137 やっぱり異世界の鹿も繁殖力に優れているんだろうか
水源地〈精霊環〉で、俺たちは風の精霊アエルと別れた。
森の様子を見ながらシドゥースの里に向かう。
ヤマダは精霊視で森の変化を確かめている。真剣な顔で集中している。
「〈加護〉をもらって、何か変わった?」
「はいです。アラタ、まぶしいです」
俺の〈祝福〉の光三百パーセントですね。わかります。
「精霊様の目と耳を、分けていただいたです。見えなかった、循環の光が見える、です。ずっと広がっているです。――森が違って見えるです。木々が伸びていく、伸びる気持ちが分かるのです。勢いも衰えも、分かるです。土の温かさ、つめたさを、感じるです。――風の連なりも感じるです。遠くの風の流れも分かる、です。――すごいです」
おお、ヤマダが饒舌だ。
すべてを把握してはいないようだけど、ハッキリとした違いがあるらしい。
始祖のヤマダは元々精霊との親和性が高いみたいだし、これまでの加護者以上の力を得ているかもしれない。
「あんまり無理するなよー。ゆっくり慣れてくほうがいいぞ」
「はいです!」
テンション上げ過ぎると疲れちゃうよ。上手く休ませないとな。
森には明らかに弱っている場所もあったが、これからは徐々に回復していくだろう。
魔物のおかしな分布は見られない。危険な魔物は里から遠い。
レティネが見つけたイチジクをおやつにしたり、栗の実を集めたりしながら、西日が差してくるまで森を歩いた。
〈エルフの雫〉に転移。店を閉めたプルナ婆さんを見送る。
お祝いにちょっと豪華な料理を囲む。
蜘蛛の魔物ギガラネアの液嚢と魔石を、レティネの〈ポケット〉からマヤさんの収納の腕輪に移す。明後日が製織工房との二回目の取引なのだ。今回はマヤさん一人で行ってもらうことになる。
レティネとヤマダが眠気で舟を漕いでいる。
微笑ましい光景だからこのまま見ていたいけど、ちゃんと寝かしつける。
ヤマダにとっては特別な一日だったしな。
ゆっくり休めば力も馴染んでくるはず。
◇◇◇
「なんと、本当に〈試練〉を乗り越えるとはの! そして、これほど早く戻るとは!」
族長ダンノーラが驚愕する。
俺たちが族長の家に入るなり、ヤマダの〈精霊の加護〉の光に気付いたのだろう。
よろけそうになったダンノーラを支えて椅子に座らせる。
「ただいま戻りました、です」
ヤマダが〈恩恵の石〉の指輪をダンノーラに返す。
「おお、光が増しておる。これはたしかに精霊様と感応した証。よくやってくれたの、ヤマダ。またもや驚かされるとは」
やっぱりあの石光ってたんだ。見えないし。
「アラタ殿は〈祝福〉でさらに輝いておるの。貴殿は本当に人族かの?」
その質問は俺に微ダメージが入るのでご遠慮ください。
里に戻ってすぐに族長を訪ねた。騒ぎにならないよう人目は避けたけど、ヤマダが戻ったことはバレているだろう。〈試練〉の成否まではともかく。
まずは族長に報告。
それから族長の家に集められた長老たちと村役にも詳細を報告をする。
森の不調の原因となった謎の怪物〈猫〉については皆驚いていた。ちょっと信じられない話だしな。
それでも、ようやく自由を取り戻した風の精霊アエルが引き続き力を揮うこと、木の精霊ドライアドが新たに加わったこと、そしてヤマダが〈精霊の加護〉を得たことの喜びのほうが大きかった。
全員が精霊視で〈加護〉の光を確認して感涙にひたっている。
ひれ伏しながら。
衰退に向かっていた里が、ふたたび安寧へと舵を切ったのだ。
ヤマダが〈加護者〉となったことは精霊祭でお披露目することになった。
「かあちゃん、ただいま」
「おかえりヤマダ。無事でよかっただー」
抱き合う美貌の母娘。
一方俺は、じいやことヤマダの導者オギスに、両手をしっかりと握られていた。
