4.つづきから来た少女③
なかなかSF化しない。
というかSFなのか?これ
そこのあなた!あきらめないで読んで下さい。
鉄の味がする……。
口元に違和感を感じ、手の甲でそこを拭ってみてみると血がついていた。なぜかわからないが右頬がズキズキする。
とりあえず横たわっていた体を起こし辺りを見回す。
どうやらここは神社らしい。空に浮かぶ月が静かに僕を見下ろしていた。
「あれは夢だったのかな……」
もう一度瞼を閉じ、少し前に見えていた幸せな映像を思い出す――あれは大きかった。
「しかし、現実に血が出るなんてリアルな夢だったな」
とりあえず家に帰ろうと立ち上がったところで後ろから声を掛けられた。
「待ちなさい」
どうやらあれは夢ではなかったらしい。わかってたけどね。
「質問に答えて下さい。今は一体いつです?」
「とりあえず、僕に突きつけているそれをおろしてもらませんかね」
僕が相手の方を振り向かないまま会話しているのには理由がある。背中に尖ったものを突きつけられているのだ。それはきっと赤銅色の剣だろうと容易に想像できた。刃物を突きつけられた場合には「冷たい感触が」という表現を使うのが定石だと思うのだが、僕の背中は今ストーブにあたっているようにじりじりと肌が焼けるような感覚を味わっている。
「あなたに危険がないと判断できたらそうします」
「言っておくけど僕は何もやましいことしてないですよ」
返事はなし。どうやら完全に疑われているようだ。
「いいから質問に答えて下さい。今はいつです?」
質問の意味がよくわからない。ここはどこ? とか今は何時? とかならまだわかるのだが。
「今は七月六日だね」
「何年の七月六日ですか?」
「2015年」
そう言うと背後に感じていた殺気のようなものが少しゆるんだ。
「それを証明するようなものはありますか?」
再び背後の空気が張り詰める。
ずいぶん用心深い性格だな。まあ、当たり前か。
「ズボンのポケットに電車の定期が入ってる。確か発行年月が打ち込んであったと思うけど」
電車の定期もある程度システム化され、プラスチックカード型に完全シフトしている。
「見せようか?」
「いえ、私がとります。あなたはそのままで。どのポケットですか?」
「右側」
背中に突きつけられていた剣が首にあてがわれ、少女の手が右ポケットに侵入してくる。
心臓が一回大きく脈打ち、体がぶるっと震える。
「……? ありませんよ」
少女がごそごそとポケット内をまさぐる。
「ごめん。左だった」
「ふざけてるんですか」
怒気がこもった声で叱られた。
しかし、僕は決してふざけたわけではない。断じてポケット内をまさぐられたかったわけではない。僕は機転をきかせたのだ。
その証拠に少女の手が左ポケットをまさぐる事態にはならなかった。
彼女は今左手で剣を持っている。そうすると必然的に左ポケットをまさぐるには右手を使うしかない。しかし! 剣を首にあてがった姿勢では右手を使い左ポケットをまさぐることは腕の長さや関節的に無理がある。定期を手に入れたくば僕を解放するしかないのだ。さあ、まさぐれるものならまさぐってみろ!
「とれないんですか?」
軽く挑発してみる。
「はい。しょうがないのであなたを殺してとることにします」
「ごめんなさい。何もしないので許して下さい」
生殺与奪とはこのことか。
「まあいいです。どうやらあなたに危険性はないようなので」
少女はそう言うと僕の首から剣をどけてくれた。
あれ? もしかして今、暗に「お前アホだからまあいっか」って言われた?
「早くそのテイキとやらを出して下さい」
「はいはい」
僕は左ポケットから定期を取り出し、それを渡すべく振り向いた。
そこには先ほど倒れていた少女が剣を片手に立っていた。僕はその姿を見て思わず固まってしまう。僕とたいして変わらない年齢に見えるが、その凛々しい立ち振る舞いからはある種の荘厳さが感じられた。それは育ちの良さを感じるといったことではなく比喩を用いて表すなら、この時代の人間が持つ空気の色が黒だとしたら彼女が醸し出す空気は白だった。
「拝見しましょう」
「え、あ、ああ。はい」
彼女の声で我に返って定期を渡す。彼女はさっと目を通し納得したようにうなずく。
「どうやらここは本当に2015年のようですね」
「信じてもらえましたか? 僕は生まれてこのかた嘘なぞついたことはないんですよ」
彼女が目を細めじろりとこちらを見てきた。どうやら冗談が通じない相手らしい。
「ワノアカシ」
不意に彼女が僕の名を口にした。ああ、定期に打ち込んであったけ……。
僕が次の言葉を待っている間、彼女は値踏みするような目でじろじろと僕を観察した。一通り観察し終えたのか彼女は目線を僕の目に戻す。
そして次の瞬間、先ほどまで感じていた荘厳さからは想像できない表情――背筋が凍るような冷笑を浮かべながらこう言った。
「ワノアカシ。探す手間が省けました」
僕の体がぶるっと震えた。