0.すべてのおわり
「わたくし、後悔はしておりませんの」
牢獄から引き出され、久しぶりにまみえた空は青く澄み渡っていた。雲のひとかけらもなく、ただひたすらに透き通っている。しばらく淀んだ空気しか吸っていなかったのでとても心地良かった。頬をなで、髪を梳る風の感触もどこか懐かしい。
「何もかもわかったうえでわたくしはここにおります」
もっと声を出そうとお腹に力を入れれば自然と背中が真っ直ぐに伸びた。手の震えを誤魔化すために掌を組もうとしたけれど硬い感触に阻れて、手枷が嵌っていたことを思い出して諦める。
処刑場の客席は人で満たされていた。神の巫女を騙った大罪人を一目見ようと詰めかけたのだろう。多数の人がいるにもかかわらず、世紀の悪女の最後の言葉を聞き取ろうとしてか不気味なほど静まり返っている。
私に裁判はなかった。神を騙るということはどんな理由があろうとも極刑だ。抗弁の機会は与えられない。だからこそ、処刑時に人が集う。物語の悪役が追い詰められるとなぜかべらべらとすべてを語ることに倣ったわけではないが、裁判が執り行われなかった罪人は今際の際に少しだけ時間を貰えるのだ。
私は、今日のこの日をずっと待っていた。
いいや、待っていた、というだけでは生ぬるい。私はここで死ぬためだけに生きてきた。
全てを思い出した七つの時から、ずっと。
「わたくしはわたくしのために神を騙りました。神託を偽り、信徒を欺き、玉座に楯突きました」
何もかも、ただ一つの目的のためだ。
「これだけのことをしてもわたくしに神威の雷が落ちることもなく、神はいないのだと何度も思いました。けれど」
けれど、私はここに立てた。私の首を落とすための斬首台が階段の上にしつらえてあるこの場所に送り込んだのは、真なる巫女から告発だった。うつくしい蜜色の髪と瞳を持っているというその人と私は直接まみえたことはなかったけれど、私は彼女を知っていた。
人で溢れかえった処刑場のなかでも光り輝くような髪はすぐに目につく。私はこの場へと引き出されてからずっと、彼女だけを見つめていた。
「――今なら言えますわ。神は確かに天におわすのだと」
たとえ、ここが『リユニオン』という人によって作られた乙女ゲーム世界のなかで、私が悪役として生を受けたのだとしても、人智を超えた存在はたしかに在って、私がまっとうしたかった運命をどうにか紡いでくれた。
「会いたかったわ、聖女ベアトリーチェ」
生まれた時に引き離された、私の半身。