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0from1  作者: ペルソナ
13/17

13.アル対アル④

 翌朝――七月七日の朝。

 僕はあの後うまく眠れなかった。お得意の夢へのダイブも眠れないのでは意味がない。

 学校へ行くのにはまだ早いが風呂に入っていなかったのを思い出しシャワーだけ浴びた。洗い流せたのは汗だけで心にあるつっかかりはそのままだ。

 それから簡単な朝食と弁当を作る。どちらも二人分――僕とヒガミさんの分。

 朝はご飯と味噌汁と目玉焼きとウインナー。野菜分が足りないが典型的な朝食。

 昼食は自分の弁当を冷凍食品で済ませ、ヒガミさん用には野菜炒めと簡単なサラダを作る。

 時計を見ると七時二十一分。

 ヒガミさんはまだ起きてこないようだった。仕方ないので一人で朝食を済ませる。それからヒガミさん宛てにメモを書いて部屋を出た。

 一〇二号室。

 ノックをしてみるが返事はない。寝起きが悪いだけだと思うが、どうにも胸の辺りがもたれるような感じがする。

 僕はメモをドアの郵便受けに入れて学校へ向かうことにした。


 いつもの通学路を通りいつもどおりに学校へ向かう。

 辺りには小中学生や僕と同じ高校――仁内じんない高校の生徒が同じように歩いている。

 僕はヒガミさんのことを考えながら歩を進める。

 彼女には何もなかったと言ってしまったが、本当にそれでよかったのだろうか? あれからずっと自問自答を繰り返し、ヒガミさんにやっぱり打ち明けるべきがどうかさんざん悩んだがやはりわからない。おかげで寝不足だ。

 僕はいつもどおりこうして学校へ行こうとしているが、本当にいいのだろうか? ヒガミさん一人をアパートに残して来てしまったのは失敗じゃないだろうか? あの人はひとりで街をうろつくぐらいのことはやりそうだが別にそれくらいならいい。

 問題は謎の未来人だ。

 あいつがヒガミさんの敵だったとしたらいつ襲ってきても不思議じゃない。

 向こうはヒガミさんのことを知っていて、ヒガミさんはやつのことを知らない。これは完全に不利だ。

 やはり言うべきだったのだろうか……。

 悶々と悩みながら歩いていると昨日ヒガミさんと出会った神社まで辿り着いていた。思わず足を止めてしまう。

 名も知らない神社。

 昨日は『神様などという非科学的な存在を祀る場所で起こったこの現象は単なる科学的事象ではないはずだ』などと思ったが、実際のところは神様によるもので、でもその神様はどうやら人工の科学的な存在らしい。半分当たって半分はずれた感じだ。

 ここで彼女を見つけて、殴られて、剣を突きつけられて――そして底冷えするような冷笑を見た。

 あの時彼女が見せたあの表情。僕はあの時、恐怖していた。ヒガミさんは話の中でヤタガミさんという女の子が発したある言葉を年不相応の決意と表現していたけれど、彼女のあの冷笑だって年不相応のものとは思えなかった。それどころか僕は年下でも年上でも人間があんな表情を浮かべたのを見たことがない。あれは日常にはない顔だ。

 あの冷笑を浮かべた真意はわからない。けれど僕を和乃明石と知って浮かべたのだ、あの表情を。あれには僕が関わっている――つまり彼女の目的に対する想いの延長線上にあの冷笑はあるのだ。

 怖かった――あの時の表情が今となっては僕のヒガミさんに対する気持ちの後ろ髪を引いている。

「…………」

 結局のところ僕はびびっていたのだ。

 ヒガミさんの冷笑も彼女を目的を知ることも謎の未来人のことも。

 本当のことを知るのが怖くて、自分のことが大事で、見てみぬ振りをした。

「最低だな……」

「あら、朝から随分と澱んでいるわね」

 またもや一瞬ヒガミさんかと思って振り向いたがそこにいたのは藤原リナだった。

 ヒガミさんかと思った理由はもちろん毒舌だったから。

「藤原か……おはよう」

 毒舌に反応する元気もなく気の抜けた挨拶をしてしまう。

「ずいぶんなご挨拶ね。昨日は私がせっかく作ってあげたカレーを散々こき下ろしていながら、あなたには反省の色が窺えないわね。いいわ、私が反省色に染めてあげる。何色がいい?」

 いや、僕二口しか食べてないし……。しかも片方はレトルト。それにこき下ろされたというなら僕のほうだ。ていうかお前は僕にペンキか何かぶっかける気か。

「ああ、いや悪かったよ。ごめんな、せっかく作ってくれたのに……」

「やはりここは粛清を連想させる赤かしら」

「頼む! 僕の謝罪を受け入れてくれ!」

 必死に懇願する。

「ふう、まあいいわ。和乃君の味覚が元来異常だったということで手を打ちましょう」

 僕の設定に嫌な項目が追加されてしまった。

「でもさ藤原の手料理食べられたのは嬉しかったよ、ホント」

「…………」

 ちらりと横目で僕を一瞥してから先に歩き出す藤原。

「まあいいわ。それより学校へ急ぎましょう。いつまでもこんな所にいたら遅刻してしまうわ」

「ああ」

 僕も藤原と並んで歩き出す。

 ふと隣をあるく藤原の黒髪が目に入った。今はヘアバンドでまとめることなくそのまま流している。

 こうして見ると藤原とヒガミさんって少し似てるよなぁと思う。容姿で言えば、長めの黒髪だったり表情が読み取れない目だったり、なんだか醸し出している雰囲気が似た者同士って感じがする。そして何よりの共通項は毒舌だ。

