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0from1  作者: ペルソナ
16/17

16.アル対アル⑦

サブタイトルが「アル対アル」なのに直接的な描写は一切なし。

でもクライマックスにはちゃんとバトります。

 午前十一時四十七分。今ごろ学校ではクラスメイトたちが古典のテストを受けているころだろう。

 もちろん僕は今学校にはいない。僕が今いるのは自宅であるアパートの一〇二号室――ヒガミさんの部屋だ。

 彼女はベッドに横たわったまままだ目を覚まさない。テッカさんが言うには命に別状はなく直に気がつく、とのことだったので僕は黙って側にいることにした。

 部屋の中は静まり返っていて聞こえてくるのは時折通り過ぎる車の走行音だけだ。

 神社でひと悶着があった後テッカさんは気絶したヒガミさんをここまで運んでくれた。マキナさんはどことなく不満そうな――とういか落ち着かない様子だったが、僕にしてもヒガミさんとしてもこれは助かった――否、見逃してもらったことになる。ただし無条件で見逃してもらったわけではない。テッカさんは啖呵というか見栄を切った僕に対してある条件を出してきたのだ。






 十数分前――神社。

 テッカさんは僕の言葉の真意を量るようにしばらく黙ったまま鋭い眼光でこちらを見ていた。僕としては何の力もないので突っぱねられたら終わりである。考えてみたら話を聞いてやらないというのはずいぶん失礼で間抜けな宣言だったが、やはり僕に今言えるのはそれしかない。

「何を言うかと思えば『信頼する』ねぇ……。それならわたしたちからどんな話を聞いても関係ないんじゃない? 彼女を信頼してるんでしょ」

 マキナさんの言う事はもっともだったが重要なのはそこではない。

「別にあなたたちが嘘をつくとは思っていませんよ。ヒガミさんとあなたたち――どちらから聞いたところで内容は同じなのかもしれない。でも僕はヒガミさんと約束したんです。彼女が自分のことを話す気になったらそうすると。どうせあなたも盗み聞きしていたんだから知っているでしょ?」

 皮肉を込めて言い返すとマキナさんは話にならない、という風にそっぽを向いてしまった。

「それともやっぱり今ここで殺すんですか?」

 危険な言葉だがあえて僕はこれに賭ける。テッカさんの第一印象は信用できる、だった。本当にそうなのかはわからないが、今までの言動から見てここは彼の誠実さに期待するしかない。

「ワノアカシ。お前が俺たちにヒガミのことは見逃して未来へ帰れと言っているのなら、それは無駄だぞ。とりあえず事実確認ができないから今は手を出さないが、俺たちの情報とヒガミの目的が合致するようなら俺は任務を必ず果たす」

 別に怒鳴られているわけじゃないのに僕はテッカさんに対して身を縮めそうになってしまった。この威圧感は職業柄とでも言うのだろうか。確か騎士団と言っていたし、テッカさんからは警察に感じるような独特のプレッシャーがあった。それは彼が自分の役割に対して誠実なのだという証拠かもしれないが、その誠実さが僕にとっては脅威だ。

「別に、そういうわけじゃありません。あくまで僕はヒガミさんから話を聞いた上で判断したいんです。それを聞いたところでどっちが正しいのか正しくないのかわかるなんて限りませんけど、どんなことだろうと僕は互いの目的を否定するつもりはありません」

