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0from1  作者: ペルソナ
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8.未明の未来③

 ヒガミさんはそこで一息つくと、もうぬるくなってしまっているだろうコーヒーを一口飲んだ。

 彼女の話はまるで荒唐無稽の作り話にしか聞こえない。よくよく考えてみれば彼女が未来から来た人間だというはっきりとした証明を僕は見せてもらっていない。この時代、二〇一五年ではない物の物的証拠を。

 そりゃ謎の稲妻現象が起きた場所に倒れていたり、なんだかよくわからない分子構造のコートを着ていたりと、未来から来たという話にうなずける点はあるが、それでも僕はまだ心の底からはいとうなずく気持ちにはならなかった。

 あの稲妻も本当はスパークがどうのこうのという科学的事象かもしれないし、彼女の脇に置かれているコートも今ではすっかり普通のコートにしか見えない。あの神社で見た現象は気が動転していたために見た幻覚だったのではないだろうか。

「……」

 いや、そんなこともまた根も葉もない空想だ。あれを全部偶然で片付けることはできない。それにヒガミ・シオギという少女に感じた異質さに納得したからこそ、こうしてわざわざ部屋にまで連れてきたのだから――半分は脅されたからだけど。

「信じられませんか?」

 僕の心情が顔に出てしまっていたのかヒガミさんが訊いてきた。

「まあ、そう簡単に納得できる類の話じゃないですよね。現時点でも<イヴ>とかアルとか、そのヤタガミさんの胸についてだとかでパンク状態ですよ」

 理解が追いつかないとでも言うのだろう。もしくは理解に追いつけない。

「そうでしょうね。さきほども言いましたが私だって全てを把握しているわけじゃありませんし、過去のあなたに全てわかれというのは酷というものでしょう。ましてやあなたは女性の胸にしか興味のない変態なのですから」

「それは今関係ないんじゃないですか。それに僕が興味あるのは胸だけじゃありません」

「ではもっときわどい部分もですか。ますます変態ですね」

「いや、もう一度弁明しておきますけど神社でのあれは決してやましいことをしようと思ってやったことじゃないんですよ。僕はただヒガミさんを助けようと」

「言い訳はよして下さい。それより私の話に戻っていいですか」

 弁明の余地もないのか。まあ真実、今となっては下心の思い出になってしまっているから仕方ない。

「どうぞ続けて下さい。興味深い話ではありますからね、そこらへんのテレビドラマより面白いですよ」

 ヒガミさんはそこで眉をよせて何か言おうとしたが、咳払いをして続きを語り始めた。

 彼女のコーヒーからは湯気がゆっくりと立ち昇っていた。



               ●



 何度押しても叩いても斬りつけても白いそれは寡黙なまでの硬さだった。

「ねえ、あんたのアルでどうにかできないの?」

 ヤタガミさんが汗を滲ませ苦しそうに訊いてきた。

 閉じ込められてから三〇分は経っただろうか、最初は気づかなかったが<イヴ>内部は呼吸がしづらく徐々に体力を消耗してきていた。

「やってできないことも、ないかもしれませんですが、こう狭くてはヤタガミさんまで巻き込みかねません」

 それに未知の空間である<イヴ>内部で不用意な敵対行動を取りたくなかった。

 こうして内部に何事もなく侵入できて、それでいて今は何もしてこないが警戒は怠れない。むしろここまで順調にきたことを怪しむべきだろう。

 とりあえず剣を鞘に収め、これからどうするか頭を巡らせているとヤタガミさんがぽかんとした表情でこっちを見ていた。

「どうしたんですか? ……はっ、まさか自分の胸のなさに絶望したんですか!? そんな、希望を捨ててはいけませんよ!」

「違う! そうじゃない! 今掴みたい希望はそこじゃない!」

「掴むほどの胸もないですしね」

「黙れ。ていうかいつまでもそれについて言及しないでよ!」気にしてるんだから、と呟いた後。「あんたも一応私のこと気にかけてくれるんだなと思っただけ」とそんなことを言った。

「…………あぁ、えっと」

 思わず言葉に詰まってしまう。予想外の言葉だ。何が予想外かと言えば、ヤタガミさんの言葉ではなく自分の言葉。最初に出てきた理由が「巻き込みかねない」――それは言い換えれば「巻き込みたくない」。

 なんだ? 自分は自分のために戦うと思っておきながら、いざとなったら他人を見捨てる覚悟もないのか? これは他人への甘さ……いや自らの覚悟の甘さだろうか? おかしいな、さっきは斬ろうと思ったのに。まあ本気、じゃないけど。

「いや、でもありがとね。あんたのアルだったら私なんて一発で消し飛びそうだし。正直言うとあんた容赦なさそうに見えたからね、いざとなったら私のことなんて見限るんじゃないかって疑ってた。ごめんごめん」

