134 精霊をおびき出すエサっていったいなんだろうね
いよいよ〈試練〉に挑戦だ。
族長のダンノーラによると、ヤマダの〈試練〉に人族が同行することについては、長老や主だったエルフたちからの反対はなかったそうだ。ただ、精霊祭の後にすべきという声はあったらしい。祭の準備に人手を取られていると万一の場合の捜索救援態勢が不安だからだそうだ。
大事にされてるよな、始祖様。
俺たちは里を流れる川に沿って山中に分け入る。
まだシドゥースの生活圏なので細く険しいながら道がある。
後ろにはエルフたちの気配がある。俺たちから見えないようについてくる。
監視に違いない。監視といっても俺たちが迷子にならないように見守っているみたいだ。この辺りなら里のエルフが狩りに来ていてもおかしくない。たまたま行く方向が同じと言い訳できるしな。とにかく過保護なことだ。
だが、それに付き合ってもいられない。
俺たちだけで行動する利点は移動速度だ。
〈跳靴〉と〈界門〉を使えば圧倒的に時間を短縮できる。広範囲の探索には便利過ぎて、どちらも手放せない魔道具だ。
「急ぐよ」
「はいです」「はーい」
レティネを背負い、ヤマダと一緒に山道をどんどん加速。
さらば、始祖様見守り隊の皆。
この先の深山に〈精霊環〉という場所があるそうだ。
どうやら環状の石の構造物らしい。いかにもな感じだ。ストーンヘンジみたいなのかな。
歴代の〈加護〉や〈祝福〉を持つ者は数年に一度、そこに赴いて精霊と感応する。ただ精霊は気まぐれだから、留守だったり相手にしてくれないこともあるそうだ。マイペースってことね。そこはなんとなく俺にも分かる。
精霊は、山や森の盛衰、水や風の流れの大循環を、豊富なイメージとして伝えてくれる。ほとんど一方的な感応で、会話って感じじゃないらしいけど。
気まぐれに望みを聞いてくることもあるそうだ。
エルフたちにはそれで十分らしい。精霊が里の上手、大循環の上流に棲んでいるだけでシドゥースの谷の豊穣が約束されるからだ。
それほどに精霊の恩恵は大きいのだ。
しかし、ここ二十年ほど、まったく精霊との感応ができていない。
それどころが、精霊の存在すら感じられないという。
そして森の幸の減少と里での不作。
精霊が仕事してないってことなのかな。
だから今回は精霊不在の可能性が高い。
ヤマダは〈加護〉や〈祝福〉を受けるどころか、いもしない精霊を探すことになるかもしれない。難易度アップだな。
どうすれば精霊に気に入られるのかも分からないし。
俺には精霊の〈加護〉と〈祝福〉の違いが分からない。
以前サイトウから聞いたところでは、それを付与される者の特性次第だそうだ。
精霊魔法に適性があり能動的に精霊感知ができる者に〈加護〉が、それ以外なら〈祝福〉ということらしい。もしかすると、精霊からすれば同じ恩恵を与えているつもりかもしれない。受ける側によって発現の様子が変わるのを呼び分けているだけかも。
アクティブスキルとパッシブスキルの違いみたいなもんかな。知らんけど。
「あの山の上で休憩しようか」
「はいです」
渓流伝いに進んでいると、なだらかな山頂の峰が見えた。
〈跳靴〉によるゴリ押しで一気に駆け上がる
土で足場を整えて、ティータイムセットを出す。
背負われているレティネも疲れるだろうし、休憩時間はしっかり取りたい。
「ヤマダ。精霊の気配、感じる?」
シドゥースの方角を眺める。深い森に覆われた山と谷の連なりがあるだけだ。
「感じない、です。精霊様、いません」
〈魔力糸〉にも強い魔物の反応はない。虫系か山猫みたいな魔物の気配があるだけだ。これなら不意打ちされても脅威にはならない。
