お嬢様と護衛
相変わらずプロローグ的なお話です。暇つぶしにでもどうぞ
帝国グライアスの首都グレイア。大陸の中でも四大強国に数えられる国の一つである。首都なだけあり街の発展はかなりのものだ。
道は全体的に広く作られ石畳できっちり整備されて馬車などの通行も容易にできる。中心部には帝国自慢の城が高くそびえたち人々の目を楽しませている。
行きかう人たちはみな陽気で生活の苦労をあまり感じさせない。治世はうまくいっているようだ。
そんな街の一角で少年とも青年ともいえるような年齢の男が菓子を頬張っていた。白い髪というよりはくすんだ灰色の髪に髪の色と同じように灰色の瞳。どこかのんきな目をしている人物だ。
黒い革の鎧に身を包み腰には刃渡り六十センチほどのショートソードといえるような短い武器を二つ携えている。
男の名はユニコ。聖獣と言われているユニコーンからつけられている名前だが、彼からすればふざけた名前だと感じている。彼の名付け親がかなりふざけた人物なので文句を言ったところでどうしようもない。
すでに自立していていろんな国をきままに旅してまわっている。今回この国を訪れたのは観光目的だ。生きるための目標など特に定めずあちらこちらへと足が向くままに移動を繰り返す人生を謳歌している。
「会計頼むわ」
ユニコは菓子を食い終わり、店主に金を支払い街見物の続きをするために店を後にした。
特に目的がるためではない。あっちへふらふらこっちへふらふらと気が向いた方向にでたらめに移動を繰り返していく。
やがて人気のないところへと足を踏み入れる。
「ありゃりゃ? んだここ?」
初めての街で初めて足を踏み入れる場所。そして辺りを見回す。
「……戻るか」
こんなところにいても何の利益にもならない。目的は観光なのだ特に目を引くようなものがあるようには見えない。
きびすを返して戻ろうとしたときふとした光景が目に入って足を止めた。
「おい、早くしろ! くそ動くな!」
「何やってんだ! そっちを押さえろ」
ここからじゃよくわからないが人が縛られている。そしてその周りには人一人が入れそうな麻袋が用意されている。
これらの状況からすると拉致、もしくは誘拐という言葉が簡単に思い浮かぶ。
「なんでいきなりこんな場面に遭遇せにゃならないんだ? フレイヤは何やってんだ。職務怠慢だろうが」
ある事情から見捨てるわけにもいかない。ともかく彼は男達のほうへと駆け寄っていく。
「ったくまさかお嬢様がこんなところに護衛もつけず一人で来るとはな」
「だろ? ぜってえ高値で売れるぜ。手えつけるなよ。価値が下がる」
「ちょっとくらいならわからんだろ?」
「お頭に殺されてえならそれでもいいけどよ」
「ほう、なかなかいい女だな。いいとこのお嬢さんなのか?」
「ああ、なんてったってサガランド公爵家のお嬢様だからな」
「そんなに凄い格の家なのか?」
「あ? なんだお前知らんのか……。ってんだてめえは!? さりげなく会話に加わってんじゃねえよ!」
いつの間にか忍び寄っていたユニコにようやく気付き怒気を含めて怒鳴り声をまき散らす。
いや、むしろ気づくの遅すぎだろと突っ込みたくなるのを我慢してユニコはすばやく剣を抜き放ち、柄尻で一人目の男の腹部を殴打する。
「ぐえ」という声とともに男はそのまま崩れ落ちるが、ユニコはその男からはすでに視線を外し別の男に向けて剣を持ってないほうの手で掌打を放つ。
見事に相手の顎を打ち抜き相手はがくんと糸の切れた人形のように白目をむいて崩れ落ちた。
三人目がようやく剣を抜き放ったがユニコはすさまじいスピードで一瞬にして相手の懐に飛び込み肘打ちを鳩尾にいれると相手はそのまま崩れ落ちる。
