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一番星  作者:
7/10

ゆずらない性分



 次回予告まで終わったところで、顔は動かさずに視線だけを隣に座る真緒に向けた匠は、音がしないように鼻をすする様子を見て目を戻す。

 視聴者っていうのはこういう反応をするのか、と。自分が出ていないものを見る時でも、純粋に作品を楽しむのは半分で、あとは他の役者の演技を追ってしまうことがほとんどだ。他の役者は知らないが、少なくとも匠は。

 自分が出ているものは、反省するために見るもので。こうやって誰かと見ることも実はない。

「ズルイや、たくちゃん」

 素直に、真緒の反応に感動していた匠は、思いがけない言葉に不意を打たれて振り返る。横目に見上げた真緒の目はまだ赤いけれど、きっと本人はそんなことに気づいていない。やめろ、その潤んだ上目遣い。しかも横からって。絶対他でやるなと言いたいが、そんなことを言ったところでこいつは絶対に(何言ってんの?)という顔できょとんとするに決まっているんだ。

 驚いたように振り返った匠の顔がすぐに眉根を寄せて目を逸らすのに気づきながらも、真緒はふくれた顔が戻らない。

「何でだよ、やぶからぼうに」

「だって」

 呆れた声を隠さない匠に、少し乗り出していた体の緊張を解いてソファに背を預けた。

「一緒に一番星を探してたはずなのに、たくちゃんは自分が一番星になっちゃった」

「?」

 暗くなっていく空で一番最初に光る一番星。幼い頃、どちらが先に見つけるか競って遊んでいた。見つけながら、それがその日、外で遊ぶ終わりの合図でもあった。

 他の星がまだ光を届けられない明るさでも、光を届ける一番星。そんな風に、自分にとって一番のものを見つけたい。それが何かは分からないけど。

 幼い頃は、なりたいもの、行きたい場所、ほしい何か。いろんなことを、思いつくままに口にして、次が出てくればやっぱりあれは一番星じゃなかったと。そんな他愛ないやりとり。

 ただ、それはずっと心に残っていて、あの日の匠の言葉に続いている。

『今日は一番星見つけられた?』

 再会した日、かけた言葉。文字通りの一番星であり、そしてずっと探しているものでもある。

「いろんな人が、たくちゃんを見てるんだよ。それで感動して、元気になって、笑って、泣いて。たくちゃんのこと大好きな人がいっぱいいる。それにきっと、いろんな人がたくちゃんみたいになりたいって思ってる。同じ役者さんも。それに、たくちゃんが演じているような誰かに自分を重ねる部分がある人も」

「それは、一時、一過性だろ?」

「それでも、一度感じたものは残るから。残って、積もって、その人を作っていくから」

 真緒は言ってから、あらためて匠の顔を見る。

 なんだかその顔が少しまじめな感じがして、首をかしげた。自分がまじめなことを口にしたからかもしれないけれど。なんだか少しだけむずむずする。

「それに、たくちゃん、あんなに優しくできるのに、意地悪だし。ひどいよ」

「お前……」

 まじめなことを言っていると思ったらごまかすようにそんなことを言う。

 がっくりと肩を落としながら匠は目の前にある真緒の額を手のひらで軽く弾いた。軽く押されるように真緒の体が揺らぐ。

「ずいぶんしっかりしたことを言うようになったと思ったのに。ごまかしたな?」

「……言ってることがおじさ~ん」

「おい」

 低くなった匠の声に真緒は横を向いて応じない。

 まったく、と言いながら匠は立ち上がって車のキーに手を伸ばす。その動きを追いながら真緒も立ち上がった。

「たくちゃん、送ってくれなくていいよ。電車で帰るから」

「何言ってるんだ。だめだ」

「たくちゃん、自分が有名人だって分かってない。困るでしょ?誰かに見られたら」

「まったく困らん」

 さらっと言うけれど。

 時永匠、という役者は浮いた噂が今まで見事にない。スキャンダル知らず。事務所の力もあるとかないとか。ただきっと、有無を言わせない優しげな雰囲気と必要以上に近づかせないのにそうと悟らせない物腰で、本人が乗り切っている部分はある。それに、マネージャーの市江の敏腕ぶりもある。

