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0from1  作者: ペルソナ
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15.アル対アル⑥

 こんなに早く登場してくるとは思っていなかった――しかも二人で。

 謎の未来人が残していった「お前の行動は筒抜けだ」という警告を無視して僕はヒガミさんに白状した。その結果、謎の未来人がなにかアクションを起こしてくるだろうと想定してだ。

 でもこんなにも早く、しかも堂々と玄関前に二人で現れるなんてことはまったくの想定外だ。

「ちょうどいいタイミングだったな。今ドアをノックしようとしたところだ」

 女の隣にいるがたいのいい――三十代くらいの男が笑うでもなくでも無表情でもない、あくまで事務的な態度と口調で言った。

「誰ですか、あななたち――いや予想はついていますけど」

「察しの通り、俺たちは未来から来た人間だ。そこにいるヒガミ・シオギと同じ未来からな」

 男はヒガミさんを指差しながらやはり淡々とした態度をとり続ける。

 僕がヒガミさんのほうを振り返ると彼女は男の言葉など聞こえていないかのように、ただじっと女のことを見ていた――睨みつけていた。その目はとても剣呑で、僕は神社で彼女の冷笑を見たときのような感覚に陥った。

 ついで女のほうに視線を切り替えると彼女も黙ったままヒガミさんのことを見ていた。その目は無表情というより無感情で、ただヒガミさんから浴びせられるその攻撃的な視線を受けているようだった。

 女は胸が強調された漆黒のスーツにスカート、その上からは白のハーフコートを着ている。僕の部屋に侵入してきたのはおそらくこの人だろう。

「何しに来たんですか。やっぱり僕たちを始末しに――」

 警戒して話しかけるが、いざ戦闘になったら僕など役に立たない。実質的には二対一だ。

「安心しろ。俺たちもこんな所でしかけるつもりはない。過去で面倒を起こすのもあまり良くないだろうからな」

 男の言葉に一旦胸を撫で下ろす。敵に対して持つ印象ではないのだろうが彼の言うことはなんとなく信用できた。騙し討ちをしかけてくる可能性もないだろう。

「俺たちが来た理由はわかるな?」

 僕ではなくヒガミさんにそう訊いてくる。その言葉に対してヒガミさんは頷くだけの返事を返した。

「立ち話もなんだし場所を変えよう。家に上がって茶を飲みながらするような話でもないからな」

 拒否する権利は――ないんだろうな。

「すぐに行く」

 それだけ言うとヒガミさんは部屋のほうへと引っ込んでいった。

 そして僕がどうしていいかわからずそのまま玄関で謎の未来人たちと対峙していると、

「ワノアカシ、お前も来い。どうやらヒガミ・シオギはお前を探して過去に来たようだし、お前もお前で自ら関わろうとした――」

 やはり僕の言動は相手に伝わっているらしい。こんなにタイミングよく登場したのもただの偶然ではなかったということか。

「もう無関係ではいられまい」

 男はそう締めくくって口を閉ざす。

「……わかりました」

 無関係ではいられない、か。

 いまさらだが僕はこの言葉を聞いてやっと自覚した。

 僕はもう無関係ではないと――ヒガミさんと出会う前から僕は物語に関わる運命だったのだと。


 人気がない所がいいと言うリクエストだったので僕は例の名も知らない神社に案内した。

 昨日ヒガミさんと出会った場所に未来人が三人もいて僕だけが過去の人間というこの組み合わせは、もう僕のほうが場違いなんじゃないかという気がする。

 ヒガミさんはあの後血まみれのライダースーツに着替え肩にコートを羽織り、そして腰にはスサノオと呼ばれる剣を携えて部屋から出てきた。

 そして僕が先頭でその後ろを二人にはさまれたヒガミさんがついてくるという他人から見ると可笑しな隊列で神社まで歩くことになった。

 僕からしてみればぜんぜん笑えなかったわけだけれど。

 しかし、道中誰にも遭遇しなかったのは不幸中の幸いと言うべきだろう。仮に警官にでも見つかっていればヒガミさんなんかは即刻職質ものだ。

 そうして無事になんとか神社まで辿りつき――そして無事でない今。

 別に男と女に何かされたというわけではないのだが、顔を付き合わせた直後から睨み合っているヒガミさんと女は神社に着いた現在もその無言の戦いを繰り広げており二人の間には見えない火花が散っている。