「物騒だねえ。治安は行き届いているって話だったんだがなあ」
ぼやきながら、縛られていた女性の元へと歩み寄る。
女性はさるぐつわをされ「んーんー」と唸りながらも身をよじっている。意識はしっかりとあるようだ。
ユニコはとりあえず女性を縛っている縄を外してそれからさるぐつわを外す。
「ぷはー、ったくいきなり人を襲うなんてやってくれるじゃない」
女性の第一声がこれである。すこし泥がついているが地肌は白く綺麗で染み一つない肌。吸い込まれそうな真っ黒な髪に、両眼は蒼い瞳だ。背丈からさっするに十歳から十二歳というところが妥当だろう。美少女と呼ぶに十分な器量だ。
「いや、いくらなんでもあんたみたいな子供がこんな人気のないところうろついていたらこうなるだろ?」
「は? 誰が子供よ!」
ああ、この年頃によくありがちな背伸びしたい年頃なのだろう。ユニコはそう納得する。自分はもう子供じゃないと言い張ること自体子供である証なのだが、この年頃の子はそれがなかなかわからない。
「まあ、なんでもいいや。ともかくこんなところ歩いていたら、さっきみたいな目に会うから早く家に帰んな」
言い争う愚をさけ忠告だけしてユニコは大通りへと足を向けようとしたらいきなり襟首をつかまれ、足を止められた。
「あのね、助けるだけ助けておいて『はいさよなら』ってのは無責任すぎるんじゃない? それにこいつらの事、治安警備隊にどう説明すりゃいいのよ? か弱い乙女が一人で倒したで納得してもらえると思うの?」
……関わっちゃいけない。ユニコは全力でそう思った。誘拐されかけた直後だというのにパニックすら起こさず淡々と冷静に意見を述べる少女の姿にとある女性を思い浮かべてしまう。こういうタイプは絶対に関わったらまずいと直感したのだ。
「い、いやボク急ぐから……。あの放してもらえないかな? お嬢ちゃん」
「誰がお嬢ちゃんだ! あたしは立派に十五歳よ!」
あり得ない。どう考えても十五歳の発育ではない。いや、食糧事情で成長期にろくに食べられなかったのだろうか? それならばまだ納得できるがさっきの男達の会話から察するに相当ないいとこのお嬢様のようだ。着ている服装もそこらの庶民が着れるような生地ではない。
背丈も胸もどう考えても十五歳という年齢にはふさわしくない。
「失礼なこと考えてない?」
まなじりを釣り上げツイっと近寄ってくる。
「いや、別に? じゃあボクはこれで」
「だから行くなと言ってるだろ!」
ついに命令口調だ。
「なんなんだよ! 五体満足なら歩いて帰れるだろ? 子供じゃないんだろ?」
「そうね。確かにあんたの言うとおりだけど、サガランド公爵家の令嬢が助けられてお礼の一つもしないなんてありえないでしょ?」
「じゃあお礼を言ってくれ」
「助かったわ。ありがと」
「それじゃこれで」
「だから行くな!」
一体何がしたいんだこの少女は。心の中で頭を抱えてしまう。せっかく観光を楽しんでいたのにとんだ邪魔が入ったものだ。
「あのね、たかが言葉一つのお礼がなんの得になると思ってるの? 言葉一つで全てが済むなら世の中すべて平和で収まってるの? わかる?」
なぜいきなり説教を食らわなければならないのか、すこし前までの自分の状況を鑑みてみよう。この街に足を踏み入れたのはつい昨日の事だ。適当に安宿に部屋をとり体を休ませ、今日の朝に宿を出て観光。朝飯を食べていなかったので小腹がすき菓子屋によって菓子を頬張る。再び観光を開始してこの場所へと足を踏み入れた。
暴漢に襲われている少女を救いだし感謝されてその場を後にする。
うん、問題ない。なのになぜ?
