147 古都巡礼といっても修学旅行とはだいぶ違う
「親子で冒険者稼業かい? 大変だねえ、お若いのに」
向かいに座ったおばちゃんが干し葡萄をくれる。ふっくらした人だ。
「まだ駆け出しで最低ランクですけどね」
連れの白髪頭の旦那はお疲れなのかずっと寝たままだ。
夫婦で物見遊山らしい。隠居後の旅行とかかな。
今日は馬車に乗っている。
たまたま停車場の近くを歩いていたら馭者に声を掛けられたのだ。
この先の町ヴェスティギムは有名観光地のため、街道は整備され乗り合い馬車が走っている。旅行気分に浸れるし喜んで乗ることにした。八人乗りの客席。乗り心地は可もなく不可もなく。でも普通に歩くよりずっと早い。
「遺跡観光って歳でもないだろうに、ヴェスティギムで仕事でもあるのかい?」
「王都ヴェテリスへ行く途中なんですよ。せっかくだから寄ってみようかと」
「宿屋がどこも高いから気をつけなよ。野宿も禁止になってるしねえ」
おお、それは困るな。
他にも町のことをいろいろ教わる。けれどこのおばちゃんもヴェスティギムは初めてだそうだ。予習はバッチリなのかな。
ヴェスティギムは巨大クレーターの中にある古代都市遺跡だ。
人族最初の文明が興ったとされている。聖地扱いになっていて、クレーター内部への侵入には厳罰が科される。遺物目当てに荒らす者が絶えなかったからだ。迷宮化しているとの噂もある。
馬車の行き先はそのクレーターの縁にある町。この町の名前もヴェスティギムだ。
おばちゃん夫婦と停車場で別れる。
いかにも観光地として栄えている町だ。土産物屋や食べ物屋が軒を連ね、クレーターの周囲を巡る観光馬車もたくさん停車している。巡礼者風の団体も見掛ける。おばちゃん情報によると、講のようなもので旅行資金を少しずつ積み立てて訪れるそうだ。
町外れの展望台から都市遺跡が一望できる。
観光地、巡礼地として人が集まるだけあって、神秘的で雄大な景色が楽しめる。
廃墟ながら都市の構造はしっかり残っている。周囲を水路が巡り、草木のないクレーターの底に砂漠のオアシスが現れたような光景だ。
朝日や夕日が差すと遺跡全体が美しく輝くという。せっかくだから見ていこう。
時間つぶしに、レティネとヤマダの気の向くままに土産物屋や屋台を見て回る。
「これは団子だねー」
「だんごー?」
串焼きなどはどこでも売られているが、こうしたシンプルな団子ははじめて見た。米粉のはずないから小麦粉かな。香ばしいタレの香りが食欲をそそる。
「夕ご飯が食べられなくなるから我慢ねー」
「はーい」「――はいです」
そうしているうちに人の流れができていた。巡礼者も観光客も展望台のほうに集まっていく。俺たちも遅れまいと展望台に急ぐ。
展望台はすでに人が一杯だった。
俺たちはなんとか端っこに場所を確保できた。最前列は無理だったけど。
手すり付きの脚立、いわゆるタラップまで置いてある。特等席だから有料だ。さっきはなかったのに。混雑時限定の商売だな。
肩車屋もいる。その名のとおり肩車してくれるのだ。そんなにマッチョにも見えないのに。値札をぶら下げていて、子供、大人、その他、で値が上がる。その他ってなんだろう。ふくよかな人かな。
――おおおおおおおおおおおぉ――
遺跡に夕日が差すと、感嘆の声が上がる。
「パパきれー、きれー」
レティネの声が上から聞こえる。もちろん絶賛肩車中だ。
古代都市全体がバラ色に輝いている。
クレーターの底から浮き上がったかのように見える。
