表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界転移すればそこは玉座への階段だったりするし  作者: 魚座スプーン
第14章 レティネの庭
144/256

143 初対面でいきなり全裸というのはさすがに




 精霊の〈祝福〉が増えたことで俺自身に何かの変化が起き、精霊もどきの人形ラクスに出会った。実感はないけれど、おそらく精霊的なものとの親和性が増したのだろう。

 そして、精霊祭でのまと当てのときに知覚が拡張しかけたこと。

 これも俺に影響したのではと思わせる出来事が翌日起きた。




 ん? 何だこの違和感。


 気のせいかもしれないけど、誰かに見られている?

 かすかに気配、というか息遣いのようなものを感じる。

 圧力? 目の前の気圧が違うみたいな。

 自意識過剰かな。


〈身体強化〉して精霊視もどきを試してみる。

 何も見えない。

 俺の精霊視はまるでダメだしな。


「どうした、です?」


 お湯を掛けられていたヤマダが振り向く。


「いや。なんか見られてる気がしてさ。精霊でもいるのかと思って」


 ヤマダもすぐに精霊視する。浴室を見回す。


「いないです。精霊様、おられません、です」

「ここらが、なんかヘンな感じしないか?」


 俺は手をぐるっと回して、中空を示す。


「――」


 ヤマダが小首を傾げている。〈加護〉パワー全開で集中している。

 濡れた肌が美しいな。


「精霊様は、いないです――が。誰かいる? です――か?」


 誰だよ。

 精霊じゃないけど見えないモノって。

 非実体系の魔物なら放置できないけれど、魔力はまったく感じないのだ。

 形を持たない魔物にしてもそれはおかしい。


「パパ? へんなのー?」

「そだよー。だれか見てるのかもねー」


 いや。こんな暢気に話してる場合じゃないし。

 入浴中を覗くなんて。狙いはエルフの裸身か。幼女のか。それとも両方か。

 まさか俺か?

 いずれにせよ許せないな。どこの変態さんだよ。


「――あれ?」

「アラタ?」「パパー?」

「これは――なんとなく――」


 魔力も精霊っぽさも感じないけど、馴染みのあるモノがそこにあるような。

 感知はできないのに、そこにあることが確信できるような、この感覚。

 俺がよく知っている力に似ている。


 撃ち込もうとしていた〈魔力弾〉をキャンセルする。


 ――そして、〈神力〉で空間を〈再生〉してみた。


 ちょうど瀕死の人間を治すように。

 不完全な空間を正すように。


「あっ?」

「――!」


 目が合ってしまった。

 犯人と。

 おたがいに固まる。

 犯人が目を見開く。口をぱくぱくさせる。

 何か言おうとして、声が出ないようだ。


 覗きの犯人は若い女だった。

 白い薄衣の上品な夜着を纏っている。

 赤味がかった金髪が柔らかに流れている。エメラルドグリーンの瞳。

 長椅子に座った清楚な美少女だ。

 えーと。覗き魔って、おっさんとかじゃないの?

 いや。それは偏見か。ゴメンおっさん。

 覗きって、こんなに優雅なものなの?

 豪華な長椅子にもたれて。

 おほほほ、裸体鑑賞中でございます、入浴乙。みたいな?


 ていうか――どこだよここ?


