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0from1  作者: ペルソナ
14/17

14.アル対アル⑤

 アパートを出たのが七時三十五分。それから藤原と別れるまで約十分。走って戻ってきて約六分経過。

 現在時刻はもうすぐ八時になるところだ。とりあえず一限には遅刻決定。

 だけどそれは別にいい。

 息を弾ませながら僕はまず一〇二号室のドアをノックした。

「……はあ、はあ」

 久しぶりに全力疾走したのでなかなか息が整わない。

 返事がないのでもう一回ノックする――やはり返事はない。

 僕は一抹の不安を覚えてドアノブに手をかけた――開いている。そのままゆっくりとドアを開けて中をのぞく。玄関を開けると風呂とトイレそれからシンクが隣接している短い廊下がある。そして扉を一枚はさんで部屋がある。

 部屋と廊下を仕切るその扉は開いていた。玄関から見る限りではヒガミさんの姿を確認できない。

「ヒガミさん? 入りますよ」

 僕のアパートだが一応断ってから部屋に入る。

 だがそこにヒガミさんの姿はなかった。

「……っ!」

 胃がひっくり返ったような気持ち悪さに襲われる。

 しかし、落ち着いて室内を見回すと彼女の私物はないものの、ベッドの上の布団は綺麗に畳まれている。争った形跡はない。

 どうやら謎の未来人に襲撃されたということではなさそうだ。すると彼女は黙って出て行ってしまったのだろうか。

 僕は一〇二号室を出て自分の部屋――一〇三号室を確認する。

「あ……」

 いた。

 ヒガミさんは朝食を食べている最中で、突然入ってきた僕に少し驚いた様子だったがすぐに無視して食べるのを再開した。

「よかった。まだいたんですね」

「仕方なく」

 そっけなく答えるヒガミさん。彼女の隣には私物である服一式と剣が置いてあった。

 まあここにいてもおかしくないか。メモと一緒に僕の部屋の鍵も入れておいたのだし。

 メモの内容は《学校に行ってきます。帰りは六時くらいになります。僕の部屋の冷蔵庫に朝食と昼食があるので鍵を使って入って下さい》と書いておいた。

 あえて帰りを待っていてくれとは書かなかったが、彼女がこうしていてくれて助かった。謎の未来人による襲撃も今のところは杞憂に終わったし。

 僕はヒガミさんが朝食を食べるのを待ってから単刀直入に切り出した。

「ヒガミさん、あなたの知っていることを全部僕に教えてくれませんか」

 彼女は僕の言葉を聞いてあからさまに顔をしかめた。

「全部、とは?」

「昨日の話の続き、ヒガミさんの目的、あなたが今どう思っているか、これからどうするか、全部です」

「…………」

 ヒガミさんは目を瞑ってしばらく考え込んだ。

「お茶」

 ヒガミさんは目を開けて僕を人差し指でビシッと指し言った。

「は?」

「お茶!」

「はい。緑茶でいいですか? あ、緑茶わかりますか?」

「ちっ、それくらいわかります」

 なんかデジャビュ――いやただの再現か。


 僕は二人分のお茶を用意してヒガミさんとテーブルをはさむ形で座った。

 なんかこれは、多分これは親に怒られている気分に近いんじゃないかと思う。

「改めて言います。僕はヒガミさんの全てを知りたいんです」

「変態」

 改める必要はなかったか。

 だけど今は、

「すみません。でも僕は本気なんです」

 ヒガミさんと僕は目と目を合わせる。

 ヒガミさんの視線が僕の目を強度を試すように射抜いてくるが、僕はここで目を逸らすわけにはいかない。

「………………」

「………………」

「………………」

「…………」

「………………」

「……」

「………………」

「はぁ」

 ヒガミさんが溜め息をつく――まずは第一段階クリア。

「昨日は訊き出さないで終えたのに、一体全体どういうつもりですか?」

 ヒガミさんは少し怒っているような、でも困っているような声で尋ねてきた。

「それに関しては夜のことが関係してくるんです」

 誠意を見せて欲しいならまずはぼくの側から誠意を見せるしかない。今となってはただ罪滅ぼしの白状程度のものにしかならないかもしれないが、それでも僕はまず自分から告白しようと決めた。

「あの時は『別に何もありませんでしたよ』と言いましたが、本当はあなたに言いにくいことがあったんです」

「そうですか。でもあなたがその本当のことを言ったところで私もしゃべるとは限りませんよ。そんな都合のいい――都合の悪い交換条件には頷けません。それでもいいなら話してください」

「かまいません。僕はあなたに全てを話します」

 第二段階――ただ正直に話す。

 ずずず、とヒガミさんはお茶をすする。そして「どうぞ」と僕が話すのをうながしてくれた。

 僕は謎の未来人との話を覚えている限り、できるだけ詳細に語った。

 された質問とした答え。謎の未来人の容姿と警告。そして僕がなぜ今まで黙っていたのか。

 全部話した。

 告白した。

「そうですか」

 僕が全部話し終えた後ヒガミさんはあっさりとそう言うのだった。

「ごめんなさい。黙ってたことやっぱり怒ってますよね」

「いえ、別に。それにあなたが何か隠しているのはわかってましたから」

 やっぱりばれていたか。

「さすがに何を隠しているかまではわかりませんでしたが。しかし、まあ、そうですか」

 最後の部分はまるで自分に語りかけるように言う。

「何か心当たりはあるんですか? 相手の正体とか目的とか」

「そうですね。相手の正体についてはいまいち確信が持てません。情報が不足しています。ですが、その未来人の目的はおそらく私の目的を妨害することにあるでしょう」

「それじゃあヒガミさんの――敵、ということですか?」

「そうなるでしょうね」

 こういう現実も覚悟していたつもりだが、いざ関係者の口から直接聞くと揺らぐ。

 やはりこれはそういう問題――話なのだ。

「昨日も言いましたが私の世界――未来でも過去に来るなんてことができるとは人々に知られていませんでした。ですから、そんなことをしてまで過去に来た者がいるとするならば私の妨害のために送り込まれてきた、と見ていいでしょう」