確かに思わず拝みたくなる。大森林の別荘からの絶景も負けてはいないが、目の前の景色は郷愁じみたものを強く感じさせる。いつもは思い出さないようにしている感覚だけど。
町の通りには煌煌と明かりが灯っている。
遺跡見物帰りに飲み食いする人が行き交う。
おばちゃんが教えてくれたようにどの宿も宿泊料が高めだ。巡礼者向けの安宿もあるけど大部屋しかないし、すでに満杯だ。
空にはまだ暮色が残っているが、すぐに真っ暗になるだろう。
転移に使えそうな場所を探して裏通りに入る。
人の気配を探りながら、さらに奥へ奥へと歩く。
「そこのお二人さーん」
狭い路地に入ると、後ろから声を掛けられる。
若い女の声だ。
俺たちは三人だけどな。幼女をカウントしないのはよくないぞ。
「迷ってるんじゃないかい? よければいい宿まで案内するよー」
「えと、そうですね。ご親切にどうも」
町娘風の女だ。派手目な顔立ちをしている。
いかにもな作り笑い。暗がりでは不吉に見える。
この女は土産屋巡りをしていたときから俺たちの様子を窺っていた。展望台では見失ったが、またすぐに現れてついて来た。
「そっちにはなにもないし、誰もいないよー。行き止まりだしねー」
今にも吹き出しそうだ。
「じゃあ、戻りますよ」
「あっ、ざんねーん。こっちも行き止まりー。ぷはははっ!」
今度は本当に吹き出した。
女の後ろに七人の男たちが現れる。いかにもその筋っぽい身のこなしだ。
黒く塗られた十手のような武器を持っている。上着の下に隠せる刺突用の武器だ。前にも見たな、こういうの。
魔力の感じだと、この中の二人は身体強化が使えそうだ。
「あとねー、騒いでも無駄だからー。アタシらの息が掛かってるからね、このへん。誰も見ちゃいないさ。しかし馬鹿だねー。こっちの懐に自分からノコノコ入るなんてさー」
いや、おびき出すのに無駄に歩かされたよ。
腹も減ってきたし。さっきの団子食べておけばよかったかな。
裏路地に面した窓はみな閉まっているが、こっそり覗いている者はいる。
〈魔力糸〉でおネム波形を送り込んで眠らせる。目撃者はいらない。
「狙いを聞いてもいいかな?」
「はあ? いいわけねえだろクソが。テメエが知ってどうする。アタシの訊くことに答えてろ、ボケっ!」
へらへらした様子は消え、凄んでくる。
子供の前で下品な言葉はやめて欲しいんだが。
「んで、なんでそのガキは追われてんだよ、ああ? アタシらも上から連れて来いって言われりゃそうしねえわけにゃいかないからな。どうして一緒にいる? テメエがさらってきたのか? そのガキはなんなんだ? ぜんぶ話せば殺さないでやる。かも。ぷふっ」
なんだ、こいつらも肝心なところは知らないのか。
「おい、なに余裕こいてんだっ?! ブルってんのか? あー、もういい、テメエいらねえ。ガキに訊くわ。――やっちまいなっ!」
女が後ろの男たちに命令するが、反応はない。
代わりに武器の落ちる金属音が響く。
七人全員が倒れたのだ。
おネム波形を最強にして流した。子供や年寄りには危険なレベルかも。遠慮なく実験ができるから助かるよ。
たぶん蹴飛ばしても起きない。熟睡というより昏睡だ。心臓は止まってないからセーフ。
「な、なんだよ、これ?! なにしやがった、テメエ! まさか魔法使いかっ!? くそっ、長剣なんぞ背負いやがって!」
剣はダミーだし。抜いたこともないし。
俺の長剣とヤマダの弓を封じるために、狭い路地に追い込んだつもりなんだろうけど。
さて。時間もないから手短に。
〈幼女光〉(弱)。ヘナヘナと女が座り込む。
「えへ? えへへ。なに? えへ。ヘンな気持ちぃ〜。へ? むひふっ」
