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異世界転移すればそこは玉座への階段だったりするし  作者: 魚座スプーン
第13章 試練の谷
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130 里に到着するも俺を悩ませる疑問は消えてくれない




 昼下がりの山道を〈パパ〉がゆく。

 好天に恵まれていた。


 エルフの里シドゥースは隠れ里ではないそうだ。

 しかし道は明らかに険しくなっていた。重量のある大型馬車だとちょっと厳しい。舗装も不完全だし。低山ながら尾根伝いの道もある。近くに町や村はなく、ひどく辺鄙なのは間違いない。山道とはいえ不安になるくらい誰とも出会わない。


「この辺りに魔物はいないのか?」


 魔物の気配もない。ここはレリカム大森林の西端のはずだけど魔力は薄い。リューパス領の開拓地の森と変わらないレベルだ。お陰でハイキング気分で歩いていられる。


「いるです。でも、強い魔物、少ないです。精霊様のおかげ、です」

「精霊が何かしてるの?」

「魔力を、なだめてくださって、いるです」


 魔物は魔力の集まるところに惹き付けられるから、溜まった魔力を散らしてしまえば強い魔物が住処にすることもなくなる。それを精霊がやっているのかな。


「パパ、あったよー」


 道端の里程標をレティネがまた見つける。

 一里ごとに高さ五十センチほどの石碑がある。シドゥースまでの距離が彫り込んである。文字ではなくサイコロの目のような穴が、カウントダウンのように一つずつ減っていく。道は間違っていないようだ。紛らわしい分かれ道もない。


「あれは?」


 低い防壁が見えてきた。ただの切り通しでもなさそうだ。

 門が設置されていた痕跡がある。かなり古いものらしい。


「里との境界、です。昔、戦争があった頃に、作られたそう、です」

「人族との戦争?」

「人族同士の戦争、です。里を守るための壁、だったです」


 内乱でもあったのかな。エルフは戦火を嫌って自衛したってことか。

 今は防壁には誰もいない。ただの遺跡のようだ。


「ここからはエルフの土地ってこと?」

「はい、です」


 防壁を抜ける。

 途端に森の中から弓矢を構えた緑色の服を着たエルフの一団が現れ包囲される、なんてこともなかった。そんな、ロビンフッド伝説と混同したようなエルフはイヤだし。ぴっちりタイツとか履いてたりして。


 代わり映えのしない山道を下る。

 川の流れる谷を進む。


「あとどれくらい?」

「一日、です」


 ですよねー。

 ただの山歩きを続ける。

 レティネを疲れさせないよう気を付けながら夕方まで歩いた。



 ◇◇◇



 翌日。

 明らかに整備された道になっていた。

 おかげで順調に進むことができた。


「この川は里まで続いてるの?」

「はいです。だから――迷わない、です」


 質問の意味を察してヤマダが頷く。


 澄んだ流れは涼しげな水音を立てている。

 川に沿って道が曲がるたびに新しい景色が現れる。

 徐々に谷は広くなり、空気が澄んできたように感じる。


 最後の里程標からは里が一望できた。

 谷はさらに広がり、山間の盆地になっている。

 森に囲まれた湖もある。

 耕作地と林が混じる中に家々が見える。

 それらすべてが午後の柔らかい光に霞んでいる。

 ハドソンリバー派の絵画のようだった。


「あれが、おらの里、シドゥースです」




「パパ」

「うん。誰か来るね」


 こっちに来る。走って来る。

 全力疾走だ。魔法で身体強化までしてる。

 エルフ。たぶん男だ。なんか叫んでる。


「ヤマダ様ぁ! よくぞ戻られたぁ!」


 そのままヤマダにタックルしそうな勢いだったが、寸前で跪きひれ伏す。


「じいやっ」


 じいやかよっ!


