010 高度に発達したナビゲーションシステムは迷子なんて認めない
目覚めると真っ暗だった。
熟睡、というか爆睡だった。
時刻を確認すると午後三時半。なんと九時間以上も寝てしまったことになる。こんな恐ろしい世界でナチュラルに安眠とか、もしかしたら大物なのか俺。襲撃されてたらアウトだったな。
レティネは俺の腕と脇腹の間にもぐり込んで眠っている。
とりあえず、涙、よだれ、おねしょの三点セットを確認。よし、いい子だ。
砂漠の夜は凄く寒くなるとか聞くけど特に感じなかったな。もしそうならレティネが凍えてしまうはずだが、そんな様子もないし。
しかし、ここまで暗いと何もできない。
スマホを消すと周囲の様子がまったく分からない。
自分の手すら見えな――
ギョッとした。
俺の右手が見えた。光っていた。
いやいやいや。お願いですからやめて下さいよ。
こういうのはいいですから。
まだだ、鎮まれオレの右手ェ、とかやりたくないです。
ていうか、なんで光ってんの?
光るといっても、ぼうっとした弱い光だ。暗いから気付けたんだろう。
日射しに手をかざすと赤く透ける感じに似てるけど、色は白だ。指の皺とかがムダにクッキリして、なんかキモイ。
熱くも痛くもない。
やっぱり魔力のせいなのか?
身体の中に血の流れとは違う、霞のような魔力の対流を感じている。
それを集めるように意識する。やがて左手まで光りだした。
ゆらゆらした陽炎とはまた違う感じだ。もっと光が強ければ照明代わりになるのに。
魔力を全身からかき集めるようにイメージして、手先に集中させる。
――まぶしっ!
寝台の中がいきなり照らされた。
百ワットくらいの明るさだ。
魔力が指先まで来たのは分かるけど、その先はさっぱりだ。まるでガスに引火して炎の代わりに光が出たような感じだった。直視したから目が痛い。一瞬で消えたおかげでレティネを起こさずに済んだ。
今度は人差し指に軽く魔力を流してみる。
小さなロウソクくらいの明るさのカーテン状のオーロラが現れた。形が定まらず、たなびいている。なぜか手全体から出ていた。熱はまったくない。
だけどこれ、光だから視覚的に確認できて魔力の練習にいいかも。
試しにいろいろな形の光をイメージしてみる。息を止めてぐうっと力を溜めてみたりする。でも形をコントロールできない。
全身の魔力は静かでニュートラルな状態にする。そして、肩から指先まで、糸を風に繰り出すように延ばしていく。身体を離れたら中空でからめて糸玉でも作る感じにする。これは上手くいった。
派手な映像イメージよりも、線や点みたいな馴染みのある形になぞらえるといいらしい。全身の魔力とのリンクを途切れさせないようにして認識を広げていくのがコツみたいだ。
ヘンに力んだりするのは逆効果だった。
あれ?
というかこれ、魔法じゃね?
魔力を操作して現象を起こしてるし。
――この朝、俺は魔法使いになった。――のかな。
昨日の〈威圧〉だって本当は魔法なのかも知らんけど。
それから小一時間、魔法の練習を続けた。
モヤモヤした光の玉くらいなら簡単に出せるようになっていた。
辺りを照らしながら小用にいった。
思いついて、手からじゃなくても出せるか実験した。
――出せたよ。
ぼわん、と。
噴水のライトアップ。
やって後悔した。バカである。
すごすごとベッドに戻る。
「パパおはよー」
「え? ――あ、うん――おはよ、レティネ」
「?」
男子高校生でごめんねレティネ。
ようやく辺りが明るくなってきた。スマホでの時刻は午後五時少し前。
夜は約十一時間のようだ。
二人で着替えてから、食材を切っただけの簡単な朝食を済ませる。
ジョーロはいなくなっていた。酷い扱いだったしな。
これで徒歩確定だ。予想はしてたけどガッカリだ。幼女連れでこの大地を抜けるのにどれだけかかるやら。
「レティネ、スコップある? こーんな形の鉄のやつなんだけど」
「――うん、あるよー。――はい」
やっぱりあったよ。これも見覚えがある。
穴を掘っていろいろボットンして埋めた。レティネのトイレの中身も埋めた。