「それで、誰に言われてこの子を狙ったのかな?」
「う〜ん、うん? そう。そう。そうだよね〜。だよね〜。あのね〜。それはね〜」
面倒くさ。
よけいに鬱陶しい。それでも我慢して訊かないと。
こいつらは王都ヴェテリスにある犯罪ギルドの指示でレティネを狙ったそうだ。
金色の瞳の子供がヴェスティギムに来ることを知らされていた。犯罪ギルドが〈深淵〉と知って狙ったのか、破格の収納魔法の使い手として襲ったのか分からない。
背後の組織や魔族が関わっているかどうかを知りたいのに。
女はこの町の顔だがその犯罪ギルドでは末端らしい。
そして昨日の奪取村の件は、こいつらからの指示だった。
レティネと無関係じゃなかったわけだ。
犯罪ギルドの名前は分からなかった。たんに親ギルドとしか。
ただし、ギルドの本拠地は分かった。ある商会が隠れ蓑になっているそうだ。
「パパー?」
「安心して。レティネには怖い思いはさせないから」
というか、人さらいに迫られてる時点で怖いはずだが、レティネは平気みたいだ。
なんか対人戦での俺への信頼が凄いんだよな。騎士や勇者との試合もそうだけど、俺が負けるはずないと信じてるのかな。実際は人間相手の方がいろいろ大変なんだけど。俺が不覚をとることだってあり得るのに。
レティネとヤマダには、人族が相手のときは俺に任せるように言ってある。ヤマダは射撃一択、レティネは〈ポケット〉一択だから、悲惨な結果になるし。
さらに女を〈幼女光〉(強)で、垂れ流し天国へ。
倒れている男たちは放置。昏睡している上に〈幼女光〉を重ね掛けなんかしたら二度と目覚めない気がする。
周囲の目を確認。〈エルフの雫〉に転移する。
◇◇◇
尾行や監視を警戒しつつ、乗り合い馬車も使いながら、さらに三日。
ついにシラヌス王国の王都ヴェテリスに到着する。
「おおきい、です」「おっきーねー」
レティネが他人事だ。生まれ故郷なのに。
壮麗な市壁と尖塔のある門。いくつもの丘を覆って広がる街並。古い都だけあって街の密度というか雰囲気が濃い感じがする。観光しがいのありそうな都だ。
というのは外から眺めた印象。
俺たちは王都には入らない。このままレティネを連れて入るのは危険だし、今回は表向きの用はない。
レティネは自分の育った街なのに、ピンと来ないようだ。外から眺めたことがないのかな。
市門への道から離れ、王都が望める小さな町に宿をとる。
宿屋の多い町だ。王都で祭事でもあるとここも満杯になるのかな。
こうした市壁外町がいくつもあるようだ。
宿での夕食の後、部屋に引き上げてから〈エルフの雫〉に転移。
お風呂を済ませてレティネを寝かしつける。ヤマダも寝かしつける。マヤさんも寝かしつける。
夜半に俺だけ宿に戻る。
すでに戸締まりされているので窓から抜け出す。
町外れまで出て、遠くに見える王都の市門、その尖塔の天辺に目視転移。
さすがに暗いけど視力強化でなんとかなった。
こんな場所に立っているとアニメとかに出てくる悪役みたいだ。
あいつら意味もなく高い所が好きだしな。実際にやってみると風が吹いてコワい。全然気持ちよくない。
門兵詰所の屋根に飛び降りる。そのまま屋根伝いに走る。
〈跳靴〉は足音がほとんどしないので助かる。もしかしたら、こういうのが本来の使い方だったりして。
大通りに沿って進む。
さすがに王都だ。街灯が連なっている。どれも魔道具による照明だ。おかげで暗い街で迷わずに済むし、通りからは屋根の上が見えにくい。
目当ての商会はすぐに見つかった。四階まである立派な建物だ。
