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異世界転移すればそこは玉座への階段だったりするし  作者: 魚座スプーン
第13章 試練の谷
133/256

132 山がこっちを見ている無数の目がじっと睨んでる




「パパおはよー」


 翌朝レティネに起こされる。

 思い返すと昨夜のテンションは恥ずかしい。

 けれど、きっとやることも、やれることも変わらないだろうから問題ないよな。


「これを飲んでみてください。元気が出ますよ」


 朝の支度をするカンノに、初級魔法薬〈エルフの雫〉の小瓶を手渡す。

 飲み干すと、やや疲れ気味だったのが嘘のように表情が明るくなる。


「たまげたべ。力が、湧いてくるだ」


 エルフは人族より魔力が多いから魔力回復はいまひとつだが、肉体的な疲労にはハッキリと効果が出るようだ。

 エルフに〈エルフの雫〉を飲ませるのも悪い冗談みたいだが。


 いや待てよ。〈エルフプラの雫〉に改名すれば爆売れするんじゃないかな。信者のマストアイテムとして。ふふふ。シドゥース支店は大成功間違いなしだ。などと妄想してみる。




「祝福者様! 祝福者アラタ様!」


 朝食を済ませてから、帰還を祝う宴でヤマダが着る服を準備していると、血相を変えたオギスが駆け込んでくる。


「薬を分けてくださらんか。痛み止めが必要だべ。レスフェンが大怪我をしたで」

「分かりました。すぐに行きます」


 オギスに続いて駆け出す。オギスは身体強化してるのでかなりのスピードだ。それに合わせて走る。

 俺が冒険者兼薬屋なことは昨日話してある。


「どんな怪我です?」

「崩れた材木に巻き込まれて両脚が折れてるだ。治癒魔法を掛けてるだが、ひどく痛がってるです。レスフェンの奴、止め木が腐ってるのに気付かねえで丸太の山に登ったらしいだ」


 それは大変。命があっただけ幸いだ。

 しかし、レスフェンか。

 日本の名前じゃないよな、さすがに。エルフ日本人名繋がりもここまでか。

 ホッとしたような。残念なような。


 林の斜面の下に丸太が乱雑に転がっている。その端で男が倒れていた。

 エルフの娘が両手をかざして懸命に治癒魔法を掛けている。青っぽい光なので水属性かな。しかし男はうめき声を上げるばかりだ。魔法の効果もイマイチらしい。痛みが強過ぎるのだろう。

 エルフにしては厳つい顔だな。茶髪だし。耳も――


「って、人間かよっ!」


 ごめん。思わず大声で突っ込んじゃった。

 エルフの娘と、もう一人添え木を作っているエルフの男が、驚いた顔で振り向く。


「失礼。――お待たせしました、薬師です」


 すぐに〈魔力糸〉を延ばして診察。

 両脚とも膝のすぐ上で完全に折れてる。これはメチャメチャ痛いはず。幸い骨が飛び出したり異物が刺さったりはしていない。患部周辺は皮膚が赤黒かったり紫色だったりと賑やかだ。内出血もありそう。歯を食いしばったせいで口も切れている。顔は蒼白だが汗びっしょりだ。