トイレは丸いスツールみたいな形の便座で、下の引き出しから中身が捨てられるようになっていた。引き出しには枯れ草みたいな香草が敷かれている。脱臭防虫効果があるらしい。香草は小さなクッションの形に加工されている。雑貨店のポプリコーナーとかで売ってそうな感じだ。この世界も案外衛生的なのかも。
レティネが手際よく家具類をしまっている間に、近くの岩に登って進行方向を確かめる。越えられない裂け目が幾つも大地を走っているので、ルートをちゃんと考えないと無駄足になってしまう。
――グルグル、グググ、ルグ――
あれ。ジョーロが戻ったよ。
ばっさばっさと着地すると、俺の前で服従のポーズ。
逃げてしまえばいいのに意外に律儀なんだな。
出してやった林檎を待ってましたとばかりにイッキ食いし、ハムを骨ごとバキバキ噛み砕き、水をがぶ飲みする。食べ物を探しに行ったけど見つからなかったので仕方なく戻ってきたよ感が凄い。
食料はもったいないが、飛ぶのと歩くのでは大違いなので仕方ない。
その分しっかり働いてもらおう。
ジョーロの鞍を点検していて剣を見つけた。
刃渡り五十センチほどの小剣だ。鞍の背中側の収納部に、でかい猫じゃらしみたいなタワシや柄の長い鉄のペンチと一緒に押し込んであった。
魔物の武器にしては華奢な剣だ。
鞘は傷だらけだった。騎竜兵がどこかで拾った物かもしれない。軽くて持ち歩きにはいいが実戦では微妙だ。でも、ないよりマシ。
曇天の下を飛ぶ。
雲が厚く太陽が見えないので東西南北が分からない。
前方に特徴的な岩や地形があればそこを目指し、そこに着く前にさらに次の目印を決めて進む。変化のない景色なのでしっかり意識していないと進路を見失う。大回りして振り出しに戻るのは避けたい。
生き物の姿もない。枯れ木や枯れ草すらない。砂漠どころか火星の地表とかみたいだ。
まさに不毛。
荒涼とした風景なのに寒過ぎず暑過ぎず、ワケの分からない気候だ。レティネには念のため厚着をさせている。
試行錯誤の結果、飛竜を下降させられるようになった。これで着陸できる。毎回不時着じゃ怖いしな。あとは加速とホバリングを知りたいが、当てずっぽうの指示をこれ以上連発するとジョーロが混乱しそうだ。
途中、オーストラリアのカタ・ジュタに似た巨大な岩塊があったので、その頂上に降りてジョーロを休ませる。テーブルと椅子を出し、葡萄でおやつタイム。ジョーロにも食べさせる。
レティネは隙あらば家具調度を広げたがる。どこでもマイルーム主義なのかな。
見つけた剣を振ってみる。やはり人間用だ。握りやすい。
小剣なので俺でも扱える。といっても剣術の経験があるわけでもなし、ただ握って振るだけだ。魔物にこの剣の間合いまで近付かれて対処する自信は全然ない。お守り代わりだな。
「――!」
う。レティネがこっちを見てる。
金色の瞳がキラキラしてる。パパかっこいいオーラが出ちゃってる。
まずい。いきなりハードルが上がってしまった。抜いた剣をこのまま鞘に納めるだけでは幼女様は満足しないだろう。
ふっふっふ。
覚えたばかりの魔法を披露することにした。
魔力を剣に這わせて糸のように放出。撚り合わせて光の剣を作る。〈光魔法〉とかじゃない、ただの光る魔法だ。意味もなくまぶしく光ってるだけだ。
そして剣を高く掲げ、思わせぶりなタメを作ってから斬り下ろし、すかさず横に斬り払う。ぶぉん、と音がしそうな勢いで。
おお、自分でやっといてなんだが、光が剣に遅れずちゃんとついてくる。残像まで輝いてスゲー。魔力を上手くコントロールできてる。
今日からフォー○を信じるぜ。
そして光をゆっくりと消しながら、すちゃりと鞘に納める。
どうよ、とばかりにレティネをチラ見する。
「パパしっかりー」
――ダメだったらしい。
ごめんな。これが今の俺の全力、精一杯なんだよ。
やっぱり、ピカピカしてるだけじゃ話にならないよね。なんちゃってファイアーダンスだもんな。
本物の分かる幼女様にはお目汚しですよねー。
剣を投げ捨てたい気持ちを堪える。
「――えと。――出発しよか」




