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異世界転移すればそこは玉座への階段だったりするし  作者: 魚座スプーン
第16章 冬の暮らし
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167 すっかり忘れていたことを思い出すとき




 ランバジ村に特産のチーズを買い付けに来た。

 以前お礼にたっぷりもらったチーズは、ほとんど食べたり贈答品にしちゃったし。

 転移で村近くまで移動。そこから歩く。レティネとヤマダも一緒だ。気のせいかバシスよりも冷え込みが弱いみたいだ。大森林に近いからかな。

 見覚えのある渓流の橋が登り道の先に見えてくる。

 ランバジ村は俺たちがアントラム迷宮の帰りにカエルの魔物を退治した開拓村だ。木こりの村なのに山羊チーズのほうが有名なのだ。


「おや、あんたたちかい! 元気そうだねえ」


 初夏の頃のことなので忘れられてるかと思ったら、チーズをくれた赤ら顔のおばさんが声を掛けてくれた。管理棟にいる村の代表のところに案内される。代表は相変わらずのヒゲ面だった。


「おお、あんときは世話になった!」


 俺たち一人ずつの両手を取ってぶんぶんと振る。こんなに熱い人だったかな。


「あれから魔物は出ませんでしたか?」

「ああ、ぜんぜん。伐採も出荷も滞りなく順調だった。あんたらのお陰さ」


 さすがにそれは大袈裟だ。いずれ他の冒険者が討伐に来ただろうから。

 けれどもし、産み付けられた無数の卵が孵化していたら、村ごと避難することになってたかも。


「チーズはなあ。ほとんど売れちまって残ってないんだよ。冬は商売用のチーズが切れる時期なんだ。山羊どもがどんどん仔を産むから乳も絞っちまう訳にいかんしな」


 チーズ作りも山羊次第なんだな。


「けど恩人のためだ。おい、ジョデア、頼む。あと、ギープたちも」

「あいよ、おまえさん。任せな」


 そのまま熱々のお茶を御馳走になっていると、飛び出していったおばさんが戻って来た。村人らしい子連れの夫婦も一緒だ。

 その奥さんが俺を見るとパッと表情を明るくする。


「あのときは、ありがとうございました!」


 誰? 知らない人だけど。


「主人と息子がカエルの毒から助けていただきました」


 そうか。俺が怪我を治療した親子か。

 てか、別人じゃねってくらい違う。めちゃくちゃ健康そうだ。

 あのときは大怪我で弱ってたし、奥さんも憔悴してやつれていた。治療してすぐ立ち去ったから、俺としてはほとんど初対面な気分だ。


「こんなに、よろいしいんですか?」


 お礼の品として反物をもらった。鮮やかな濃黄色だ。

 なぜに反物?


「それはな、この村で採れる黄茜草で染めた麻織物なんだ。せっかく清流もあることだしな。工房も建ててここ三年ほど試作してたんだが、ようやくモノになる目処がついた。退色もしにくいはずだ。新しい特産品だな。このギープがそめ職人を束ねてる」


 代表が夫婦に代わって教えてくれる。


「それは貴重なものを。ありがとうございます」


 誇らし気な代表とギープさん。

 いったいどこに向かってるんだろう、ランバジ村。

 開拓村が魔改造されていく。領主様は関知してるのかな。


 おばさんが家内用のチーズを集めてくれていた。

 大籠にたっぷり。ずっしり。

 代金を受け取ろうとしないので、お返しにスイートホーネットの蜂蜜を大瓶で渡した。ギープ一家にも渡す。これなら売るほどあるし。養蜂場も持ってるし。濃厚な甘味は喜ばれるはず。


 村を見物して歩く。

 薪の束が山のように集積されている。建材にならない枝や樹皮、間伐材を短く切り揃えて乾燥させ、キツく束ねた物だ。街で使われるストーブや竃に合わせた規格になっている。

 冬場には建材はほとんど動かず、暖房需要でこうした燃料が大量に捌けていくらしい。暖房の魔道具も多く使われているが、薪や木炭の需要のほうがはるかに大きい。

 リューパス領は森林資源が豊富なので、こうした林業開拓村がたくさんあり、一部は領外へも運ばれている。


「パパかわいい」


 俺が可愛いのではない。子山羊が可愛いのだ。

 母山羊と一緒に囲いに入れられた二頭の子山羊がこっちに鼻先を伸ばしている。好奇心旺盛だ。離れて草を食んでいる母山羊も、しっかりこっちに意識を向けている。こうした森の空き地を利用した山羊牧場がいくつかある。かなり本格的だ。

