桃色池の生き物たち
カメじいさんはいつも桃色池にいて、めったに歩き回りません。青緑色をした甲羅は今は色が抜け、真っ白でした。だから子ども神も気づかなかったのです。
「この世界から色が消えてしもうてのう、知らせに来たんじゃが。何せ年寄りでのう、この通り足も遅い物でなぁ。くたびれて一休みしとったんじゃ」
のんびりと語るカメじいさんの口から、大変な話が飛び出て来そうです。
「えっ? カメじいさん、色が無く成った事で、なにか知ってるの?」
二人が同時に聞きました。
「知っているとも」
カメじいさんはゆっくりと頭を上下に振り、あわてるでもなくのんびりとそう答えました。二人はカメじいさんの目の前に座り込み、早く原因を聞きたくて話に耳をかたむけました。
「そもそも、お前のじいさん神が、まだ子どもの頃になぁ ――――」
あせる二人をよそに、カメじいさんはのんびりと昔話を始めました。
「カメじいさんは昔話が好きでね、色んな話を聞かせてくれるんだけど、……とても話が長いんだ」
と、子ども神が耳元でささやいて教えてくれました。女の子は、一言も聞き逃さないようにと話に耳をかたむけていたのですが、カメじいさんのおだやかで低い声が心地よく耳に響いて、ついうとうとしてしまいました。
子ども神がそれに気付いて、つんつんと女の子をつついて起こしてくれます。そんなことを数回くり返し、二人ともうとうとし始めた時でした。
「――――その時じゃ、玉虫色の石がなぁ――――」
と聞こえてきました。“玉虫色の石”と言う言葉に反応して二人の目が、パチッと覚めました。
「カメじいさん、この世界から色が無くなったのは玉虫色の石が関係あるんですか?」
あわてる子ども神をよそに、のんびりとカメじいさんが答えます。
「あぁ、そうじゃよ。……何じゃ、じいさん神から聞いておらんのか? やっぱりそうか。お前のじいさんは昔から、いい加減じゃったからのぅ――――」
まだ話は続きます。これで探し物は一つで良い事が判明しました。問題はその石のありかです。でもこれ以上カメじいさんから手短に話を聞くのは難しそうでした。
子ども神は考えました。カメじいさんは普段から、桃色池に住む生き物たちに色んな話を聞かせていました。もしかしたら誰かが知ってるかも知れないと思い、桃色池に行ってみる事にしました。
二人はカメじいさんの話をさえぎるようにお礼を言って、桃色池に急ぎました。しばらく歩いていくと、道が三本に分かれていました。森に向かう真っ直ぐに伸びる道と、左右に伸びる細い道。こっちだよと子ども神は、女の子の手を引いて右側の道を進んで行きます。くねくねと曲がった道を進むと、パッと目の前に真っ白い池が現れました。
「今は真っ白だけど、普段はとても鮮やかな桃色をしてるんだよ」
学校のプール程の広さの池を眺めながら、子ども神はそう教えてくれました。
「皆、聞きたい事があるんだ! 集まってくれないか?」
子ども神が池に向かって大きな声を出しました。その声を聞き付け、池の中の生き物たちが水面にプカプカと顔を出しました。水面には幾つも波紋が拡がりました。
大小の様々な魚たち、貝や小さなカメたち、カニやザリガニ、水辺に住む鳥たち、動けるものは全て子ども神の元に集まりました。
「やあ、子ども神様久しぶりだね。なにか用かい? おや? いっしょにいるのは人間の子どもかな? なぜこんな所にいるのかな?」
声をかけてきたのは、池の中の一番大きな魚でした。
「あぁ、えっと、色々あっていっしょに探し物を探してるんだ」
と、子ども神は簡単に説明しました。女の子はニコッと笑って、初めましてとあいさつをしました。
「皆、玉虫色の石の話って知ってる?」
子ども神の問いに池の生き物たちは一斉に口を開きました。それならカメじいさんがくわしいよ。カメじいさんに聞いてごらんよ。と口を揃えて言います。それを聞いて二人はにが笑いしました。
「さっきカメじいさんに会ったんだけどね――――」
と、子ども神は今までのいきさつを話ました。
「あぁ、確かにカメじいさんの話は長いから何日かかるか分からないもんね。その話なら聞いたことがあるよ」
「鯉のおじさん、玉虫色の石がどうなるとこの世界の色が無くなるか知っていますか?」
子ども神は、一番大きな魚の事をこいと呼びました。魚の中では一番長生きで、桃色池の主と呼ばれているのでした。
「うん。玉虫色の石が姿を消すと色が消えると聞いた事があるよ。そうだな、例えばあと形も無く割れるとか、雲の中にうまるとか、この世界から落ちるとか……。あと、池の底にしずむとか」
僕もまだ若いころに聞いたからよく覚えていないけど、と鯉のおじさんは答えてくれました。
「そうですか。……じゃあ、カメじいさんは最近だれかにこの話をしましたか?」
子ども神の問いに、皆はどうだったかなと首をかしげます。そんな中、小さなヤドカリが前に進み出ました。
「それなら、あの森の側に咲いている小さな花たちに聞かせていたよ」
と、細くて甲高い声で教えてくれました。