 さて、ここで俺にできる処置は四種類ある。

 一つ目は、やや時間が掛かるけれど魔力操作で治す。一番無難なやり方だ。騒ぎにもなりにくい。

 二つ目は、魔法薬を使う。初級魔法薬〈エルフの雫〉ではなく、カーリ言うところの怪しい魔法薬で治す。いかにも薬師らしい。金貨十枚は取れる。取らないけど。

 三つ目は、複製した治癒魔法を使う。先日〈赤斧〉のゼクリスに使ったやつだ。即効だし見た目も一番派手だ。

 最後は〈神力〉による〈再生〉。呆気にとられるほどの効果がある。乱れた服まで元通り。怪我をしたことが夢だったと思えるはずだ。

 今やこれだけの中から選べるのだから凄いことだ。


 今回は派手なヤツでいこう。


「すみません。少し離れて――」


 エルフ娘の魔法をキャンセルさせ下がらせる。

 俺は〈複製治癒魔法・光属性・ユニオレ・強〉をイメージして魔法を複製する。


「「「――!?」」」


 茶髪の男が強烈な白い光に包まれる。

 みな眩しさに目をそらす。

 光が収まると男の怪我はすっかり治っている。


「え? な、なんでっ?!」


 いきなり怪我も痛みも消えたので男が混乱する。


「さあ、これを飲んで」


 俺は〈エルフの雫〉の小瓶を開封して男に無理矢理飲ませる。

 治癒魔法だけだと消耗した分の体力はほとんど戻らないらしいのだ。


「あれ? おれは――」


 男は立ち上がって自分の身体を確かめる。折れたはずの膝をさすっている。

 魔力の弱い者ほど〈エルフの雫〉の瞬間的な回復効果は大きい。たぶん怪我する前より調子がいいはずだ。大怪我の名残りは土で汚れてしまったズボンだけ。


「こ、これが、祝福者様の、まことの御力だすか!?」


 オギスがあんぐりと開けていた口を慌てて閉じる。

 期待通り驚いてくれたようだ。

 さすがに神聖国正巫女で勇者の従者にして聖女の妹だけあって、ユニオレの治癒魔法は市井の魔法使いのものより格段に強力だ。大金を積める身分の者しか施術してもらえない魔法のはずだし。


「あ、ありがとう。おれの脚が、まるで嘘みたいに。けど、あんた一体何者だい? 同じ人族なのに、こんな、凄い治癒魔法なんて――」

「俺は始祖エルフプラヤマダ様の冒険者仲間のアラタです。薬師でもあります。精霊様の〈祝福〉をいただいているので、こうした治療もできるのです」


 まあ、〈祝福〉は全然関係ないんだけど、そういうことにしておく。

 俺スゲーをアピールしておく。

 この場のエルフたちは驚きつつも納得してくれたようだ。実際に目撃したしな。


 俺は〈試練〉を受けるヤマダを守りたい。

 族長のダンノーラは俺を認めてくれているが、エルフたちの中には始祖様の同行者が人族なのをよしとしない者がいるかもしれない。だが、間違っても他のやつを同行させたくない。危険な森の深奥から無事にヤマダを連れ帰るのに俺以上の者はいないはずだ。信者脳なヤツには任せられない。

 今はできるだけ俺の力を見せつけておきたい。

 強力な治癒魔法はポイント高いはずだ。


 怪我をした人族の男レスフェンは行商人で、数年前にシドゥースの里に小さな店を構えてからは、一年の半分以上をここで過ごすそうだ。精霊祭の会場設営に使う木材を確認に来て事故に遭ったようだ。

 甲斐甲斐しくレスフェンに治癒魔法を掛けていたエルフ娘の名前はヒミ。線の細いあどけない感じの娘だ。ちょっといい仲らしい。

 ちっ。カンノに小一時間説教されればいいのに。



 ◇◇◇



 ヤマダの帰還を祝う宴にはたくさんのエルフが集まった。

 その数約二千人。

 これは、集まり過ぎだろ。


 シドゥースの里の人口は三つの村を合わせても二千数百人だそうだ。もはやこれは精霊祭バイラムの本祭レベルじゃないのかな。ヤマダの帰還は昨日のうちに里じゅうに伝わっている。エルフたちの表情を見ると楽しみにしていたのが丸分かりだ。

 会場は中央の村にある〈祖霊の森〉の広場。巨木のそびえる丘の麓だ。小さな礼拝堂がある。一旬後に迫った精霊祭もここが会場の中心になるそうだ。


 礼拝堂を背にした一段高い席の中央にヤマダが座っている。

 両脇に族長ダンノーラと長老たち。ヤマダの導者オギスもそこにいる。

 俺とレティネはカンノと一緒に脇の席に着いている。


 老若男女のエルフたちは、入れ替わり立ち替わり、ヤマダの前に進み出て平伏していく。ヤマダは立ち上がり、それを静かに眺めている。

 まるでカルトの教祖様と信者たちみたいだが、みな表情は明るく楽しげだ。素朴な敬愛を捧げている。絶対神というより、皆の共通のご先祖様みたいな扱いだ。なんか縁起物みたいに思われてるのかな。