「なあ、ヤマダ。今更かもしれないけど。ヤマダはこの〈試練〉で精霊と感応して、シドゥースの里が昔みたいに豊かになるようお願いしたいってことだよな?」
「はいです。きっと精霊様に、お力をお借りします、です」
「それって里がよくなるなら〈試練〉は必ずしもクリアできなくてもいいってことか?」
「――は、はいです。そうなる、です。――里の安寧、のほうが、大事です」
「分かった。なら絶対に精霊を見つけ出して森を何とかしてもらわないとな。〈加護〉や〈祝福〉をもらっても、里がこのまま変わらなければ失敗ってことだ」
「――はい」
ヤマダが不安げな顔になる。
〈精霊環〉まで行っても精霊がいるかどうか分からない。手掛かりすら見つからないかもしれない。
俺からすれば精霊なんて、勝手に寄ってくるだけの迷惑な連中だけど、いざ探すとなると難しい。
精霊視、というか精霊を感じられるのはヤマダだけだ。
俺とレティネはお手上げだ。
ただし、俺には精霊を惹き付けるものがある。
〈神力〉のことだ。
木の精霊ドライアドは、俺が〈神力〉で作り出した土や水を不思議と好んでいた。土の精霊ロアムも俺の〈神力〉を嬉しそうに食っていた。俺はいい気分じゃなかったけど。
俺自身をエサにして精霊を誘い出せるかもしれない。
ヤマダにはそこをよく見張っていてもらう。そう簡単にはいかないかもだが。
「ヤマダは移動中もできるだけ精霊視を続けて、精霊の気配を探ってくれ。魔力がキツいなら風魔法の腕輪は外していい。そこは俺が援護するから」
「わかった、です」
魔力増幅の腕輪もあるが、威力重視の攻撃魔法には重宝するものの、繊細な感知系の魔法とは相性が悪いのだ。
昼食は〈ポケット〉収納のスナック類で済ませる。
深山を駆け、日がすっかり傾いた頃には、目指す〈精霊環〉にたどり着いていた。
「パパ、おみずー」
「凄い、です」
確かに凄い。
山々に囲まれた、豊かな水の湧き出す泉。
それを大きく取り巻くような石の環。
縁を越えて澄んだ水が溢れ、渓流へと流れ出している。
〈精霊環〉は、古のエルフが造った、水源地を護るかのような環状構造物だった。
それだけではない。空気の流れも独特だ。
風が止むことがない。
すべての風がここに集まり、そしてふたたび散って行く。
そんな現象が起きていた。
常識的にあり得ないが、これも何か精霊的な作用なのかな。
それぞれの風の匂いもかすかに違う。
まさしくここは、森の聖域だ。
「だけど、――なんだか」
「はいです。変な感じ、です」
「ざわざわするー?」
魔力をほとんど感じない。
様相が違うとはいえ、ここはレリカム大森林の一部だ。これだけ深く分け入って魔力を感じないのは異常だ。
泉は滞りなく湧き出ているが、風は明らかに乱れている。ときどき暴れるというか、つっかえるというか。そのたびにザワリと鳥肌の立つ感覚がある。
「精霊様の御力も、感じない、です」
ヤマダが辺りをゆっくりと見回す。ずっと精霊視をしているようだ。
俺も〈魔力糸〉を全方位展開。魔力感知に集中する。
俺たちが難しい顔をしているからレティネも心配そうだ。
西の山肌がすっかり暗くなっている。
「今日はここまでにしよう」
〈エルフの雫〉に転移した。
◇◇◇
翌日は〈精霊環〉周辺を虱潰しに調べて回った。
不自然な魔力溜まりのような場所がいくつか見つかり、周囲には雑魚の魔物が、中心には必ず強力な魔物がいた。
魔物はなるべくスルーしたが、俺たちに気付くと攻撃してくるヤツもいる。
それは岩山を喰らう巨大な魔物だった。
魔力を隠蔽していたのか、それと知らずに近付き過ぎてしまった。
奇妙な小山があると思ったら、それが魔物だったのだ。