「感謝いたしますだ、祝福者アラタ殿。危険な森の深奥よりヤマダ様を無事連れ帰って下さった。なによりもそのことに御礼申し上げるだ」
「仲間ですから当然のことですよ。頭を上げて下さい、オギス様」
「ありがとう。ありがとうだ」
掴んだ俺の手をブンブン振る。
じいや熱いよ。
途中で集めた栗の実をオギスにもお裾分けする。
今日もヤマダを拝みに来るエルフたちを捌いてくれてたらしい。
ヤマダもカンノも肩の力が抜けた様子で、柔らかな笑顔を見せていた。
夕食は、バシス料理とシドゥースの郷土料理の混成メニューになった。バシス料理は〈ポケット〉から、シドゥース料理はカンノの手作りだ。
今夜こそヤマダも母娘水入らずで過ごすと思ったのに、夜中に俺とレティネのベッドに潜り込んできた。カンノ哀れ。
いや、これは母親と俺を両方取ったということかも。前半母親、後半俺、みたいな。
そうに違いない。よね。
◇◇◇
翌朝。家の裏手から森林奥に転移。
ヤマダの力を検証することにした。
「アぬやみっ」
――シュドンッ!――
ヤマダの魔法矢がむき出しの斜面に当たって土塊を吹き飛ばす。
「おー」
「凄いな。短縮詠唱でも明らかに威力が上がってるね」
「はいです!」
風属性の魔法矢も五割くらいパワーアップしてるんじゃないかな。身体強化も同様だ。持続時間も延びている。
ヤマダの魔力量そのものは増えていないから、風の精霊の〈加護〉によって効率化されたんだろう。
精霊魔法については手さぐり状態。
適性はあってもヤマダ自身がこれまで使ってこなかった魔法だ。
理由は簡単。教えられる者がいないから。
族長のダンノーラはもちろん長老たちにも、精霊魔法を能動的に使える者はいなかった。伝承はされているが。
ヤマダが今使える精霊魔法は感知系探知系のものに限られる。
ヤマダが昨日興奮していた知覚の拡張だ。
これなら元々持っている五感を強く意識するだけで発動できるらしい。
事象の流れを詳細に連続して見ることで、未来予知に似た視野を得るらしい。
あくまでほんの一瞬後を擬似的に予測するに過ぎないけれど。
――視ることで、観えてくるのだ。
ただそれだけとも言えるけど、すでにあるヤマダの技能と合わせると凄いことになる。
たとえば長距離射撃の場合、対象までの風向きや風速は一定ではない。地形によっては乱流になることもある。普通なら自分に吹き付ける風しか感知できないのに、風の階層を順にたどって対象までの正確な射線をイメージできるのだ。
これは風の精霊の〈加護〉ならではだろうけど。
時間を掛けて習熟していけばヤマダはさらに成長するだろう。
「パパ。またあたったー」
「鹿かわいそー」
鹿狩りをしている。
狩るのはヤマダ。狩られるのは魔物ではない鹿の群れだ。
レティネと俺の役目は回収と運搬だ。
風をすべて読む。獲物の動きを予測する。矢を放つべき瞬間が分かる。
獲物の認識外の距離から矢が飛んで来る。飛翔音もほとんどしない。
風を切って飛ぶのではなく、風に乗っているのだ。
鹿が自分から矢を受け止めているようにさえ見える。
鹿の群れは混乱して疾走するが、〈跳靴〉のある俺たちからは逃げられない。目標の十頭を仕留めるのにそれほど時間はかからなかった。
すべて首を射抜かれている鹿。
レティネの〈ポケット〉に入れる。
血抜きなどの処理はあとで里の人たちにやってもらう。俺たちが半端にやってもダメにしてしまいそうだし。せっかくの精霊祭用の食材だ。
「これは美味い群れ、です」
それはよかった。
群れによって味が違うそうだ。食べる草で差が出るんだろうか。
エルフの料理に期待しよう。
オギスに肉処理場へ案内してもらう。
手の空いている里人が集まってくれた。