 ヤマダは一人一人に笑顔を返すでもなく、なんとなく心ここにあらずの風情だ。こういうことに慣れているのか。いちいち気を張ってたら疲れちゃうしな。そんな表情がかえって神秘的な美貌を作り出しているのは皮肉だ。


 ヤマダの衣装は、やや光沢のあるブルー系のドレス。

 これはバシスの旬祭で着たものだ。もちろんマヤさん謹製。夏服だけど肌の露出は多くないので寒くはないはず。着付けとメイクはレティネと俺で手伝った。

 その立ち姿は、まさに妖精姫じみた優美さだ。


始祖エルフプラであるヤマダが、成長の旅路を経てこのたび無事帰還した。この陽の下、始源の樹の陰を、祝賀の場とする。同朋エルフリングよ。シドゥースのエルフたちよ。精霊に。祖霊に。感謝を捧げよう」


 ダンノーラの言葉で盃が一斉に掲げられる。


「精霊様!」「祖霊様!」「始祖様!」「おかえりなさい!」


 大人たちが乾杯すると、いよいよ食事が振舞われる。というか、これだけの人数によく酒杯が行き渡ったものだ。マイカップでも持参したのかな。

 ワインの樽が盛大に開けられている。

 長テーブルに大量の料理が並び、その脇では大鍋のポトフが湯気を立てている。

 中央では俺たちが持ち込んだスイートホーネットの幼虫が、一口サイズの切り身になって白い山を作っている。やっぱり生食するようだ。さらに上から蜂蜜がかけられている。その発想はなかったな。

 トプラマ産のハム類にも人だかりができている。いつもと違う食材には皆興味があるよね。


 テーブル席は数百人分しかないので、ほとんどの者は広場を囲むように地面に座り込んでいる。

 弦楽器と笛の演奏もある。陽気な曲が会場に響く。

 面白いのは演奏者が固定ではなく、どんどん交代していくことだ。演奏にかかりきりにならないように配慮してるのかと思ったが、それだけ楽器に長けた者が多いらしい。オラの演奏を聴け! なエルフが順番待ちしてるみたいだ。寿命が長いと芸事も上達するのかな。なんだか宴会慣れした里だ。


 賓客待遇の俺たちの前にはあらゆる料理が並んでいる。

 スイートホーネットの幼虫も。

 エルフたちは喜んで食べているので不味いはずはないけど、やっぱり覚悟がいる。脳内でモゾモゾと幼虫が蠢くよ。

 ためらっているうちに勇敢な幼女に先を越される。ソース代わりの蜂蜜に騙されたのか。

 えいっ。レティネに負けじと俺も口に入れる。


 あれれ、美味い?

 思ったほどぷちゅぷちゅドロドロじゃなくて、柔らかめのナタデココみたいだ。独特の酸味があって濃厚な蜂蜜と絡まると、熟し切った果実のような味だ。臭みもなくて動物性のモノとはとても思えない。まさに不思議新食感。でもやっぱり場の勢いがないと食べたくはないかな。やっぱ虫だし。

 他にもエルフの娘たちが郷土料理を運んでくれる。


 しかし、エルフって、いるところにはいるんだなあ。子供から老人まで。年齢の見当は付きにくいけど。長命種だけあって幼少の者の比率は低いようだ。もう一生分のエルフを見た気分。絶滅危惧種じゃなくて安心したよ。

 人族も数人混じっている。レスフェン以外にも滞在中の者がいるみたいだ。


 精霊祭用のリソースが心配になるほど飲み食いして、ヤマダの帰還の祝賀は終わった。




 ヤマダの家からレティネを連れて、こっそりと薬屋〈エルフの雫〉に転移。

 魔法使いのカーリからの伝言があった。師匠の容態は徐々に快方に向かっているそうだ。採集した魔吸晶ソルオブの効果があったらしい。明日また来るそうなので、こちらも伝言を残す。

