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0from1  作者: ペルソナ
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1.はじまり

 スマートフォンが携帯電話市場を席巻するまでにかかった時間は驚くほど短かった。スマートフォンは厳密に言うと携帯電話ではないので最早ケータイなるものは絶滅の一途を辿っているのかもしれない。

 なぜ、スマートフォンが目を見張る間もないスピードで世の中に浸透していったかというと諸々の理由があるが、一番の起因を挙げろと言われたら「桐ヶ峰」が真っ先に挙げられる。

 桐ヶ峰――正式社名は桐ヶ峰R&B。

 ITやPC関連の事業を筆頭にデジタル的なものにこの会社が関わっていないことがないと言われるほどの大企業である。もちろん携帯電話市場も例外ではなく、機種やOSそしてアプリなどで熾烈な競争を繰り広げていた会社たちをまるまる牛耳ってしまった。桐ヶ峰の影響は海外にまで及び、その技術力は戦争のやり方をも変えてしまうとまで囁かれている。そんな偉業――というか無茶をやってのけるのが桐ヶ峰であり、アナログなものが徐々に減退していっているこの世界は既に桐ヶ峰のものといっても過言ではなくなっていた。

 言っておくが何世代か前の某エアコンでは決してない。

 

 そんなメカメカしい今は二〇一五年。そしてここは日本の地方都市である。

「ここも電波入らなくなってきてるのかな」

 僕は折りたたみ式携帯を空に掲げひとりごちした。

 こんなご時勢でもケータイを使っている人間はいる。僕だ。

 かつて繁栄を極めた会社のケータイも今はまだかろうじて使える状態だ。しかし、最近になって基地局やら何やらがこれまたやはり桐ヶ峰に吸収されるといった流れが起きはじめているらしく、電話とメールが使えればとりあずはまあいいやというのが心情の僕にとってはえらく迷惑な話である。

 特に今のように急ぎのメールを送りたい時には非常に困る。

 僕は一向に成功しない「送信エラー」の文字に業を煮やしたので、昔聞いたことがある嘘のような噂を試してみることにした。

 天にケータイを持った手を思い切り伸ばし、そしてぐるぐる回す。回す。回す。ひたすら回す。

 この勢いで飛べるんじゃないかというくらいに手を回しているとフフッと笑う声が聞こえた。声がした方を振り向くと今度はカシャッという機械音がする。

 声と機械音の出所はどうやらこちらを見て笑う女子高生からのようだった。僕と同じ高校の制服であるブレザー姿、肩には学生カバンを引っさげている。そして顔には眼鏡、ではなく眼鏡のようなものをかけている。

 レンズ以外の部分はゴムのような素材で出来ていてレンズはシアン一色で目を窺うことはできない。例えるなら昔あった3Dメガネなるものによく似ている。とはいえもっと軽そうでデザインもまあスタイリッシュだ。

 この眼鏡もどきも今の世を占める桐ヶ峰ブランドのスマートフォンのひとつである。目にかけるそれはフォンなのかと疑問にも思うが。

 僕がぽかんと女子高生を、主にその顔にかけているスマートフォンを見ているともう一度カシャッという音がした。その後女子高生は一瞥もくれず去っていってしまった。どうやら写真を撮られたらしい。

 まったく、これだから女子高生ってやつは……。

 いや、これは決して偏見ではなく僕の経験に基づく累積データ上の結論である。女子高生に限らず周りの人間はアナログチックな僕にどこか嘲笑的な態度をとるのである。

 一応言っておくが僕は機械オンチなわけではない。

 この折りたたみ式ケータイを使っているのもスマートフォンに替える必要性を感じないからだ。

 どうでもいいアプリをダウンロードしたり、音楽を聴いたり、ネットをしたり……他にもいろいろあるわけだが、それをわざわざひとつの媒体に集めなくてもいいと思う。アプリは特に興味ないし、音楽はゆっくりとした環境で聴きたいし、インターネットはパソコンで事足りる。

 ――というのは結局僕のような時代遅れの意見であり、事実、ユーザのニーズは留まることを知らず、ビジネスはそこに着眼し拡大してきたわけだが。……しかし、どうにもこれでいいのかという漠然とした危機感が僕にはあるのだ。

「っと、なんてこと考えてる場合じゃないか」

 そうだ、僕は取り急ぎ用事があったのだ。

 ケータイのディスプレイを覗き込むとそこには相変わらず「送信エラー」の表示。

「まあいいか。アポなしでも」

 時刻はただいま午後四時三〇分。

 ケータイをたたみポケットにしまう。

 僕は古典のノートを借りるべくクラスメイト宅へ足を向けた。

 現段階における僕の最大重要事項は明日の古典のテストを乗り切ることにある。





 目的のクラスメイトの家に着くと僕はチャイムを鳴らした。すると備え付けの自動受付システムから機械音声が流れてくる。

<いらっしゃいませ。アポイントメントはおありでしょうか>

「ない」

 そっけなく応える。

<認証カードはお――>

「持ってない」

<お名前をどうぞ>

和乃明石わの あかし

<少々お待ち下さい>

 そう言って機械音声はぷつりとやんだ。

 まったく面倒くさい。人と会うのにわざわざ機械を中継しないといけないなんて。

 そうやって玄関先で手持ち無沙汰にしているとやがて玄関の戸が開いて人が出てきた。

「はいはいはい、と」

 出てきたのは僕のクラスメイトである藤原リナだった。彼女は高校一年の時から級友であり二年生になった今でもそれは続いている。女子にしては割とさっぱりした性格で付き合いやすいし、成績もなかなか良い。そういうわけでテスト前なんかは特に懇意にしてもらっている素晴らしい友人なのだが、

「その格好はどうにかならないのか」

「え? 普通の部屋着だけれど」

「え? そうなのか?」

 僕は女子の部屋着に関して大して詳しくないのだが、目の前の一例であるヘアバンドに白のキャミソールにショートパンツという組み合わせが普通だとするなら世の中の女子高生はずいぶんと解放的な身持ちらしい。先ほど僕の写真を撮っていった娘も家ではこんなんなのだろうか?

