撮影の合間に
今、匠たちが撮影をしているのはドラマ。良家の令嬢と、書生が恋に落ち、周囲の反対にあい、そしてそのうち戦争が始まり……といった、ありがちな話。
と、台本を読みながら呟いたのを聞きとがめられ、丸めた台本で匠はぽかっと頭をはたかれた。
振り返れば書生の恋敵、令嬢の許嫁役の役者が立っていた。
「ありがちって事は、実際にそういうこともあっただろうって話だろ」
「ああ、そういう考え方もあるんですね」
あっさりと納得する匠を見て、負けたように笑顔になる。
「お前は……ひねくれてんだか素直なんだか」
「この年の男相手にその評価で片付けようとする方が無理ですよ。つか律さん手、はやすぎ」
「ん?女に手は出してないぞ」
しれっと言われて匠はこちらも呆れた笑顔。何度か共演もしている佐々木律は年も近くてウマは合う。
このロケ地は書生のふるさとという設定で、この家での撮影に律が関係するシーンはあまりないのだが、少し山の方に入ればまた他の場面で使えるからと律も来ている。
「今日の撮影、終わったんですか?」
「ああ。お前はこれからまだあるんだろ?」
長い足をもてあますように椅子に腰掛けている匠を見下ろしながら言った後、ふと律が時計を見た。
「ああ、今日月曜日か」
「え?はい」
何を急に、と見ていると律がのびをしてにや、っと笑った。
「手が早いって言われたことだし、ちょっと出かけるかな」
「は?」
「あの家のこと教えてくれた真緒ちゃん。あの子、今日帰り遅くなるんだよ。迎えにでも行ってやるかなぁ、と思って」
「はあ?」
話の流れが見えずに思わず間の抜けた返事をした後で、少し意味が頭の中に入ってきた。
「え、遅くなるって、ていうか、いつの間にそんな話したんですかっ」
不意の剣幕に驚いた顔をしながらも律は飄々としたものだ。
「別に、俺ここで撮影するの初めてじゃないからあの子と会うのも初めてじゃないんだよ。こっから都内の大学に通っていてね、サークルのある日は遅くなる。日付が変わる前には帰ってこれない」
「ってそれ、この時間に撮影終わったとか関係ないくらい遅いんじゃ」
「そ。しかも電車なくなるんだよな、大概」
どうやって帰ってきてるんだ、と呆れた呟きはその後の楽しそうな律の言葉で隠れてしまう。
「ああいう、全くこの業界に興味ない子っておもしろくてね。それに、業界に特別興味があるわけじゃないけど、この業界の話は物珍しいらしくて面白そうに聞いてるし」
まだ続きそうな律の話を思わず匠は遮った。なんだか、自分の幼なじみのことを自分より知っているようで腹が立った。何で腹が立つんだと思ってなおさらいらいらする。
大体、何で自分が真緒のことを真緒からじゃなく他の人間から聞かなきゃいけないんだ、と。昨日の夜ばったり会った時にはそんな話もしなかった。ほとんど話さなかったからだろうけれど。そういえばもう、大学生になっているのかと、そんなことにも今さら思い至ったくらい。
「律さん、その迎え、俺が行きます」
「ん?」
珍しいな、と律は表情だけで言う。さすがは役者。というくらいに分かりやすい。
確かに匠がそうやって牽制するような言動をするのがまず詮索したくなるような状況だが、ファンサービスもそっけないくらいで「誰にでも均等に相手に誤解を与えないような笑顔」を向けると評判の匠だ。この年でどうやってそんな高等なことを身につけたのかと心配になるが、まあそれも役者。他人になりきるくらいに役を作るのなら、「こういう相手の前ではこういう顔」というのもできるのだろう。
「匠、真緒ちゃんと知り合い?そういえば昨日も自分からスタッフに聞いてたけど」
「……」
少し逡巡してからため息をつく。
律相手なら話しても問題ない。というか、ここに来るスタッフたちの真緒に対する好意的な態度を見る限り、誰に話しても問題はなさそうで。無駄に警戒をされることもなければ、牽制されることも誰かが真緒にいやな思いをさせることもなさそうで。
それは今回、ロケに同行している女優が他の女性にいやな思いをさせないタイプの人だというのもある。相手役の令嬢がロケ日程に合わせて入る時があるが、その時はちょっとあぶないかな、とは思うのだけれど。
ちやほやされるのは自分がまず一番であることと言うので、スタッフが気を遣って仕方ない。彼女は女優ではなくアイドルだから、なのかと思いそうになるが、そのくくりは失礼だと思い直す。
「こっちに住んでた頃の幼なじみです。いっつも後をくっついて歩いてきてたんですけど、そうか、大学生になってるんだな」
「どこの親戚のおじさんだ、お前」
懐かしむような感慨深いような顔の匠に突っ込みを入れてから、いや、違うかと自分で言い直している。
「妹みたいな幼なじみが、女になって目の前に現れた、って?」
「何言ってんですかっ」
「いや、そういう意味のやきもちかな、と思っただけ。かまかけたんだけど、その反応は案外図星?」
「まさか。大体あっちだってそういう年頃なら相手もいるでしょう。妹みたいなやつの話を他人の口から聞くのもしゃくなんで、迎えに行ってきこうと思って……っていうか、迎えに行くって誰かに言ってからじゃないと重なるんじゃ?」
「いや、いつも自力で帰ってるからよほど運が悪くなけりゃもんだいない」
「そんな時間に一人で?タクシー……」
使いそうもないな、と思って匠の顔が難しい顔になる。
その顔を見ながら律は新鮮な思いでその表情の変化を見ていた。そこそこのつきあいはあるが、今見せている表情の数々は役者としての表情じゃなくて素の表情。
こんなに表情豊かなやつだったのか、と。幼なじみってのは怖いもんだなぁ、と思いながら律は肩をすくめた。確かにかわいい妹のような感覚になる子ではある。でも、この匠を見た後でうっかりそんな扱いをする怖いもの知らずではない。
「じゃあ任せたよ、保護者。今度真緒ちゃんに会ったら保護者が過保護で困ったら俺に相談するように忠告しとくな」
「そんな宣言しないでください。て、保護者って何ですか保護者って」
「面白いなぁ、お前。真緒ちゃんからむと。ちびの頃から大人になって久しぶりにあった幼なじみなんだろ?そんなに思い入れがあるもんなのか」
「知りませんよ」
実際、自分でも分からないんだろうな、というのは察しをつけて律は手を振った。向こうでスタッフが匠を呼んでいる。
「ほれ、出番だぞ、書生」