170 気楽に来れるのならお城の宴も悪くないのに
新年二日目は領主の城での祝賀だ。
〈パパ〉三人とサイトウは招待されて来た。マヤさんとアムニス、カンノの母親コンビは〈エルフの雫〉で過ごす。同伴もできるだろうけど、いきなり城での式典はさすがに敷居が高いようだ。
昨日は領主が信仰するメスス教会の司祭による神事が執り行なわれたそうだ。
メススは豊穣神。多くの領主が信奉している。リューパス辺境伯なら武神とかを奉ってそうなのに。
そして今日は各界の代表や有力者識者たちが挨拶に集まる。
人の出入りが多く歓待の宴も大規模だ。
「サイトウ様。俺たちの立場は、どんな感じなんでしょう?」
「ん? 私と同じようなものだ。家臣ではないが領主と個人的に所縁を結んだ者、そのことを公にできる者。私の場合は魔法の識者、アラタたちはご贔屓冒険者というところだろう」
ただの便利屋さんだけどな。
というか食客のようなものかも。俸禄はないけど報酬はたっぷりもらってるし。
「領主筋に挨拶したら適当に過ごす。顔を見せて回る。挨拶は受ける。それくらいだな。ここでは基本領主側という扱いだから、みっともない真似さえしなければいい」
今回は俺たちが注目される理由もないしな。あくまで新年恒例の祝賀だし。
ご馳走を楽しんでマヤさんたちに土産話を持ち帰ろう。
――まあ、そう上手くはいかないわけだけど。
「申し訳ありません、アラタ殿。お手柔らかに願います」
「はあ。よろしく、プリスラさん」
城兵舍脇の道場、というか屋内馬場だ。
小さな体育館を思わせる造りで、床は剥き出しの地面だ。毎日調練に使われているらしく新たに踏み荒らされたような土の匂いがする。
その真ん中で俺と女騎士が向かい合っている。
剣を構えて。
シルテアの護衛でもある女騎士プリスラと対戦する事になった。
あくまで試合だけど。
たぶんこれは、伯爵の三女シルテアが手を回したのだ。
大ホールで伯爵に挨拶する客の流れに混じり、その場を見事に差配する執事にうながされて領主一家の前に出た。伯爵と夫人、娘のシルテアと言葉を交わしていると、伯爵によく似た青年に声を掛けられた。というか大声が轟いた。
「おお、アラタ殿。貴殿が〈勇者殺し〉というわけか!」
だから殺してないよ。
「お初にお目にかかります、クルト様。Eランク冒険者のアラタと申します。こちらが仲間のレティネとヤマダです」
クルト・リューパス。辺境伯家の長男にして嫡男。
会うのはこれが初めてだ。
王都の学院を修了後、領内第二の都市フィリウで代官をしている。二十二歳。辺境伯家の血筋故か恵まれた体躯と覇気を持っている。明るい青の瞳と金色の巻き毛は伯爵譲りだろう。
「我が妹シルテアからも、貴殿は見た目によらず剛の者と聞いている」
すみません。見た目弱そうですみません。
クルトは俺より十センチ以上身長がある。体格も引き締まっていて、鍛錬の度合いが服の上からも分かる。騎士服をゆったりと華やかにしたような意匠の服がよく似合っている。
「魔将を屠り勇者を一蹴、さらにシルテアをも抑え込むとはな」
たまたまです。
あれ? お兄ちゃん的には魔将や勇者より妹が上なのかな。
「せっかくの引合わせゆえ私も手合わせ願いたいところだが、それは父上にも止められている。どうだろう、私の代わりに、ここな騎士相手に美技を披露してはもらえないだろうか?」
そして上機嫌なシルテアの陰から進み出たのがプリスラだった。
「プリスラさんと、ですか?」
相変わらず申し訳なさそうな表情のプリスラ。
スレンダーな美人騎士さんだが、いつもシルテアのお転婆に付き合わされている苦労人だ。今回は、たぶん俺と同じ被害者だろう。
一方クルトとシルテアは笑顔だ。目の輝く様子もそっくり。ぜったい示し合わせてるなこの脳筋兄妹。俺とプリスラ可哀想。
冒険者ウェアに着替え、道場に案内されると、クルトとシルテア、そして見物客がたくさん集まっていた。騎士団の人もかなり混じってる。屋外じゃないとはいえ暖房もされてないのに物好きな。四隅には篝火が焚かれている。ただの演出だな。これじゃ完全に祝賀の余興扱いだ。
たぶんだけど、俺の力の底を見極めたいという意図もある気がする。
先日のボロウ領での魔物討滅も一日で片付けたし。俺にどこまでの力があるかを把握しておきたいんじゃないか。
ヤマダは戦士として優れてはいるが、まだ理解の範疇だ。レティネの事も、おそらく当たりが付いているのではないだろうか。俺が保護して連れ回している金色の瞳の幼女。もう身元を突き止められていてもおかしくはない。〈深淵〉の正体まではともかく。
そして俺。
今まで当座しのぎで誤摩化していたが、やらかした事を並べてみると、やっぱり常軌を逸している。謎の異世界人。味方であるにしても、その力は確認しておきたいだろう。
きっと俺が苦戦でもすれば安心してもらえるのかもしれない。実力の程が見れたとして。
もちろん全力なんて出せない。
いったい俺はどれだけのモノを作り出せるのか。
当然〈神力〉の限界について考えた事はある。
巨大な山脈も作れる?
