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異世界転移すればそこは玉座への階段だったりするし  作者: 魚座スプーン
第13章 試練の谷
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136 忘れないうちに種を蒔くことにしよう




『おはよう、だべ』

「うん。おはよう、ヤマダ」

「おはよう、です。アラタ」

「パパ、おはよー」


 あれ。一人多くね?


 いつのまにか眠っていたようだ。空は白んでいる。もうすぐ日が昇る。

 照明の魔道具で部屋を照らす。


「で、誰?」


 ヤマダがベッドから飛び降りてひれ伏す。

 誰もいないところに向かって。


「せ、精霊様! 御来臨たまわり、身にあまる光栄だべ。です」

『起きるべ。エルフの娘よ。さような作法、ワレには不要だべ』


 声だけが聞こえる。

 脳内にではなく、ちゃんと耳に音が伝わっている。姿はまるで見えないけど。

 しかし、朝から精霊とか。

 なんてステキな目覚めだろー。


「パパ。だれかいるー」

「うん。精霊さんだってさ」

『ワレはアエル。風の精霊とされるものだべ。お前たちに感謝を伝えに来ただ』


 綺麗な声だ。ちょっと中性的だけどヤマダに似た感じもする。

 もしかすると、ヤマダの声を模しているのかもしれない。

 霧の精霊じゃなくて風の精霊だったのか。


「失礼します、精霊様。感謝というのは昨日の猫――黒い獣のことですか?」

『その通りだべ。アレを抑えるのに難儀しておっただ。いきなり現れたお前たちが封じてしまうとは魂消たまげただ。あやうく本当に消えそうになったべ。ぶふっ』


 部屋の中で小さなつむじ風が踊っている。

 あちこち移動して落ち着かないが、声だけは同じ場所から聞こえる。

 もしかして、はしゃいでるのか。元気いっぱいだな。


『お前は獣の姿を見たのか。アレはさまざまに姿を変えおるで。人の姿でおったこともある』

「あれは一体なんです? 魔物ですか?」

『魔物ではないべ。ふいにこの地に現れた。気付くとそこにおった。アレがなにかと訊かれれば、アレはアレとしか。――うつろの体を顕現させるために魔力を喰らいつづけるモノ。大地の魔力をもことごとく吸い尽くし、生き物を根絶やしにするモノ。どれほど喰らっても足りることがないモノ。この上なく不自然なモノ。――とにかく、はるかいにしえよりアレはおったのだ』


 なにそれコワい。

 真っ当な方法だと対処できないんじゃないか?