 そしてここまでくれば、むやみに「時永匠」のイメージを壊す愚を犯す勇気のある者もそうそういない。裏のとれないものは書かないだろうし、事務所通らないものは出回らない。

「なんか悪い顔してる」

「人聞きの悪い」

 押し問答になりそうだが、これで時間をとられれば真緒が負けるのは必至だ。電車がなくなってしまうのだから。だから圧倒的に真緒が不利。

 きゅっと口を引き結んで真緒は、負けじと匠の顔をまっすぐに見た。その視線に一瞬匠がたじろぐのは見逃さない。なんでたじろいだのかは分からないけれど。

「たくちゃん、これから一緒に見ようってこの間言ってくれたよね?」

「ああ。だから、遅くなるから送るって言ってるんだ」

「わたし、たくちゃんは仕事もあるんだし送らなくていいって言ったよね?」

「……」

 なんとなく、話の進む先が見えてきて匠は憮然とする。

 言い出したら聞かないのだ。しかも困ったことに自分が年を重ねた分だけ真緒も大人になっているわけで、きちんと理を通してくる。

「たくちゃんが幼なじみだからってこうやってたまにかまってくれるのはうれしいし楽しいけど、たくちゃんの仕事がいろいろ不規則なのも、体力勝負なのもある程度は知ってるつもりだよ」

 それがどれほどのものか、体験したわけではないから控えめな言い方をする。それがまた、匠にとってみれば小憎らしい。体が資本の仕事で自己管理ができないヤツもどうかと思うが、無茶をさせる周囲もどっちもどっちだ、と言わないまでも思っていた。それを指摘されているようなものだ。そんなことを匠が考えているなんて知りもしないだろうに。

「時永さんの負担になることはしてほしくないです。それで疲れちゃってだんだん疎遠になる方がいやだ」

 また他人行儀な呼び方に、意図的に変えながら最後に付け加えた甘えたような言葉がくすぐったくて匠は反論を飲み込む。その間に真緒がまた先を続けた。

「この時間に、わたしを送っていくなんて不規則な仕事じゃなくたって負担です。体ゆっくり休められるなら休めた方がいいです。だから、もしこれからもかまってくれるつもりがあるならその辺の線引きはちゃんとしたいです」

「この間も言っただろ?それで一人でこの時間に帰らせる方が心配だって。大体お前、先週はどうしたんだ」

「同じ路線の友だちと帰りましたよ。途中までですけど」

 男女数人で見ていたらしいことは聞いた。ということは、あの無防備な調子でいたってことかと思うとなんだかざわつくがそれは無視した。

「お前がだったら、こんな時間なんだから泊まっていけばいいだろうが。そうすればお互いの意見尊重されるけど?」

「だめです。帰ります。楽は覚えちゃいけないんです」

 今までも、サークルが伸びてぎりぎりの時や、打ち上げに出られない時などは友だちや先輩が誘ってくれた。それでも、楽をしてしまえば楽をしたくなるに決まっているんだからと断ってきたのに。

「……真緒、とりあえず今日は遅らせろ。そんで、その車の中でいくらでも話す時間はあるだろ。市江さんに電話して確認してもいいから。明日オフだから」

 両手を挙げて、降参、というように言った匠の台詞は、まったく降参していないし、自分の言い分を通しているけれど。それでも真緒が素直に従う余地を与えてくれた。

「送っていって、眠くて帰りが心配だったらロケで使った家にでも泊まらせてもらうよ」

「分かりました」

 そっちはいいのかよ、と突っ込みを入れたいのを飲み込んで、ようやく従ってくれた「お姫様」をエスコートして匠は部屋を出る。

 本当に。何でこいつにこんなに振り回されているんだろう。



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