家どころか都市ごと丸々?
どうやら、それどころではないようなのだ。
まだレティネを連れてヴァネスク大森林を抜けようとしていた頃、〈神力〉で何が出来るのか調べるつもりでレティネを複製しようとした事があった。軽い気持ちで試した。あのときは力不足で不可能なのだと思っていたが、実際はレティネに宿る〈深淵〉をちゃんと認識できなかったからだ。規模が大きいなりの収納魔法だと思っていたし、どういうモノなのか見当も付かなかった。
今ならたぶん、レティネを〈深淵〉ごと複製できる。そういうものとして認識できる。
とくに青い座標線を見てから、それは確信に変わっている。
そして俺が今いる惑星も丸ごと複製できるだろう。
ロッシュ限界の内側に、ポンともう一個。
壊滅的な事になるからやらないけど。世界が滅びるし。
それさえできるのが創造神の力なのだ。
レティネの複製も絶対しない。
複製したレティネも本物に違いないのだ。偽物ではない。
余分だから一人消去、なんてできっこない。
あのときレティネの複製に失敗してよかった。
でなければ今ごろ俺は、二人のレティネを連れていただろう。
冗談でも本気にはなれない。
環境破壊には注意してるつもりだが、これでは世界の管理者アマトゥス神が俺に関心を持つのも仕方ないことだ。
「では、僭越ながら私から――」
クルトの開始の合図を受けて、深々と礼をするプリスラ。
なんか相変わらず律儀だ。ちょっと俺に心酔気味なのが残念な人だけど。
正装の騎士服から調練用の服に変わっている。着慣れ具合がカッコいい。
「御免!」
刃引きしたサーベルを構えたプリスラが一気に迫る。
驚いた。
すでに眼の前だ。
五メートルの距離など無いに等しい。瞬時の身体強化を見せる。
魔将ギアタリスに迫るほどの速度。騎士団のディボー隊長を上回っている。正直予想外だ。
刺突。
俺は借り物の鉄剣でプリスラのサーベルを、やはり突きで受ける。
刃をこすり合わせるように重ねながら押し逸らす。俺の肩を狙った突きを跳ね上げる。続く横薙ぎにプリスラが反応してサーベルを振り下ろす。俺の剣を受け払う。
火花が走る。
――シャギンッ!――
一瞬の攻守。
プリスラが跳び退る。
俺も後ろに一歩下がる。
「まさか、突きを突きでいなすなんて――」
プリスラが驚愕している。
俺も目が覚めた。
「今の身体強化は凄いですよ。魔力が瞬時に跳ね上がりましたね。ギョッとしました」
「フフフ。流石ですね、アラタ殿。あれに対応なさるとは」
ちょっと勘違いしてたかも。
この表情。いつもの疲れた感じは綺麗サッパリ消えて、代わりに目を輝かせた動物的な活力が宿っている。別人のようですらある。
この試合を仕組んだのはクルトとシルテアの兄妹と思っていたが、もしかするとプリスラ自身が望んだのかもしれない。命じられて仕方なくここにいる感じがまったくしない。楽しんでいる。
おおっ。
――キンッ、ギ、ガンッ!――
ふたたび肉薄されての斬り払い。
脇を取るように弧を描いての接近から、斬り上げ。
俺が受けると、柔らかくトリッキーな肘の返しで刃を流し、横腹を狙ってくる。
と見せ掛けて、剣を握った腕を斬りに来る。
普通なら重さの乗らない小手先の技だが、身体強化された膂力で繰り出されるので、ずっしりと重い。本気で受け止めないと体勢を崩される。
舞うような大振りの動きなのに、とにかく速い。
ただの真剣なら折れていたかもしれない。
プリスラは刃付けしてないサーベル、俺も刃付けのないバスタードソードを使っている。訓練用の模擬剣だが、これは安全のためではない。訓練用の剣は強度のみに特化して作られている。得物が壊れての決着はない。切れないだけで当たれば骨は砕ける。相手を殺すこともできる。
プリスラは強い。
シルテアはもちろん、剣術だけならたぶんディボー隊長よりも強いだろう。当然護衛対象より弱いはずはないのだが、もしかしてリューパス領最強の剣士だったりするかも。
とくに身体強化が秀逸だ。
通常は魔力を身体全体に横溢させたまま、特定の部位にさらに追加の魔力を割り振って発動するものだ。基本的に効率の悪い魔法だ。
