いじわる
匠と一緒にドラマを見ると約束をした日。
待ち合わせ場所は真緒がいた場所からそう遠くない場所。迎えに行く、と言われたけれど、匠がくれば面倒だということくらいなら真緒にも分かる。
足早にそこに向かっていると、歩道を歩く真緒の脇をゆるゆると不意に車がついてきた。
(……)
目をそらして、車道から遠いほうに移動してさらに足を速める。
けれど、やっぱりついてくる。
窓が開く気配がして、なおさらそちらを視界におさめないように真緒は歩いた。今までこんなことなかった。どう対処していいかなんて知らない。無視するしかない。
「なあ、あんた」
軽い感じの声音が呼びかけてくる。ムシムシ。
「何だよ、つめたいなぁ」
「約束があるんですっ」
思わず返事をしてしまってから、相手にするんじゃなかったと、さらに足を速めようとして、不意にその車の人が笑っているような気がした。
「ま~お。俺だよ」
聞き覚えのある声に振り返って、真緒は呆然と足を止める。
知っているのとは違う車。でも、窓にひじを乗せてこっちを見ているのは明らかに匠。
「……たくちゃん」
「おう。いいタイミングで歩いてるのみつけたからさ」
「ばかぁ!フツーに声かけてよ!」
「なんだよ」
気の強い、でも無頓着で危機感のない幼なじみ。すこし灸をすえるつもりだったのだけど。
「こわかったか?」
気遣うような声になったのに真緒も気づく。でも、ほっとしたところにその声はなおさら気が弱くなってしまう。だめじゃないか。
「悪かったよ。……真緒?」
「たくちゃん、しらない」
ふい、と横を向いた声が少しだけ湿っている。
しまったなぁ、と後ろ頭をかきながら、匠は車を降りて真緒が持っている荷物に手をやった。本当は、こんな人目のつくところで、としかられそうなところだけれど。
でも、逆に堂々としていると見つからないこともなんとなく学んでいる。
「一応、ああいうの怖がる神経は持ってたんだなぁ」
「一応って何よ」
「平気平気、ばっかりで甘えないで夜でも一人で帰ってくるやつだからな」
「そこは関係ないじゃない。たくちゃん、いじわるだ」
「悪かったって。女の子にやることじゃなかったな」
そう言ってさりげなく荷物を真緒の手から抜き取るようにして車に乗せ、真緒自身のことも促して助手席に乗らせた。文句は言っていても、乗る。だって、約束だから。
本当は、怖がって、いじわる、と拗ねるのがやけに懐かしくてかわいかったりもしているのだが。
小さい頃、怖い話は大嫌いだった。強がるけれど怖いのは嫌いな真緒。意地悪、と言いながら、暗い道を、匠の服の裾を握り締めて帰ってきたこともあった。
着いた匠の家は、セキュリティのしっかりしたマンション。
案内された部屋も広くて。落ち着いた雰囲気の家具がそろっていたけれど、それもいいものなんだろう。窓からの夜景に思わず見とれた真緒は、あらためてテレビをつけてなにやらキッチンでやっている幼なじみを振り返った。
幼なじみだから、と言われるままに深く考えずに久しぶりに会った友達の感覚でいたけれど。
そんな話じゃないのでは?
だって、とても手が届く人じゃない。
友達、なんて幼なじみ、なんて、この人に対して使っていい言葉?
「どうした?」
両手にカップを持ってきた匠は、一つを真緒に渡す。コーヒーのいい香りがした。
「今さら、たくちゃんってすごい人なんだって思ってました」
「なんだそりゃ」
ふっと、気が緩んだような笑顔で笑われて真緒は戸惑う。
戸惑いながら、コーヒーに口をつけた。
「時永匠の入れたコーヒーって、ぜいたく」
「あほか」
心底呆れたように言って、匠はテーブルにカップを置いて真緒を手招く。
大きなテレビは、一緒に見ようと言ったドラマが始まろうとしている。手招きをされても、どうしていいか真緒には分からない。
「真緒?」
「たくちゃん、なんでわたしにかまうの?」
「は?」
「だって何年も会ってなくて、たまたま顔をあわせただけだよ。ひさしぶり、って挨拶して通り過ぎるくらいでもできすぎな話じゃない?」
「たまたま顔をあわせてみたら懐かしくて、変わっていないからおもしろかった。それでいいんじゃないのか?」
ん~、と、納得のいかないような顔をしている真緒を匠は座ったまま見上げる。
そういう疑問が真剣にわいてくるのが今さら、と言うのがこいつだな、という気分ではある。いっそのこと、そんなこと気にしない、気づかないままでいればいいのに。
「俺はユウメイジンだから、幼なじみもいちゃいけないって?」
「そんなことは言ってないですっ」
「ほら、また他人行儀だし」
「だからそれは」
反論の言葉がうまく出てこなくて言葉に詰まった真緒は、あきらめたようにふくれて座り込んだ。
「たくちゃん、意地悪に磨きがかかってますよ?」
「そりゃ、大人になってボキャブラリーも増えたし、こういう仕事だしな。そこじゃ見にくいだろ。来いよ」
開き直ったように言って、横着にも座ったまま手を伸ばして真緒の手を引っ張る。
引きずられるように近くにいった真緒は、ぷう、とふくれた顔のまま、大きなテレビの画面に目を向けた。
ほら、やっぱり違和感。
隣にいる顔が、実物より大きく、もう一つ目の前にあるなんて。
しかも、実物がそこにある、いると、一言一言、一つの表情ごとにどきどきしてしまう。なんだか、本人が言っているみたいで。