「……というわけ。まあ確かに護衛もつけずにこんな場所に来たあたしも悪かったけど、まさか来て早々に誘拐されかけるなんて思ってもみなかったの。だからあんたには感謝しているし、あたしは金持ち。だったら言葉だけの感謝なんて意味ないでしょ?」
「じゃあどうすりゃ解放してくれるの?」
「解放ってあんたねえ……。まあいいわ。取りあえず屋敷までついてきなさい。あ、ついでに護衛も頼むわね」
なんというか、図々しい。ユニコがそう思うのも無理はない。いいところのお嬢様だから多少の部分は大目に見てやるべきなのか。ともかくこの状況から脱出するためにはこの少女のいう事を聞かなければならないと諦めて彼女のあとについていくことにした。
「あ、そうだ。お互い自己紹介まだだったわね。あたしはリオリーナ・フォルテン・サガランド。リオでもリーナでも好きなように呼んで。あんたは?」
「名無しの権兵衛」
どがっと蹴りを入れらる。
「殴るわよ?」
「殴ってから言うな!」
「殴ってない! 蹴っただけよ! で? 名前は?」
「ユニコだ」
一瞬の間。そしてけたたましく笑い声が辺り一帯に響き渡った。
「あー笑ったわ。ユニコ……。あはははは」
「まだ笑ってんじゃねえか! 恩人に対してずいぶんな態度だな。小娘」
「誰が小娘だ! あたしは立派に成長しているし、これからも伸びる!」
「いや手遅れだろ? 特に胸とか」
「……あんたサガランド公爵家の令嬢に対して凄い態度とるわねえ? いいのよ? その日のうちに第一級指名手配犯にしてあげても」
「どんだけ権力持ってんだよ! お前の家ってそんなに凄いの!?」
まだこの国にきたばかりでその辺の事情は疎いユニコ。彼はこれでも各国を色々と渡り歩き色々なものを見聞きしている。
その中には没落貴族や名ばかりの貴族と言ったものも多分に含まれている。公爵家というのは基本、王家や皇家の血筋に連なる者が得られる貴族としては最高位の位の一つだ。しかし、若い国ならまだしも、歴史のある国だと、公爵家など五百を超える国があっても珍しくはない。
名ばかりの公爵で実質、そこらの商家より劣る暮らしをしている公爵などごまんとみてきているのだ。
護衛もつけず人気のない場所をうろつく少女が、名と実を兼ね備えている公爵家などとはあまり実感が出来ない。
「そうねえ……。公式の場でなければ皇帝陛下と唯一対等の立場で話せるくらいの権力かしら?」
「……。ソウデスカ。イゴオコトバニハキヲツケマス」
「いきなりカタコトになるな! 今までどおりでいいわよ」
「よし分かった。ちっぱい」
どかんと蹴りを入れられる。
「胸のこと以外なら今までどおりでいいわよ」
ひきつった笑みを見せながら少女から殺気が漏れだす。そのうち髪の毛もうねうねと動くのではないかと思わせる雰囲気である。
「なんで蹴るんだよ! せめて突っ込みなら頭にしてくれ!」
「届かないのよ!」
……
「そのなんだ。悪かった」
「いきなり神妙にならないでよ。こっちが悲しくなるわ」
そんなこんなでそれなりの会話を楽しみながら屋敷へとようやくたどり着く。
長く高い塀に囲まれ、入り口と思える門は鉄格子のような作りでしっかりと閉じられている。門の両脇には立派に作られた建物があり、そこから人がせわしなく出入りしていた。
「やっと着いたわね」
黒髪をたなびかせながら少し疲れたのか大きく息をつくリーナ。
「でけえ家だな無駄にでかすぎるだろ」
庶民の感覚で思わず突っ込んでしまう。感想として出てくるのは庭の整備が大変そう。掃除が大変そう。人が多くて息がつまりそう。これしか出てこない。
「ま、ユニコの感想だとそうなるわね。あたしもそこには同感。けどね、ここは帝都で家は公爵家。帝都における屋敷とはいえ見栄は大事なのよ」
「帝都における屋敷? 他にもあるのか?」
「ほんと何も知らないのねえ。あたしのサガランドって名前どっかで聞いたことないの?」
そう言われて記憶を探る。サガランド……とそこでピンとくるものがあった。
「サガランド山脈か!?」
「ご名答。あの辺一帯を取り仕切っているのが我が家なの。だから実家はあっちにあるわ」
「そいつは……すげえな」
素直に感心した。サガランド山脈と言えば良質の鉱石がとれることでかなり有名である。この国に出回る武器や防具のほとんどがサガランド山脈からとれた原材料を使い作られていることは広く知られている。さらに金や銀。宝石類などもとれて下手をすれば帝都をしのぐ繁栄を見せている地方の一つだ。