プリスラの場合は瞬発的に魔力量を増やすものの、ピーク状態を維持せずにそのまま体内で霧散させている。斬撃の瞬間に筋力もスピードも極大になるが、直後はもう身体強化が解けている。常時スイッチが入っている訳ではなく、オンオフを細かく切り替えている。他の騎士や魔法使いがこんなことをすれば、かえって魔力の消費が増えてしまうはずだ。
魔力使い放題の俺にはない発想だ。
生来の能力なのか訓練の成果なのか、プリスラは魔法剣士としてユニークな戦い方を会得していた。
「今の、虚実には、自信があった、のですが」
さすがに少し息が上がっている。
「冷や汗ものですよ、プリスラさん。受けるのが精一杯です」
「そんなこと仰って、汗も掻いておられない。――うふ」
柔らかくほころぶように笑う。生真面目さが消え、人を魅了する笑顔だ。
でもちょっと怖い。瞳の奥に炎が見えた。標的をロックオンしたような昂揚のゆらめきが。
見物客がどよめいている。
端から見たら、プリスラの姿が突然俺の前に現れ、金属音が響き、ふたたび離れて言葉を交わしているだけだ。それと知っていなければ移動も剣線も見えないかもしれない。それほどの速さだ。
魔王城での出来事で〈継承〉によって大幅に強化された俺の反射神経と速度ならまだしも、プリスラはどうやってここまで高速化できたのだろう。
プリスラの魔力量はそこそこ多いものの、領の騎士の中にも何人かいるレベルだ。とくに体内魔力を隠蔽している様子もない。才能があったという事なのかな。これを修行だけで体得したなら驚きだ。
「我が家は代々、騎士を輩出した家系でした――」
親切にも説明が。ありがとう、プリスラさん。
疑問が顔に出ちゃってたかな。
「祖父は魔法使いへの未練が捨てられない人で、そんな魔法かぶれの変人騎士に育てられたのが私です。――では、参ります!」
短いよ、自分語り。
もっと喋ってくれていいのに。
幼い頃から騎士として育てられながら魔法も叩き込まれたって事でいいのかな。
剣士のガワを被った魔法使い、みたいな感じか。
自在な身体強化に特化した剣士。
今度は前傾のまま摺り足で、サーベルを後ろに流し、柄頭を見せながら、ゆっくりと滑るように接近。俺の胴を高速で横薙ぎにする。
何をするつもりか分かっていても、後ろに下がるしかない。
前動作を見せる事で対応の自由を奪っている。
「はっ!」
そして、間合いを取ったつもりの俺の眼前に、プリスラが突如出現する。
転移などではなく、身体強化による急加速だ。
体勢のやや崩れた俺を斜め下から、剣を構えた腕に隠れた位置から、最高速度で斬り上げてくる。
俺の肩を下から狙ったのか。
確かにそこは死角ではあるけど。
普通なら払おうとしても、とても間に合わないよな。
――ギィンッ!――
余裕を持って剣を合わせ、斬撃を受け止める。
そのまま柔らかく押し返し、プリスラの体を流す。
「え!?」
仰天するプリスラ。
受け止められただけでなく、まさか優しくいなされるとは思わなかったろう。
俺はそのまま、隙のできたプリスラを大上段から斬り下ろす。
瞬発的な身体強化が解けたプリスラが、対応できる速さで。
耐えられる強さで。
受けやすい角度で。
――キンッ――
さすが護衛騎士。とっさに重心を落とし、両手でサーベルを構え持ち、俺の斬り下ろしを防ぐ。
俺の剣を押し上げ、すかさず大きく跳び退る。
「くっ」
プリスラの表情が歪む。
「あ、アラタ殿っ。手加減、しましたねっ?」
たった今の、余人なら目にも留まらない応酬の中でも気付くとは流石だ。
「当たり前ですよ。そうしなければならなかった。それだけです」
俺としては、剣術という縛りの中で〈神力〉も〈魔力弾〉による瞬殺もなしで、さらにシルテアのときのように〈魔力糸〉での操作もしていない。ほぼ地力で戦っている。それでも俺に及ばないのなら、侮辱しているだの舐めているだの非難される謂れはない。悔しがるのは勝手だ。
本気でやれば試合の形にすらならないのだ。
「ふふふ。これが、〈魔王殺し〉アラタ殿の、実力と、いうわけですね」
怒っているかと思えば、プリスラは陶然と笑う。
憧憬の瞳で俺を見る。
あれ? ヘンなスイッチ入っちゃった?
