129 はじめての鑑定魔法・耳コピ光属性編
「ヤマダ。頼む」
「はいです」
岩山に作った家の中に転移すると、上空を鷲の魔物が旋回していた。
こいつらの縄張りだったらしい。
ヤマダに始末させる。
三匹とも頭に矢が刺さったまま落ちてくる。すべて空中でレティネが収納する。
昨日の反省なのか、魔法矢ではなく普通の矢だ。
本当は俺の〈魔力弾〉のほうがいいんだけど、エルフは矢を射たないと死んじゃうみたいだしな。
「すごい。カロスイーグルは矢では落とせないのに――」
いや、落ちてるし。
鳥のくせに皮膚が硬いそうだ。さすが魔物としか。
「今日は全員で探索するからね。とくに転移直後は油断しないように。カーリは俺から離れるなよ」
「――わたしに気があるの?」
調子は戻ったようだ。
崖上に転移。そして谷底に転移。これをくり返した。
片っ端から調べていく。
魔物にも出くわす。視認できるものはヤマダが射撃、岩陰や木陰に潜むものは俺が〈魔力弾〉でこっそり始末していく。素材として価値がありそうならレティネが〈ポケット〉に収納する。
採掘跡や坑道のようなものは一向に見つからない。
「いったい何処にあるの?――たどり着けるのかしら」
まだ調べ始めて半日なのにカーリが弱音を吐く。
普通の足で調査したら一旬は掛かりそうな範囲をすでに探索している。谷の規模はさまざまだが外観は代わり映えしない。さらに水没していれば魔力感知で調べるしかない。
カーリは鉱山然とした場所をイメージしていたようだ。
見ればすぐに分かる、と。
昼食のために〈エルフの雫〉に転移。
食後の甘いデザートを食べてもカーリの表情は晴れない。
常識はずれのペースで探索していても、少しでも早くと焦ってしまうのだろう。
「魔吸晶って岩壁や地表に露出してるものなのか?」
「記録には掘削したという表現はない。もしかしたらそうなのかも。――でも、取り出した、とは書かれてる」
地面に転がってる、なんてことはないのかな。
浅くだが〈魔力糸〉を使って岩盤の中もトレースしている。
魔吸晶という名前から強力な吸収力を想像していたけれど、実際は微弱な効果なのかも。もうちょっと精度を上げてみるか。
しかし、その日は収穫のないまま終わった。
◇◇◇
「ヤマダっ! 牽制頼む!」
「はいです!」
次の日。
俺たちは谷底で長大なツタの魔物に襲われていた。
全長が百メートルを超える、根を持たずに動き回るツタだ。こっそり這い寄られていることに気付けなかった。植物系の魔物は魔力を捉えにくい。
枝分かれした鞭のような触手がレティネとカーリを狙う。
「カーリとレティネは動くなっ。ヤマダに任せて」
ヤマダが矢継ぎ早に魔法矢を放つ。
凄い連射だ。
うねうねと迫る触手が切断されていく。
触手の動きは遅く、切られても再生しない。
けれど数が多い。後から後から新手が伸びて来る。
せっかくの獲物を諦める気はないようだ。
俺は魔物の急所、魔石の位置を探す。
解けかけた極太のロープみたいな魔物で、中心が分かりづらい。
〈魔力糸〉を沿わせ、先端だか末端だかに魔石を見つける。
〈跳靴〉で一気に距離を詰め、矢筒剣を一閃。魔石部分を斬り離す。
触手の動きが一斉に鈍り、やがて完全に止まった。
急所を突き止めないと倒しにくいな。
グリップエンドみたいな末端を切り開き魔石を取り出す。
握り拳大の魔石にはとくに変わったところはない。ヤヌア砦の〈森〉とは関係なさそうだ。魔石は収納の腕輪にしまう。
「パパ、かめさん!」
俺がのろいわけではない。本当に亀がいるのだ。
十字形の谷がそのまま湖になっていた。水辺に沿って円形の岩が並んでいると思ったら亀の甲羅だった。甲羅干しかな。大きくても甲羅の直径は一メートルほどだ。数十匹いる。
崖上の俺たちの視線を感じたのか、ずるずると水中に潜っていく。
魔物ではなく動物らしい。魔力もほとんどない。
水没しているからスルーしかけたが、ふと思いとどまる。
今までの谷と少し様子が違う。
周辺の魔力がみょうに少ない。というか、ほとんどない。大森林の中というより、普通に人族の住む土地レベルだ。
これは異様だ。
魔力を吸う鉱床が隠れてるのかもしれない。
