126 とっておきの秘密を漏らしてもそれが拡散するとは限らない
「俺たちにまで勲章なんて。――教えておいてくださいよ、サイトウ様」
「褒美でもやらないと君たちに愛想を尽かされるぞ、とセーサルに助言しただけだよ。私は」
俺たちのことをどう伝えたのか。盛り過ぎてないだろうな。
「魔族の将を倒して勲章も貰えないようでは領主が笑われる。それだけのことをやらかしたんだから、ありがたく受けておけ。実のところ褒美としては勲章がいちばん安上がりだ。名誉で誤摩化せるからな。勲章で我慢しといてやる、くらいのつもりでいればいい」
「ぶっちゃけ過ぎですよ」
祝賀会まで時間があるので中庭に面した談話室で過ごしている。
俺たちの控え室として使わせてもらっている。
花壇の庭がすぐそこだからレティネは見て回りたそうだけど、祝賀会の準備で城内が落ち着かないので今日は我慢だ。
給仕が一人付きっきりで世話してくれる。人手を割いてもらって申し訳ない気がする。ここは女性の控え室という扱いなのか、柔らかな印象のメイドさんだ。
「しかし、今日の君たちは冒険者らしくないな。どこぞの貴人のようだ。――その服はマヤ殿の仕立てか?」
「はい。三人ともマヤさんにお任せです。サイトウ様もいつものローブとは違いますね」
ダークグレーの魔法使いらしいローブだが生地に光沢がある。手にしたロッドは短かめだが装飾が多い。
「ああ。これが一張羅なんだよ。実戦で着ることはないが、式典に出るときはたいていこれだな」
俺たちの服装はいつもの冒険者の格好に似ているけれど布地がまったく違う。
落ち着いた色合いで派手さはないが、極細糸を使った丁寧な織りで上品な艶がある。袖、裾、襟まわりには凝ったステッチが施され、よく見ればとても庶民の服には見えないだろう。
さらに裏地にはふんだんに〈アラシルク〉が使われている。
〈アラシルク〉はアントラム迷宮に棲む蜘蛛の魔物〈ギガラネア〉から採れる超高級生地だ。裏地にだけ使うなんて通常ありえない。見せびらかしてナンボの素材なのだ。それでも襟口や袖口から、多重ギャザーになった〈アラシルク〉の澄んだ輝きが覗く。分かる人には分かる造りになっている。
このあたりはさすがマヤさん謹製だ。
空気の読める日本人クオリティー。
控え目で、そのくせ最高級。着心地抜群。
この後の祝賀会では別の衣装に着替えることになっている。
このままでも全然問題ないのだが、マヤさんが張り切って用意してくれたし、ヤマダとレティネのドレスも素晴らしい仕上がりだ。着ないともったいない。俺がマヤさんから教わって着付けを担当するはずだったが、せっかくの機会なのでマヤさんにも城に来てもらうことになった。祝賀会を見ればドレスメーカーとしても参考になるからと説得した。
俺たちと一緒に来れればよかったけれど、解散式は領主側の偉い人と遠征隊と〈パパ〉のみと聞いて怖じ気づいたのだ。マヤさんもやはりヘタレ庶民だった。〈パパ〉専属の着付けスタッフに徹するつもりらしい。
馬車を迎えに出してもらってるけど、一人で城に来るほうがハードル高いよね。大丈夫かな。
「今、なんて言った?」
サイトウが口に運びかけた茶請けの菓子をポトリと落とす。
自分の耳が信じられないという顔だ。
「竜の鱗ですよ。レリカム大森林の奥で見つけたので領主様にお納めいただこうかと」
「まさか、本物なのか!?」
俺は長椅子から立ち上がり窓側に行く。
収納の腕輪から緑色に輝く巨大な鱗を出す。
一方が尖った楕円形で、長径一・二メートル、短径は八十センチほどだ。
「これがそうです。湖の見える崖下で見つけました。同じ色の竜らしきモノが北の高山地帯に飛び去るのが見えたので、そいつが落とした鱗かと」