 大理石をふんだんに使った室内。

 魔道具で柔らかく照明されている。

 春を思わせる穏やかな色合いの風景画が掛かっている。

 レティネのものよりずっと大きな天蓋付きのベッド。防音効果の高そうな豪奢なタペストリー。そして目立つ位置にあるリング状のアウディト神のシンボル。

 俺たちの浴室が、見知らぬ部屋につながっていた。

 犯人の部屋に。

 かなり身分の高そうな少女の寝室に。


「きゃっ」


 犯人がよろけるように後ずさり、長椅子の陰に隠れる。

 いやいや。今さら隠れても。

 逃がさないよ。

 つい追いかけて、犯人の部屋に足を踏み入れてしまう。

 柔らかい敷物の感触が裸足に気持ちいい。


「あ、レティネ待て!」


 レティネとヤマダも俺についてくる。

 謎空間なんだから危ないだろ。安全の保証はないんだよ。

 まあ、俺がまっ先にやっちゃってるけどさ。

 いつも〈界門エギュレサス〉を使っているせいで警戒心が薄れてたな。これは転移魔法じゃないはず。

〈魔力糸〉を全力で展開する。

〈エルフの雫〉に見知らぬ部屋が出現したんじゃなくて、ここはすでに知らない場所みたいだ。振り返れば浴室はそのままあるけれど。


 この部屋には少女と俺たちしかいない。

 半径十メートル以内には他に誰もいない。

 さらに遠く、二十メートルになると二人、いや三人いる。

 二人は外向きで立っている。隣の部屋のさらに外側だ。もう一人は隣の部屋の奥で椅子に座っている。立っている二人はそこそこの魔力があるから、護衛かなんかかな。座っている一人はどうやら居眠りしてるみたいだ。この三人には〈魔力糸〉を貼り付けておく。

 それと、魔道具によるものらしい結界状の魔力を感じる。この部屋を中心に建物の一区画を包み込んでいる。触れるだけで警報が鳴る仕掛けかもしれない。

 どうやら覗き魔さんは重要人物らしい。


「すまない。俺たちは怪しいもんじゃないんだ」


 いや。めちゃめちゃアヤしいけどな。

 さっきまでは覗きの被害者だったのに、この部屋に踏み込んでからは、若い女性の寝室に全裸で侵入した不審者なのだ。加害者と被害者の立場が入れ替わっていた。

 卑劣な覗き魔を追って風呂を飛び出した途端、こっちが変質者とか。納得はできないけど。

 ていうか、言い逃れできなくね?

 幼女とエルフもいるから大丈夫?

 今の俺たちは、全裸パーティー〈パパ〉なのだ。

 まさに冒険者である。


 ここは相手に主導権を取らせてはダメだ。

 居直るしかない場面だ。怯むんじゃない。

 俺は堂々たる仁王立ちで、ちょっと腹を立ててる感じで訊ねる。

 悪いのはそっちだ状態を作る。悲鳴でも上げられたら負けだ。


「見ていたのはあなたでしたか。失礼ですがもしかして、聖女様ではありませんか?」


 この世界で最も有名な覗き魔はデヴヌス神聖国の聖女だったはず。

 その力は〈神聖視覚ヴィジョン〉。

 あらゆる事柄を見通す〈眼〉だ。

 逃れることは不可能らしい。恐ろしい力だ。

 きっと聖女で間違いないだろう。

 長椅子の背に隠れてぶるぶるしてるから、あんまり聖女らしくないけど。


「うううぅ〜」


 聖女は真っ赤な顔を両手で覆ったまま頷く。

 でも指の隙間からしっかり見ている気がする。

 俺の顔はもっと上だ。どこを見ている?


「パパー、びしょびしょだめー」


 レティネに叱られる。

 おっと、うっかりしてた。

 バスタオルをポンポン出してレティネとヤマダに手渡す。

 俺も身体を拭いてから、温風で全員まとめて乾かす。

 そして部屋着を出して着る。

 聖女はその一部始終をしっかり見ている。




「ど、どうか私の罪を、お、お許し下さい。御使みつかい様!」


 聖女がひれ伏している。

 長く柔らかな髪が床に流れる。

 この世界の人達はひれ伏し過ぎだ。こういうのに慣れたくない。


「えと、御使いって、誰?」

「じ、慈悲深きアウディト神の御使いであらせられるアラタ様。その尊き御業にて今宵、ご――御顕現賜わりしこと光栄の至りで御座います。されど当今〈神聖視覚ヴィジョン〉にて御降心無きままご尊顔を拝謁せし罪咎、デヴヌス神聖国第十一代聖女リオーラ、この一身をもちまして贖罪とさせて頂く所存に御座います」


 ちょっとナニ言ってるか分かんない。

 現場を押さえられちゃ仕方ないし。ごめんね。どうにでもして。で合ってる?