「どうしたの、アラタ。なにか気になるの?」
谷を見下ろす俺。
カーリが横に立つ。
岸辺の岩や岩壁の内部にも〈魔力糸〉を這わせて念入りに探る。ヤマダのミスリルの短剣を泥の中から探し当てたときのように。魔力を吸い取るという性質に意識を集中する。
「なあ。魔吸晶って、カーリは見たことあるのか?」
「現物を見たことはないわ。ギルドの資材部にも現存するものはないって。古くなると劣化して砕けてしまうらしいの」
〈魔力糸〉には反応がない。
特殊な鉱物類が埋まっている感じはしない。
水中に隠れて鼻先だけ出している亀に〈魔力糸〉を貼り付ける。
体内に魔石はない。やはり魔物ではないようだ。
(ん? でも、これは――)
ゆっくりとだが、亀の頭に希薄な魔力が流れ込んでいる。
亀がじっとしたまま動かないので気付けた。
〈魔力糸〉を増やし亀を丹念に探る。
「カーリ。魔吸晶は本当に鉱物なのか?」
「なに言ってるの。結晶というからには鉱物でしょうに」
水辺に飛び降りる。
俺の落下に驚いた亀たちはさらに離れていく。
腕まくりして浅瀬の岩の隙間から、それを拾い上げる。
垂直ジャンプでカーリのそばに戻る。
「これが魔吸晶かもしれない」
指でつまんでカーリに見せる。
一部だけわずかに曇ったビー玉のような球体だ。
「うそ。これが?」
カーリが眉を寄せる。
「これが魔力を吸収している。ごく僅かずつだけど一定の量を吸い続けてる」
「まさか。――これはなんなの?」
「あの亀の目玉だ。というか眼球の一部。水晶体に似た部位だと思う」
カーリの手の平に載せる。
「これは死んだ亀から脱落した目玉だ。普通なら腐るか変質するはずなのに、魔力を吸うという性質のせいで微生物の影響を受けないんだろう」
甲羅や骨が朽ちても眼球だけ残るとか。なんか凄いな。
乾涸びもしないなんて。
「ビセー、ブツ?」
「物を腐らせる、目に見えないほど小さな生き物のことだよ」
「悪い精霊?」
「いや、善悪はないよ。精霊でもないし」
見えない生物は精霊扱いかよ。
『インベルよ透かし見よ水面に隠れし影のあらまし』
カーリが詠唱すると手の中の眼球が青白い光を放つ。
目を閉じたカーリ自身の眼球が、瞼の下で小刻みに動く。
十秒ほどで瞼を開く。
「アラタの言う通りかもしれない。これが魔吸晶――かも」
「分かるのか? 今のは?」
「水魔法による鑑定。高度なものじゃないから詳細までは無理だけど」
鑑定魔法というのは対象の具体的な性質を問うことで答えを得るのだそうだ。
たとえばこの場合だと、魔力を吸収するか否か、亀の眼球か否か、といった質問に意識を集中する。YESかNOのどちらかに確定できる問いに限られるという。曖昧な問いだと失敗する。
魔法の発動中に複数の質問を組み合わせ、確度を上げていくという。質問が不適当だとその時点で魔法が霧散する。
カーリの場合、YESだと頭の中で微かな水音が聞こえるそうだ。
硬さを調べたければ特定の石や金属をイメージして、それより硬いかどうかを問い掛ける。武器にできるほど硬いか、といった訊き方ではダメらしい。
毒か否かと問い掛けた場合は、術者にとっての毒かどうかが分かるという。
魔吸晶か、と固有名を訊ねても答えは返らないそうだ。
ゲームみたいに名前、用途、品質、価格までがご丁寧にリストアップされるわけじゃないのか。アクセス可能な万能データベースとかはないらしい。事前にアタリを付けて問わないといけないわけだ。
感覚というか判断力を強化する魔法みたいだ。質問の選択や術者の練度も結果に大きく影響してくる。
ちょっとイメージしてた鑑定魔法と違うな。
それだとまったく未知の物は鑑定できないんじゃないか。
そういえば冒険者ギルドの鑑定員マカルも、初見だと失敗しやすいって言ってたっけ。
「これをどうすれば治療薬になるんだ?」
「身に着けたり、身近なところに置くだけでも効果があるそうよ」
なにそのお呪いグッズ。
バスキニ湖畔のアパルースの店で見かけた真珠のペンダントを、真珠抜きで複製する。代わりに魔吸晶を嵌め込む。
おお。違和感ないな。洒落てるし。
「ほら。こうしたら、このまま使えるんじゃないか?」
「アラタ。やっぱりわたしに気があるのね?」