ユニコもそちら方面へ足を向けたことが何度かある。他の街と違って職人気質な街であちこちからケンカの声や何かを叩く音。ときには爆発する音すら聞こえる活気あふれる街である。
「お嬢様あああああああああああああああああ!!」
突如前触れもなく遠くから絶叫とも言える言葉が聞こえてきた。何事かと思いそちらへと視線を向けると執事服を着た初老の男が猛スピードで駆け寄ってくるのが目に入る。
そのスピードに合わせてタイミングよく門が開かれ、初老の男はリーナの前で急停止する。
「御無事で何よりです! 行方不明と聞いたときは気が気でなかったでございますだ! 本当に御無事で何より。神は存在したのだ!」
「ちょっとオブライエン! 苦しいってば! 放してよ。警備の人も何事かとみているじゃない」
「ですが、オールトからお嬢様が行方不明になったと聞いたときは……爺は」
「オールトには非はないわ。あたしが勝手にしただけだから処罰したらダメよ。父には知られてないでしょうね?」
ようやく執事からの抱擁から解放されて一息つくリーナ。ユニコはその光景はあるがままに口を挟まずただ見ていた。
「そ、それが……。先ほどこちらのほうにお帰りになられて」
「……ああ、そう。まあいいわ。ばれちゃったんなら仕方ないわね。今はどこに?」
「執務室でお嬢様のお帰りをお待ちになっております。帝都治安部隊を総動員するところですじゃ」
「頭痛い。おおげさすぎるでしょ」
いや誘拐されかけていたのだから決して大げさとは言えないだろう。心の中で思いっきり突っ込むが、執事とリーナの会話に口をはさむわけにもいかずに、黙って事の推移を見守る。
というかさっさとお礼をもらってこの一連の騒動から解放されたいというのが本音である。
「取りあえず行くわよ。ついてきなさい」
「あの? お嬢様? そちらの方は?」
「あたしの命の恩人。ユニコ、走って!」
そういうと屋敷に向かって一気に駆け出すリーナ。は? と思いながらもユニコはリーナの後についていく。後ろから「どういうことですじゃーーー!」などという絶叫が聞こえたが無視することにした。
「失礼します」
息を整えながら、そう言って部屋の扉を開けるリーナ。部屋は広めに作られている。床に藍色の絨毯が敷き詰められていて、壁には剣やら槍やらの武器が飾られている。部屋の隅には観葉植物が置かれていて、部屋の奥には立派な机に向かい、羽ペンを動かしている男がその手を止めて視線を上げた。
厳しい目つきをした人物だ。ユニコはそう印象を受けた。敵がいるわけでもないのに緊迫した表情で他者を威圧するそのような感じである。
子供を持つ親にしては幾分か若いように思えるが、すでに髪の毛には白髪が少し入り混じっている。見た目よりも年齢を刻んでいるのだろう。
椅子から立ち上がると件の人物はリーナのほうへとゆっくりと歩み寄っていく。
「無事だったか」
心底安堵したかのような声である。親からの愛情はしっかりとあるようだ。リーナの両の肩に軽く手を乗せる。
「ご心配おかけしたことはお詫びします。ですが私の護衛を担っていたオールトには非はありません。寛大な処置をお願いいたします」
「いつもの事だ。事を荒立てる気はないが……誘拐されかけたと聞いたぞ? お前の好奇心をどうこう言うつもりはない。だがお前はサガランド公爵家の令嬢である以上、これからもああいった輩がお前について回る。それをお前ひとりで対処できるのか? 今までは無事だった。だからといってこれからも無事である保証はない。何度言えば分るのだ? なぜせっかく、つけた護衛を巻くような真似をする? 別に私はお前に籠の中の鳥でいろというつもりはない。だからこそ出歩く許可もしている」
「ですが、その護衛が言う事はいつも同じです『そちらは危険です』『そこはお嬢様の足を踏み入れる場所ではありません』『そのようなものに触れてお手を汚してはなりません』。これでは護衛というより監視に近いです。お父様。私は色々なものを見たいのです。綺麗な場所も汚い場所も危険な場所も」
「だがその結果が今日の出来事につながった。以後は自重しろ。もう子供ではないのだろ? それに学園につける護衛も選抜しなければならない」
