森のおく
太い幹をぬうようにトナカイは歩きます。二人はその後を、ふわふわとした雲の上を進んで行きました。しばらく行くと森の中心に二十じょうほどの広場がありました。その中央にはこんこんと泉が湧き出し、そこから四方に沢となって流れ出ていました。
泉を取り囲む様に、真っ白い森の生き物たちがたくさん集まっています。
「子ども神様においで頂きましたよ。さあ皆さん道を開けて下さい」
凛とした声が響き、動物たちが一斉にこちらを振り向きました。そして静々(しずしず)と後退し、二人と一頭のために道を開けました。
うさぎ、犬、猫、カエル、へびなどの身近な動物。さる、ヤギ、熊、鹿、虎などの動物園に行かないと会えない動物まで、色んな動物が両脇に立ち子ども神たちが通り過ぎるのを静かに見守りました。こんなに近くで動物を見るのは初めてで、女の子は恐くて体をこわばらせ、子ども神のそでをギュッとにぎりしめました。
「だいじょうぶだよ。ここの動物たちはみんな優しいんだよ。お話し好きだし。でも、今日はどうしたんだろう。誰もお話ししないね」
子ども神は女の子の手をにぎり、耳元でそう教えてくれました。女の子は子ども神の手を強くにぎり返し、そっと顔を上げ、動物たちを見ながら前に進みました。
前を歩いていたトナカイが突然、脇によけました。どうやら動物たちの中心にたどり着いたようです。鳥の羽根が散乱しているのが見えました。その向こう側に一羽の鳥が横たわっていました。二人はおどろいて鳥の側にかけ寄りました。その鳥は女の子がこの世界に来て、一番最初に出会ったカラスでした。カラスは苦しかったのか、もがいた後のように羽根は乱れ、抜け落ちていました。今は目を閉じて、ピクリとも動きませんでした。
「カラスさん、どうしたの?」
女の子が声をかけましたが、カラスは全く動きません。
「このカラスはどうしたのですか?」
子ども神は、トナカイに聞きました。
「さあ、よくは分からないのですが、少し前に見つけたのです。それで神様たちにお知らせしようと宮殿へ向かったのです」
トナカイは急ぐ様子も無く、淡々(たんたん)と事実だけを述べているようでした。この世界の生き物たちは、どうやら「あわてる」と言うことをしないようです。
子ども神はそっとカラスを抱き上げ、首に下げているスカーフを外し、そっとカラスを包みました。
「宮殿へ急ごう」
子ども神の言葉に女の子のはうなずき、動物たちに別れを告げて宮殿への道を急ぎました。走るとカラスに振動が伝わってしまうので、二人は走らないように、でも急ぎ足で宮殿に延びる道を歩きました。
森から宮殿に向かう道を急いでいると、桃色池に引き返すカメじいさんと会いました。
「やぁ、又会ったのう。さっきの話の続きでも聞きに来たのかなぁ?」
のんびりと話しかけてきましたが、二人は歩みを止めずにカメじいさんの横を通りすぎました。
「ごめんねカメじいさん、急いでいるから又後でね」
あわただしくそう言うと、足早にその場を離れて行きました。カメじいさんが何か言った気がしましたが、二人はそんなことにかまってはいられませんでした。
「ねえ子ども神様。きゅうでんに行ったら、このカラスさんは助かるの?」
女の子はカラスを見ながら聞きました。
「分からない。でも父さんなら、なんとか出来るかも知れないから」
子ども神は口元をキュッと結び、弱い心音を伝えるカラスを胸にだき先を急ぎました。やっと宮殿にたどり着きました。とびらをくぐった先の、右側の部屋に父神様と母神様がいました。
「父さん大変なんです。この子をどうすれば救えますか?」
子ども神は息を切らしながら、部屋に飛び込むなりそう叫びました。
「どうしたのだ?」
父神様は近付き、子ども神のうでの中をのぞき込みました。
「命が尽きようとしているのか。こちらへ来なさい」
虫の息のカラスを見て、父神様は顔色を変えて、あわてて二人を奥の間へ連れて行きました。
がらんとした飾り気の無い部屋の中央に、階段がありました。その階段を上がると円い空間に出ました。ふっと心地よい風に包まれ見上げると、上の方まで空洞が続いていて所々に四角く開いた小さな窓から、光と風が入って来るのでした。かべぞいにはらせん階段が天井まで続いていました。
「ここは祈りの塔だ」
父神様の声が塔の中のかべに反射して聞こえました。
宮殿を外から見てもこんなに高い塔は全く見えなかったのに、中から見るとお空の雲まで続いているように見えました。女の子は不思議に思いました。子ども神にそう言ってみると、父神様が代わりに答えてくれました。
「この塔は外からは見えないのだよ。この塔をずっと上まで登って行けば、他の神様が住む世界とつながっているのだよ」
父神様は、太くて低い声で優しく教えてくれました。