「は? ――いや。カーリの師匠に」
「師匠様に気が――」
「ねーよ!」
カーリの師匠に会ったこともないし。男か女かも知らないし。
そんな節操無しじゃないし。
状態のよい亀の眼球をさらに拾う。
亀を殺して目玉をえぐり出すのは一応なしで。水に入っての作業なのでレティネがワクワクしてたけど我慢させる。魔物じゃないけど噛み付くかもしれないし。水遊びは危険だ。
〈エルフの雫〉に転移。
「本当に効果があるか確かめる。二三日したら報せにくる。ありがとうアラタ、レティネ、ヤマダ」
「面倒だけど、もう一度プラシド砦を通らないといけない。忘れないでね」
ペンダントと亀の眼球を持って、カーリは師匠の元に帰った。
転移魔法と大森林の小さな家については吹聴しないように頼んである。
俺が〈神力〉でカーリの師匠を〈再生〉すれば簡単に治るだろう。
けれど、師匠が魔力症を患っていない時点まで若返ってしまうような気がする。もしそうなら、もっと面倒なことになる。
治癒魔法や魔法薬が効かないという症状には興味があるんだけどな。
『アマトゥスの神よつまびらかにしろしめせ御身かけら』
俺は詠唱する。
左手には魔法薬の小瓶。
これは光属性の鑑定魔法だ。冒険者ギルドの魔薬検査員のマカルが使った呪文の耳コピだ。店の商品〈エルフの雫〉が、ギルドで売られている初級魔法薬より効果が低いかを頭の中で問い掛ける。
すると、オーロラのような光が瞼の裏側に現れる。初めてだ。これはたぶん、YESということだろう。もう二十回以上詠唱をくり返している。
「上手くいった――みたいだ。ふう」
カーリに鑑定魔法のコツを教えてもらった。
ただ、カーリが使った鑑定魔法は水属性なので、俺が詠唱しても何も起きない。
魔法の発動に重要なのは、正確な発音とテンポ。
暗記した呪文をただ音読しても発動しない。指導者の詠唱を耳で聞き、発声を真似て身に付けるらしい。むしろ歌の練習に近いかもしれない。
そして、魔法の独学はきわめて効率が悪いということだ。
初心者にとってなにより障害になるのは、詠唱完了時点で魔法が不成立でも魔力が消費されてしまうことだ。魔力の少ない者には反復練習自体が大きな壁だ。
『アマトゥスの神よ』の部分はファルマクだろうがアウディトだろうがかまわない。ヤマダは精霊の名前を唱えてるしな。極端な話、省略可能だ。何を信奉するかの宣言でしかない。
それ以降の部分にキーとなる音韻が散りばめられていて、音韻ごとの間隔はかなり厳密だ。その音韻をすべて含んだ定型句が呪文ということだ。高速詠唱したければ全体のテンポを正確に圧縮しなければならない。
最小限の呪文でいいなら、さっきの鑑定魔法は『ムァ、ィラ、アヌ。ィム、ミィ、クゥェラ』で発動するはずだが、実際にやってみるとまず失敗する。
ヤマダが魔法矢を使うときの短縮詠唱は、かなり高度な技術だったのだ。
ただの耳コピ呪文を発動するまでくり返し試せたのは、たんに俺の魔力量に余裕があるからだ。普通の新人魔法使いなら魔力枯渇で倒れている。
長い呪文の大魔法を完成させるには、相当な習練が必要になるわけだ。
初歩的な魔法とはいえ、これが俺の初めての、この世界のルールに則した魔法なんだな。自分の状況を知った上で、ちゃんと意識して発動させることができた。
ここまで長かったなあ。
しみじみと感慨にひたる。
今使った鑑定魔法を〈神力〉で複製。同じ内容で問い掛ける。
瞼に光が現れる。
やっぱり〈神力〉、簡単過ぎるぜ。
あっけないなあ。
まざまざと現実を見せつけられる。
〈神力〉で何かを複製するときには〈神眼〉という遥かに高度な鑑定を使っているらしいけど、自覚はまったくない。インターフェースが存在しないのだから仕方ない。自分で複製再現したものがなんなのか、自分でも分かっていない。自分の力なのにブラックボックスなのだ。
種族的限界だから、あきらめるしかない。
「明日からまた、ヤマダの里を目指そう」
「はーい」「はいです!」
店を手伝う二人に伝える。
ヤマダは店に出さない方針だったのに。もうグダグダである。
家族だし。
仲間外れはいけないしな。
プルナ婆さん一人でも、店はちゃんと回ってるんだけどね。