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0from1  作者: ペルソナ
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9.未明の未来④

 夢の主役はいつも自分ではない登場人物だった。自分はただそれを眺めているだけしかできない。周囲の風景もおぼろげで自分の存在もはっきりしない、私はそんな夢ばかりを視る。

 私の夢は全てが儚くて現実か夢かも判別できない。そして今もそうだ。

――これも夢だろうか?

 無数の光の筋が駆け抜けていく。それ以外は何もない。上も下も左も右も――私の体も。まるで意識だけが存在しているかのような気分だ。

 あまりの何もなさに思考までもが虚無に包み込まれていく。もういっそこのままどこまでもこの流れに沿って行ってしまいたい気持ちになってきた。

 私が、存在しない目で何も存在しない場所を漠然と見ていると、どこからか声が聞こえてきた。その声は何かを叫んでいる。聞覚えのあるフレーズだ。私にとって馴染み深い何か。

「――――――」

 しかし、それもどうでもいいような気がしてきた。もう何も私とは関係ない。そう感じて再び思考を投げ出そうとしたところで私は急に目が覚めた。



              ●



 最初に視界に飛び込んできたのはヤタガミさんの顔だった。

「よかったぁ。やっと気づいたよ」

 彼女は倒れていた私の上からどくと力が抜けたように座り込んだ。

「ここは……」

 体を起こし辺りを見回してみると、そこはドーム型の空洞だった。

 私とヤタガミさんがいるのは空洞の真ん中で他には何も見当たらない。空洞の壁が青白く光っていて、まるで月を内側から見ているような気分だった。

「私たち一体……?」

「ここがどこかはわかんない。まあ<イヴ>の中なんだろうけどさ。私も気づいたらここにいて、あんたが隣で倒れてたわけ」

「なるほど。ところで右頬がじんじんするのはなぜでしょう?」

「あー……、ほら管にぶつかったでしょ? そのせいだよきっと」

「そう、ですか」

「そうですよ」

 うんうんと頷くヤタガミさん。

 彼女がそういうのならそうなのだろう。この人は随分と明け透けな性格だし嘘はつくまい。

「それで、今度こそどうしましょう」

 立ち上がりもう一度あたりを確認するが入り口はともかく穴のひとつもなかった。私たちがどうやってここに来た――連れてこられたかは不明だ。

「ふむ……」

 ヤタガミさんは太ももに巻きつけたホルスターからおもむろに《折りたたみ式マシンガン》を取り出した。手の平に収まるほどの小さな黒い箱だが、ヤタガミさんがそれを強く握るとぐにゃりと液体のようにゆがみそれはマシンガンに変化した。

 そして、あっという間に出来上がったマシンガンをヤタガミさんは躊躇なく壁に対して発砲。銃声が反響する中次々に弾丸が発射されていく。

 旧時代的な武器ではあるが、その分安価で需要も高い。もっとも世界では戦争らしい戦争もなければ、このような武器を使った犯罪もすぐに沈静化されてしまうので使用しているところを見ることは滅多にない。

 それでも生産され続け売れ続けるのは万が一に対しての保険でもあるし、ヤタガミさんたちのようなアルを保持していない層にとっては重要な資材になるからだ。

 しかし、そんな彼女たちにとっては貴重である武器もここでは意味をなさなかった。発射された銃弾は次々と壁に当たるが、壁に傷一つつけることなくそのまま床に落ちてしまう。

「やっぱり旧式の武器じゃダメみたいね」

「そうみたいですね。というか何のためらいもなく撃ちましたね。私びっくりしましたよ」

「こうなったら、後は野となれ山となれってね」

「大雑把な性格ですね。ていうかもし今ので〈イヴ〉がぶっ壊れたらどうするんですか。アルのデータを手に入れられなくなっちゃいますよ。イザナギのみなさん大激怒じゃないですか」

「どう見てもここ本体じゃなさそうだし。それにそうなったらそうなったで別にいいかなぁって、私たちの生活も変わるだろうし」

 確かに変わるだろう――仮にもし〈イヴ〉を破壊してしまったらそれはもう表では生きてはいけない。世界から大罪人として狙われ処刑されてしまうのがオチだ。……ともすれば彼女はそれでもいいのだろうか?

