3.つづきから来た少女②
僕は警戒しながら少女に近づいていった。
神社+少女と言えば僕の場合「巫女」を連想するのだが、今僕の目の前に倒れている少女はおよそ巫女らしくない服装をしていた。
神社や寺があまり重要視されなくなってきている昨今、巫女さんを直に見ることはもうほとんどない。しかし、そんな僕が絶滅危惧種に指定している巫女さんよりも珍しい格好をその少女はしていた。その異質さを一文で表すなら、
“この時代の日常にはおよそ似つかわしくない格好”だ。
ずいぶんとアバウトな表現ではあるが逆の捉え方をするとそれは日常と呼ばれるものからは当てはめられるものが一切ないということである。
ここまで言ってしまうと「じゃあ一体どんなとんでもない格好をしているんだ」ということになるが、服の形状としてはいたって普通である。どんな格好かと言うと、ロングコートを羽織っておりその下から白のライダースーツのようなものが覗いている、という少々マニアックなものだ。この組み合わせが日常において普通であるかどうかは首を傾げるところだが、ここで特筆すべき「似つかわしくない」点というのは少女の体を覆うそのロングコートがまるで消えかけの立体映像のようなノイズを起こし、その像がぼけていることだ。
そして少女の傍らにはさらに非日常的かつ危険性大と言えるものが落ちていた。
それはどこからどう見ても剣だった。細身の刀身はなんとなく日本刀に近いものがある。よく切れそうな両刃だが赤銅色の刀身はどことなく鈍器のようなイメージに近い。月の光で鈍く光っているそれはある種神聖な雰囲気があった。
なぜこんなものとセットになって倒れているのか非常に気になるが、今優先すべきは倒れている彼女の生死だ。
僕はそれを確認すべく少女の側に屈むと口元に手を当てる。
「息はあるな」
どうやら気絶しているだけらしい。
次にどこか怪我をしていないか調べる。ロングコートが邪魔でよくわからないので、うつ伏せになっている彼女の体を仰向けにした――したところで僕は目を見開いた。
(お、大きい!)
何が大きいかは説明する必要がないだろう。何が大きいかわからない人は仏陀にも負けない煩悩キラーくらいだ。
「じゃなくて!」
僕はここでぐっと力を入れて体の震えを抑える。この震えは決して大きいそれを見た歓喜の震えではない。僕はそのおぞましい光景により恐怖に震えたのだ。
彼女の着ている白のライダースーツが腹部を中心に真っ赤な血で染まっていた。血はまだ生乾きで彼女の体からそれを支えている僕の手にも伝ってきた。
人間が失血死する血液の量がどれほどなのかは知識を持ち合わせていないが、白のライダースーツの前面がほとんど血に染まってしまっているところを見るとこれはまずいと素人目にもわかる。
こういう場合は患部を圧迫して止血をしたほうがいいのだろうかと生半可な知識を少ない引き出しから引っ張り出す。
「いや、その前に」
そこまで考えて僕は真っ先にやるべきことへとやっとこさ思い至った。
ケータイをポケットから取り出し開く。生まれて初めて押すその番号を焦りながらプッシュする。こういうときの定番である「110番って何番だっけ!?」みたいな愚行を侵さないのは僕の誕生日と数字が一緒だからだ。十一月九日。
番号をプッシュし終えると耳にあてる。
そして僕は絶句する。ケータイから聞こえてきたのはオペレーターの声ではなく、空しく響く不通を知らせる電子音だった。
「なんでだよ!」
イライラしながらケータイのディスプレイを見るとそこには「圏外」の表示。
「くそっ!」
こんなことなら藤原の忠告を素直に聞いておくんだった。最新型スマートフォンならこんな間抜けな事態にならなかったかもしれない。
最善の手段が断たれた今、僕はさきほどの手段に経ち帰る。
僕は意を決して首まできっちりと上げられている少女のファスナーを掴み一気に下ろす。
そこでまた僕は僕の予想に反した光景に目を丸くした。てっきりそこにはグロテスクな光景が広がっていると思っていたのだが、そこには二通りの意味で嬉しい光景が広がっていた。
なんと少女の腹部は擦り傷一つなく健全なもっちり美肌だったのだ。
ほっと胸を撫で下ろした僕だったが、そこでまた一つの疑問が頭に浮かぶ。
じゃあこの血は誰のだ?
これが目の前にいる彼女の血ではないとすると、なぜ血を浴びているのかという理由を考えると……。
「……ぅうん」
そこで少女がうめき声をあげた。閉じられていた瞼がゆっくりと開かれる。
彼女はまず僕を見て、それから周囲を見回し、その後自分を見た。彼女はそこまで見て驚愕に目を見開く。それはなぜかというと彼女のライダースーツは僕の善意によってけしからん状態になっているわけで。
「きぃやぁあああああああああああああああああ!!」
少女はさっきまで沈黙していた人間とは思えないような大絶叫をあげながら右ストレートを繰り出してきた。まともにそれを喰らった僕はそのまま後ろに吹き飛ぶ。女の子とは思えないパワーで繰り出された拳は体だけではなく僕の意識まで吹っ飛ばし、僕の視界は一瞬のうちにブラックアウトした。