スラムっぽい雰囲気を想像していたが、大商会の並ぶ商業区画にあった。しかし表札もなく、商会名がライトアップされているわけでもないから、ちゃんと確認しないとな。
間違えてたらやり直せばいいか。
屋根の上から〈魔力糸〉を展開。すべての階を探る。地下もあるようだ。
真夜中で人が少ない。ほとんどが夜番だろうけど動き回る者はいない。犯罪組織は夜ほど元気かと思っていたが、この世界では深夜までは働かないようだ。
強めの魔力反応は三階の一画。たぶん警報の結界だ。設置型の魔道具だと思う。ボスの部屋があるのだろう。中には誰もいない。ボスは留守か。
今夜は下見だから構わない。
大きな穴を作る。屋根から四階の天井まで垂直に。
床に降り立ち、即座に穴を〈再生〉して塞ぐ。
誰にも出くわさないように中を見て回る。ニアミスしそうなときはおネム波形で意識を朦朧とさせる。腕の立ちそうな数人は避ける。侵入に気付かれたくない。
転移に使えそうな部屋の見当を付けていく。警報の精度が不明なのでボス部屋はあきらめる。
こんなもんかな。
痕跡を残してないのを確認してから、〈エルフの雫〉に転移する。
翌朝。三人で宿に転移で戻る。
「レティネ、ヤマダ。今日で旅はおしまいだよ。続きはまた後でね」
「わかったー」「はい、です?」
レティネとヤマダにとっては目的の分からない旅だったろう。
レティネを囮にするのもこれまでだ。
今日にもレティネの母アムニスのいる町に着いてしまう。
俺の勝手な計画だけど、このまま母娘を会わせるわけにはいかない。その前にちょっと準備をしたい。
レティネは勘付いているのかな。俺が裏でコソコソ動いてることに。
「うーん。来たかな」
「パパー?」「どうした、です?」
王都から北に伸びる道を歩いていると、後ろから二頭立ての馬車が来る。
人通りが途切れて、見える範囲には俺たちしかいない。見計らっていたのかな。
金持ちが乗ってそうな箱馬車だけど、乗っている二人は手練だ。しかも一人は魔法使い。馭者もそれなりに腕が立ちそうだ。
馬車は俺たちを追い越して路肩に停まる。
二人の男が下りてくる。街の商人の風体だが一人は魔法杖を持っている。もう一人の眼鏡をかけた男が俺たちの前に、やや離れて立つ。
「はじめまして。私はヴェテリスのカプティス商会より、レティネ様をお迎えに参りました者です」
カプティス商会は昨夜俺が忍び込んだ商会だ。
「えと。カプティス商会? レティネ様、というのは?」
トボケてみる。
「はい。ご実家よりお嬢様をお連れするようにとの、ご依頼いただいておりますので。このまま私どもと――!?」
突然魔法使いが咳き込んだので、眼鏡男が振り向く。
「どうしたトゥシス? なにやってる!」
すかさず眼鏡男は懐に手を入れ、身体強化を始めた。
俺はおネム波形を、馭者を含めた全員に送り込む。
男の手から武器が落ちる。例の黒塗りの十手だ。
俺たちに話しかけている間に、後ろの魔法使いがこっそりと詠唱していたのだ。
そこで〈神力〉で局所的な突風を作り、魔法使いの顔を直撃した。詠唱を止めてしまえば魔法は発動しない。俺たちをまとめて無力化する麻痺系の魔法でも使うつもりだったのかな。
男たちを馬車の中に担ぎ込む。
「この人たちとお話ししないといけないから、二人は戻って待っててね。ヤマダ。レティネを頼む」
馬車の側面に転移門を作り、レティネとヤマダを〈エルフの雫〉に戻す。
これだと馬車に乗り込んでるように見えるかも。
お馬さんたちをなだめてから、俺も客室に入る。
さて、いい加減ちゃんと話を聞かせてもらいたいな。