「何を想像しているの?」

「いや、顔までは想像してない」

 顔はスマートフォンで隠れていたからな。

「は? ……まあいいけれど。とりあえずあがっていく?」

「それじゃ、お邪魔します」

 靴を脱いで藤原の後をついて行く。廊下の突き当たりにあるドアを開けるとその先にはリビングがある。藤原の家に来るのは今回が初めてではないがやはり女の子の家というのは緊張するな。

「誰もいないからゆっくりしていって」

「…………」

 僕はそれになんて反応したらいいんだ。他意はないのだろうが勝手な妄想をしてしまうのが男という生き物なのだ。そんなことを言われてしまったら勘違いしてしまうじゃないか。

「せっかくだけどあんまり悠長にしてられないんだよ。ほら、明日古典のテストだろ? だからノート借りに来たんだけど」

「ああ、そういうことね。はいはい、わかったわかった。あ、麦茶でいい?」

 リビングと隣り合っているキッチンから藤原が訊いてきた。

「いや、せっかくだけど長居は」

「まあ、座ってて」

 ソファに座る僕。まあ少しくらいならいいか。

「しかし、どんなに時代が進んでも古典の授業はなくならないんだな」

「そりゃそうね。古典がなくなったら現国も意味を失くしちゃうもん」

「ん? どうしてだ」

「だって現国もいつかは時が流れて古典になっちゃうでしょ。まあ、文学に限った話じゃないけど貯金がないってのはいささか大変よね。いちいちゼロからのスタートなんて」

 確かに昔があってこその今があるというのはよく聞く言葉だけれど、でも僕の場合そういう過去を知るという観点から自分のことを見ると僕は自分のルーツをよく知らない。僕もまた過去の産物だとするならその僕が誕生するにあたって必要不可欠だった両親という存在が今はもういないからだ。

 両親のことは何も知らない。名前も死因も何も知らない。僕は親戚に預けられるわけでもなく気づいたときには孤児院で育っていた。だからと言って別に両親のことを知りたいとは思ってこなかった。

「僕には温故知新の精神がないのかな」

「ないんじゃない。ノートだってとってないわけだし」

 麦茶を運んできた藤原がばっさりと言い放った。

「言っておくが僕は過去をないがしろにしているわけではないぞ」

 ポケットからケータイを取り出す。

「こうやって過去のものを大事に大事に使っているし」

「あー思い出した。和乃君、さっさとスマフォに替えなさいよ。私のだとケータイにはもうアクセスできないのよ」

 送信エラーはお前のせいか。いや、僕のせいなのか?

「いやだよ。まだ使えるし」

「なんでよ。というかなんで嫌がるのよ。スマフォの方が便利じゃない」

「僕は簡単に流行に乗らない主義なんだよ。温故知新だよ。むしろ故きを温ねて故きに感嘆するタイプなんだ」

 発展の兆しがまったく垣間見えない。

「ふーん」

 ふーん、て。

「というわけだから古典のノート貸してくれよ」

「何がというわけだかわからないけど、それは無理」

 おおっと。

 これは予想外の展開だ。いつもならすんなり貸してくれるのに。スマフォに替えるのをしぶったのがまずかったのかな? もし、そうだったら今からでも替えに行くにやぶさかではないが……。ついでに藤原とペア契約をしてもいい。

「なぜだ。わけを聞かせてくれ」

「いや、いつもの定期テストなら問題ないんだけど明日のテストって今日いきなり言われたじゃない? だから私も勉強しないと」

 なるほど。至極真っ当な理由だ。

「どうやっても貸してはいただけないのか?」

「無理。貸せない」

「リナ様は相変わらず見目麗しい。よっ! 女子高生の中の女子高生。女子高生最高!」

「無理。ていうか女子高生がそんなに好きなの」

 これは困った。このままでは僕の一学期の古典の成績がまずいことになる。それこそ過去の汚点になりかねない。

 ちなみに僕は年上派だ。

 僕がどうにかノートを借りるための算段を考えていると藤原が、

「ここで一緒にやればいいじゃない」

 なんてことを言い出した。

「いや、さすがにそれは……。家の人にも迷惑だろうし」

「だから誰もいないって。帰ってくるのも遅いし」

 そう言って藤原が僕の隣に腰掛けてくる。二人掛けのソファだから問題ないが、これは少しくっつきすぎじゃないかってくらい近づいてくる。さすがに年上派といえど僕も男なので、いろいろかきたてられないわけにはいかない。

「藤原さえよければ僕は別に構わないんだが」

「じゃあ決まりね。待っていて、ノートをとってくるわ」

 藤原はリビングを出て行き二階へ上がっていった。

 緊張から開放されて溜め息をもらす。

「……」

 しかし、温故知新か。過去を知るということは悪いことではないと思う。でも、それは学べるものが過去にしかないということではないだろうか。仮に未来を知ることができたらどうなるんだろう。僕はそこから何かを学ぼうとするのだろうか。

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