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トマト爆弾 ――プリンをめぐる、僕と彼女――

作者: 四十早
掲載日:2026/03/19

僕の名前は、幸太郎。とても幸せな字だ。

そして、僕の前にいる女――三咲。

僕と三咲の間には、トマトとプリンがある。


「いいかい、今日は僕がプリンを食べる番だ」

「順番こに食べるなんて、約束じゃないよ」

「そうだとも。僕たちはトマトが嫌いだ。だから、話し合いで決めることになっている」

「そうね。いつもと同じルールね」


二人で決めたルール。


彼女はなぜか、僕のプリンの日に必ず家にやってきて、プリンを食べる。

一か月に一度の楽しみの日に、なぜか彼女は来る。プリンがある日に必ず来るのだ。そして、トマトを持ってくる。

これまでに勝負した回数は11回。今日が一年を記念する「プリン記念日」になる。


「今日勝って12連勝になる、全勝記念日ね」

「いやいや、今日こそ僕が勝つ」

「ふふ、いつもそう言って、私のプリンを眺めて、大嫌いなトマトを食べているのは幸太郎よ」

「いやいや、今日こそお前にトマトを食べさせる」

「ふーん、何か作戦でもあるの?」


そう、僕は彼女に一度も勝ったことがない。


彼女が学校が始まった日に転校してきて、僕の家の隣に引っ越してきた。

最初はかわいい子だなと思ったけど、とんでもなかった。勉強も運動もできる人気者。


でも、給食の時間に彼女はトマトを残していた。僕も残した。

そしたら、彼女が僕の給食にトマトを置いたんだ。「プリンあげるから食べてよ」


僕はプリンが大好きだ。給食のプリンを食べたくて、僕はトマトを食べた。そしたら、プリンをくれたんだ。


そんな話をしたら、母さんが月に一度、プリンを買ってきてくれるようになった。

「ちゃんとトマトを食べたら、食べていいよ」


だから僕は、トマトを家でも頑張って食べたんだ。あ、給食の時は残してたかもしれない。


僕は、絶対プリンを食べたい。すっぱいのはいやだ。


それにしても、習い事が多くて、遊べる日はほとんどないって聞いたことがある。


なんでそんなやつが、うちに来るんだろう。

トマトを持って。

なぜだ。


「いいかい、このトマトは爆弾なんだ。食べたら世界が終わってしまうトマトだ」

「うんうん、おもしろそうね」

「だから、僕はトマトを食べない。プリンを食べる」


「え? それだけなの?」

「そうだよ。だって食べたら世界が終わってしまうんだよ。食べられないじゃないか」

「そう。でも、プリンを食べていい理由にはならないよ」

「最後の日に食べる、最後の晩餐というやつだ。だからプリンを食べるんだ」

「じゃあ、プリンを食べた後にトマトを食べるの?」


「え……食べないとだめなのか」

「最後の晩餐の意味、知ってるの?」

「好きなものを最後に食べていいってことだよ」

「そうだよ。でもそのあと死ぬんだよ。トマト食べるんでしょ?」

「いや、世界が終わるから、みんなに迷惑かけられないよ」

「じゃあ、プリン食べたら幸太郎は死んじゃうの?」

「あ、そうか。僕、死ぬのか」

「私、嫌だよ。幸太郎、死んじゃうの」

「え、びっくりだよ。三咲が僕に死んでほしくないなんて」


「やだよ、困るもん」

「ひどいな。僕よりプリンのほうが大事ってことなんだな」


「そうじゃないよ」

「いやいや、三咲はひどい。僕のプリンをたくさん食べてるのに」


「じゃあ、こうしようよ」

「どうするんだい?」

「このトマトは爆弾なんだよね。世界が終わるから食べられない」

「そうだ、だから食べちゃダメだ」


「じゃあ私が、プリンじゃなくてトマトを食べるよ」


「え!? なんで、死んじゃうよ」

「私、ひどいひとなんでしょ。死んでもいいと思うの」

「ダメだよ。死んだら。トマト食べちゃダメだよ」

「じゃあプリン食べていいの?」

「だめだめ、それもダメだよ」

「じゃあトマト食べるね。このトマトを食べて終わらせるの。そしたら、幸太郎との関係も終わるでしょ。私にプリンを食べさせてくれない幸太郎とは、一緒にいられない」


「そ、そんなの卑怯だよ」

「卑怯じゃないよ。幸太郎は私にプリンを食べさせたくないんだもん。だから、この関係は終わり。……だって嫌いなんでしょ?」

「きらいじゃないよ。ずるいと思ったんだよ」

「じゃあ、好きなの?」


「ほらやっぱりずるい。きらいじゃないなら好きだろ、とかさ」


「好き」

「いやいや」


「好き」

「普通だよ」


「好き」

「……え」


「私のトマト食べたでしょ。だから、好きになったの。私、こうちゃんのこと好き。トマト食べてる幸太郎が好き」


「や、やるじゃないか。その手には乗らないからな」

「いいよ、プリン食べて。私ね、今日、引っ越しするの。近いよ、隣街だし。このあと引っ越し屋さんくるんだ。でも学校、いっしょじゃなくなっちゃうね。でもね、言いたかったんだ。トマト食べてくれてありがとう、って。ううん、すぐ会えるから。また遊んでね」


「す……」

「す?」

「す、す……す」

「すがいっぱいだね」


「……すみません、プリン食べてくれていいです」

「……いじくなし。……うそ。いただきます。うん、おいしい」


三咲は笑って、プリンを平らげた。


僕は一人、残されたトマトを口にした。

いただきます。

「……すっぺぇ」


「あ、来たみたい。車、家の前に止まった。じゃあね。プリンおいしかったー。ばいばい」


三咲が去ったあと、僕は情けなくて、寂しくて、涙が止まらなくなった。そこに母さんがやってきた。


「幸太郎、どうしたの」

「三咲がさ、引っ越しするって、今日。……さっき聞いたから」

「あんた知らなかったの? なんか家建ててたけど、やっと入れるようになったんだって」

「え?」

「ほら、裏の工事してたとこ」


僕は窓の外を見た。二軒先の家の前に、引っ越しのトラックが止まっていた。

「あれ!?」

「あ、プリン、食べた? 三咲ちゃん来るからプリン買ったのよ。あと近くだけど、挨拶した? なんて言ったの?」


僕はまだ口の中に残る、最高に酸っぱくて、でもどこか愛おしい味を噛みしめた。


「……すっぺぇ」


僕はトマトが好きになったのかもしれない。

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