 この状況は精神的にはあまり無事ではない。

 僕がここを選んだのは人がいないという点以外に広いからという理由からだ。

 本殿以外には何もないこの神社は敷地の広さだけは特別だ。学校のグラウンドまでとはいかないが十分に暴れられるだけのスペースはあると思う。ただしアルを使っての戦闘がどれほどのものかは僕にはわからないので、おそらく周囲に被害が出ないだろうというのは目算だ。男が本当はどういうつもりで人がいない場所を指定したのかはわからないが、ここならいざというときも人的被害はでないだろう。

 ……神社は、まあ仕方ない。

 やがて全員が沈黙する中、男が最初に口を開いた。

 ちなみに男は賽銭箱に腰掛けており残りは僕も含め立ったままだ。

 僕が言うのもなんだが賽銭箱に座るというのは罰当たりだと思う。

「まずは話をしよう」

「まずは、ね」

 ヒガミさんは一切警戒を解かず、突き放すような口調で言った。

 相手の肩を持つようでヒガミさんには悪いが、僕は男と女の対応に若干感心していた。ヒガミさんが相手に対しては容赦しないと言っていたから向こうもすぐさま攻撃行動をとってくるかと思ったからだ。

 まあ友好的な態度でないのは確かだし、女の不法侵入には頷けないが。

「最初に自己紹介だな。俺は神衛騎士団エデン団長のテッカ・トウシンだ」

 男がそう言った途端――その瞬間、僕は突然の出来事に呆然としてしまった。

 男――テッカさんの言葉を――その名前を聞いた途端ヒガミさんが彼に斬りかかっていたからだ。

「お前が……。お前がぁああああああ!!」

 ヒガミさんが憎しみの声を全身から絞り出すように叫んだ。

 僕は突然の攻撃よりもヒガミさんの変貌に言葉をなくした。あまりのことに声も出ないし体も動かない。

 その一方で女は相変わらずの無感情でその光景を睥睨し、なんと斬りかかられた当人であるテッカさんに至っては眉ひとつ動かさずその斬撃を腕で受け止めていた。

 テッカさんが着ているのはただの革服にしか見えないが、スサノオを受け止めた箇所は微塵も切り裂かれてはいない。

「よくも! よくもっ! よくもォ!」

 ヒガミさんは息を荒げスサノオを引こうとはしない。

 剣と腕の鍔迫り合い。そんな異様な光景が目の前で起こっている。

 ヒガミさんには僕のことなど見えていない。

 ヒガミさんには僕の声など届かない。

 ヒガミさんは今全身全霊の憎悪をもってテッカさんを斬ろうと躍起になっている。

 その血走った眼は大きく見開かれテッカさんを捕え、その食いしばられた歯はテッカさんの血を欲している獣の牙のようだ。

 しかし、そこまでの憎悪を向けらてもテッカさんは怒りもせず、動揺もせず、恐怖もせず――ただ動じないで、その刃を――ヒガミさんを静かに受け止めていた。

「許さない! ――お前がっ! お前が私の――」

 二撃目のためにスサノオを振りかぶるヒガミさん。

 それに対してテッカさんは避ける動作をせずにすっと左足を上げ、そしてヒガミさんの腹に蹴りを入れた。その蹴りは僕の目で追えるくらいの普通の蹴りに見えたが、蹴られたヒガミさんはそのまま五mほど後ろに吹っ飛んだ。

