127 物語の序盤で死んでしまいそうな石だった
「お話しするのが遅くなったことをお詫びします。俺たちにも事情がありまして」
領主の立場からすれば魔王が滅んだなんて重大事、もっと早く知らせとけよ、となるはず。ここは魔族領に接した領地だ。リューパス領は対魔族防衛の最前線。これまでの方針を大転換することになるかもしれない。
それでもまだ、レティネのことは話せない。
俺の〈神力〉と同じく秘密にしておきたい。
どちらも目の前で力を見せないかぎり信じてもらえないと思うけど。
「このことを証明できるのか? アラタよ」
黙っていた伯爵が口を開く。
「無理ですね。物証もなく証人もいません。俺の言葉だけになります」
「――ふむ」
どうしても信じてもらいたいわけではない。
俺としては伯爵に伝えておいたということが大切なのだ。余所からバレるのは最悪だし。やはり神聖国の聖女の力を警戒せざるえない。
いずれにせよ伯爵は、他の領主や国王に伝えることはできないだろう。
それこそ証拠がない。一冒険者の証言だけではとても公表できない。もしかすると俺以外にも噂に乗じて魔王殺しを自称する奴がいたりして。まとめて詐欺師扱いされそうだ。
年月が経って魔王の脅威が薄れるか、どこかの巫女にでも神託が降りれば、公式に魔王討滅が認知されるだろう。
ていうか、アマトゥス神がさっさとお告げでもすればいいのに。
もっと気を遣って欲しい。
「驚きはしたが――アラタの言は事実であろう。さすれば現状の説明もつく。魔王の所在を掴めぬことが停滞を招いておるでな。魔王がすでに滅んでおり魔族側の大規模侵攻の懸念がないなら戦力の再配置も決断できる」
プラシド砦とかに無駄に人員を増やすより、領内経営に使った方がいいしね。予算も他の事に回せるし。表向きは現状維持を装いながら。
そのあたりは俺が考える事じゃないけど。
バシスを急襲した魔将スタルトから奪った転移の魔道具〈界門〉を伯爵に見せる。使い方と膨大な魔力が必要なことを説明する。
伯爵に納めてもらってよかったのだが、このまま俺が持っているように言われた。これを使える魔法使いがいないからかな。冒険者の取得品扱いにしてくれたのかも。でもこれは恐ろしい戦術級魔道具なんだけど。いいのかよ。もちろん他者に渡さないよう釘は刺された。
よし。これで俺たちの移動時間に矛盾が出て問題になっても、伯爵がフォローしてくれるかも。
伝えるのが遅れたお詫びとして、献上品の竜の鱗を取り出すと、伯爵が凄い勢いで食い付いた。疲れも吹き飛んだ顔になっている。やっぱりこういうモノが大好物なんだな。
俺とサイトウは質問攻めにされた。これほどのお宝は王都にもないそうだ。
空気と化したパストルは蒸留酒を注いで回る給仕になっていた。
◇◇◇
翌日は一日雨が降り続いた。
店で過ごす。待ち合いスペースのテーブルと椅子の位置を調整したり、お茶の葉を別の種類に変えたり。プルナ婆さんに顎で使われる。
〈ユリ・クロ〉で、他の工房から届いた品の荷解きや再梱包を手伝う。
〈エルフの雫〉も〈ユリ・クロ〉も客が少ない。
雨が多いと売上に響くのを実感する。
一転して晴れた次の日。
「いらっしゃーい」「いらっしゃいませー」
知り合いが店にやって来た。
「アラタいた。――ヘンな店」
商品棚を半目で見回して失礼なこと言うのは、Cランク冒険者パーティー〈黎明〉の魔法使いカーリだ。いかにもな魔法使いのローブ姿だ。
最後に会ったのはこの店を開店する前だから、ひと月半ぶりかな。
「あのあやしい魔法薬は置かないの?」
「あれは売り物じゃないよ。ようこそカーリ。元気だった?」
初級薬のレシピで造った上級薬のことだ。あれを店で安く売ったら薬師ギルドから暗殺者が差し向けられたりして。被害妄想かもだけど。