 子山羊に草を食べさせてみたいけどまだ母乳しか飲めないらしい。レティネが撫でなでするとペロペロと乳臭い舌を伸ばす。噛まれないかとハラハラする。

 子山羊はマジ可愛いけど、母山羊はちょっと怖い。


 チーズを買いに来たはずが、ふれあい牧場巡りになってしまった。



 ◇◇◇



「なんか、睨まれてる?」

「にらまれー?」「てる、です?」


 入浴中に感じる視線。

 それは、あの人+アマトゥス神、かな。

 なんか今日はちょっとキツい感じだ。不機嫌なのかな。

 幼女とエルフが湯冷めしないように温風でしっかり乾かす。


「あれ、なんかヤバそう?」


 部屋着に着替えて〈界門エギュレサス〉で小窓を作って覗くと、デヴヌス神聖国の聖女様が居室で膝を抱えて座り込んでいた。どんよりとした瞳で。身じろぎもせず。

 見なかったことにしたいけど、なんか放置したらダメな気がして転移する。


「こんばんは、リオーラ様」


 挨拶するとビクリと身体を震わせる。

 そして俺を睨む。泣きそうな顔で。


「――遅いです。――嘘つきです」

「えーと。ごめんなさい」


 正直すっかり忘れていた。確か俺たちのところに招待するって約束してたっけ。

 これは完全に俺が悪いな。レティネの母アムニスの件で一杯いっぱいだったとはいえ、いろいろ素っ飛ばし過ぎた。


「今から大丈夫ですか?」

「――」


 聖女は小さく頷く。


「では」

「きゃっ」


 強引にお姫様抱っこして、そのまま〈エルフの雫〉に転移する。


「ああっ、ここは――」

「はい、アルブス王国のリューパス辺境伯領、領都バシスにある〈エルフの雫〉。俺たちの家です」


 二階のリビングだ。レティネとヤマダは隣のラウンジでマヤさんを手伝って夕食の準備をしている。


「こちらで寛いでください。後で皆を紹介します」

「これは――祭壇。でしょうか」


 いや、コタツだよ。

 そんな神秘的なオブジェじゃないし。みかん神かよ。


「暖房具なんです。中に脚を投げ出してみてください。ちょっと行儀が悪いかもですが、暖かいですよ」


 コタツ布団代わりの毛布をめくってみせる。


「夕食はお済みでしょうけど、よかったら一緒にいかがですか? リオーラ様」


 アウディト教の聖職者は日没前に夕食を済ませ、日の出後に朝食を摂るそうだ。日の短い冬場は夜中に空腹で眠れなくなりそうだけど、それも修道とされているそうだ。

 そして聖都セデスとここバシスではいくらか時差がある。

 何度か転移で行き来したエケス騎士国のヤヌア砦は、明らかにバシスより早く日が暮れていた。セデスも同様に東方にある。遠距離転移ならではの実感だ。




「至高なるデヴヌス神聖国第十一代〈聖女ベアタス〉リオーラ・デリ・ペポン猊下のおなり〜!」

「アラタ様、どうかおやめください! み、みなさんこんばんは」


 ごめんなさい。悪ノリしてヒカエオローなセリフを言ってみた。

 夕食の準備ができたラウンジに案内し、リオーラを紹介した。


「突然ですみませんけど、本物の聖女様です」

「せーじょのおねーちゃん」「こんばんは聖女様、です」


 レティネとヤマダはあの晩、全裸訪問して以来だ。


「はじめまして。私はマヤと申します。ようこそリオーラ様」

「はい、マヤ様。存じております。アラタ様の――大切な、方ですね」


 なんかリオーラの顔が赤い。もじもじしてる。――やっぱりかよ。アマトゥス神め。


「えと、聖女様はなんでもお見通しなんですよー」


 レティネの母アムニスとの再会に協力してもらったこと、とてもやんごとなき立場なこと、招待する約束を果たさなかったことを、食事をしながら説明する。


「ありえませんね、アラタさん。約束をすっぽかすどころか、すっかり忘れてるなんて。酷すぎますよ! こんな素敵な方とお知り合いになれる機会をなくすところだったなんて――」