「それで、それを知ってヒガミさんはどうするんですか?」

「向こうが邪魔をしてくると言うのならこちらも容赦はしません」

 そんなことは決まりきっていると言わんばかりに彼女は即答した。彼女は揺るがない。そんな彼女が果たそうとする目的とは一体なんなのだろうか。

「そうですか。でも僕は――」

「正直なところを言うと――」

 ヒガミさんは僕の言葉を遮って言葉を紡ぐ。

「正直なところを言うと私はあなたに対して申し訳なく思っているんです」

「……」

「あなたを巻き込むのは完全に私のエゴです。自身の目的のためにあなたを利用すると言ってもいいでしょう。それでいて私は自分の目的を隠している――本当にただのわがままです」

 ヒガミさんは真剣な面持ちで続ける。

 これがどんな言葉であれ初めて聞く彼女の本音なのだとわかった。

「申し訳なく思っている一方で感謝もしているんですよ。最初にあなたと会えたのは奇跡みたいなものでした。そしてあなたはいきなり未来から来たという素性も知れぬ私をこうして世話してくれた」

「でもそれは優しさなんかじゃないですよ。素性を知らないでいたのだって僕の怠慢です」

「それでも――」そこで彼女が少し微笑んだように見えた。「嬉しかった」

 僕に対して申し訳なく思っているけど、感謝はしているけど――それでも目的に関わることには閉口した。

 それを言わない理由。

 それを言えない理由。

 謝罪の裏にあるその理由。

 感謝の反対にあるその理由。

「それはまだ、僕には言えないことですか?」

「…………」

 ヒガミさんは本当に悩んでいるようだった。言葉に詰まっているようだった。

 彼女がどういう理由でそれを言えないのかはやはり僕にはわからない。

 目的を言えないのか。目的を達成する手段が言えないのか。目的を持った動機が言えないのか。

 はたまた他の理由か。

 彼女は葛藤している。

 本気で真剣に葛藤している。

 なら僕にとってはそれ十分だ。

 だから――

「まだ言えないのならそれでかまいません」

 ヒガミさんが僕を見る。その目は涙こそ浮かべてはいないが、今まで無表情を装っていた瞳ではなかった。

 彼女の瞳は語っていた。

 ――『ごめんなさい』と。

 僕はそれだけで十分。

「ヒガミさんが意味もなく口を閉ざしているわけではないとわかりました。だから、あなたがそれを話す気になったら聞かせてください」

 ただ言わない、のではなく言うか言わないかで彼女は悩んでくれた。

 どんな理由で悩んだかはわからない。でも僕の問いに真剣に悩んでくれた。

 だったら僕はヒガミさんを信用しよう。

「本当にそれでいいんですか?」

「いいですよ」

「後悔することになるかもしれませんよ」

「ですね」

「あなたにも危険が及ぶかもしれません」

「その時はヒガミさんが守って下さい」

「情けないですね」

「家賃代わりです」

 ヒガミさんは一回小さく頷いた。

 自然、僕とヒガミさんの頬がゆるむ。

 僕はお茶を飲む。

 それを見てヒガミさんもお茶を飲む。

 どちらも言いたいことを言い尽くしてしまったので、なんとなく二人の間に沈黙が流れた。

「……」

「……」

 なんだかこうしていると自分が恥ずかしいことを言ったみたいな気持ちになってくる。実際に少しくさい台詞を言ったかもしれない。ヒガミさんもなんとなく顔を逸らしているし。

 外からは時折車が走る音が聞こえてくる。

「あー、そういえば学校には行かなくていいんですか?」

「おっと、そうでした」

 なんか雰囲気に飲まれてしまっていた。

 時計を見るとただいまの時刻――八時四十分。古典のテストには十分間に合う時間だ。

「じゃあ今度こそ学校に行ってきます」

 僕は残りのお茶を飲み干して立ち上がった。

「昼も冷蔵庫にあります。えっと電子レンジの使い方は教えましたよね?」

「覚えています」

「部屋出るときは鍵かけて下さいね」

「わかりました」

「それとあまり一人で出歩かないでもらえると助かるんですけど」

「ええ」

「えっと、それから……」

「さっさと行きなさい」

「はい」

 ヒガミさんは玄関まで見送りに来てくれた。

「それじゃ行ってきます」

「だから早く行きなさい」

 なんかこういうのいいな。少し毒舌なのが玉に瑕だけど――まあ、それがよかったりする。

 僕は今朝とは違うすっきりとした気分でドアを開ける。

 外の光が少しだけ入ってくる。

 そして外に出ようとした足を止めた。

 

 ドアの外には見知らぬ女が立っていた。

「言ったはずだ。お前の行動は筒抜けだとな」

 そして、女の隣にはもう一人――見知らぬ男が立っていた。

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