 ありがとう、ごめん――そんなことを臆面もなく口にして笑う彼女がとてもまぶしかった。自分はこうも簡単には本音を言えない。無用心にも思えるその正直さは私にはないものだ。

 自分への懐疑とヤタガミさんに対するもやもやでなんだかよくわからなくなったので、とりあえずこう言っておくことにした。

「ヤタガミさん」

「ん?」

「私、あなたのこと好きかもしれません」

「わっ! やっぱりあんた同性同士がいい人!?」

「いえ、そういう意味ではなく……」

 勘違いされてしまった。まあ、いいか。……よくない。というかあなたもつくづく引っ張る人ですね。

「今の『好き』といのはですね――」

 私がヤタガミさんに対する「好き」の定義を説明しようと口を開いたところでそれは起こった。

 前触れも振動も音もなくそれは動き出した。私がそれに気づくことができたのはその現象が視界に入ったから。

 ヤタガミさんのすぐ後ろにあった管の集合の一部が解けていく。数えることができないほどの管たちは細かく細くほどけていく。そして、無数に集まって一本の管になっていたそれらは、無数の管となり左右に分かれた。

 そこから現れたのもはまたしても管だった。けれどそれは自身を覆っていた黒い管とは違っている。透明で、二人で手をつないでも一周できないほどの太さだった。そしてその中には赤ワインのような色の液体が流れている。

「何これ!?」

 ヤタガミさんが露出した管から急いで離れる。

 ほどけた管は集合のほんの一部で、それ以外は相変わらず絡み合ったまま上へ上へと続いてる。おそらく太いほうの管も同じだろう。

「なんだか誘ってるみたいですね」

 この状況下で管が勝手にほどけるなど、<イヴ>の意思以外考えられない。

「えっ誘ってないよ。私は男が好き」

 <イヴ>と私の意思を変な方向に勘違いするヤタガミさんであった。この人はなんだろう? 面白い。

「あなたのことじゃありません」

 確かにあなたのその太ももが露出した服装は誘われるものがありますが。

「やだ、どこ見てんの」

 上着の裾を引っ張って太ももを隠そうとする。しかし、その仕草も可愛いな。ちくしょう。

「まあ、あなたのことはおいておいて」

 もうあきらめた。勘違いされたままでよしとする――気を取り直し再び透明な管を見る。誘われているような気はするのだが……しかし、開かれた道にはまたしても入り口がなかった。

 周囲を見渡しても他に変化があった箇所はない。やはりこの管に何かある。

 でもなぜ<イヴ>はこんなことをするのだろう。外敵である私たちなどさっさと排除できるはずではないか? 私たちをどこに連れて行こうとしているんだ。なぜそうする必要があるのか。

「行くしかないですよね」

 どっちみちも何もあったものではない。道は前に進む方にしか示されていない。私が自分への確認も含めてそう言うとヤタガミさんはもう意を決していたようで、その瞳には相変わらず光が灯っていた。

「行くしかないなら行くだけでしょ。どうせ戻れないんだし、もとより私たちは<イヴ>本体に会う、そのために来たんでしょ」

 やはり彼女と私は違う。この違いはなんだろう。性格? 覚悟? 背負ってるもの? 胸の大きさ?

 なんでもいい。とりあえずは私も彼女の決意にあずからせてもらおう。

「それじゃ準備はいいですか?」

「ばっちり!」

 私とヤタガミさんは管に触れようと近づいて行った。きっと触れればまた何かあるはずだ。

 しかし、私たちが歩み寄る前に管が急接近してきた。否――細い管の何本かが私たち目掛けて飛んできたのだ。

 私とヤタガミさんは管によって完全に四肢の動きを封じられた。そのまま抵抗できないほどのすごい力で透明な管へと引っ張られていく。もはや相手のことを見る余裕もなく、次の瞬間にはぶつかると感じて目を閉じたのだが、次の瞬間はなかなかやってこなかった。

 おそるおそる目を開くと私は確かに管にぶつかっていた。――と言うのはいささか正確ではない。管に触れていた私の右半身はもはや原形を留めておらず、粒子のように分解され管の中へと吸収されようとしているところだった。

「ぎゃーーーっ!! 何これ!?」

 ヤタガミさんの叫びが聞こえてきた。しかし、私の向いている方向からでは姿を確認できない。

 抜け出そうにも相変わらず管によって体の自由は奪われている。見ると体を縛る管も粒子化していた。粒子化していく体は痛みもなにも感じない無感覚状態だ。

 みるみる管に取り込まれていく体。あと少しで全身がなくなるといったところでヤタガミさんの叫び声が聞こえなくなった。

「ヤタガミさん!?」

 私も叫んでみたが返事はない。

 完全に取り込まれた――そう思い終わる前に私の体と意識もその場から消失した。

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