 そんな歳には見えないけど、エルフの年齢なんてサッパリだしな。これで二百歳だったりするのかも。

 冒険者風にも見えるなめし革の服だ。長い金髪を後ろで束ねている。小さなナイフをベルトに挿しているが、とくに武装はしていない。


「起きるだ。じいや」


 ヤマダがフードを下ろして笑顔を見せる。


 俺たちだけだったのにヤマダはほとんどフードを被ったままだった。

 以前マヤさんが『美容の呪い・恐怖の魔物シガイセン』という怪談を語って聞かせたのが原因らしい。俺には、この世界でどれだけUV対策をすべきなのかよく分からない。元の世界より紫外線が多いかどうかも知らない。ヤマダの顔にシミでもできたら、本人よりマヤさんが大騒ぎしそうだ。


「おお、なんとお美しや。お元気そうで安心したです。無事のお帰りを、毎日祈っておったですだ」


 じいやはすっと立ち上がりヤマダに最敬礼。


「ありがとう、だ」

「して、こちらのお二方は?」


 じいやが俺とレティネに目を向ける。

 灰色がかった緑色の瞳。皺はないが、それなりの年月を生きた風格のある顔だ。

 が、すぐに目を見開く。


「せ、精霊様の〈祝福〉ですと!? それも、これほどの光。なんと、お二人は人族なのに〈祝福〉をお持ちか?!」


 精霊視をしたらしい。


「はじめまして。アルブス王国の冒険者アラタです」

「ぼーけんしゃレティネです」


 レティネもちゃんと挨拶できたよ。


「俺たちはヤマダと冒険者パーティーを組んでいます。精霊祭バイラムに合わせてご挨拶に」

「おらはオギス。ヤマダ様の導者を任されとります。ようこそシドゥースへ、祝福者アラタ様、祝福者レティネ様。――そして始祖エルフプラヤマダ様。おかえりなさいまし」

「ただいま、オギス」




 オギスについてヤマダの家に向かう。

 エルフの里シドゥースは、谷伝いの盆地に連なる三つの村の集合体だ。ヤマダの家は一番近い村にあるそうだ。

 いち早くオギスがヤマダを見つけたのは、今か今かと毎日巡回しているからだそうだ。忠犬かっ。


 俺はオギスが日本人名かどうか悩んでいた。

 多くはないけど日本にもある苗字のはず。異世界っぽくもあるし。一応保留かな。こんなの気にしてるのは俺だけだが。


「ヤマダ様っ!」「よくぞご無事で!」「おかえりなさい始祖様!」


 ヤマダとオギスの姿を見つけたエルフが駆け寄ってくる。エルフ入れ食い状態だ。

 老若男女、先を争うように地面に正座。上半身を投げ出してひれ伏す。

 ただ、動きが自然過ぎてあんまり仰々しい感じはしない。エルフらしく線の細い美形ぞろいなので集団演舞っぽく見える。

 ちょっと大袈裟なのはアレだけど、ごく当たり前の敬愛を捧げているようだ。


「起きるだ」


 それを平然と立ち上がらせるヤマダ。マジ神様。


 エルフたちはみな金髪で、男にも長髪が多い。束ねたり編んだりと色々工夫はしているようだ。服装は人族の農夫とあまり変わらない。作業の途中だったのか、収穫用のカゴを背負った男もいる。

 ヤマダの家に着く頃には数十人のパレードになっていた。

 いつかもあったな、こんなことが。


「ヤマダっ?!」

「かあちゃん!」


 ログハウスのような平屋建ての玄関から女性が飛び出してくる。

 ひしと抱き合う二人。たちまち涙が溢れ出す。

 オギス以下のエルフたちもオイオイ泣いている。なんとも麗しい場面だ。


「よかったねー」「おー」


 俺とレティネは空気を読んで空気になっていた。

 というか、ノリについていけてない。




「アラタ様、レティネ様。ヤマダを助けていただき感謝するですだ。おらがヤマダの母、カンノです、だ」


 ヤマダから俺たちを恩人と紹介された母親は、あらためて頭を下げた。

 ここは玄関を入ってすぐの広間だ。家具類はほとんどなく二十人くらいの小集会にも使えそうな広さがある。この里の家によくある造りらしい。

 オギスたちはいない。

 里へのお土産として、蜂蜜の大瓶、木箱詰めのハム、たらい入りのスイートホーネットの蜂の子を渡したのだ。がやがやとヤマダの帰還を報せながら族長のところに運んで行った。