 もはや神様案件の類いだろ。


『お前たちはどうやってアレを封じただ? ワレでさえずっと対峙して果たせなかっただに。秘術かなにかかの?』

「この子の力を借りたんですよ」


 まだ眠そうなレティネを撫でなでする。


『ふむ、なるほどの。この童も古の者か。この地で邂逅するとは。これもまた天の采配だべか』


 精霊って〈深淵ペラクオル〉の存在を感じられるのか。

 古くから継承されてきたものだからかな。


 さて。とにかく着替えて顔を洗わないと。そして朝食の準備だ。

 膝をついて頭を下げたままのヤマダを立たせる。

 精霊なんてマイペースな存在なんだから、俺たちもいつも通りでいいのだ。たてまつっても喜ぶわけじゃないし。


 一階のダイニングで簡単な朝食。

 味自慢の宿〈ドルミー〉のスープとパン。俺が作ったベーコンエッグ。ヤマダがスライスした果物とレティネがいれたお茶。

 一緒にいるつむじ風には、余計な埃を立てないように注意しておく。


「ところで、力を使い果たしていた風の精霊アエル様が復活するには、かなりの年月が掛かると思ってたんですが、ずいぶんとお早いお戻りですね?」

『たまたま近くに魔力の湧き出る泉があっただべ。失ったものをすっかり満たすことができたべ』


 ふーん。きっと俺も知ってる泉だよね。


「それは幸運でしたね。魔力以外にも何か湧き出てたんじゃないですか?」

『え? あ。うん。あったべ。あれはよいものだべ。な』


 よいものだべ、じゃねーよ。

 予想はしてたけどな。

 今朝は最初から部屋にいたみたいだし。いきなり絶好調だし。

 昨日霧が晴れたとき、俺に入り込んだわけだ。

 こいつも勝手気ままか。

 土の精霊ロアムといい、俺を食べ放題の宿みたいに利用するのは止めて欲しい。

 俺の中で、生き返るわ〜、とかやってんのかな。

 せめて許可を取れよ。許可しないけど。




「アエル様。それでは、おらたちの里は――」


 ヤマダがまた膝をついてこうべを垂れている。

 精霊への敬意はエルフとして譲れないものがあるのだろう。


『ああ、心配ないべ。滞りも消えた。ワレも以前の状態に戻った。循環の恩恵はお前たちの里にも及ぶだ』

「感謝します、ですだ!」


 さらに低頭する。


『お前たちエルフは誤解してるべ。お前たちのために森を地を風を整えてるわけじゃないだ。――精霊は安寧な地でないと気分が悪いだ。乱れた地は我慢ならないだ。だから整える。お前たちはそれを壊さずに暮らす。適度な距離を置いてな。それを守っていれば頼まれなくても森も地も豊かになる』


『だが、それを外れる願いなら、お前たちがどれほど願ってもワレは聴くことはないだ。――元々、お前たちには願わなくても叶う願いか、願っても叶わない願いしかないだ。お前たちが精霊を崇めても崇めなくても、変わりはないべ』


 だとしても、豊穣やら安寧やらを精霊がもたらすなら、崇拝したくなるエルフたちの気持ちも分からなくはない。


『それでも、ワレら精霊を感じにここまでやって来るのとは面白いべ。わざわざ顔を見せに来る酔狂な住人というわけじゃな。ワレのほうからエルフや人族の里に行くことはないしの』


 風の精霊ならどこでも自由に飛び回っているのかと思っていたが、案外地理的な縛りがあるのかな。


 数十年前に〈猫〉が唐突にこの森に現れたそうだ。

 相容れない強烈な存在に、はじめは為す術もなかった風の精霊アエルだが、魔力の流れを偏向させた結界で少しずつ包囲を固めていった。直接的な戦闘力は低くても、じわじわじっくり攻め立てるのは得意みたいだ。


 のらりくらりとかわしながら魔力を遮断し続けた。押し込んだり押し返されたりをくり返し、あの谷まで追い込んだ。

 しかしこの結界による外向きの魔力の流れは森の魔物を惹き付け、〈猫〉に思わぬ餌を供給することにもなってしまった。

 そしてそのまま膠着状態になった。少しずつ森のバランスを崩しながら。

 人間からすればずいぶんと気の長い戦いだが、アエルは飽きて放り出すこともなかったようだ。精霊にとってはどうってことない時間なのかな。


『というわけで、エルフの娘ヤマダには〈精霊の加護〉を、人族のアラタとレティネには〈精霊の祝福〉を授けただ。これはワレの感謝のしるしだべ。お前たちの旅路がつねに順風とともにあるように。――その石を身に着けているなら、ヤマダはシレンのために来たんだべ? アラタとレティネにはもうドライアドの祝福があっただ。アラタにはロアムのも。ヘンな人族だべ。――祝福を集めてるんだべか?』


 ちょっと待てーい。

 勝手に〈祝福〉授けんなよ。希望者だけにしろよ。集めてねーし。


 ヤマダが身に着けている『石』というのは、族長ダンノーラに渡された指輪のことだ。

〈恩恵の石〉とダンノーラは呼んでいた。これが〈試練デメネ〉を受ける者の証だ。勝手に〈試練〉に挑む者が出ないようにとの里の掟だ。かつてシドゥースの里を開いた初代の族長が、精霊からもらった石で作ったそうだ。