「これ飲んでみて」
お試し品をカーリに勧める。
魔法使いの意見を聞いてみたい。
「あやしい薬をわたしに飲ませて、なにする気?」
こっちも酷い被害妄想だった。
灰色の瞳でじろりと俺を見る。
ていうか、この薬の作り方教えてくれたのカーリじゃん。だいぶ変わっちゃってるけど。
「大丈夫。おかしな薬じゃないよ、信じて」
「悪い人は皆そう言う」
「俺はいい薬屋だし」
「この上なくあやしい――」
それでも魔法薬には興味があるのか、栓を取り慎重に匂いを確かめてから、ゆっくりと飲み下した。
ハッとしたように目を見開く。効果を感じたようだ。
「あ。魔力が、少し増えた? 身体が――軽くなった。美味しいし」
カーリは職業的魔法使いとしてごく普通の魔力量だ。体力のほうは平均以下。
おそらく体力はほぼ回復、魔力も数パーセント上昇した状態が数分間ほど続くはず。でもそれだけだ。
体力回復の魔法は別にあるし、魔力回復の効率を上げる方法もある。初級魔法薬〈エルフの雫〉は、その両方を同時に簡単にできるというだけだ。
商品の効能を自分では確かめられないのが悲しいな。
「怪我や魔力枯渇がなくても、体調がよくなる効果があるみたい。すごく――魔法薬の無駄遣い」
それでいいのだ。
見解の相違だ。
魔法使いにもハッキリ自覚できるような効果があるみたいで安心した。
「これで夜も元気いっぱいになるのね」
いや。夜専用とかじゃなくて、昼間飲んでくれてるはずだよ。
ベッドの魔法使いになったりしないよ。たぶん。きっと。
「オルテリさんたちは一緒じゃないの?」
「〈黎明〉の皆とは別行動。今日はアラタを誘いにきた」
「デートなら断るけど?」
いつも先制パンチ。
無用なフラグは殴り潰す。俺カッケー。
「ううっ。――冒険者〈魔将殺し〉のアラタに頼みがあるの」
「なぜそれを?!」
「ギルドはその話題で持ち切り。〈精霊の弓〉ヤマダの陰から手柄を横取りした英雄の噂で」
「それ、英雄じゃないじゃん!」
「冗談よ。でも、アラタが話題になってるのは事実。支部長の話として伝わってるし、職員も否定しないから、アラタが魔族の将を倒したことは皆知ってる。領主様から勲章も貰ったんでしょう?」
おいおい。
遠征隊でのことは有耶無耶になるんじゃなかったのかよ。支部長自ら広めてどうすんだよ。あえて喧伝することにしたのかな。冒険者ギルドアピールとか?
しばらく近付かないようにしよう。
痛い二つ名付けやがって。魔将ってそんな強くないし。微妙だし。
最初に俺を〈魔将殺し〉と呼んだのは勇者の従者聖術士フェロズだっけ。この世界も無駄な情報ほど伝達が速そうだな。
ヤマダに二つ名が付くのは仕方ないんだろうけど。
「レティネには二つ名ないの?」
「えーと、〈パパ〉のレティネ」
それは二つ名じゃない。そのまんまだろ。
「パパのレティネー!」
本人は納得してるし。
まあ、〈深淵〉のレティネとか呼ばれたら街にいられないけどさ。
「やっぱりアラタは凄い。わたしの見立てに間違いはなかった」
見立てられた覚えがないんだが。
「それで。頼みっていうのは?」
レティネが入れてくれたお茶でもてなす。
「わたしと一緒にヤイラ高原の谷に行ってほしい。そこであるものを採集したいの。それを手伝ってほしい」
ヤイラ高原はリューパス領と魔族領の境界域だ。ロタム氏や〈赤斧〉の三人と出会ったのもヤイラ高原だ。危険地帯である。
「あるものって?」
「魔吸晶。魔力を吸収する石」
「なんでそんなものが必要なんだ?」
「魔吸晶は魔力症の治療に使えるの。だけど素材として出回ってはいない。手に入れるには直接採りに行かないといけない」
「なぜ俺に? オルテリさんたち〈黎明〉の仲間がいるだろう」