 カンノにはハチミツ、チーズ、ハム、蒸留酒の贈答セットEXを渡す。


「これは――ヤマダはお婿さんを連れてきた、ということ、だべか?」


 カンノが俺とヤマダを交互に見る。

 やはりカンノも美女だった。当然目鼻立ちはヤマダに似ている。髪の色がやや金髪寄りだ。姉としか思えない若々しさだ。かあちゃん感は皆無だ。


 結論を急がないで欲しいです。

 娘の旅路に同行してきた冒険者仲間として扱ってください。話はそれからです。

 しかし当のヤマダが嬉しそうに頬を染めて甘い雰囲気出しちゃってる。もうちょっと自重しろよ。


「親しくさせていただいてますが、今は大切な仲間として、力を合わせているだけですよ」


 なんか言い訳くさい挨拶になってしまった。

 一緒に風呂入ったり同じベッドで寝たりしてるけど、たんに仲良しなだけだ。よくあることのはずだ。ふしだらな関係じゃないはずだ。


「ヤマダを大切にしていただいているのは、一目で分かりますだ」


 カンノが愛しそうにヤマダを見る。

 里を出たときのヤマダの状態は知らないけれど、今のほうが活力に満ちているのは確かだろう。成長したというか、輝いているというか、存在感を増したというか。いろいろ大きくなったし。

 ちなみにカンノは典型的なエルフ胸だった。


「ありがとうだべ、アラタ様」




「よくぞ無事に戻ったの、ヤマダよ。息災でなによりだ」


 俺たち〈パパ〉はオギスに案内されて里の長、いわゆる族長に会っていた。


「そして、ようこそシドゥースへ。祝福者アラタ殿、祝福者レティネ殿。歓迎しよう。おらがシドゥース族長のダンノーラだ」


 ダンノーラは凛とした雰囲気のエルフ女性だった。たぶんかなりの年配だが見た目では分かりづらい。人族とは加齢のプロセス自体が違うのかもしれない。皺やたるみがないので、目の落ち着き具合で年齢を判断するしかない。

 ダンノーラは足が不自由らしく、杖を手放さない。

 族長の家といってもとくに立派なわけではなく、造りも他の家と変わらないようだ。


 ヤマダは、冒険者として俺たちと行動を共にして自身を強化できたこと、成人の儀を受けるために里帰りしたことを、族長に話す。


「なるほどの。無事アントラム迷宮を探索し、冒険者としても名を馳せるばかりか、魔族討伐の軍に随行し武名轟く領主殿から褒美まで貰うとは。望外の成長ぶりだべ」


 ダンノーラは満足そうにヤマダを見つめる。

 見た目以上の成長を感じているのだろう。


「ふふふ。当初は、迷宮にたどり着けるのかと心配しておったに。おらたちがいかに不明だったか、思い知らされるばかりだの」


 いや。まさにその心配通りなんだけど。

 ヤマダの迷子力はほとんど改善してないと思う。


「成人の儀を受けたいというのは、精霊祭バイラムの成人の儀に参加するのだな?」

「いえ、族長様。おら、真の成人の儀、〈試練デメネ〉を受けたい、のです」


 ダンノーラの表情が厳しいものに変わる。


「本気だべか? ヤマダ」


 一方俺は、オギス、カンノ、ダンノーラって流れは、エルフの名前=日本人名で確定なのかどうか頭を悩ませていた。




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