011 温かいお茶が欲しかったのになぜか生温かいことに
限界まで飛んでその日も暮れた。
ジョーロの食欲は旺盛で、このままだと食料が心配だ。
スマホで確認したところ一日は二十四時間三十分弱だ。元の世界との違いは体感できない。
昨夜ほど気疲れしてないので魔法の練習をすることにした。
レティネを寝かせて、ゴージャスなアウトドアルームから離れる。
今度は火が作れるか試したい。要するにお湯を沸かしたいのだ。お茶でもスープでもいいから、とにかく温かいものが飲みたくなった。
当たり前だが、レティネの出してくれる食材は常温のものしかない。食事の温度なんて栄養やカロリーとは関係ないと思っていたけれど、何か足りないような気がしてきた。
茶葉らしいものがレティネのままごと道具の中にあった。ややクセのある紅茶のような香りだ。でも、お湯がない。
火の実験を寝台でやるわけにもいかない。
寝ているジョーロからも離れる。あいつ案外ビビりだしな。
真っ暗なところでも今の俺なら平気なのだ。
俺の頭上には照明が浮かんでいる。蛍光灯のリングにそっくりだ。見えない魔力の糸で俺と繋がっている。なぜかこの形だと安定させやすい。
ぱっと見、天使な男子高校生だ。
まさに誰得な姿である。
火魔法については何も知らない。いや、魔法全般を知らないんだけどね。
行き当たりばったり。試行錯誤だ。
魔王城でブルってたときは、いつの間にか威圧っぽい魔力が出ていた。暗くて困っていたら光が現れた。だったらお湯が欲しければ火くらい出ないかな、という御都合主義的な思い付きである。
温かさ、熱さをイメージしながら手先に魔力を集める。やっぱり密度とか上げる感じでいいのかな。
――ぽちゃ――
はい。水が出ました。
なんでだよ。
微妙な温度のお湯。ぬるま湯だね。
――はっとした。
何コレこわい。
お湯はいいんだよ、お湯は。温かいものが飲みたいんだから。それはいい。火そのものが欲しかったわけじゃないし。
ただ――この水分はどこから来たのか。
ソースは俺か。俺なのか?
今コップ一杯分くらいのぬるま湯が出た。ぬるま湯というのが生々しい。このまま続けると脱水状態になって乾涸びてしまうのだろうか。まさかのミイラ化?
なんかノドも渇いた気がする。いやいや気がするだけだ。不安に負けるな。
もう一回やってみよう。
魔力の糸をじゃんじゃん束ねていく。ぎゅうぎゅうと押し固める。今度は水分じゃなくて、火そのものを。
高温を強く意識して、魔力を手先から一気に射出!
――ごごごごごうっ!――
できた!
デカーっ!?
直径が俺の身長くらいある火の玉が、地面をかすめて飛んでった。
デカ過ぎて転がってるようにしか見えない。
闇の中を凄い勢いで突進、岩場に当たって派手に散った。
マジ熱かった。前髪焦げたかも。
レティネを起こしてなきゃいいけど。
つい魔力を増やしてしまったが、量ではなくコントロールに注意したほうがいいようだ。
試しに人差し指を伸ばして、豆粒くらいの火の玉を高速で撃ち出してみると、見た目もカッコいいし威力もそこそこだった。けっこう楽しい。
もしこれだけの熱量を身体から奪っているとしたら、俺はとっくに凍り付いているはず。さっきの水も体内の水分ってわけじゃなさそうだ。
思い切って水、というかぬるま湯を、たっぷりと出してみた。
手の平からジャブジャブと大きなバケツくらいの量をたれ流した。それでも身体に変化はなかった。気分も悪くない。とくに疲れることもない。
さらに続けると水温を上げることもできた。水量も自在に調節できる。これなら風呂にだって入れるよ。
やったぞー。
俺、人間湯沸かし器。
――うーん。
さすがにこれは――おかしいよね。
観念した。というか認めざるを得なかった。
――簡単過ぎる。
俺だってアニメを見たりラノベくらいは読んでいた。
