10.アル対アル
この章ではいよいよ戦闘描写。
小説というジャンルでも私個人としても得意ではないところではありますが、頑張る。うん。
活字萌えもあれば活字燃えもあるのだ。
僕はだんだんとヒガミさんの話に入り込んでいた。まま質問したいのを堪えて耳を傾ける。最初は半信半疑だったこの未来談を受け入れ始めているのかもしれない。
「そして私は光の木に飛び込んで……」
「と、飛び込んで?」
そこでヒガミさんは黙ってしまった。無表情の顔からは考えが読み取れないが、続きを話すか逡巡しているように見えた。彼女はそれから僕を見て、部屋の中をぐるっと見回し、コーヒーを一口飲んでからこう締めくくった。
「まあ、それから少しいろいろあって、私は今ここにいるのです」
「えぇ!?」
ちょっと待ってくれ。いくらなんでもそれはないだろう。
「いや、一番肝心なところを聞いてないんですが」
「一番肝心なこととは?」
「え、それはまあ――」
〈イヴ〉には会えたのか? その血は? ヤタガミさんのその後は? あなたの目的とは? たくさんあるけれど、まずは――
「それで僕は一体何の関わりがあるんですか?」
ヒガミさんが神社で言った「探す手間が省けました」という言葉は何を意味しているのだろう。未来の物語というフィクションのような非日常に過去の人間である僕なんかが接点を持っているとは思えないが。まあ身に覚えはまったくないから当たり前といえば当たり前か。
だからこそ、やはりこの疑問だけは彼女の口から説明してもらわねばならない。
だが答えはなんとも淡白――どころか無味乾燥としたものだった。
「さあ?」
「え?」
「いえ、ですから、さあ?」
「は?」
訊き直したところで答えは同じだった。
「どういうことですか? 僕に用があってわざわざ未来から過去くんだりまで来たんじゃないんですか?」
「そうですね。あなたを見つけるために私は過去にこうして来ました。ですが、あなたを見つけたところで私もこれから先は手詰まりの状態なんです」
「いや、だからそれはどういう――」
「とにかく、私はあなたの側にいることで今後何らかの進展があるとみています」
過去に飛ぼうなんて無茶をやっておきながら随分と余裕かましているなぁ。それとも過去への行き来なんて日常的にできるものなんだろうか。それこそ二十二世紀みたいに。
「でもですね、そんなんじゃ僕としては、はいそうですか、なんて言えないですよ」
「なぜですか? まだ信じられないというんですか。私がこれだけ真剣に涙ながらに語ったというのに」
真剣かどうかはともかく、あなたの目は潤っていてこそ涙は流していない。
「信じる信じないの話で言えば、まあ信じますよ。あなたが未来人だということはね。でも、だからってそれだけじゃ僕はただの傍観者でしかないんですよ。ヒガミさんがこの僕――和乃明石に会おうと思った何かがあったはずですよね?」
「それはまあ……」
「僕が一番聞きたいのはそこなんですよ。このままじゃ僕は納得できない。納得できないならあなたが僕の周りに居座るのも容認するわけにはいきません」
「あなたの意思は関係ありません。私のしたいようにするだけです」
確かに僕に決定権があるわけではない。しかし、そうされるのは、はっきり言って迷惑だ。
「でも僕が非協力的なのもあまり好ましくはないと思いますけど」
「……うっ」
「ヒガミさんが光の木に飛び込んで、その後何があったのかをあなたは僕に言いたくない。そうですね」
「……」
「僕――和乃明石というワードもその何かの中で知った」
その何かはきっと彼女の目的に関すること。でも彼女はそれを言いたくない。
だから事の一部分である、僕というワードが出てきたそこだけ説明しても意味がない。意味があるだけの中身がない。
「……まあ」
ヒガミさんが不機嫌そうに頷く。
「だったらこれだけでも教えてくれませんか? それは誰から教えてもらったものですか?」
「それは――」
ヒガミさんはまた僕を品定めするかのように、しかし自分が理不尽なことを言っているのをわかっているのか、伏し目がちに見てきた。
「それさえ聞ければ今はそれ以上追及しません」
ヒガミさんが言い渋る理由ははっきりしないが、やはり彼女の持つ目的に関係あることなのだろう。それは彼女の話の中でもぼかされていた部分ではあったし。でも彼女の目的には〈イヴ〉が関わっている。
だから目的を達成するために僕の存在が必要だと、彼女はきっと――
「――〈イヴ〉から」
――そう言われたのだろう。
「そうですか」
いくらキーパーソンと言えどおいそれと何もかも明かすわけにはいかない。そこまで信用していない。そういうことか。
