。〈勇者殺し〉の俺と〈精霊の弓〉ヤマダは選手として招聘されている。
「パパ?」
「やっぱりこれがいいね」
「貴族の馬車みたいじゃない?」
「いや、そこまでじゃないよ。ちょっとした商会でもよく使ってるし」
荷の積載量は気にせず客車として快適な物を選んだ。三人ずつが向かい合って六人乗れる二頭立ての馬車だ。なるべく無駄な装飾の無いものを選んだ。馭者台にも二人乗れる。馬も買いたかったけど諦める。専従の世話係が要るしな。牽引はキリの謎土ゴーレム馬で代用する。
オリジナルの馬車はレティネの〈ポケット〉に収納し、〈神力〉による複製の馬車を使う。複製するならわざわざ高い買い物をする必要も無さそうだけど、そうでもないのだ。
登録も必要だし、荷馬車と客車では交通ルールに違いがあるし、車体の操作自体もかなり違う。そうした事を丁寧に教えてもらえる。王都までの推奨ルートも教えてくれた。より快適な道を通りたいしね。その他にも色々相談に乗ってもらえる。ケア付きの値段と考えれば良いのだ。
キリのゴーレム馬二頭で馬車を受け取りに行っても、偽馬とバレなかった。冷や冷やしたのに。ハーネス装着を教えてくれた親方も気付いてないっぽい。精霊魔法ゴーレム凄いな。偽物の可能性なんて考えもしなかったろうけど。
「あんまりガタガタしない、です」
「魔物素材のサスペンションらしいよ。王都までは結構な長旅だし、なるべく疲れないようにしないとな」
悪路向きじゃないけど細かな揺れには強そうだ。座席のクッションも上質でレティネも満足。
〈エルフの雫〉と〈ユリ・クロ〉の間の路地に乗り入れる。ここが表向きの馬車置き場になる。実際は馬車本体はレティネの〈ポケット〉に収納、馬たちはキリが土に戻す。
アルブス王国武闘競技会。略して武闘会。
その名の通り、アルブス王国の王都グラダスで毎年開催される武の祭典である。
国内のみならず国外からも腕に覚えのある強者が集い、一旬かけてトーナメント形式で戦うというものだ。騎士に領兵、傭兵、冒険者、武芸者、無頼の徒まで、重罪の前科がある者以外出自は問わない。
ちなみに殺し合いではない。一応ルールに則った試合だ。優勝者や注目された選手は報奨金のみならず、諸候に仕官したり騎士団などに迎えられることもあるという。
名目上は秋の大祭〈大穣祭〉のサブイベントだが、規模が大きくなるにつれ独立した催しになり、日程も大祭の一旬前にずらされている。
主催は紛らわしい名称のアルブス王国武闘協議会。
王家騎士団、諸候騎士団、傭兵ギルド、冒険者ギルド、その他各有力商工ギルドがこぞって参画する協議会だ。莫大な収益があり、どの団体にも旨味のある大事業となっている。動くのはほとんどが賭博の売上だそうだ。
大衆娯楽の興業であり、集客集金の巨大利権。人気スポーツの大会みたいなものか。
武闘会への招聘は冒険者ギルドを通じて伝えられた。
これはバシス支部の代表という扱いになるのかな。そして領主のリューパス伯爵の子飼いである事も知られているはず。となるとリューパス領の代表か。一回戦負けだと恥ずかしいかも。
「優勝するですか、アラタ?」
「しないつもりだけど」
「できないとは言わないんだね」
「パパが一番だよー」
「レティネありがとう。でも武闘会は王都観光するための建前だよ。気楽に行こう」
一度行ってみたかったこの国の都。武闘会は名目で、ただの家族旅行だ。
「――と言いつつ旅の途中で、不治の病の美少女を癒し、襲いかかる盗賊団を返り討ちにし、人々を苦しめる邪悪な魔法使いを打倒するシン君なのだった」
「勝手なナレーション入れるなっ。そんな忙しい旅行はイヤだ」
できるだけ元の世界のお気楽旅行を再現するぞ。
冒険者ギルドバシス支部本館で俺とヤマダの壮行会が催された。セッラ支部長の激励の言葉、そしてタダ酒目当ての冒険者たちに景気付けとして背中を散々叩かれた。闘魂注入という名のイジメですね、わかります。エルフ美少女に手荒なことはできないのでヤマダの分まで叩かれた。俺じゃなければ背中が腫れてるよ。
領主の城へも挨拶に出向き王都行きを報告。伯爵からも奮闘を期待された。
こうして八の月の下旬、冒険者パーティー〈パパ〉は王都に向けてバシスの街を出発した。