いろいろ省略されてるけど、すべて本当だ。うん。
「なんだこれは、――魔力が、循環している? ――いや、まるで――生きている、のか?」
サイトウは鑑定魔法を使うと、たっぷり数分間、目を閉じてブツブツつぶやいていた。
「確かにアラタの言うとおり、竜の鱗としか思えない。私も現物は初めてだ。小さな欠片を加工した魔道具なら見たことがあるが――」
恐るおそる鱗に触れる。
「これほどの力を感じるものなのか。魔力の通りが異常なほど滑らかだ」
さすが竜だよな。魔物から採れる素材とは別格だし。
竜種は人族とも魔族とも交流を持たないそうだ。人族の国があるような魔力の希薄な場所は苦手みたいだしな。存在は知られていても実際に目にする機会はきわめて稀らしい。
「このまま盾とかにしたらちょうどよくないですか。形もそんな感じですし。けっこう軽いですよ」
「国宝級の盾になってしまうぞ!」
「領主様はこういうのお好きそうですし。俺たちが持ってても仕方ないので」
〈パパ〉には盾を使うヤツはいない。
「竜の素材には魔物を寄せ付けない効果があるとされる。魔石によって出力される魔力を沈静化させるらしい。それは魔物にとっては弱体化と同義だからな」
それなら魔除けグッズにいろいろ応用が利きそうだ。
あれ? でも収納の腕輪には普通に仕舞えてるよな。
魔道具の機能までは抑制しないのかな。
「そんなにめずらしいものなんですか」
「このまま王家に献上すれば、爵位くらい貰えるだろう」
それは、いらないな。
「アラタさ〜ん」
マヤさんが抱きついてきた。ちょっと涙目だ。
ここまで案内してくれた伯爵の従者パストルが一礼して去ると、緊張の糸が切れたらしい。一人で馬車に乗せられてドナドナ気分を満喫したようだ。
これで庶民仲間が増えたよ。二人になっても戦力アップした気がまるでしないけど。
「お疲れさま、マヤさん」
美味しいお茶をゆっくり飲んでから、俺たちの衣装替えが始まる。
慣れた作業をするうちにマヤさんもすっかり落ち着いていた。
着替え一式、アクセサリーと靴、化粧道具あれこれが、マヤさんの収納の腕輪からポンポン現れる。控えているメイドさんが横目のまま目を見張るという器用な表情になっている。
マヤさんも便利な魔道具をすっかり使いこなしているようだ。
俺の着替えはすぐに済んだが、レティネとヤマダは下着からすべて一新なのでそれなりに時間が掛かる。衝立てを置くなり別室を借りてもいいんだけれど、まあ今更なので俺は背を向けて座り待つことにする。
「ほおぉ。ヤマダの胸はまた育ったんじゃないか? 尻と太腿も応じて肉付きがいいようだのう。むむぅ。色艶も申し分ない。羨ましいぞ、これほど大事にされているとは! アラタが毎晩揉みほぐしておったしな。――レティネも発育がよさそうだ。肌がぷにぷにだな。この子も美人になるのは――」
いや。実況するなし。
エロオヤジかよ。
メイドさんが俺からじりじりと離れていくよ。
目を合わせてくれないよ。
◇◇◇
祝賀会は華やかだった。
遠征前の壮行会は男祭りで暑苦しかったが、今夜は街の名士たちはもちろん、尽力してくれた商工や運送などの各ギルドのお偉いさんやその家族、文官、騎士たちの妻子も招かれている。家族への慰労の機会でもあるわけか。
領内の関係者ばかりなので遠征隊の無事を喜ぶ声が多い。
冒険者ギルド支部長のセッラまで顔を見せていた。〈パパ〉がらみで冒険者ギルドも貢献したってことかな。でも、セッラの隣に立つ美人さんは奥さんなのか。驚いた。
解散式に使った大ホールは照明の魔道具の光が溢れている。
この広さを人が埋め尽くすほどの盛況だった。