 マヤさんに状況を話してから再びシドゥースに転移。



 ◇◇◇



「あんたらが人族の祝福者様かい? ちゃんとオラたちについて来れるんだろうな」


 森の入口で訝しげな表情のエルフ戦士が俺たちに尋ねる。

 武装して集まった三十人のエルフたちよりひと回り身体が大きい。リーダー格なのかな。エルフにしては筋肉質だ。革鎧を着て強弓を背負っている。

 当然ながら、なんで子供が来てるんだよ、な顔だ。


 エルフでもちゃんと精霊視ができるのは半数もいないらしい。彼は精霊視ができないみたいだ。それなら俺たちはただの人族の小僧と幼女でしかないだろう。魔力があるようにも全然見えないしな。


 今日は〈バクマク〉という魔物の群れを退治する。

 レティネはカンノの家で留守番させようとしたのだが、レティネもいくー、の一言で一緒に行くことになった。それだけだ。


「はい。冒険者のアラタとレティネです。身体強化もできますから、足手まといにはなりません」


 つないだレティネの手をきゅっと握る。


「ふん。期待してるぞ」


 邪魔に思っているのが丸分かりだ。

 幼女同行が謎過ぎるしな。族長の思惑を図りかねているんだろう。


「起きるだ」


 輪になってひれ伏そうとするエルフたちをヤマダが止めている。始祖様ラッキーアイテムが同行することで皆テンションが上がっているようだ。さすがに扱いが違う。

 中には俺とレティネにきちんと会釈してくる者もいる。精霊の〈祝福〉の光が見えるのだろう。ただの人族のはずがないと感じているのかも。


 せっかく一目置いてくれても、精霊の〈祝福〉って俺とレティネにとってはなんのメリットもないんだよな。〈祝福〉によって何かができるわけじゃないし。自分では見えないし感じられないし。木の精霊ドライアドによると『なんとなく気分が良くなる』そうだけど、とくに実感ないし。

 むしろ精霊視できる者から隠れるのが難しい。これはデメリットだと思う。俺には土の精霊の〈祝福〉まであるようだし。欲しがるエルフがいるなら譲ってあげたいくらいだ。




 早朝のひんやりした空気を感じながら森を駆け抜ける。

 武装エルフの一団に続いて、ヤマダと俺も走る。もちろんレティネは俺が背負っている。

 魔力で身体強化をしていても木の生い茂る森を走るのは至難だが、エルフたちは勝手知ったる道なのか足を止めることはない。もう小一時間走っている。大人数なのに凄いペースだ。

 俺とヤマダは〈跳靴カルセリタス〉を履いているので余裕すらある。探査の〈魔力糸〉も適度に展開中だ。


「おい、ゴタン! 急ぎ過ぎだ。バテちまう、ど!」


 先頭を走るリーダー格の男に声が掛かる。


「はっ。これくらい、ついて来れなけりゃ、邪魔だべ!」


 ゴタンと呼ばれた男は俺たちをふるい落とすつもりらしい。

 置き去りにされたら道が分からない。自分たちだけでさっさとバクマクを退治して、帰りに俺たちを拾えばいいと考えてるのかも。それならヤマダにも危険がないし。

 でも、それはちょっと困る。


 森に覆われた低い山をさらに二つ越える。

 木々がまばらになると異様な岩山が見えてくる。風雨によるものか浸食が酷い。今にも崩れそうな岩の塔を束ねたような形だ。

 しかし、はっきりと魔力を感じる。


「――――!!!」


 睨んでいた。

 岩場に貼り付いた無数の目がこっちを見ていた。

 まばたきもせずに凝視していた。


 あれがきっと〈バクマク〉。


 大型の猿に似た魔物の群れが、猿山よろしく岩山全体に陣取っていた。




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