 マヤさんが強い口調で叱る。

 俺は平謝り。

 おかげでリオーラの溜飲も少しは下がったかな。

 ありがとうマヤさん。


 とくに用意してもいなかったので、いつもの家庭料理だけど、リオーラは嬉しそうだ。身体の温まるポトフはとくに気に入ったらしい。夕食は済ませているからあまり食べられないと言っていたが、しっかり一人前平らげていた。


「レティネ様がお母様と再会できて本当によかったです。少しでもお役に立てたならこれ以上の喜びはありません」

「ありがとーおねーちゃん。ママもげんきだったー」


 聖女の能力〈神聖視覚ヴィジョン〉が魔族によるレティネ奪取の原因になったことに心を痛めていたしな。


 食後のマヤさんコーヒーをゆっくり味わってから、名残惜し気なリオーラをセデス大聖堂の居室に送り届けた。また招待すると約束させられたけど。




「聖女様もお気の毒ですね。こう思うのは失礼なのかもしれませんが」

「あまりにも行動の自由がないです。俺たちからすれば籠の鳥としか」


 子供の頃に〈神聖視覚〉が発現して以来、アウディト教会の意向の元にその力を使い続けている。余人との接触を断たれた監視付きの軟禁である。プライベートな時間は自室での祈りと睡眠のみ。遊びに出掛けたりはできない。おそらく聖女の素顔を知る者はほとんどいないのだろう。


 もうすぐ新しい年を迎えるこの時期、聖女という立場なら宗教行事が目白押しかと思っていたが、新年の祝賀の前に教王に謁見するくらいだという。

 人々の耳目には触れず、秘して存在するだけの聖女。

 生ける監視カメラ。情報を取り出すための装置だ。

 罪人でもないのにこういう扱いでは、現代日本の常識なら完全に虐待である。

 もし〈神聖視覚〉の力を失ったり、次代の能力者が現れても、守秘の点からリオーラが解放されて自由を得ることはないだろう。


 これを悲劇と捉えるのは俺たちの傲慢かもしれない。

 リオーラの家族は聖女を生んだことでそれぞれが地位を得ている。この世界の基準では、それで十分に報われているのかもしれない。


 しかし望まずに思いがけない力を得てしまったのは俺も同じだ。

 リオーラには自由がなく、俺の方は勝手気ままに楽しくやっている。

 しかも俺の様子をリオーラは一方的に見せられている。

 やっぱり思うところはあるだろう。

 俺がアウディトの御使いならまだしも、ただの人間なわけだし。――ただの人間だし。


「――というわけなんですけど」

「ふ。アラタさんのなさりたいようになさればよろしいんじゃないですか? ワタシたちはジユーですしね? オトコのカイショーとか、でしたっけ?」


 なぜに、ここで小芝居?

 拗ねてみせても目が笑ってると、むしろ可愛いんだけど。


「リオーラ様は楽しい方ですし、レティネちゃんのことでも感謝しています。もうお友達のつもりですから、お招きするのは大歓迎なんですが――」

「今日のようなことをくり返したらすぐにバレますね」


 聖女の不在に気付かれた時点でアウトだ。

 リオーラは就寝中の見回りは二回ほどと言ってたけど、知らされてないだけかもしれない。神聖国の要職にある者を拉致しているわけだし、マジで国際問題になりかねない。かなりリスキーだ。

 犯人は転移魔法の使い手とバレれば、案外簡単に割り出されるかも。


「いっそ本当に誘拐しちゃうのも面白いかもしれませんね」


 おいおい。

 それも本人が望むならだけど。慌てるだろうなー神聖国。


「そうしたら私たちで匿うことになりますが、聖女様を囲う〈勇者殺し〉とか、アラタさんのキャラが大変なことに」


 誰それ?

 囲ったりしないよ。


「まあ冗談はともかく、これは難問です。残念ですね、アラタさん」

「はい?」


 悪いけど聖女様には、またしばらく放置されてもらおう。




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