リーナはそこでユニコへと視線を向けた。
ゾクリと背筋に寒気が走る。
「ならばその護衛は、今日私を助けてくれたこのユニコにお願いすることにします」
この小娘はいきなり何をおっしゃりやがっていますの? 一瞬思考が停止して思わず口をパクパクさせてしまう。
「ユニコも同意してくれています。あとはお父様の許可だけですわ」
「同意してねえよ! 人がだまってることをいいことに勝手に話を進めるな! つうかお礼をくれるっつうから着いて来たのに何で護衛の話になってるんだよ!」
今度はリーナがこの人は何を言っているのかしら? と不思議そうに首を傾ける。
「あのねえ? あんた姓はないんでしょ? という事は庶民なわけで、しかも行く当てもない風来坊なんでしょ? いい? このサガランド公爵家の令嬢である。このあたしの護衛が出来るってことはある意味サガランド公爵家の一員になれるって事なのよ? この意味が分かる? あんたは一瞬にしてあり得ない生活を手にすることが出来るってわけ。これ以上のお礼はないでしょ?」
どういう思考回路をしているんだ? この小娘? そんなものまったく望んじゃいないし、望んでいたならあの女の元で大人しくしていた。確かにいく当てはないが、親切の押し売りにもほどがある。
「ふん。詳細は聞いている。確かに盗賊三人を昏倒させた実力は認めよう。だがその程度だ。サガランド公爵家の護衛というのはそこらの馬の骨に勤まる者ではない。由緒正しき家柄と実力。そして何より忠誠が求められる。どこぞの馬の骨に愛娘を任せるわけにはいかんな」
えっと一応ワタクシ貴方の愛娘を助けた恩人ですよね? 何かお礼言われるどころかとんでもなくひどいことを言われているのは気のせいでしょうか? というかここまで言われてこの家に残る理由はあるのか? いやない(反語)。
ユニコは少し怒りをためてしまう。
「あのさあ。そんなに大事な愛娘の恩人に対して御礼の一つも言えないとはサガランド公爵ってのは人としてどっか欠陥あるんじゃねーの?」
「ばっ! ユニコ!」
顔を青ざめさせたリーナが思わずユニコをたしなめるがすでに時は遅かった、「ククク」と含み笑いをもらしサガランド公爵は呼び鈴を鳴らす。
先ほど玄関で絶叫を放っていた老執事があらわれ、サガランド公爵に何かを言われてそのまま部屋を出る。
しばらくの間、何とも言えない空気が部屋を支配する。だがそんな空気の中でも何でもないような感じでユニコは欠伸などをして緊張感のかけらも見せない。
やがて老執事があらわれ、大きめの麻袋をサガランド公爵に渡し、再び部屋からでる。サガランド公爵は麻袋を縛っていた紐をほどき口の部分を下に向ける。
すると麻袋の中から金銀宝石類。がまるで壊れた蛇口のように音を鳴らして絨毯の上に零れ落ちていく。
「好きなだけ持っていけ。娘を救ってくれたことには感謝しよう。そして二度と顔を見せるな」
「それじゃお言葉に甘えて」
「甘えるな! いいから手を出すな。お父様? お父様がなんと言おうと私はこの者を護衛にします」
「許可できん!」
「同じく許可できん!」
サガランド公爵にちゃっかり追従するユニコ。腕を組む仕草まで真似する念の入りようである。
「あんたは黙ってなさい! あんたには選択肢はないの!」
「俺の人生返せ!」
「あんたの人生は金と権力によってあたしの物よ」
横暴すぎるだろ! このお嬢様。つうかこんな人種初めて見たよ。心の中で涙を流す。力づくで脱出できないこともないが事を荒立てると間違いなく、あの女からのお説教という名の色々な仕事をやらされることになる。せっかくの自由を束縛されてしまうのは嫌だが、このままでも自由が奪われてしまう。
「いいですか? お父様。私は今度もお父様がつける護衛の目を巻いて、色々なところへ出入りするつもりです。北東に伸びる大森林なんかとても興味がありますわ」
別名、禁断の森、または迷いの森とも言われている。奥地に入ったもので帰ってきたものは誰一人としていない。腕に覚えのある冒険者が何百人も入り込み、国も開発のため本腰を入れて調査員を派遣したが誰一人として帰ってこない森としてやがて立ち入り禁止の森となった森である。
「……この者が護衛ならばそのような事をしないというのか?」