でも、それは当たり前のこと。過去の人間だとか未来の人間だとかを差し引いても人間関係なんてそんなすぐには成立しない。
「わかりました。話してくれてありがとうございます」
実際のところ何もわかっちゃいない。逆に〈イヴ〉――人工といえども仮にも神なんて呼ばれる存在からご指名がかかるなんてますます困惑したが――今はここが妥協点。いずれ次の機会にでも聞いてみよう。
「にしても今後はどうしたものですかね」
「だからそれは私にも――」
「あ、いや、そうじゃなくて生活をどうするかですよ。ヒガミさんが僕に用がある以上、僕もそうそう邪険にできないですからね。でも――」
僕はもう一度ヒガミさんの持ち物を眺める。
血まみれライダースーツ。
ロングコート。
そして、剣。
「そのままじゃ外も出歩けないですね。着の身着のままって感じですし、衣食住とかいろいろ考えることは多そうですね」
「その点については心配ありません」
「何か対策でもあるんですか?」
さすがは未来人、簡易式ハウスとか時空通販とか使えるのかもしれないな。
「ここに住むことにします」
「本当に着の身着のままかよ!」
まあ、それもそうか。話を聞いてる限りじゃヒガミさんはテロ活動じみたことをしていたら過去に来ちゃったという風なのだろうし、過去旅行の準備をしていたはずもないか。
「ていうか、これは興味本位での質問なんですが」
「なんでしょう」
「未来ではそう簡単に過去に来たりできるんですか?」
「いいえ。実は私も未だに信じられないといった気分です。いくら人工神と言えども時間をどうこうできるなんて思ってもみなかったですから」
「そうなんですか。じゃあ未来でもそうそうタイムマシンなんて実用化されてないんですね」
否、どうだろう。世界中の大半の人間が現在に満足していたとしたら――過去なんてものが瑣末ごとでしかない世の中ならタイムマシンなんて造っても意味がないのかもしれない。
「それじゃ今日はこの辺にしてそろそろ休みましょうか」
ヒガミさんが腰を上げごく自然にベッドに寝転がる。
「そうですね――って、なるかぁい!」
これはさすがに突っ込まざるをえない。
あーあー布団に血ついちゃったし。
「なんですか騒々しい。ご近所迷惑ですよ」
未来にも、ていうかあなたにもそういう常識あったんですね。
「そんなことよりも、え? ここに住むとか冗談ですよね」
「冗談なわけないでしょう。私は冗談が嫌いです」
ヤタガミさんとのやり取りを聞いている限りあなたはボケの側のような気がしたが天然なのか? 天然のアホ。
「失礼な顔ですね」
「顔が!? 失礼な考えをした顔じゃなくて?」
心の機微を表情から読み取るスキル、あるいは心がけがゼロのようだ。
「何ですか。あなたはいたいけな少女を――美少女を未開の地に放り出す気ですか」
「この際その言い直しに指摘はしませんよ」
「事実です」
確かにそうではあるか。
いや美少女という点ではなく未開の地ということが。
未来から来た彼女にとってここは未開でもあるし未知の地でもあるのは事実だ。本当に何の策もなしに来ちゃったみたいだし、いきなり一人で生活しろというのは無理だろう。
しかし、同居、かぁ。若干魅力的ではあるけど。
「安心して下さい。あなたが私に何かできるなんて可能性はゼロです」
「ゼロですか」
「ええ。一〇〇%ゼロ、万一にでもゼロです」
それはもうなんていうか僕に勝ち目のないゼロサムゲーム。
下手に手を出そうものなら僕はゼロどころかマイナスになりそうだな。
僕マイナス命イコール死。
「安心して下さい。僕はそんな本能むき出しにするような人間じゃありません」
「そうは見えませんが」
そうか僕は彼女に対して前科が――いや、冤罪だけど。
「本音を言うならあなたにはここから出て行ってほしいところですが」
「そこまで信用ないのか僕は!」
それくらいは信用しろ。
「ですから近所迷惑ですよ」
「いえ大丈夫です。近所さんはいませんから」
「そうなんですか? まあこんなボロじゃあ当たり前ですか」
「あんまりボロボロ言わないでください。ボロだって逆から読めばロボ――なんとも未来的じゃないですか」
「…………っふん」
鼻で笑われた。まあ今のは自分でもどうかと思ったけど。
確かにお金がない以外の理由でここを住居にしようとする人はまずいないだろう。
だが、僕が言う近所がいないとはそういった理由からではない。
「僕もヒガミさんも、ここを、出て行く必要はありません」
「というと?」
「もっと言うなら同じ部屋に住む必要もないんですよね」
「ほほう?」
「ここ以外の部屋は全て空き部屋――というより全部僕の部屋なんですよ。つまりこのアパート全部ひっくるめて僕の住居なんです」
少し自慢げに言ってみたのだけれどヒガミさんの反応はとても薄かった。