よく肥えた鹿が次々に現れるとエルフたちが息を呑む。
時間経過の少ない収納の魔道具だと説明する。
一度に十頭は扱いきれないかとも思ったけど、始祖様が自ら仕留めたと分かると皆俄然張り切りだした。縁起物の鹿に昇格したらしい。
大きな鹿を血抜きのための櫓に吊るすのは力仕事だ。縛り方にもコツがあるようで結局手伝えずに見学するだけになった。
とにかく、血がいっぱい出たよ。
ヤマダは涼しい顔で見てるだけだ。
セリフも『起きるだ』だけだった。
いつの間にか助っ人も増え、毛皮、脂、内蔵、肉、骨へと、手際よく解体されていく。こういうのって包丁じゃなくて鉈が大活躍なんだな。ビッチン、バッキン、打撃音が響く。
しかし俺も異世界慣れしたよな。以前なら生き物解体ショーなんて見てられなかったはず。
レティネは作業を真剣に見つめている。
相変わらずヘンなところが真面目だ。
◇◇◇
「こんにちはー」
「いらっしゃい。――ああっ、祝福者様じゃねーか!」
俺はレティネを連れてレスフェンの店に来ていた。
レスフェンは先日俺が骨折を治した人族の男だ。シドゥースの里に滞在して雑貨や衣類から農機具、酒などを扱っている。つまり万屋だ。
「あのときはなんの礼もできなくて済まなかった」
「いえ。脚のほうも大丈夫そうでよかったですよ」
「店の物でよければなんでも持ってってくれよ。おれにはそれくらいしかできなくて悪いけど」
ここは民家を借りているそうだ。看板はない。
玄関を入った広間が店舗になっている。
びっしりと品物が積み上がっている。衣類も畳んでぎゅうぎゅうに積んであるだけだ。マヤさんが見たら怒りそうだ。問屋っぽいと言えなくもない。レティネが期待してたようなお店屋さんじゃなかった。
「女性用のアクセサリーで、ペンダントを探してるんですが。扱ってます?」
「ああ、あるぜ。待ってくれ」
レスフェンが奥から大きめの箱を持って来る。蓋を開けるとアクセサリーが無造作に詰め込んであった。ペンダントもいくつかある。店を見て期待外れかとも思ったが、品物自体は悪くないみたいだ。流行のデザインかは分からないが。
「ただ始祖様の嬢ちゃんに見合うようなのはないぜ。こっちが見劣りしちまうだろ」
「いや、始祖様に贈るわけじゃないですよ」
「ほほう。兄ちゃんも隅に置けねーな。手広くってわけか。へへ。やっぱエルフ、好きなんだな」
あんたと一緒にすんな。
同好の士を見つけたような顔するなー。
「エルフの女性は、どういうアクセサリーが好みなんでしょう」
「銀の鎖で艶のある色の濃い石のが好きみてえだな。ここぞという贈り物に結構売れてるよ。――ただな、普段使いしてるとこはまず見ねえな。こっちの革紐のやつのほうが馴染むみてえだ。その女にずっと着けてて欲しいなら、これなんかどうだ? 革紐と金具を組み合わせてあるから洒落てるし普段使いもしやすいぜ」
おや。意外に商売上手だな。店もあんたも見た目で判断してゴメン。
「じつはペンダントトップにこの石を使いたいんですが、なんとかなりませんか」
「これはなんの石だ? 見たことないが」
「魔石の一種なんですよ。ある持病に効くんです」
複製した魔吸晶だ。亀の目玉なのは黙っておこう。
「そうだな。三爪の金具で固定してるだけだから石は替えられるぞ。すぐにやってやる。おれは修理も請け負うから工具も揃ってるんだ」
作業中、魔吸晶に〈魔力糸〉を貼り付けて吸収分の魔力を俺から供給した。心配のし過ぎだが念のため。レスフェンは魔法の使えない人族だ。魔力量が少ない。魔吸晶に吸われて倒れたりしたら不味い。
問題なく石の交換は済んだ。お代は受け取れないとレスフェンが言い張るので、ありがたく貰っておくことにした。
そして俺とレティネは族長ダンノーラの家に向かった。