料理も華やかに盛り付けられて、お祝いムード満点だ。
伯爵から感謝と労いの挨拶がある。
大急ぎだった遠征隊の編成と強行軍の経緯、ヤヌア砦での奮戦を伝える。要所で支援者への礼の言葉を挟む。
俺が魔将ギアタリスを倒したことと、〈森〉に呑まれた騎士団が武器を捨てて敗走したところは語られなかった。
俺については勇者たちとの兼ね合いもあって内密にされたらしい。このことはサイトウから聞いている。対外的には勇者たちの攻撃で弱っていた魔将を、遠征隊に協力していた冒険者も加わって倒したことになるかもしれないと。
俺もそれでいいと思う。
あの場で見ていなければ信じられない展開だし、それが事実ならアラタという冒険者は何者だということになる。勇者の手柄にしてもらえるなら有り難いくらいだ。
ただ、〈森〉の中での騎士団の退却は見事だったので、俺にとっては武勇伝なんだけどな。でもこれも、分かる者にはリューパス騎士団の凄さとして伝わるけれど、人々の口を伝わるうちに笑い話にされてしまうとしたら悲しい。
楽団の演奏が始まる頃には、ヤマダに視線が集まっていた。
勇者から直々に指名されて遠征隊で大活躍した領主ゆかりのエルフ冒険者、というふれこみだ。しかし、とても剛の者には見えないからか、初めて目にする誰もが驚いている。可憐過ぎて戦士にはまったく見えないしな。
地元の社交界にデビューしちゃった感じかな。
ヤマダのドレスは、以前のカフタン系のワンピースに近いシンプルなシルエットだが、襟周りと袖口はややボリュームが付けてある。もちろん高級素材〈アラシルク〉が贅沢に使われている。メイクは濃いめのアイラインと口紅だけ。それだけなのに、この場で際立つ存在になっていた。
アパルースの町で買った真珠の耳飾りを着けている。淡水真珠はジャンクジュエリーの類いなのでドレスの超高級素材とはバランスが悪いかと思っていたが、むしろ神秘的な宝玉に見えてしまうのはエルフパワーなのかもしれない。
妖精姫乙。
当然俺たち〈パパ〉はバラけることなく固まっている。
マヤさんも一緒だ。
慣れない夜会で各個撃破される危険は冒せない。
ヤマダを前衛に、俺とレティネでマヤさんを守る陣形だ。
何と戦っているのか知らんけど。
知り合いの騎士やその家族と談笑するうちに、各ギルドの人たちとも言葉を交わすようになっていた。
薬師ギルドの長に挨拶するときは〈エルフの雫〉について何か言われるかと身構えたが、何事もなく和やかに済んだ。敵認定はされてないみたいだ。規模の小さい個人店舗だしな。競合する商品がなければ大丈夫かな。
ソルデス商会の商会長にも初めて会った。ロタム氏の上司になるのか。
髪も眉も真っ白なのに日焼け顔。かなりの年齢らしいけど穏やかながら精力的な目をした男だった。ロタム氏から俺のことは伝わっているようで、力強い握手をされた。
「――本当にお綺麗ですね。ヤマダ様」
シルテアも領主の令嬢らしく可憐で上品なドレスだ。華やかな美少女ぶりが引き立っている。後ろに控えているプリスラは騎士服だ。それでも祝賀に合わせて胸元に襞飾りを着けている。
「ありがとう、です。シルテア様も、すてき、です」
お礼を言ってから相手も褒める。マヤさんに教えられた通りに応じている。
ヤマダの場合は型通りでいい。謙遜も不自然だし半端な世辞も使えない。相手の言葉をそのまま受け取るだけでいい。
「レティネ様も可愛らしいドレスですわ。アパルースの真珠でしたか、髪飾りもとてもよくお似合いですよ」
「パパにかってもらったのー」
嬉しそうだ。レティネはそのままでよし。
レティネのドレスは、アマランサスピンクの極薄の生地で〈アラシルク〉のペチコートの輝きを包み込んでいる。かなり鮮やかな色なのに緻密な品がある。丁寧に仕上げられたビスクドールでも見ている気分になる。