 細かく分類するなら、藤原は僕を蔑む毒舌でヒガミさんは僕を侮蔑する感じだ。似たようなものだけど言われている身からするとけっこうメンタル的なダメージを負う箇所が違う。

「それで? 和乃君はなぜ朝からブルーになっているのかしら。別に私への言い訳をどうするかで悩んでいたわけではなさそうだし」

「うっ」

 正直忘れてしまっていた。眠る前まではちゃんと覚えていたのだが、起こされてしまってからはすっかり頭の隅に追いやっていた。

 しかし、どうしよう。未来人が家にいるなんて藤原には言えないし。

 ……また言うか言わないかの選択か。

 だがここで迷う必要はないだろう。わざわざ藤原を巻き込む必要はない。

「別に、今日の古典のテストが不安なだけだよ」

 ここに来てまた懸案事項を思い出し、自分で言って不安になった。

「何よ。昨日私がちゃんと教えてあげたじゃない。私の教育に不備があったとでも?」

「いやそういうわけじゃないけどさ。テストなんて実際その時になるまで何が出るかわからないじゃないか」

 どんな問題があるかわからない。どんな出方をしてくるかわからない。まるで今の状況だ。

「お前は不安じゃないのかよ」

「別に。私は自分のことを信じているもの」

「お前は頭いいからなあ」

「別に頭の良し悪しなんて関係ないわよ。問題なのはどれだけ自分を律することができるかでしょ。自分のことをきちんと管理できてればおのずと自分の行動に自信が持てるようになる」

「そんなもんかな? 自分で自分を管理できててもそれが正しいかどうかまでは自分じゃわからなくないか」

「そんなこと言ったら何もできないじゃない。私から言わせれば自分に自信が持てないなんて奴は大概他人に責任転嫁しているからなのよ。自分で負うべき責任も自信も他人に丸投げしてるだけ」

「……」

 本当痛いところを突いてくるやつだ。

「それに自信がなくても行動できるといえばできるしね。その場合は勘とかに頼ることになっちゃうけど」

「抜き打ちテストみたいな場合か」

「ま、そんなところね」

「でもさ、それで失敗して後悔することになったらどうするんだよ」

「その時はその時よ」

「アバウトだな」

「人生なんて抜き打ちテストのほうが圧倒的に多いでしょ。先が隠されているならめくってみるしかない。鬼が出るか蛇が出るか――出会った先どうなるか。そんなこと知ってるのは未来の人だけでしょ」

 僕の場合その未来の人が出てきたんだけどな。だけど先はあやふやなまま。

「未だ来たらず――だから未来か」

「全てを見通して動くなんておこがましいわよ」

「そうか」

「そうよ」

 いくらヒガミさんが未来から来たと言っても洗いざらい事情を聞いて、それで僕が何をすればいいかなんてわからない。ヒガミさん自身だってわかっていなかったんだから。

 必要なのは僕がヒガミさんを信用するかどうかじゃなく――僕がどうしたいか。

 ヒガミさんが信用できる人間かそうでないか。その理由を彼女に求めるのは筋違いだろう。最終的に決めるのは僕なのだから。

「もし和乃君が未来を知ることができたら私の作ったカレーがどっちかも当てられたのにね」

「まったくだ」

 藤原は相変わらず無表情だがなんとなく僕の抱えている悩みを薄々感じ取って助言してくれたように思う。それは藤原自身に答えを聞かないとわからない問題だがそれを訊くような野暮なまねはさすがにしない。

「時に和乃君」

「ん? なんだよ」

「あなたは知らないだろうけれど『善は急げ悪は延べよ』という言葉があるのよ」

 後半部分は初耳だ。

「それで?」

「もし和乃君が抱えている悩みに答えがもう出たというなら早めに片付けておいたほうがいいと思うの」

「だな」

 まったくこいつには敵わない。

「古典のテストって四限だったよな」

「ええ。ちょうどお昼休みの前ね。その前に終わらせられそう?」

「……? どうだろうな。まあ努力はするけど」

 古典のテストもさぼるわけにはいかないし。

「そう。もしお昼休みまでに学校に来れたら私のお弁当を食べさせてあげてもいいわよ」

 そして相変わらずの上から目線か。

「今度こそお前の手作りだよな?」

「もちろん」

「そりゃよかった。今日の僕の弁当は冷凍食品だったからな」

 藤原はそれを聞くとさっさと歩き出してしまった。

 僕はその後ろ姿を少しだけ見送って、それから今来た道を駆け戻りはじめた。

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