「オルテリたちは護衛の仕事で街を離れてる。本当はわたしも一緒に行くはずだったけど、師匠様の具合が悪くなった。もうあまり時間がないの」
カーリの魔法の師匠が魔力症を患っているそうだ。
魔力症は魔力を思うように扱えなくなり、場合によっては身体まで不自由になる魔法使い特有の病気だ。魔力の強い者ほど罹りやすいという。
「ここ二年くらいは、魔法は以前のように使えなかったけど、わたしたちに教えることはできた。でも先月から身体も動かせなくなって。――治癒魔法も魔法薬も効果がないの。魔力を付与するような治療は駄目」
「まさか、その魔吸晶とかに余分な魔力を吸わせるのか?」
「そう」
なんか乱暴な話だな。
魔力症は停滞した魔力が過剰に体内に残留するからとも聞くけど。そんなんで治るのかな。
「完治はしないと思う。たぶん。もう魔法は使えなくなる。でも身体は動かせるようになるはず。前例はあるみたい。文献にもあったの」
いつもぼうっとした印象のカーリが真剣な顔だ。
「ギルドで相談したの。魔吸晶の採れる谷に行ったことのある冒険者がいないか。でもいなかった。魔族領に近過ぎるし、危険な魔物もうろついている。報酬を奮発しないと請け負う人はいないだろうって。そしたらセッラ支部長が、アラタに頼んでみろって」
支部長め。じつは俺を目の敵にしてるんじゃないだろうな。
さもなければ便利屋扱いか。早い安い〈パパ〉とか。あれ、マジかも。
「アラタなら、プラシド砦を通れるはずだと」
そう。そこが一番問題なのだ。
この時期プラシド砦の門を抜けてヤイラ高原に入るなんて無理だ。領軍省の許可が下りない。今にも魔族が侵攻してくるかもしれない、ということになっているのだから。
ロタム氏と〈赤斧〉は特別の通行証を持っていたから活動できた。
支部長は俺たちと伯爵に繋がりがあることを知ってるから名指ししたんだろう。
コネでなんとかしろってことだね。俺でダメなら諦めろってことか。
「報酬は金貨十五枚しか用意できなかった。それも全額はすぐには無理なの。少し待ってほしい。それでも足りなければきっと用立てるから」
貴族や商人でもないのにそれだけ揃えるのは大変なことだ。
「その師匠様はカーリにとって大切な人なんだな?」
「とても大切」
この依頼を受けるかどうか決めるのはヤマダだ。
十月の初日からエルフの里で精霊祭が始まる。半月以内に終わらせないと間に合わない。俺たちは今、ヤマダの里シドゥースまで徒歩で二日の道程を残している。城での祝賀会があって中断したままだ。
「引き受けるです、アラタ。大切な人は大切、です」
いや、その通りだけどさ。
「いいのか?」
「アラタなら、間に合わせる、です」
至極当然という顔だ。
これっぽっちもヘンなことは言ってないよ、みたいな。
信頼し過ぎだ。レティネ二号かよ。
「谷の場所は分かる?」
「資料室で地図を見つけた。百五十年前の採掘記録。谷は動かないはず」
「分かった。引き受ける。ただし条件があるんだ。俺たちは十の月の初旬に用事がある。遅くとも今月中に終わらせたい」
カーリが目を見開く。
「そんな! 往復だけでも二旬はかかる。採集も入れたらひと月は覚悟しないと」
「大丈夫。手はあるよ。――俺たちにも準備があるから、出発は明後日でいいかな」
カーリに、こちらですべて揃えるから野営用の準備は不要なこと、身の回りの物も最小限でいいことを伝える。半信半疑だったけど無理矢理納得させる。
これは一応、素材採取の護衛依頼ってことになるのかな。
やったな。憧れの護衛の仕事だし。
まあどうせ護衛らしさのカケラもないだろうけど。
翌々日の朝、俺たち〈パパ〉は魔法使いのカーリを伴い、バシスの北門を出発した。