「ヒガミさん!」

 咄嗟に駆け寄ろうとした僕をテッカさんが呼び止める。

「大丈夫だ。あのスーツはそんなに柔じゃない」

 テッカさんの言うとおりヒガミさんはすぐに立ち上がった。口から血も出ていないしダメージはないようだ。

 だが彼女の憎悪は消えていない。

 肩からコートが落ちたのも無視して、スサノオを構え直し再びテッカさんに向かってくる。

「うぁあああああああああああああぁぁっ!!」

 叫びというよりは既にそれは咆哮に近かった。その威圧に僕は思わず身を竦ませる。

「これでは話を訊けないな」

 テッカさんはそう洩らすと賽銭箱から腰を上げた。

「ちょっ! 何する気ですか!」

 僕がテッカさんを止める間もなく、ヒガミさんはテッカさんの手前で跳躍する。

 スサノオを真っ直ぐ真下に――テッカさんの頭目掛けて振り下ろす。

 空を切り裂く音がしたかと思うとすぐに破壊音が周囲の空気を震わせる。

 ――スサノオが斬ったのは賽銭箱だった。

 そして驚くべきことに見事両断された賽銭箱の切り口が発火した。

「ちぃっ!」

 ヒガミさんが舌打ちしてテッカさんに目をやる。テッカさんは彼女の一太刀を少し横にずれただけでかわしていた。

 ヒガミさんは止まらず次なる攻撃に移ろうとした――が、それよりも早くテッカさんが動いた。

 右の拳を握り締めるとそれをヒガミさんの鳩尾目掛け打ち込む。

「っう……か、っは」

 今度は吹き飛ぶようなことはなかったが、一瞬呻き声を上げたヒガミさんはそのまま気絶してしまった。彼女の手からスサノオが落ち空しい金属音が響く。

 テッカさんはヒガミさんをそっと床に寝かせると、炎上する賽銭箱を枯葉が積もっていない場所に放り投げその後踏み潰して消火した。

 僕はと言えば一連の出来事に戸惑ってしまって何も言えずその場に立ち尽くすしかなかった。

「まあ予想はしていたが……やはり名乗るべきではなかったか」

 テッカさんはそう言いながら本殿まで戻ってきた。少し離れたところには無残な姿になった賽銭箱が転がっている。

「どういうことですか……。なんでヒガミさんは」

 僕は状況がまったく飲み込めずただ狼狽する。

「なんだ。マキナ、ヒガミはまだこいつに言ってないのか」

 マキナと呼ばれた女が気絶しているヒガミさんを見ながら平坦な口調で答える。

「彼女はまだ何も話してはいないわ。ワノアカシがわたしのことを話しただけ」

 まるで今あった出来事など興味がないような――心情の変化がまったくないような言い方だった。

 にしてもどうやってマキナさんは僕の言動を知り得たのだろう。

「しかし、ヒガミがこうでは事実確認ができんな。かといって無闇に処理するわけにもいかんし」

「なんですか処理って……。まさか――殺すってことじゃないでしょうね」

「それもやむなしだ」

 テッカさんは腕組みをしながらあっさりと、しかし重々しく言った。

「別に確認しなくていいんじゃない。わたしたちがこの時代にいること事態が異例。彼女がここにいる時点で状況は固まっていると思うけど」

「あんた、そんな簡単にっ!」

「何? あんたになにか弁明できることがあるの」

「――――っ!」

 何も言い返せなかった。

 僕はヒガミさんの目的を知らない。

 だからこの二人がなぜ彼女を追ってきて、あまつさえ殺すこともいとわないかもわからない。

 僕は完全に置いてけぼり――部外者の立ち位置だった。無関係じゃなくても自発的に関係していけるほどの何かが僕にはない。ただ流されることしかできない。自分の無知を悔いたばかりなのにこの様か。

 僕はただこうして悔しさに唇を噛み、拳を握るしかできない。

 何も言えない無能な口だ。

 何もできない無力な手だ。

「お前には俺たちから説明できることもあるからな。それを聞いた上でならお前だって――」

「必要ない」

「なに?」

 僕はなにも力になれない。

 でも――それでも、

「あんたたちからヒガミさんのことを教えてもらうつもりはない」

 僕は彼女と約束した。

 彼女が僕に話してくれるのを待つと。

「あんたたちが語る資格はない」

 それでも僕にも唯一できることがある。

 だから、それだけは貫くと決めた。

「でもね、わたしたちのほうが正しいかもしれない。彼女には殺されるだけの理由がある。だから彼女はあんたに嘘をつくかもしれない。それをわかってる?」

 それでも、それでもだ。

 僕は――

 僕は――


「僕は彼女を信頼する」


 それしかできないから。

 これだけは今度こそ――迷わないと決めたから。

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