けど〈魔王殺し〉は非公式設定ですから。
「魔将を屠られたとき、私と同様の、そして私とは違う形での、剣と魔力を操る技を拝見しました。アラタ殿の高みにどれだけ迫れるか。ずっと夢見ておりました」
高評価をありがとう。
でも俺が達人というのは完全に誤解だから。
そういえば魔将ギアタリスを倒してから俺を見る目が変わったような。あれは魔道具〈跳靴〉の助けもあったんだけどな。
いずれにせよ、プリスラのスタイルは騎士の中では異端だろう。
こうした独特の魔力の使い方だと、他者と合力したり協調したりするには不向きなはず。騎士は集団戦が基本だしな。プリスラの場合は単独で力を発揮するタイプなんだろう。
一人で戦い、魔力を操る事で強化しているように見える俺に、シンパシーを抱いたのかな。実際は的外れなんだけど。
「それでは改めまして。私のすべてを、受け止めていただきます」
そんな誤解を招きそうな言い方はやめて欲しい。
重たい告白かよ。
「いざっ!」
プリスラが急接近。
怒濤の連撃を浴びせてくる。
俺はかわし、受け、いなす。そして牽制の斬撃を放つ。
プリスラも俺も人間の反応速度をゆうに超えている。魔力的な効率化、最適化がなされているんだろうか。
見物人に優しくない戦いだ。
火花が散り、金属を打付け合う音が耳が痛いほどに響くだけ。俺たちの動きを完全に追える者は少ないだろう。
瞬間的な強化をくり返し、俺に喰らい付くプリスラ。
俺を怪物と認めて全力を叩き付けてくる。
それを難なく、もれなく受け切る俺。
速度、筋力、スタミナ。そのすべてで俺が上回っている。
技量の優位をくつがえす、スペックの決定的な違い。
そのせいでプリスラ手練のサーベルは俺に届かない。
素人剣術の俺にかすり傷ひとつ付けられない。
この世界に来て初めて腕試しをした冒険者パーティー〈赤斧〉のケインとゼクリス。
あのときは正直緊張したものだ。どこまでやっていいものか見当が付かなかった。相手を傷付けないように恐るおそる攻撃を繰り出していた。
今なら相手の身体強化の程度を見て、過剰な威力を抑える事ができる。
力加減が分かる。
手加減ができる。
何度も試合を挑まれた成果なのがちょっとアレだけど。
とうとう決定的チャンスを作れないまま、プリスラの魔力が尽きる。
体術のみの防御の構えなんて怪物には通じない。
「そこっ!」
俺はプリスラの腹を蹴り付ける。
強化の状態を見て、大怪我をしない程度の強さで。絶妙のインパクトで。
そのまま数メートル飛ばされ、地面を派手に転がって止まる。
瞬時に距離を詰め、荒い息をくり返す仰向けの胸に剣先を突き付ける。
「お疲れさま。プリスラさん」
汗と土に塗れて倒れている女騎士。
ほとんど汗も掻いていない異世界人。
「どうしたんでしょう、私。負けたのに――嬉しいなんて。不思議です。父や兄に、負けても、悔しいだけだった――のに」
繰り出す技を馬鹿丁寧に全部受けてあげたからかな。
これほどの強さのプリスラに剣で付き合える者はまれだろう。
手を貸して助け起こすと、そのまま抱きつかれてしまった。
一瞬身体が強ばる。
暗器とかで背中を刺されるかと思ちゃったのは内緒だ。
「ふふっ。ありがとう、ございました、アラタ殿」
蹴られた腹がまだ痛いはずなのに、夢見るような表情になっている。
プリスラは背が高いから顔が近い。
息遣いが熱く重く湿っている。
頬にべっとりと土が付いてるけど。
チョロいのが悪いとは言わないが、俺としては嬉しくない。
「どういたしまして。でもきっと、凄く誤解しておられますよ」
治癒魔法でプリスラの痛みを消す。
とにかく面倒なフラグは潰さないと。
バトルジャンキーな美女はちょっと。
毎日朝から真剣勝負とかは勘弁。