もちろん異世界ファンタジーを含めて。
ただ、いつ異世界召還されてもいいように内政チートのまとめやスキル選択の組み合わせパターンを研究するほど業が深くなかったけど。まあそれが普通だ。嗜む程度だからね。
魔法を使うにはマナとかMPとか、エネルギーとしての魔力を大量に消費するはずだ。威力の大きいものや複雑なものなら尚更だ。
そして魔力が切れると魔法が使えなくなる。
俺の場合は、魔法を使うときに魔力が流れているのは分かるが、それが減っているようには感じられない。魔法を使って疲れることもない。
それに、魔法には〈属性〉というのがあって、火魔法なら〈火〉、水魔法なら〈水〉のように、それに適した属性がないと使えないか、威力が大幅に落ちるはずじゃないのかな。魔力の性質を好きなように変えて、火でも水でも自在に出せるなら属性区分の意味なんてない。まあ、この世界の魔法に属性があるかどうか知らないけど。
呪文とか詠唱とかもしてないしな。
あんまり魔法っぽくないんだよ。
少なくとも代償を支払ってるとは思えない。
女神様がうっかりして伝え忘れたことがあるのだろうか。
あのクールな女神様がそんな凡ミスをするかな。でも、全裸ですが何か、な変神さんだったしな。
ちなみに女神様はこの世界の魔法の仕組みについては詳しくなかった。創造神である女神様の手を離れてから魔法が発展したらしい。この世界の住人から信仰を集め、諸々の〈加護〉を与えているのは、固有のローカル神たちだそうだ。
俺はもしかしたら、女神様も思いもしなかった、突如魔法に覚醒したイレギュラーな異世界転移者なのか。(ふっふっふ、厨二コースからやり直すぜ)
それともこれくらいの魔法は使えて当たり前の世界なのか。(この程度で調子こくとかアホですか。パパしっかりー、の声がする)
いずれにせよ魔法の参考例が、レティネと魔王御一行様しかいない。
レティネは〈ポケット〉を使うとき詠唱みたいなことはしていない。
玉座の間の魔物たちは魔法発動までにタイムラグがあった気がする。
人間の世界へ行って確かめるしかないか。
警戒されて迫害されるのも、無能過ぎて馬鹿にされるのも、どちらもイヤだなあ。
もし、これくらいの魔法が使えて当たり前の世界だったら、どんな魔法文明が発展しているのか想像もできないな。
幼女は全員、凄い魔法使いとか。
俺はもう一つだけ魔法を試してみた。
水を出したときに疑問に思ったので、あえて実験してみた。
結果は成功だった。たぶん。
光や炎ではあまり感じなかったが、水というのはいかにも物質っぽい。光子やプラズマも物質かもしれないが、水のように触れるモノとはなんか違う気がするんだよね。物質そのものを出現させられるということは、召還や転移でないなら、物質創造になるのだろうか。
きっと俺は強張った顔をしているに違いない。
やっちゃった感がハンパない。
俺が出したものは――肉だった。
何となく漠然と肉の塊をイメージしたせいか、長さ六十センチくらいの骨つき生肉が出た。原始人がヒャッホーしそうな、ぼくがかんがえたおとくようにく、だった。細部が曖昧なのっぺりしたマンガ肉とでもいうか、実在しない動物の肉だ。
肉を出したのはジョーロの食欲を心配していたせいもある。もっと腹一杯食わせてやりたいと思ってたし。
しかしこれは、めちゃくちゃウソ臭い肉だ。とても食う気になれない。産地も賞味期限も不明な謎肉。俺の似顔絵入りの生産者シールとか貼ってないだろうな。
――本当にこれ、魔法なのかな?
属性〈肉〉の肉魔法とかあるんだろうか。
シュールな気分だった。
天使のリングを光らせ肉塊を抱えた闇夜の男子高校生は、すでにシュール以外の何ものでもないけれど。
まあ、せっかくだから、朝になったら、ジョーロに、食ベサセテ、ミヨウ。
ヨロコンデクレルカナー。
ハラコワスナヨー。




