5.つづきから来た少女④
二階建ての木造建築。部屋の数は全部で6部屋。部屋の間取りは六畳一間でトイレと風呂付き。
これが僕――和乃明石の住むアパートである。木造の建物も最近ではめっきり少なくなりつつある中で、いまだにしぶとく生き残っている安物件。とは言ってもお金がない高校生の僕にとってはありがたい。とりあえず高校卒業までは取り壊されずにもってほしい。僕はこのレトロでクラシックなところがけっこう気に入っているのだが、
「とんだオンボロ住宅ですね」
このやろう。僕の城になんてこと言うんだ。
「で? あなた一体何者ですか」
神社で出会った謎の少女。彼女の次なる要求は「あなたの家に連れて行きなさい」だった。
これが恋人という意味での彼女に言われるのだったら心躍るイベントなのだが、剣をちらつかせながら言われたのでは脅し以外のなにものでもない。
「これは失礼しました。私はヒガミ・シオギといいます」
正座の状態から丁寧にぺこりと頭を下げた。艶のある黒髪が顔にかかる。
しかし、こう改めて見ると整った顔立ちをしているな。分類するなら美人のカテゴリーだけど頭のカチューシャが可愛いらしさを演出している。血まみれのライダースーツを着ているのが玉に傷だが。ライダースーツに血の組み合わせって事故起こした人にしか見えないよ。加えて彼女の隣には畳まれたロングコート、そして剣が置かれている。これでは他の誤解も招きかねない。
「『ひがみしおぎ』さんですか。どういう漢字書くんですか?」
「漢字は使いません。カタカナで『ヒガミ』『中黒』『シオギ』でヒガミ・シオギです」
「日系外国人とか?」
「いえ、生粋の日本人です。ちなみに『中黒』はミドルネームではありませんよ」
それくらいわかってる。……にしても日本人なのにカタカナか。
「えっと、もう少し詳しく聞きたいんですけど。あなたが何者か。名前じゃなくて、こう職業……とか?」
「そうですね。むしろそれは私からお話したいと思っていたところです」
「そういえばさっき言ってましたね。僕を探す手間がなんとか」
「はい。少し長い話になります」
ヒガミさんが居住まいを正す。
「かまいませんよ。僕としても事情を把握しておきたいですから」
「いえ。長い話になるのでお茶かなにか出してもらえませんか」
「……」
この人口調は丁寧だけど人間として何か欠けてないか? というか似た人物を僕は知っているような。まあ、それはこの際どうでもいい。
「コーヒーでいいですか?」
「本当のところは紅茶をいただきたいのですが、まあこの部屋を見る限りそんなものがあるように見えないのでコーヒーでかまいません。あっ、砂糖は二つでミルクもつけてください」
やっぱり何かが欠けている。
「すみません。砂糖はあるんですけどミルクはないです」
「ちっ」
舌打ちしたよ、この人。
「では砂糖だけでいいです」
「……わかりました」
コーヒーも用意できたところで彼女が話を始める。
「まず始めに申し上げておきますが、私はこの時代の人間ではありません。もっと未来から来ました」
どこかで聞いたようなことを言うヒガミさん。
しかし、これはある程度予測していた台詞だ。「今がいつか」なんて訊いてくる人間はあきらかに“今”の人間じゃない。それだったら残る選択肢は二つ。すなわち過去の人間か未来の人間だ。
ある程度予測はしていた。してはいたが、これには驚かざるをえない。いくら桐ヶ峰が便利な道具を造っていると言ってもタイムマシーンまで造ったという話は聞いていない。だが、未来ではあるのだ――時を駆ける装置が。その驚愕と喜びの事実に僕はこう叫ばざるをえない。
「っんマジでぇえええ!?」
「んまじでぇ……? 何語ですか?」
あれあれ? おかしいな僕の「マジで」はそんなにもエキセントリックな発音なのだろうか。
「あの、『マジ』知らないんですか? 本気と書いてマジのマジなんですけど」
なんだかこれでは「本気と書いてマジっていうんだぜ」「マジで!」みたいな感じだな。
「知りません」
おかしいな。年はそれほど僕と離れちゃいないように見えるけど。もしかして未来ではマジは死語になっているのだろうか? それこそ「マジで!?」と言いたい。
「えっと、じゃあ例えばですけど友達が『聞いてくれよ。俺さっき女の子に告白されちゃったよ』って言ってきたらどう返事するんですか?」
「自慢なら他所でして下さい」
容赦ないカウンターだ。
「それじゃ『一億円拾っちゃったぜ』には?」
「嘘をつきなさい」
「『実は僕、本当は女の子なんだ』」
「それはそれで需要があるのではないでしょうか」
「『俺、この戦いが終わったら結婚するんだ……』」
「やめておきなさい。あなたには死相が見えるわ」
いや、確かに会話にはなっている。それどころかある意味的を得た切り返しとも言える。
だけど僕が聞きたいのはそんな言葉じゃない。僕が聞きたいのは、とりあえずこれだけ言っとけばいいという魔法の言葉なんだ。ここまで続けても出てこないなんて「マジ」はどうやら本当に消滅しているらしいな。
くそ、同じ日本語で会話しているのにまったく会話できていないように感じる。
わけがわからないよ。
「茶番はこれくらいにして」
僕はわりとマジだったんだが。
「本題に入ります」
ヒガミさんが背筋をピンと伸ばし、顔を引き締める。
「では、ここからは私の一人称でお話することにしましょう」
「……」
シリアスな雰囲気を出したいならそのメタ発言はやめろ。
サブタイトル「つづきからきた少女」はこれで最後です。
次話からはヒガミ・シオギが過去に来るまでの一部を書きたいと思っています。