「少し違いますわ。この者が護衛ならばそれを止めようとすらしないという事です。これが私にとって重要な事なのです」
「いや止める! 全力で止める! もうね体張っちゃうよ!」
「うるさい!」
蹴られた。どうやら発言権は本格的になくなったようだ。あれ? 助けた? ワタシ恩人……。考えないようにしよう。
「サガランド公爵家の護衛を務めるからにはそれなりの家の格が必要になる。わからないお前じゃないだろう?」
「……」
この件に関してはさすがのリーナも口ごもる。確かに家の格は必要だ。なんだったら偽造してもいいとは思うが、サガランド公爵家が堂々と偽造するのはいかがなものか。政敵にばれてしまえばここぞとばかりに叩かれてしまう。
またこんど通う学園も一定の身分が必要となる。
いい案が何かないかと考えているところに老執事があらわれ、来客を告げる。
「この件はまた後でな」
サガランド公爵はそういって部屋を出るように促す。
「その必要はないぞ。公爵」
突如、部屋の前に現れそ、その存在は臆することなく堂々と部屋に入っていく。軽装備に身を包んだ女性である。
まず目に付くのはその背の大きさだろう。背丈が高い公爵と同等の背を誇っている大女に入る類の女性だ。目は豹などを思わせる精悍な顔つきで短く切られた髪は燃えるような真っ赤な赤い髪をしている。
そして鎧には祈りを捧げる少女と交差する杖。一目でわかる。この大陸で最も支持されているラファーリア教会所属の聖騎士団。それもその中における序列第四位の人物だ。
「これはこれはフレイア殿。親子喧嘩などお見苦しいところをお見せしました」
「いや、何、中々楽しめたぞ。それに……。面白い人物もいるようだ。なあユニコ? どうした? 何をそんなにこそこそしている? 昔のくせがまだ治っていないのか?」
この女性の存在を察知した途端いち早く逃げようとしたが、あっさりと足をとられ転ばされたユニコ。
「な、何であんたがここにいるんだ! おかしいだろ!? 総本山にいるんじゃないのか!?」
「お前こそ私の任務を理解していないのか? この大陸における火種の消火。わかっているだろ? 帝都の治安の一翼も当然、私の部隊が担っている。ましてやサガランド公爵家の令嬢が誘拐されたときいてはな」
「来るの早すぎだろ!」
「たまたま近くにいたものだからな」
なんというか神出鬼没すぎて頭が痛くなる。この女性だけは昔から頭が上がらない。色々と思い出したくない過去がよみがえる。
「フレイヤ殿? そちらの少年は……?」
公爵が少し遠慮気味に尋ねる。先ほどは堂々とした雰囲気だがフレイヤに対してはどこか一歩譲っているようだ。
というのもやはり教会の力が大きい。教会自体は勢力としてはそれほど大きな勢力を持たないが、四大強国を含めた大陸に住む人々の大多数はこの教会の信者なのだ。よほど辺境の場所でもない限りどこの国にもこの教会に属した建物が必ずあるといっていい。
また神の代行者たる教皇が頂点にいるがその発言力は一国の王すらしのぐほどだ。人である王より神のほうが偉い。ならば神の代行者は王よりも偉いという事だ。
だからといって教会は私利私欲に走ったりはしない。出来ない理由があるのだがそれはひとまず置いておこう。
また教会は各国が戦争にならないように調整役、意見役などの役割も担っている。各国首脳で大規模な会議行われる際には必ず総本山のある中立地帯で行われるほどである。
その教会の騎士団序列第四位というのはサガランド公爵家とはいえ頭が上がらない存在の一つなのだ。
「なあに。昔にちょっとな……。それよりもまずは公爵家令嬢が御無事でなによりでしたな」
「は、わざわざ足を運んでくださり、感謝いたします」
「裏は取れましたか?」
「実行犯は拘束しております。ですが……」
「わかったそこから先は私たちも手伝おう。本当に野盗の類であればそちらに任せる」
「ご助力感謝いたします」
これで話は終わったとばかりに公爵から視線を外しフレイヤは自らの足元に視線を向ける。
そしてその足元にはフレイヤに背中を踏みつけられ、うごめいているユニコの姿があった。
「さてさて、話は道中聞いていたがお前が人助けとはな。いやいや嬉しいぞ」
「嬉しいならこの扱いはないだろ? 足をどけてくれ」
「どけたら逃げるだろ?」
「いや逃げないから! マジで!」
「ダメだな。公爵」
そういうと再び公爵のほうへと言葉を投げかける。
