001 異世界転移すればそこは玉座への階段だったりするし
初投稿です。よろしくお願いします。
俺は魔物の群れを見下ろしていた。
いや、魔物の軍団か。
初めて見る異形の怪物。
空気が重い。
息が詰まる。
巨大な山羊角が生えた青鬼。
身の丈三メートルの、棘だらけの蜥蜴男。
白目のない不吉な顔がフードから覗く魔女。
長い腕を垂らした、炎のような毛並みの人狼。
いかめしい鎧姿の昆虫頭の巨人。
膜の翼を膨らませた、ぎらつく牙の悪魔もいる。
そんなバケモノが数百体、びっしりと隊列を組んでいる。
高い天井の荘厳な広間。
悪夢の光景。
えと――
――まさかここが、転移先?!
中継地点とかじゃ、ないのか?
――!!!!!――
強烈な視線が俺に集まる。
背筋が冷え切る。
恐怖で総毛立つ。
身がすくむ。
悲鳴など出ない。
たまらず俺は後ずさった。らしい。
あっ?
段差に足を取られた。
無様に尻餅をついて気付く。
ここは、階段?
どこなんだ? ここ!
――ゴオオオオオオオオオオオオ!――
そう思った瞬間、視界が真っ赤に灼けた。
すさまじい熱!
頭上から火柱が降ってきた。滝のような勢いで。
炎の圧力で押し潰される。
熱い、熱い、痛い、痛い、マジ痛い! ヤバいヤバい、死ぬ!!!
心臓が破裂しそう!
足下が赤熱している。
階段が溶ける?
ああ、――ダメだ。
身体が、燃え尽きる!
――あれ?
いやいや。
炎に呑み込まれたのに、燃え尽きる? とか、
暢気に考えていられるはずがない。
思わず力んでしまったけれど、
身体も高校の制服も、まったく焦げてない。
あんな炎に炙られたら、真っ先に眼球が白濁するはず。
でも、ちゃんと目は見えてる。
猛烈にキツいが、
死ぬほど苦しいが、
耐えられた?!
さっきから白い光がやたら眩しい。
その輝きは、炎を完全に圧倒している。
そうか、――もしかしてこれが――
『kキsm!!! dドkkrラアrwワrt!!!』
炎と光が消えた途端、背後で雷鳴。
いや、これは怒声だ。
――桁違いの威圧感。
這いつくばった石段ごと、
底なしの穴に落ちていくような恐怖。
強ばる身体を、
無理矢理ふり向かせる。
――止めろと本能が訴えている。
見なければ。
いや、見たらダメだ。
それでも、
瞬きすらできないまま、
視線を階段の頂上へ。
――見てしまった。
そこにいる、――支配者を。
巨大な〈玉座〉に座る、髑髏の顔を持つ魔物。
暗紫色のローブをまとう黒い骸骨。
感情の見えない顔も、
節々の膨れた手も、
鈍く光る金属質の鱗で、びっしりと覆われている。
しかし、眼窩だけが空ろで、いっさいの光を許さない。
虚無の洞穴。漆黒の闇がある。
ああ、こいつは、
――魔王。
魔王は、髑髏の顔を俺に向けたまま、ゆっくりと立ち上がる。
悠然と降りてくる。
身の丈は人間の範疇に収まっているが、気配の巨大さは完全にバケモノだ。
ゴツリ、ゴツリという靴音はカウントダウン。
威圧された身体は一ミリも動かない。
闇の双穴から目をそらせない。
逃げる意思が吹き飛んだ。
生きる希望など一瞬で蒸発した。
自分は、夢を見ているだけの死体だと、
自分は、息をしているつもりの汚泥だと、
死こそが安息なのだと、理解した。
――理解できてしまった。
ウソだ。ありえない。
俺が、そんなふうに、思うはずない。
何の仕草か、魔王が軽く首を傾げた。
そして、作り物じみた鈎爪のある左手を開くと、
虫でも払うように、
無造作に振り下ろす。
その一撃を、
顔面でまともに受けた。
避けることも、腕でかばうこともなく、
受け入れる以外に、何もできなかった。
衝撃。
視界が破裂する。意識が飛ぶ。
首が折れ曲がり、頭が潰れた?
――そして、真っ白なまばゆい光が現れた。
――発生源は、俺だ。
散り散りだった意識がひとつに戻る。
その途端、
ポンッ、と乾いた音を立て、
竹が割れるように、魔王の左腕が裂けた。
その裂け目は雷撃となって骸骨の身体を伝わっていく。
魔王は身をひるがえして逃れるが、それも一瞬のこと。
『ナnnダdt、kレrh!!! オnr、kミmnchカkラr!!!!!』
絶叫と共に骸骨の身体が膨張する。
そして、光の爆発を起こして一気に弾けた。
轟音が俺を突き抜ける。
金縛りの威圧感が消える。
粉々に飛び散った魔王の破片が、真っ黒な砂鉄のように降りそそぐ。
しかしそれが床を覆うこともなく、
俺から放たれる白い光に触れて消えていった。
◇◇◇
真霜新はネコスキーである。
真霜新はケモナーである。
真霜新はモフリストである。
肉球から猫耳まで。
のらころからホワット羽根川まで、ストライクゾーンは広い。
ただの動物好きかもしれない。
いろいろ混乱しているが、そのあたりは今はいいだろう。
三月最後の日、
俺、真霜新は異世界転移した。
「――えーと?」
一面の海原だった。
明るいブルー。
あまねく光が満ちている。
海面に立っているのかと足下を見ると、砕いた貝殻のような白くサラサラとした砂場だった。しかし俺のまわり半径三メートルくらいまでで、そこからは遠浅の海だ。
大波にでもさらわれればまさに取りつく島もないが、なぜか不安は感じない。
水はゆったりと音もなくうねっている。
風もなく潮のにおいもない。
目を閉じれば静かな室内にいるのと変わらない。
まあとりあえず、海っぽい設定の場所なんだろう。
これは夢なのかな?
あれ? 俺、寝てたっけ?
――いずれにせよ非現実だ。
「うーみーだー!」
叫んでみた。
とくに意味はない。返事もない。
『ずいぶんと落ち着いているのですね。驚きました』
綺麗な声が波紋のように響く。耳を洗うような澄んだ声だ。
返事があったよ。
ふり返ると水際に少女が立っていた。
艶やかな黒髪が膝上まで伸びた美少女だった。
だけど微笑と無表情の中間くらいの表情なので、やや冷たい印象だ。影のない明るい景色の中での黒髪は、コントラストが強過ぎる。なんかそぐわない感じだ。
――だが、別の意味でドキドキだ!
「えと、――もしや、あなたは、裸族さんですか?」
『創造神ですよ』
覚悟を決めて尋ねたのに、あっさりと返された。
ちょっとクール過ぎだろ。全裸なのに。
「あぁ、では、――俺は――死んだんですか?」
『いいえ、違います。それに、死んだら神に会えるわけでもありませんよ』
「じゃあなぜ、ここに?」
『これから別の世界に行っていただきます。そこで残りの人生を送ることになります』
「そんな、いきなり? まさか――強制ですか?」
『そのとおりですね。あなたに選択の余地はないですから』
それじゃあ、人さらいだし。
いや、これが――神隠しなのかな。