 かすかに精霊光を放っているのだが、もちろん俺には見えない。


「あのー。〈祝福〉って消せないんですか?」

『消すことはできないべ。でも、放っておけばすぐに薄れるだ。数百年しか保たないだ。薄れたらまたワレを見つければいいだ』


 ですよねー。

 一生消えないだろそれ。


 が、文句を言いかけて、思いとどまる。


 ヤマダが泣いていた。

 ぼろぼろと涙をこぼして。声も上げずに。床に女の子座りで。

 シドゥースの里を救う。これはヤマダが物心ついてからずっと持ち続けた願いだったのだ。感極まったのだろう。

 レティネが黙って背中からヤマダを抱きしめている。よしよししている。

 おんぶをせがんでるように見えるけど。


 いい子だなレティネ。

〈祝福〉イラネって言えないよな。




『アラタは不思議な術を操るだな。たまげたべ』


 家を消し跡地を復元するとアエルが驚いている。

 俺たちはこれから森の状態を確かめながらシドゥースの里に戻る。族長や長老に森の状況を伝えなければならないし。

 でもその前に――


「アエル様。魔物の死骸が転がっている灰色の谷は、あのままで大丈夫ですか?」

『アレがもういないのだから、ゆっくりと森に戻るべ。悪いモノはもう残ってないだ』

「なら、ドライアドの種を埋めたいんですけど。問題ないですか?」


 以前、木の精霊ドライアドにもらった種だ。

 どこでもいいから大きな森の中に埋めるよう頼まれていた。レティネの〈ポケット〉に入れたままだけど、死んでたりしないよな。


『そんなモノを持ってるべか。構わないべ。面白いだ。育つのをワレが見守るだ』


 精霊同士仲が悪いとかじゃないみたいでよかった。


 ミイラの谷に立つ。

 やっぱりここだけ殺風景だ。いずれ朽ちて消えるにしても魔物の墓場なのはちょっと。灰色の地面じゃ種も可哀想だしな。

 大量に土を出す。ミイラの群れを埋めつくす。


『おおっ! これはまた、すごい土だべ』


 あんたもかよ。


〈ポケット〉から出してもらったアーモンド大の種を、謎土のど真ん中に埋める。

 種蒔きというより埋葬気分だ。ミイラの谷だしな。

 大きな岩の上に立って、スプリンクラーみたいに大量の水を撒いていく。


『またまた、面白いことをするべな。アラタは』


 謎土と謎水のコンボなら、ドライアドも満足だろう。

 安らかに眠れ。


 すると突然、


 ――しゅるしゅるしゅるしゅるしゅる――


 種を埋めた場所から若草色のツタが伸びてきた。

 成長早っ! 芽が出るまでに百年くらい掛かると思ってたのに。

 意外にせっかちだな、ドライアド。

 いや、俺の謎土謎水のせいかな。

 ツタがまわりの様子を探っている。先っぽをアホ毛みたいにびゅんびゅん振り回す。

 俺たちに気付いたのか、岩場に這い登ってくる。


『えと、――やあ、コンニチワ、みなさん』


 いつか聴いたドライアドの声だ。べつの個体のはずだけど。

 ヤマダが跪き頭を垂れる。


『また会えたね、アンタたち。元気そうじゃないか。へえ。ここはまた、面白いトコロだね。アエルまでいるとは。こっちの娘はエルフだね。はじめまして』

「俺たちのことが分かるのか?」

『いまナカマと交信した。こんなに早くワタシの種を蒔いてもらえるなんて、ウレシイよ』


 インチキ宇宙人臭さは健在だった。


『久しいべ、ドライアドよ。変わりないだべか?』

『生まれたばかりで気分がいいよ。――とはいえ、もう眠くなってきたけどね』

『ワレが守るべ。安心して休め』


 空気とツタが会話してるよ。

 シュールだなー。


『まかせた。――またね、アンタたち。〈祝福〉を集めてるなら、あとでヤンギンやスーに会ったら伝えとくよ。それじゃあ』


 するするとコードが巻き戻るように、ツタは土に潜ってしまった。


 だから、集めてないし。いらないし。

 コンプリートとか目指してないし。




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