いつかのベヒモスくらいの大きさだ。山肌に取り付いて岩壁をゴリゴリ食っていた。岩を食べるなんてモールサーペントみたいだが、こいつはトンネルは掘らず地表の岩を齧るようだ。
ナマケモノに似た姿。体表を砦の石垣のような鎧で覆っている。物理、魔法共に耐性が高そうだ。
のけぞるように体を起こし、背中に並んだ菱形の鱗を飛ばして攻撃してきた。
人の頭くらいの岩石弾がバラバラと降ってくる。
さすがに危険なので〈魔力糸〉で確かめた心臓の位置に、強力な〈魔力弾〉を生成して仕留めた。これなら魔力を弾として飛ばさなくて済む。
なんか、即死攻撃っぽい。
「回収したほうが、いいかな」
ゴロリとひっくり返った魔物が渓流を塞いでいる。
土砂崩れみたいで邪魔過ぎる。
素材としてはどうなんだろう。これほどの魔物なら魔石はそれなりに高値が付くだろうけど、鱗の鎧は岩石と変わらないなら無駄だし。色もとくに綺麗じゃないし。
「パパ、しまう?」
「う。――うん」
後で考えればいいか。こんなのでも伯爵が欲しがるかもしれないし。
モールサーペント以上の難敵だからめずらしいのは間違いないけど。デカ過ぎて置き場に困るだけかな。収納の腕輪にも入らない。
いつもすまないね、レティネ。
他にも蛇の魔物を倒した。
尾根に沿って這っていく長大な姿は、ゆっくり回転するチェーンソーの歯を思わせた。
敏感に俺たちに気付き、首をもたげて喉を膨らませたので、切断の〈魔力糸〉で首を切り落とした。毒液でも吐かれたら大変だし。
魔石だけ回収する。
ヤマダの見立てだと肉は食べられるようだ。精霊祭用の差し入れにいいかもしれないけど、けっきょく自分の口にも入ることになる。やっぱやめよう。このグロテスクな姿を見ちゃうとな。
寄って来る雑魚魔物は〈魔力弾〉で倒すだけで放置。
さらに森の深部を半日進む。平坦な地形がまったくない。
さすがに〈跳靴〉でもペースが落ちる。
「アラタ、アラタ、おかしい、です」
谷の中でヤマダが立ち止まり、眉を寄せる。
ひどく警戒している。
何だろう。何も見えないし、何も感じない。
魔力は薄い。というより、ほとんどない。
谷底にはねっとりとした濃い霧が漂っている。よく晴れた午後なのに。
「もしかして、精霊が?」
「はい――です。でも――」
(あれ?)
霧の中に〈魔力糸〉を延ばそうとして、失敗する。
霧に触れると溶けるように消えた。
変だな。干渉するほどの魔力は感じないのに。
なら〈神力〉で突風を作って霧を――
「これ、霧じゃない、です! 精霊様です!」
危うく吹き飛ばすところだった。
「光が、弱ってるだ。精霊様。辛そう、です」
「分かるのか?」
漂うだけに見えた霧は、ゆっくりと循環している。
中の様子は窺えない。
精霊視できない俺には見当もつかない。
「この中に精霊が?」
「いえ、精霊様、霧で壁になってる、だ。――中に、なにがいるか。おら、見えないです。でも、急ぐです」
精霊が霧になってる?
精霊が何かを囲んでるのか。中のものを守ってるのか。
それとも――精霊が興味を持つような、何かがいるのか。
これは霧の精霊なのかな。
確かめるしかない。
手を伸ばして霧を掻き分けてみる。
とくに抵抗もなく手が埋まる。少し冷たい。ただの霧みたいだ。
レティネを連れて中に入るのは無謀かもだけど、置いて行くなんてありえない。
「レティネ。俺にしっかりつかまってて。頭を上げないでね。ヤマダは精霊の動きを見失わないように。足下に注意。弓はまだ出すな」
危険な存在がいるなら瞬殺。
無理なら緊急脱出。
そのつもりで。
レティネを背負ったまま、ヤマダの手をしっかり握る。
はぐれないように。
そして霧の中に分け入った。