俺には無理だった
遂に離婚することになったのでみんなで飲もうというLINEが届いた。離婚したのは津田という高校の同級生だが、LINEを送ってきたのは本人ではなく仲のよかった鈴木である。色々事情は聞いていたけど直接話を聞きたくて、俺、幹事の鈴木、あと中島、そして離婚した津田の4人でさっそくその週末に集まった。
駅前の居酒屋は社会人になってから4人で集まる定番の場所だった。ビールとつまみと、前に集まったのはいつだっけなんて話をしたあとで、疲れた様子の津田が口を開いた。
その前に津田の結婚の話をしておこう。実は津田とは半年くらい音信不通だった。彼は社会人になったあとでクラス一の美人だった小幡と再会し、あっという間に結婚したのだった。問題なのは、どういうわけかその小幡は高校卒業後にメンヘラになってしまったという噂があったことだった。真偽を確かめる前に音信不通になった。
今夜はその答え合わせだ。これまでのうっすらした事情は幹事の鈴木からしか聞いてない。
「いやー、駄目だった……」津田は、『俺は精一杯やったよ』という空気を滲ませて溜息をついた。
欲しい言葉をかけてやろう。「お前は精一杯やったよ」
「ほんとだよ」津田は登山から帰ってきたような様子だ。「ありがとう」
どうやら事情を把握している鈴木が、「けど、実質、3ヶ月もたなかったな」と笑った。
「え! そうなのか? 小幡と付き合うことになったって報告してきたの、一年以上前じゃなかったか?」と中島。
「付き合うことになったのは1年ちょっと前だな。1ヶ月くらい交際して結婚して、実際に一緒に暮らしてたのは半年、そこから立て直そうとなんだかんだ努力したのが半年だ。お前らに連絡しようとすると自殺未遂するんでどうしようもなかった」
事情を知らない俺と中島が『うわぁ』という顔をする。噂は本当だったのかという質問がもはや周回遅れだ。
俺はちらっと見た。「鈴木は?」
「俺は津田から聞いたんじゃないんだ。俺の彼女とか森とか石井とかから話を聞いてた」
「噂になってたからな」
へーと相槌を打ってから基本的な質問をした。なんで結婚しようと思ったんだ? 結婚生活はどんなだったんだ? そしてどうして離婚することになったんだ?
「そうだよなー、そういう話になるよなー」津田は遠い目で居酒屋の壁の一点を見た。ボケで意味深な演技をしているのではなく素でそういう顔になっているのが分かった。それから静かに、「俺はできると思ったんだけど、努力が足りなかった。というか、ああいうのに対応できるのって才能か訓練がいるんだよな。頭では分かってたけど……できると思ってたんだけど」
俺の3つの質問のうち、それは最後の質問の答えでしかなかった。まあ、離婚直後だとこんなもんか。
中島は食い付く。「いやいやいや。そんなの最初から分かってたことだろ。やばいんなら離れろよ。わざわざ付き合っておいてなんだよ」
「小幡はかわいかったよ」鈴木はニヤリと笑った。「まあ、ちょっと危なっかしいとは思うけど、なんかこう、ほっとけない感じは昔よりあった」
「そういや写真とかあるか?」と中島。
あるよと言って津田はスマホを見せてくれた。結構、2人で遊園地や温泉や水族館、公園なんかにも行ってる。小幡は俺の記憶の女子高生とは違っていた。ショートカットはロングになっていた。大人なのは当たり前だが、それでもセクシーというよりはキュートで、どこかアイドルのようだった。恋愛経験すらない無垢な女の子の雰囲気があった。津田はブサイクではない。しかし並んだ写真を見るとアイドルとそのファンという雰囲気で、2人が交際している——というか結婚していたのだけど——ようには見えなかった。
小幡の目はぱっちりと二重で、写真だけだとおかしなところはまるでなかった。自殺未遂をするようには。
「うーん。この写真だけ見ると、正直、羨しい」俺は笑顔を津田に向けた。これは半分が挑発というかブラックジョークだった。津田は怒るかもしれなかったし、笑いながら突っ込みを入れるかもしれなかった。
「俺もちょっと調子に乗ってた」津田は照れたように笑った。自嘲気味だが後悔しているという感じではなかった。それはそれで楽しい思い出だったとでもいいたげだ。
聞きにくいので聞けない話もある。津田ではなく小幡のことだ。高校までは別に情緒不安定なところはなかった。彼女のような美人がそうなってしまう原因というのを想像してしまうのだけど、そんなことは聞けなかった。この飲み会の間に何回かそっちに話が向いた。津田も何故という理由を知りたがっていた。しかし小幡から聞けてはいなかった。親が異常に躾に厳しいとか過保護だとか、悪い男に捕まってしまったとか、そういう話は聞けなかった。津田も知っていたら話していたと思うから、本当に知らなかったんだと思う。