 邪魔はするかもしれませんが、と付け足す。

 僕の言葉を聞くとテッカさんは口だけで笑うと頷いた。

「わかった。そういうことなら今はこのまま手を出さず退こう」

「ちょっと――」

 テッカさんはマキナさんを手で制すと人差し指を立ててこう言った。

「ただし条件がある」

「条件?」

「ああ、ヒガミから直接話を聞かないとお前は納得しないのだろう。ならお前がヒガミから話を聞きだせ」

「待ってください。僕は無理やり話を聞き出そうなんてつもりありませんよ」

「しゃべらせるんじゃない。ヒガミがお前のことを信頼して自分から話してくれるようにするんだ」

「そんなの屁理屈じゃないですか……」

「お前の騎士道精神を見込んでの条件だ。お前がヒガミを信頼しているのなら誠意を見せろ」

 騎士道精神か。日本人の僕としては侍魂ってほうがあってるんだろうけど。

「ただしいつまでも待ってはいられない。そうだな……一週間以内になんとかしろ」

「一週間……」

「それでヒガミの証言がとれたら俺も任務を果たせるし、ヒガミの相手も正々堂々しよう」

「もしダメだったら?」

「その時はヒガミとお前の意思は関係なく任務を遂行させてもらう」

 なんだよ、やることはどっちも同じじゃないか。

 でも、それはヒガミさんも同じだろう。あの憎悪――彼女もテッカさんとの戦いはあきらめないはずだ。

「要はヒガミさんの頭を冷やさせて僕に話を聞き出させるってことでしょう? あなたたちじゃ話し合いにもならないから」

「まあ、そういうことだ。俺としても事実確認ができないまま、というのは心苦しいからな」

「わかりました。その条件で手を打ちましょう」

 僕はマキナさんにも一応確認してみる。

「あなたもそれでいいんですか?」

「なんだっていい。わたしには関係ないから」

 関係ないって……。どう見ても関係してるだろ。

「うまく話が聞き出せたようならその時はマキナから連絡をいれる」

「わかりました」

「逃げようとか考えても無駄だからね。言ってあるけどこちらからはそっちのことがわかる。話を聞きだしたと嘘をつくこともできない」

 マキナさんがそう釘を刺してきたがその心配はいらないと思う。ヒガミさんは逃げる気なんかないだろうし、僕も逃げられるとは思っていない。変な行動をして相手を刺激するようなことにはしたくないからな。

 でも逐一僕の言動がこの人に筒抜けなのは気が滅入る。プライバシーの完全崩壊だ。

「あの、見張られる身として知りたいんですけど、どうやって監視してるんですか?」

「……………………」

 お前に言うことはないとばかりに口を閉ざすマキナさん。

「いいじゃないですか。僕は何もできないんだから教えてくれても害にはなりませんよ。実質二対一なんだからひとつくらい手の内を明かしてくれても」

「……別に。わたしに訊かなくても彼女が知ってる」

 ヒガミさんを横目にマキナさんがつっけんどんな感じで言う。

 そういえばヒガミさんとマキナさん睨み合っていたな。顔見知りなのだろうか?

「まあフェアじゃないよな。話してやれマキナ。知られたところで害がないのは本当だろう」

「……あんたが決めるな」

 マキナさんは小声で悪態をつく。どうやらこの二人パートナーというほど親密な関係ではなさそうだ。なんとなくギクシャクしているように見える。

「はあ……まあいいか。教えてやる」

 この人も結構な上から目線だなぁ。

 マキナさんは左から右へ手を顔の前でスライドさせた。すると彼女の顔に琥珀色のサングラスのようなものが出現する。ただサングラスのようなものとは言っても、それには本来眼鏡やサングラスにあるはずのテンプルなどはなくあるのはレンズ部分だけで、そしてそれは文字通り彼女の目の前で浮いていて、まるで立体映像のようだ。

「アルのことは知ってるでしょ」

「なんとなくは」

「わたしのアルの名称は〈全知視ぜんちし〉。全てを視て知覚する能力。とは言っても全知全能ってわけじゃない。これで視てとれることはデータベース上にあるものだったり、リアルタイムで流れている情報。蓄積されていない情報は視てとれない」

