一緒に見よう
ロケが終わって匠は町から去り、真緒は思いがけず再会する以前の日常が戻った。もともと、撮影が珍しくはない町だから、それで騒ぎになるようなこともなくとりたてて非日常と言うわけでもないが、今回は少し勝手が違った。
普段と違うのは、幼馴染と携帯の連絡先を交換して、そして普段はほとんどというか真緒にいたってはまったくしない撮影関係者との会話が多くて親しくなった、ということか。
どうやら「時永匠」という人は、実力派の若手で、真緒が認識している以上の人気がある人。
だったようで、だからこそ、こんな一般人に気軽に連絡先とか教えていいのか、かまってていいのか、なんか問題にならないか、と思ったのだが、思いがけず問題にはされず、むしろなんだか周囲は楽しんでいる様子さえあった。匠のマネージャーの市江は「今後もかまってやってね」などと言いながら去って行ったくらいで。
プライベートはプライベートって事なのかな、と真緒は納得したが、それはちょっと違うことはきっと、真緒には分からない。
(ん~。帰ると終わっちゃってるなぁ)
匠たちが撮影していたドラマの放送がちょうど、サークルの日に重なった。連続ドラマだからつまり、毎回重なるって事なのだが。
サークル終わりに腕時計を見て真緒はため息をつく。
急いで帰りたくてもどうにもならない以上、なんとかはできない。
録画すればいいのだが、どういうわけか真緒の家は再生はできるのだが録画できる機械がないのだ。
(誰かに頼むんだったかなぁ)
自分がそんなことをすれば珍しがられるとは思うが、別に一言言われるくらいだ。多少手伝った撮影だから気になるのだろうくらいにしか思われないだろうというのは想像がつく。
「どうした?」
頭上からの声に振り返ると、同じサークルの同級生。頭一つ自分より背が高い香山はなんだかウマが合って仲がいい。
聞かれなければ話さない、地元のフィルムコミッションの話もなんだか香山とは雑談の合間にしていて知っている。だからといって「来ている時に呼べ」とか言われないのが気楽で。
「この間撮影に来てたやつの放送があるんだけど見られないなぁ、と思って」
「珍しい、見ようと思ったのか」
「たまにはね」
言っているところにやっぱり通りかかった同級生数人。話を聞いて「じゃあさ」と簡単になぜか話がまとまってしまった。
「真緒が電車に乗る駅から近ければ、見てからでも帰れるんだよね」
「え、うん」
「じゃあうちだな」
一人暮らしをしている男子が言って先頭に立つ。
話が見えずにきょとんとしている真緒の背中を、香山ともう一人が押して促す。
「飲み込みの悪いやつだなぁ」
「真緒だからねぇ。みんなで見よう。気になってたし。で、ご飯でも食べながら。それからみんな帰ればいいし男どもは泊まってもいいし」
「え、でも悪い」
「悪くない悪くない」
なんだか悪いといいながらも、練習の後に寄り道をする余裕は普段なくて、だからみんながご飯を食べてから帰るときも先に帰らなければいけなくて。
なかなかないことで楽しくなった。
そうしてみんなと移動を始めてからようやく、真緒は携帯が光っているのに気づいた。
メールの着信を知らせている。
「時永匠」と表示されているのに一瞬心臓が強く打った。
(ん?)
その鼓動に首をかしげるけれど、きっとまた気がつかなくて叱られそうだからだなと。
言葉どおり、匠はしばしば連絡をくれる。それに応じていて、なるほど、携帯ってのはこうやって使うのかと今さらのような妙な納得をしたりもした。
『真緒のところで撮影したドラマ、今日からなんだけど一緒に見ないか?
今日、サークルだろう。家に帰ってからじゃ間に合わないだろうから、場所を教えてくれれば迎えにいくからうちに来ないか?
帰りは、ちゃんと送ってやるよ。』
何度か思わず読み返してしまった。
すごいな、と思う。
自分が出ているものを誰かと一緒に見るっていうのは。でもきっと、それが当たり前なんだろう。
実物大より大きな自分の映像が街中に氾濫していたり、ちょっと入ったお店で見かけちゃったり。
こうして誘ってくれたのもなんだかうれしいなぁ、とは思う。ただ、テレビの中と、そして身近に同じ顔があったらきっと、こっちは慣れなくてなんだか居心地悪そう、と想像して笑ってしまった。居心地悪そうだけど面白そうではある。
『今、メールに気がつきました。ごめんなさい。
今日からだなぁ、ってわたしも気にはなっていて、帰ってからじゃ見られないと思っていたら、サークルの友達の家でなんだかみんなで見ることになってました。
帰りもそれなら電車に間に合うし。
誘ってくれてありがとうございます。でも、お仕事もあるんだし「送る」なんて申し訳ないですよ。』
『サークルの友達と?
撮影のこと、話したの?』
まずかったのかな、と思いながら真緒はそのあまりに早い返事に驚く。連絡をよこせと書いてあったから、もしかして待ってくれていたんだろうか。
撮影の間になんとなく、真緒の練習スケジュールを把握していた匠だから、時間的にそろそろか、と待っていても不思議はない。
『撮影のことは話してないですよ。見たかったなぁ、程度に話しただけです。
地元でああいうのやってるのは、聞かれないと話さないので。自分から話しはじめても詳しくないからつっこまれても困るし。』
いいわけみたい、と送信してしまったメールを見ながら真緒は思った。
もし、口が軽くてぺらぺらしゃべっちゃっていたら、幻滅されるような気がしたのだ。
もちろん、幼なじみ自慢はしたくなるけど、自慢できるほど知らないし、確実にそんなことをされたら困る類の職種の人だし。
『真緒がちゃんと覚えてたのも、誰かとそういう話をする姿も珍しいなぁ、と思ってね。
俺が真緒と一緒に見たいから、今日はもうそっちで約束したみたいだからいいけど、来週からは一緒に見よう。
ちゃんと連絡よこさないと、連絡来るまで待ってるからな』
真緒をよく理解しているとしか思えないメールの内容で、真緒は無意識に笑ってしまう。
幼なじみっていうのは、向こうにとってもからみやすい「一般人」なのかもしれない。