ひよこ型の金色真珠の髪飾りが愛らしいアクセントになっている。
マヤさんは二人に比べるとかなり抑えたドレスだ。
一歩下がって冒険者パーティー〈パパ〉のアシスタントをするつもりだったようだ。でも俺たちの家族なんだから一緒に祝賀会を楽しんでいいはずだよね。
衣装のあれこれはマヤさんにお任せなので、そっちの話題になればもちろん前に出てもらう。
はじめこそ緊張していた俺たち(とくに俺とマヤさん)だが、たくさんの人と挨拶を交わすうちに力が抜けて祝賀会を楽しむ余裕も出てきた。疲れて開き直ったせいかもしれないけど。
異世界の楽器の演奏に耳を傾け、めずらしい料理を味わう。
いつのまにかレティネは夫人のクレスに連れ去られ、料理を取り分けてもらっている。
きっとクレス夫人の趣味なんだな。レティネの餌付け。
◇◇◇
「なんと!? アラタよ、真なのか?」
「はい。魔王クランカルヴはすでに滅んでいます」
「それは――いつのことだ?」
「今から百十四日前。五の月の二旬、十八日のことです」
祝賀会が盛況のうちに終わり、皆で〈エルフの雫〉に帰ってから、俺だけふたたび転移で城を訪れていた。
伯爵の執務室に集まってもらったのは、伯爵と従者のパストル、相談役のサイトウだ。
伯爵には内政担当や居城を取り仕切る上位の執事もいるはずだが、俺が緊張するので顔馴染みのパストルにしてもらった。なんかこの人は諜報とかやってそうだけど。
「これは意図してのことではなかったですし、まったくの偶然だったのですが、俺が魔王を殺したということになります。そして魔族の将の多くもその場で命を落としました」
俺も死んでたんだけどな。
俺は魔王が滅んだ顛末を伯爵に話すことにした。
まだエケス騎士国では勇者イグナヴに率いられた掃討戦が続いているが、魔王の行方が分からないため、終わりの見えない状態なのだ。今回の魔王戦役は事実上終了しているというのに。
ただ巷では、魔王はすでにいないという噂話も盛んに語られている。いい加減伯爵たちには伝えておこうと思ったのだ。さまざまな符合から俺が名指しされるのも時間の問題かもしれない。
神聖国の聖女の力〈神聖視覚〉によって既にバレているかもしれないし。
俺が異世界から転移した場所は、魔王クランカルブの玉座の間だったこと。
異世界転移を司る女神の〈加護〉により、思いがけず魔王と居合わせた配下たちが死んだこと。
それにより俺は常識を超えるほどの強い魔力を得たこと。
魔王城脱出の際、追跡してきた真魔将第四席を殺したこと。
バシスを急襲した魔将とその配下を死傷させたこと。
湖水を渡ってリグラの町に魔物の群れを送り込んでいたのは、魔王とともに死んだ真魔将第五席の命令の名残りだったこと。
ヤヌア砦にいた真魔将第八席から、残された魔族に人族を攻め切るほどの戦力がないことを聞き出したこと。
これらを順番に話した。
話し終えると、皆沈黙している。
伯爵は目をつぶっている。
「これほど驚かされるとは。君が真の勇者だったとはな」
サイトウは呆れ顔だ。
「いや、だから、俺は勇者じゃないんですって」
「魔王を倒した者は、誰もが勇者だぞ? 勇者以外の誰が倒すんだい」
「倒すつもりで倒したわけじゃなくて、事故みたいなものですから」
むしろ自爆テロに近いのにな。
魔王と魔族にとっては、俺はまさに爆弾だったのだ。
「勇者アアラ=タタというのはアラタのことだったのか。で、アアラ=タタというのが本当の名前なのか?」
「違います。魔族の勘違いですよ」
最初の名乗りで俺が噛んだからだ。
なんという黒歴史。