「ですが、破壊も無理みたいですね」

「あんたのアルは? ここ広いし今度は使っても大丈夫じゃないの?」

「多分破壊は無理だと思います。なんとなくですが、自分の与えたものにやられるような柔な造りではない気がします」

「んー、でも物は試しって言うしやってみてよ」

「はぁ……」

 とりあえずスサノオを鞘から抜く。

「過度な期待をされても困るので先に言っておきますが、このアル――スサノオはそこまでずば抜けてすごい力があるわけじゃありませんよ。確かに剣という武器としてのカテゴリではありますけど、アルによる付加能力はただの――」

「いいから、いいから。あんたの言うとおりなら仮にここが壊れても〈イヴ〉自体は壊れないでしょ」

「まあ、そうかもしれませんが」

 どうにも適当だな。侵入の事と言いさっきの事といい、よくよく考えたらヤタガミさんの言うとおりにしてたらこんなことになってしまったんじゃないだろうか。いや、私も同意はしたのだけれど。

「出られたら儲けものってことで」

「それじゃいきますよ」

 私はスサノオを両手で構えると剣先をまっすぐ壁に向けた。そしてアルの力を発動させようとしたその時、

「何者だ」

 背後からいきなり声がした。

 咄嗟に私とヤタガミさんが振り向くとそこには黒衣を身に纏い白銀の剣を手にした人物が少し離れた位置に立っていた。

「あ、あんたこそ何者!?」

 条件反射でヤタガミさんが言い返すが、黒衣の剣士は応えない。

「何者だ」

 再度黒衣の剣士が訊いてくる。その声はどうやら男のようだが、顔は深くかぶられたフードによって見ることができない。人間かもしれないし、人間じゃないかもしれない。前者なら私たちと同じ侵入者だろうが後者の場合は……。

「私はヒガミ・シオギです」

 警戒しながらもとりあえず話を進めるために名前を言う。

「ヒガミ……? ふん?」

 私の名前を聞いて何か考える素振りを見せる黒衣の剣士。

「私はヤタガミ・アマネ。さあ、こっちは名乗ってあげたんだからあんたも名乗りなさいよ!」

 黒衣の剣士はまたもやヤタガミさんを無視して一人で何か得心している。

「そうか。こうなるか……」

「こいつムカつく! やっちゃいなさいシオギ!」

「ヤタガミさん少し冷静に」

 というか私がやるんですか。ていうか今名前呼んでくれた? ちょっと嬉しい。

「あなたが何者かはわかりませんが――あなたが私たちの敵か味方なのかはわかりませんが、どちらにしても戦うのは得策ではないように思いますが」

 しかしどうだろう。この黒衣の人物が〈イヴ〉側の存在――人間ではないのだとしたら戦う前に一瞬にしてやられてしまうのではないだろうか。それくらいのことは造作もないはずだ。だとしたらこんな提案は無意味。

 私が固唾を飲んで返答を待っていると黒衣の剣士が肩を揺らし始めた。どうやら笑っているらしい。

「ふふふふふ……。敵でも味方でも、か。我はお前たちの敵でも味方でもない。だが戦うかどうか――お前たちを殺すかどうかはこの場合それとは関係ないな」

「どういう意味ですか? 敵でも味方でもないならなぜ戦う必要が」

「我は別にお前たちと戦うつもりはない。ただ戦おうと思えばそうすることができる、ということだ。我にとってはどちらでもいいが、ふん……お前たちは直接的に我の関するところではないからな」

「意味わかんないのよ! もっとはっきり言いなさいよ! 敵でも味方でもないならさっさと失せなさい!」

「ヤタガミさん、あまり挑発するようなことは言わないほうが」

「だって、こいつわけわかんないんだもん」

 ……だもん、か。またまた可愛いなぁ。ちょっと涙目だし、本当は精神年齢幼い子なのだろうか。

 ともかく今は目の前のこいつに集中しなくてはならない。直接的には関係ない――ということは間接的には関わりがあると見ていいだろう。しかし、こんな得体の知れない存在が私たちに関わっていたなんて身に覚えがない。

 この未知の存在は私たちと戦わなくてもいい、と言った。なら戦わないことに超したことはないない。

「できれば私たちはこのままあなたと穏便に別れたいのですが。あなたが何者かもなぜここにいるかも訊きません。だから見逃してくれませんか?」

「見逃す、どうだろうな」

 見逃す? 何を言っているんだ私は。こいつは敵ではないと言っているのに。飲まれてしまっている。

「まだだ」

「まだ? 何がまだなんです」

「ところでお前たち、我がここに出現したということは出入りが可能ということだが、我はこのままお前たちを置き去りにしてもいいのか?」

「ダメ! 私たちを出してからどっか行って!」

 ヤタガミさんはこの謎の黒衣の人物にすっかり萎縮してしまっているようだ。言ってることはぜんぜん萎縮していないけれど。

「そちらのお前」

 黒衣の剣士がヤタガミさんを指指した。

 そそくさと私の背中に隠れるヤタガミさん。

「な、何よ!」

「お前、ヤタガミ・アマネだったな」

「さっきそう言ったでしょ!」

 ヤタガミさん怒鳴りすぎです。

「イザナギのリーダーだったな。お前はなぜここに来た」

「なんで私がイザナギのリーダーだって――」

「なぜだ」

 依然こちらの質問は無視しながら黒衣の剣士は続ける。

「ヤタガミさん、ここは素直に答えたほうが」

「……わかった。……私たちはアルを持ってないから、だからアルを手に入れたい、そう思ったからここに来た。ここに来れば何か手に入れられるかと思って。……どう、これで文句ないでしょ!」