「それで僕の声も拾っていたんですか? 音なんて視覚情報じゃないのに」

「別に声をテキスト化して読んでるわけじゃない。まあ使ってみなきゃわからないさ」

「へぇ、じゃあ使わせてくれませんか?」

「それは無理だ。アルってのはその所有者にしか扱えない。過去の人間のあんたは論外だね」

「そうですか」

 少しがっかり。まあ仮に僕に使えたとしても貸してはくれなかっただろう。

「逃げられないってのも位置情報をこれでキャッチできるから。まあ用途はそれだけじゃないけど、説明はこれくらいで十分だろ」

 今度は右から左へ手をスライドさせると〈全知視〉が消えた。便利なもんだな。

 そしてマキナさんはもう自分の役割は終わったと言わんばかりに沈黙する。

 口数が少ないというより人と話すのが嫌いのような感じだ。まあ相手が敵かもしれないというのもあるのだろうが。

「それから――」

 テッカさんが僕を手招きする。近づくのはなんか怖かったが、近づかないともっと怖そうなのでおずおずと歩み寄る。

 僕はテッカさんから条件クリア後の手筈――テッカさんが言うには決闘(いかにも騎士らしい)――の説明を受け、その後二、三話をした後、アパートまで戻ってきたのだった。






 こうして思い返してみると当の本人であるヒガミさんを差し置いて僕がこういった取り決めをしてしまったのは、はたしてよかったのだろうかと思わなくもないがあの場合では悪くない選択だっただろう。

 時計を見ると午後十二時三十分。四限も終わり今は昼休みだ。

「藤原の弁当も食べれずじまいか……」

 けれど藤原には悪いが今やるべき最優先事項はヒガミさんから話を訊くことだ。それに気絶している女の子を放置するなど男の風上にもおけない奴のすることだろう。

 僕はただ胸を見るだけの下劣な野郎ではないのだ。

 しかし、ヒガミさんがこうして気を失っていて僕が側にいるという構図は昨夜のことを思い出す。無論あの時とは状況が違うから彼女のファスナーを下げるなどという他人が見たら勘違いしそうな救命行為もしないわけだが。

 ヒガミさんから話を聞かされて眠るまでは余裕有り気に構えていたが、夜が明けてから今に至るまでに急激な加速度で事態が展開し始めた。

「ダメだ。考えがまとまらない」

 集中できない。意識を頭に持っていけない。

 ……もう、もう――我慢できない。

 僕はがばっと立ち上がるとある個室を目指す。

 そこはある意味究極の密室――完全隔離のプライベート空間。

 そう、

 トイレだ。

「さすがに限界だ」

 僕はトイレに入ると用を足す前に一応断りというか注釈を入れる。

「あの、できれば視ないでほしいんですけど。トイレぐらい監視しなくても大丈夫ですよ。ヒガミさんもまだ起きてないし」

 もちろん返事などは返ってこない。

「……」

 まあマキナさんが夜から監視を続けていたのなら朝もそうだったわけだが、やはり無意識と意識してるのとでは全然違う。盗撮されているのをわかってるのになにもできないなんて拷問だ。

 少々なめていた――恐るべし〈全知視〉。

 けど限界突破してしまうのを視られるよりこちらのほうが幾分かはマシか。

「………………………………」

 ふう。

「…………」

 手を洗う。

「……」

 トイレから出る。

「あ」

 ヒガミさんが目を覚ましていた。

 上半身を起こし、自分の手を見つめるようにして俯いている。

「あぁ、えっと気づいた、んですね。よかったよかった」

 努めて明るく話しかけてみるがヒガミさんは顔をあげない。

「体大丈夫ですか? どこか痛いところは?」

「……ええ」

「え、どこか怪我でも」

「いえ」

「…………」

「……あれを……破るには……」

「え?」

 落ち込んでいるのか? それともまだ……。

「もう昼ですね。あ、ご飯はもう作ってあるので――」

「すみませんが――」

「……」

「しばらく一人にしてもらえませんか」

 俯いている彼女の顔は立っている僕の位置からは窺えない。しかし、彼女の手元に視線を落とすとその手はぎゅっと布団を握り締めていた。

「……わかり、ました」

 今はそっとしておいたほうが――いいのだろうか。

 僕が今彼女に言える言葉は……。

「…………」

 ダメだ。思いつかない。

「……じゃあ、あの何かあったら声掛けて下さい」

 僕はそれだけしか言えず部屋を後にするしかなかった。部屋と廊下のしきりである扉は開けておいた。

 玄関のドアを閉める前もう一度中を覗く、何か言うべきだろうかとも思ったがヒガミさんは俯いた姿勢のまま動いていなかったのを見て、結局何も言えないままドアを静かに閉めた。


 そうして次に僕が一〇二号室を訪ねたとき、そこにヒガミさんの姿はなかった。


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