013 魔物たちの血のニオイとあやしすぎる夜遊び
黒毛の巨大な熊が虚ろな目で俺を見ていた。
全長三メートルはあったろう。今は半分しかないけれど。
ジョーロが自分で狩ったようだ。さっき夕飯食わせたばかりなのに。
血塗れ顔で得意気に俺を見るジョーロ。ちょっとだけ〈威圧〉を強める。腰砕けになってぷるぷるするジョーロの顔に放水する。
顔洗えよな。レティネには見せられないよ。もっと上品に食え。ブラッディに散らかしやがって。血の匂いがキツいよ。
空っぽの桶に飲み水のお替わりを満たす。
昨夜、謎肉を創り出したことで、俺は自分の魔法(仮)の異質さに気付いた。
代償無しに何でも作れるならとんでもない能力だ。
昼間のティータイム休憩のとき、学校帰りに買い食いしたことのあるコンビニドーナツを出そうとした。レティネが喜ぶかなと。けれど何も出なかった。どれだけ詳細に思い出し、味までイメージしても、作れなかった。
レティネの〈ポケット〉にあるクッキーみたいなお菓子は簡単に作れた。一度食べただけで名前も知らないし、材料とかもさっぱりなのに。
あらためて実験してみることにした。
豪華な黄金の大皿をイメージする。
それを手の中に複製してみる。
――!――
一瞬でできた。
空間が揺らいだり魔力の光が漏れることもない。音もない。
ずっしりと重い。本物そっくりだ。
銀のゴブレット。
これも出せた。
オリジナルと寸分違わない。俺が出したことを知らなければ、複製とは分からないだろう。
もっと試してみる。
短剣、出せた。
林檎、出せた。
バナナ、出せなかった。
コーヒー、出せなかった。
ガスコンロ、出せなかった。
千円札、出せた!
トランクス、出せた。
トイレットペーパー、出せなかった。
自転車、出せなかった。
スマホ、出せた!?
レティネ、出せなかった。
レティネを複製しようとしたら違和感があった。
途中で頭の中のイメージが霧散するような感じだ。認識の仕方が間違ってるのかな。けれど絶対に不可能とも思えなかった。
ならばと、足下の小さな雑草を手の中に複製してみる。
――出せた!
ちゃんと根まである。オリジナルと瓜ふたつだ。
生き物も複製できるらしい。
さすがにこれはヤバくないか?
背筋が寒くなる。
鳥肌が立つ。
――どういうことなんだろう。
こっちの世界に存在しているものなら作れるのだろうか。
千円札やスマホは今持ってるし、トランクスは身につけてる。
財布から千円札を出して、作った千円札と見比べる。番号が同じのがある。折りじわも同じだ。
貨幣の複製なんて元の世界なら犯罪だな。この世界でもそうだろうけど。まあ、日本の紙幣もここでは、異様に精緻な絵の描かれた謎のお札だけど。
スマホを比べる。
見た目は区別がつかないが、新しいほうの時刻は二日と半日前だ。バッテリーも約五十パーセントの残量。元のものは三十パーセントを切っている。
靴を出してみた。〈玉座〉を蹴りつけて爪先が割れたローファーだ。
出した靴の爪先は割れていなかった。
けれど新品でもない。
――そういうこと、なのかな。
俺はこう考えることにした。あくまで仮定だが。
これは魔法ではなく神様の力。いわば〈神力〉。
どの神様かといえば、もちろん創造神である〈女神マールヴェルデ〉。
この力により、俺がこの世界で認識したものを複製することができる。
それには生物も含まれる。
この世界のあり方に反していなければ、新たなものも創り出せる。
この力を使うたびに、たぶん〈神力〉を女神様から掠め盗っている。
これは女神様も予期しなかったバグみたいなもの。
たぶん〈加護〉の発動過多が原因。
これなら強引とはいえ、何となく納得できるような気がする。――俺的には。
支払いは女神様持ち、となれば使い放題だが、女神様に気付かれれば対処されるだろう。俺だったら〈神力〉を速攻で遮断する。創造神の〈神力〉全体から見れば誤差にもならない量だと思うけれど。
ひょっとすると神スケールのうっかりさんで、千年くらい気付かないかもしれないし、こうしているうちにもバレるかもしれない。
いずれにせよ、仮の力だと思っておいたほうがいいだろう。
努力して得た感じがまったくないしな。まさに借り物の力。
レティネと俺が安全に過ごせる状態になるまで使えるとありがたいけれど。
手違いで新しい〈加護〉をもらった。そんなつもりでいればいいか。
考えを整理したら、モヤモヤしていた気分が大分落ち着いた。
たとえ的外れだとしても。
せっかくなので靴を履き替える。
下着もキープ。替えができてよかった。後でもっと出しとこう。シャツや靴下もね。
千円札やら黄金の皿などは消去。要らないし。
――そう、消すこともできるんだよ。
スマホのバッテリー残量気にしなくていいなら、ゲームの続きがやりたかったんだけど、ソロゲーのくせにネット認証しないとプレイできないとか、シネよ。
謎林檎をどっさり出してジョーロに食べさせる。餌付けしとかないと、どっか行っちゃうしな。
林檎を食べる飛竜を動画撮影して遊ぶ。
主演はジョーロとクマさん(上半身)。照明はもちろん俺。グロ注意。
暗くなって気温が下がった。
砂漠より森のほうが寒いのは釈然としないが、所詮異世界の気候だし。
部屋に戻りレティネにブランケットをもう一枚掛ける。
星明かりしかなくて暗いので、魔王城で見た発光石を作り出し、土の壁に埋め込む。あんまり明るくないけど常夜灯としては十分かな。
――ググル、ググッグ、グググ――
ジョーロうるさいよ。と思ったが何かあるようだ。
外に出ると魔力がゆっくりと渦巻いていた。
意識を集中する。魔力の塊が俺たちを中心に円を描いて移動している。
全部で六つ。
俺たちはすでに包囲されていた。
そして包囲の輪は、あっという間に狭まった。
――ザザザザザ――
真っ暗な森の茂みから怪物が現れた。
狼だった。
それぞれが牛ほどもある巨体。
六頭とも真っ黒だ。闇にまぎれて見えにくい。
眼光が異様に赤いから魔物だろう。わざと姿を見せて威嚇するつもりだ。ジョーロがいても平気ということは、かなり強力な魔物だ。自分たちの数に自信があるのか。
舐められてたまるかとばかりに、ジョーロも首をもたげて臨戦態勢だ。
いろいろ試したいことはあるけど、レティネを起こしたくないから、なるべく静かな方法でいくことにした。
というわけで、ジョーロごめん。
――!!!!!!!!!!!――
強い〈威圧〉を放出。
――ギャン!――
渦がピタリと停止した。
俺はゆっくりと歩きながら、ピンポン玉サイズに圧縮した火球を指先から高速射出。
うずくまって動けない狼の片目を貫通し、頭蓋内で膨張。破裂。
これを繰り返して終了。
早い。静か。血も出ない。まあ大体は。
これでジョーロが息をしてれば大成功だ。
ちょっと魔力の放出が多かったけど、ジョーロならきっとへっちゃら。
「――だ、大丈夫か?」
ジョーロはうつぶせのまま嬉し泣きしていた。たぶん。
首をやさしく撫でてやると、ビクン、ビクンと大喜び。たぶん。
「おやすみジョーロ。――いい夢を」