「この者の身元は我がラフィーリア教会が『主神ラフィーリアの名において』保証する。どうだ? 令嬢の護衛に使ってやってみてくれないか?」
サガランド公爵親娘はそろって驚愕した。
教会に属するものがその文言を口にするという事は、それはある意味もし今後サガランド公爵家においてユニコが何らかの失敗をした場合その責任の全ては教皇にいくという意味合いでもある。
それだけの重さのある文言だがフレイヤはしれっとした顔のままだ。
「ああ、腕のほうもそこそこ立つ。私の直弟子だからな」
文句があるわけがない。聖騎士団所属第四位。この大陸において四という数字は特別な意味を持つ。それは尊敬されるべき数字でもあり、大陸においてなにかしら名誉なものを四という数字を入れる国もあるくらいだ。
そして序列第四位というのはとある理由から確実に大陸最強の一角を担う腕前を持たなければ決してつくことが出来ない位でもある。
その直弟子であるのであれば腕前は疑うべくもない。
「教会が身元を保証し、貴方の直弟子というのであれば断る理由はございませんな。わかりました認めましょう」
「感謝する。よかったな? ユニコ。就職が決まって、いやいや冒険者なんて家業からいつ足を洗うかひやひやしてたぞ」
「人を踏みつけながら言うセリフじゃねえだろ! つうか俺の人生勝手に決めるな!」
「あのなあ? これはお前のためでもあるんだぞ? いつまで一人でいる気だ?」
言葉をなくすユニコ。彼が一定の場所に住みつかず、あちこちの国に落ち着きなく旅していたのは基本的に人間嫌いの気があるからでもある。
どこか一か所に腰を落ち着けてしまえばどうしてもかかわりを持つことになる。それが長ければ長いほどかかわりはおのずと深くなる。ユニコはそれが嫌なのだ。
「あっちへふらふら。こっちへふらふら。ミルザも心配しているぞ? 聞くところによればサガランドご令嬢は今度学園に通うそうだな?」
「は、はい」
急に問いかけられて思わずリーナはどもってしまう。
「いい機会じゃないか。これを機に同年代と接してみろ。人生がどうのなんて言うのはそういうのを経てから言うものだ」
「……わかったよ。ミルザ元気か?」
「飯はちゃんと食ってるのか? どこぞの悪い女に引っかかってないか? まあ相変わらずお前の心配を毎日してるな」
「心配性すぎるだろ……」
「そう思うんだったら手紙の一つでも出してやれ」
踏みつけられていた足をどかされようやく体の自由を取り戻す。軽くほこりを払うしぐさをして立ち上がると何とも言えない顔で周りを見渡す。
どうにもこうにもなんといっていいやら、そんな空気だ。
「私の用事はとりあえずこれで終わりだ。ユニコ、出口まで見送れ。公爵家の一員として来客を見送るのも立派な仕事だ」
やれやれと言いながらもフレイヤを門の外まで見送る。門の外まで出た時にフレイヤが振り返る。
「なんだかんだいいながら言いつけは守っているようだな」
「出来る限り善の行動をとれだろ? それより本当にいいのかよ? 俺の過去」
「蛇髑髏か……まあばれたらばれただ。それにすでに教皇はご存じだよ。お前が気にすることでもない。お前はもう暗殺者じゃないんだからな」
「……」
「そんな顔をするなよ。ミルザが見ると発狂するぞ。ばれたらばれたで問題はないが、ばれないことに越したことはない。学園ではせいぜい猫かぶるんだな」
「どっちなんだよ」
「それを決めるのはお前だ。お前がそれを話していいと思うのであれば好きにすればいい。それも人生だろ? それじゃあな。私はしばらくこっちで過ごすことになる。金の無心以外なら大抵の事は相談に乗ってやる」
そういうとフレイヤはそのまま街のほうへと去って行った。
とにもかくにもサガランドご令嬢の護衛を務めることになるとは人生どこでどうなるかほんとわかったものではない。
屋敷に戻ろうとするとリーナが待っていた。
「貴方何者?」
まあ当然の疑問だろう。だがその疑問には答える義務はない。
「俺自身もそれを探しているところだ」
「あんたにかっこつけたセリフは似合わないわよ。詮索する気はないわ。あんたはあたしが行きたいところへついてくればいいだけなんだから」
「へいへい」
生返事しながらユニコは屋敷へと足を踏み入れる。彼の新しい人生に待ち受けるのは一体なんなのか考えながら。