 喧嘩腰だなぁ。……まあそれにしても簡潔で単純な理由である。その分明確で正鵠を得ているとも言えるけど。

 私の目的とは違う。私の目的はまだはっきりとしない。自分が何をしたいのかわからない。目的を達成できた後どうなるかわからない。

「なるほど。変化、革命、脱却、渇望、賭け――野心か」

「悪い? どうせあんたのそれもアルなんでしょ! そんな奴に私たちの気持ちはわからない!」

 ああ、そうか……――と、

「そうだな。わからない。まだだ。わからない。わかる。わから、ない、わかる、ない、るる、わかる、わからない。まだ、これから、もっともっともっと、どうする、賭け、そう賭けだ。いや、まだ、わからない」

「何こいつ!? ヤバイ!! ヤバイよ!?」

 いきなりぶつぶつ呟き始めた黒衣の騎士は身じろぎひとつせずその場に立ち尽くしている。そして後ろではヤタガミさんががたがた震えている。この状況はあまりよくない。

 かと言って逃げるに逃げられないこの状況では、ただ黒衣の騎士を観察することしかできない。

 今なら攻撃できる――が、それは得策ではないような気がした。未知なるものには疑ってかかるべきだ。

 こちらが黙って黒衣の剣士の独り言が治まるのをただ待っていると、今度はいきなり沈黙してしまった。見た目はさきほどと変わらず微動だにしていないだけなのだが、いきなり黙られてしまうとそれはそれで怖い。

「ね、寝ちゃったのかな?」

 相変わらず私の背後に隠れるヤタガミさんが恐る恐る様子を窺う。

「さすがにそれはないと思いますけど。なんていうか不気味ですね」

「不気味ね」

 ――と、おもむろに黒衣の剣士が白銀の剣を振りかざした。

「ひゃっ!」

 咄嗟にスサノオを構える私とびびってしまうヤタガミさん。

 てっきり攻撃してくるのかと身構えたが、黒衣の剣士はそのまま剣を地面に突き刺す。剣はまるでジェルを突き刺したごとくすんなりと刺さっていく。

 剣が半分ほど刺さったところで今度は剣先を中心にして空洞の床に線が波紋状に広がっていく。それは直径二mくらいの大きさになると今度は小さな円から順々に赤く光りはじめた。

「なに? あいつのアルの能力?」

「わかりません、ただ――」一応スサノオの能力をいつでも発動できるようにしておく。私のアルで凌げるかはわからないが念のためだ「あまり危険な感じはしませんね」

 その代わりあまりいい感じもしない。

 光りだした円はやがてひとつひとつが光の柱となる。

「安心しろ。これは危害を加えない」

 黒衣の剣士はそう言うと床から剣を引き抜く。

 すると今度は光の柱からそれと同じような赤い光の筋が幾本か勝手な方向に伸び始めた。それらはある程度の長さになると伸びるのをやめて、その先端からは雪のような金属のような粒子を放出し始める。

「…………」

 黒衣の剣士により発現されたそれは一見赤く光る木のようだった。高さはあまりないが幹といい枝といいそれらしく見える。好き勝手な方向に伸びた光の枝はゆっくりと動いていてまるで生きているかのようだ。

「着いて来い。お前たちの目的を果たさせてやろう」

「え?」と私。

「ヤタガミ・アマネ――お前の欲するアルもこの先にある」

「なっ! ……う、嘘じゃないでしょうね!?」

「ふん、そしてヒガミ・シオギ――お前の求める真実を教えてやろう」

「……っ!」

 一方的にそれだけ言い残すと黒衣の剣士は赤く光る木の中へと入った。そして一瞬姿が歪んだように見えたが、次に見た時にはその姿は消えていた。

「どうする?」

 私はヤタガミさんを無視して走り出していた。

「ちょ、ちょっとぉ!」

 呼びかける声も無視する。

 聞く余裕がない。

 真実がある。私の知りたかった真実。心の底では半ばあきらめていたそれがあると言う。ならばこの先が死地であれ私は行くまでだ。どうせ私は死んでもいいと思っていたのだから。

 死んでもいいと思うのとは裏腹に体中に活力が溢れる。きっと興奮していたのだろう。知りたくもない真実で知ったところで何も変わらない真実なのだろうけど、やはり知りたかった。私はなぜあんなことが起きたのか本人に確かめたかった。

 私は何も考えず光の木に飛び込んでいった。

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