「ちょっと待って。あの、堅苦しいのは苦手なので起きてくれませんか?」


 あまり騒がしくもできないし時間もない。

 聖女の腕を掴んで引っぱり起こし、長椅子に座ってもらう。無作法ですまないね。


「俺はアウディト神の御使いじゃなくてただの冒険者です。聖女様に奉られるような者じゃないですよ。それより教えて欲しいんですけど。ここはどこでしょうか?」

「聖都大聖堂でございます。ここは私がお許しいただいている居室にございます」

「聖都ってことは、デヴヌス神聖国の都ですか?」

「はい」


 デヴヌス神聖国の聖都セデス。


 おいおい。ずいぶんと遠い所だったんだな。

 でもそれは、ますますヤバいな。聖女の私室に侵入って。俺たち三人不敬罪とかで即処刑レベルじゃね?

 問答無用で。


「えーと。今夜のことは内密に願えませんか。勝手とは思いますが、面倒は困るので」


 神聖国から指名手配されたりしたら怖いよ。

 罪状は聖女への全裸夜這い。

 逃げ切れる気がしない。神聖国の威信をかけて追い回されそうだ。

 リューパス辺境伯にも確実に迷惑がかかる。


「あ。はいっ。仰せのままに!」


 あれ。なんかちょっと嬉しそうだな。

 まだ俺のことを神の御使いと思ってるのかな。

 この場はそのほうが都合がいいけど。


「それと、これは答えられたらでいいんですけど。〈神聖視覚ヴィジョン〉って聖女様自身が望んだものが見れるんですか?」

「いいえ。アウディト神様がご覧になるもののみ、私も拝見できるのです」

「それでは聖女様が見たいものを見ているわけではないんですね?」

「――は、はい」


 なんか顔を赤らめてうつむいてるし。

 望んでもいない俺の入浴シーンとか見せられるんじゃイヤだよな。

 それじゃ聖女も気の毒だ。

 いつかサイトウが言ってたとおり、〈神聖視覚ヴィジョン〉にも制約があるんだな。たんなる超高性能監視装置チートってわけじゃないようだ。


 ――真犯人はアマトゥス神。


「では、俺たちは戻りますね。お騒がせしました、聖女リオーラ様」


 あまり長居もできない。

 外の回廊を近付いてくる者がいる。こちらに気付いた様子はないけど、動きからすると見回りだろう。室内を走査スキャンする魔法とか使われるとマズい。

 お宅拝見状態のレティネとヤマダを呼び寄せる。浴室に戻らないと。

 聖女の寝室のほうが俺たちの浴室より大きいので、一面が開いた箱を別の大きな箱に入れたような構造になっている。でも、裏に回ると浴室の箱は見えない。いかにも異次元空間だな。


 浴室に入る。

 凄い長距離を移動したことになるんだろうけど、なんの手応えも無い。まったく魔力は感じないから、アマトゥス神の〈神力〉による空間転移なのかな。

 俺は濡らしてしまった敷物を〈再生〉で乾かす。

 変態行為の証拠は隠滅。

 聖女を性女にしてはならない。


「あの、アラタ様。レティネ様。ヤマダ様。今宵は直接お目にかかれて嬉しゅうございました。レティネ様が無事にご帰還なされたこと、心よりお喜び申し上げます。それでは、おやすみなさいませ」


「おやすみなさい」「おねーちゃんおやすみー」「おやすみ、です」


 俺は空間の〈再生〉をキャンセルする。

 一瞬で聖女の部屋が消え、すっかり元通りの浴室だった。

 あのままだったら大問題だ。

 あらためて〈魔力糸〉を展開、周囲を確認。

 ここはバシスにある〈エルフの雫〉に間違いなかった。


 しかし、――レティネの無事の帰還、か。


 やっぱり聖女リオーラは、レティネが〈深淵ペラクオル〉だと知っているんだな。それならもう一度ちゃんと話を聞いてみたいな。人族側でのレティネの扱いについても何か分かるかも。

 転移の魔道具〈界門エギュレサス〉を使えばまた行けるだろう。


 さて、レティネとヤマダも期待する目で見てるし。

 風呂に入り直すか。


 もう、覗かれないよね。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
>  今の俺たちは、全裸パーティー〈パパ〉なのだ。 >  まさに冒険者である。 冒険者への熱い風評被害!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