トマト爆弾 ――プリンをめぐる、僕と彼女――
僕の名前は、幸太郎。とても幸せな字だ。
そして、僕の前にいる女――三咲。
僕と三咲の間には、トマトとプリンがある。
「いいかい、今日は僕がプリンを食べる番だ」
「順番こに食べるなんて、約束じゃないよ」
「そうだとも。僕たちはトマトが嫌いだ。だから、話し合いで決めることになっている」
「そうね。いつもと同じルールね」
二人で決めたルール。
彼女はなぜか、僕のプリンの日に必ず家にやってきて、プリンを食べる。
一か月に一度の楽しみの日に、なぜか彼女は来る。プリンがある日に必ず来るのだ。そして、トマトを持ってくる。
これまでに勝負した回数は11回。今日が一年を記念する「プリン記念日」になる。
「今日勝って12連勝になる、全勝記念日ね」
「いやいや、今日こそ僕が勝つ」
「ふふ、いつもそう言って、私のプリンを眺めて、大嫌いなトマトを食べているのは幸太郎よ」
「いやいや、今日こそお前にトマトを食べさせる」
「ふーん、何か作戦でもあるの?」
そう、僕は彼女に一度も勝ったことがない。
彼女が学校が始まった日に転校してきて、僕の家の隣に引っ越してきた。
最初はかわいい子だなと思ったけど、とんでもなかった。勉強も運動もできる人気者。
でも、給食の時間に彼女はトマトを残していた。僕も残した。
そしたら、彼女が僕の給食にトマトを置いたんだ。「プリンあげるから食べてよ」
僕はプリンが大好きだ。給食のプリンを食べたくて、僕はトマトを食べた。そしたら、プリンをくれたんだ。
そんな話をしたら、母さんが月に一度、プリンを買ってきてくれるようになった。
「ちゃんとトマトを食べたら、食べていいよ」
だから僕は、トマトを家でも頑張って食べたんだ。あ、給食の時は残してたかもしれない。
僕は、絶対プリンを食べたい。すっぱいのはいやだ。
それにしても、習い事が多くて、遊べる日はほとんどないって聞いたことがある。
なんでそんなやつが、うちに来るんだろう。
トマトを持って。
なぜだ。
「いいかい、このトマトは爆弾なんだ。食べたら世界が終わってしまうトマトだ」
「うんうん、おもしろそうね」
「だから、僕はトマトを食べない。プリンを食べる」
「え? それだけなの?」
「そうだよ。だって食べたら世界が終わってしまうんだよ。食べられないじゃないか」
「そう。でも、プリンを食べていい理由にはならないよ」
「最後の日に食べる、最後の晩餐というやつだ。だからプリンを食べるんだ」
「じゃあ、プリンを食べた後にトマトを食べるの?」
「え……食べないとだめなのか」
「最後の晩餐の意味、知ってるの?」
「好きなものを最後に食べていいってことだよ」
「そうだよ。でもそのあと死ぬんだよ。トマト食べるんでしょ?」
「いや、世界が終わるから、みんなに迷惑かけられないよ」
「じゃあ、プリン食べたら幸太郎は死んじゃうの?」
「あ、そうか。僕、死ぬのか」
「私、嫌だよ。幸太郎、死んじゃうの」
「え、びっくりだよ。三咲が僕に死んでほしくないなんて」
「やだよ、困るもん」
「ひどいな。僕よりプリンのほうが大事ってことなんだな」
「そうじゃないよ」
「いやいや、三咲はひどい。僕のプリンをたくさん食べてるのに」
「じゃあ、こうしようよ」
「どうするんだい?」
「このトマトは爆弾なんだよね。世界が終わるから食べられない」
「そうだ、だから食べちゃダメだ」
「じゃあ私が、プリンじゃなくてトマトを食べるよ」
「え!? なんで、死んじゃうよ」
「私、ひどいひとなんでしょ。死んでもいいと思うの」
「ダメだよ。死んだら。トマト食べちゃダメだよ」
「じゃあプリン食べていいの?」
「だめだめ、それもダメだよ」
「じゃあトマト食べるね。このトマトを食べて終わらせるの。そしたら、幸太郎との関係も終わるでしょ。私にプリンを食べさせてくれない幸太郎とは、一緒にいられない」
「そ、そんなの卑怯だよ」
「卑怯じゃないよ。幸太郎は私にプリンを食べさせたくないんだもん。だから、この関係は終わり。……だって嫌いなんでしょ?」
「きらいじゃないよ。ずるいと思ったんだよ」
「じゃあ、好きなの?」
「ほらやっぱりずるい。きらいじゃないなら好きだろ、とかさ」
「好き」
「いやいや」
「好き」
「普通だよ」
「好き」
「……え」
「私のトマト食べたでしょ。だから、好きになったの。私、こうちゃんのこと好き。トマト食べてる幸太郎が好き」
「や、やるじゃないか。その手には乗らないからな」
「いいよ、プリン食べて。私ね、今日、引っ越しするの。近いよ、隣街だし。このあと引っ越し屋さんくるんだ。でも学校、いっしょじゃなくなっちゃうね。でもね、言いたかったんだ。トマト食べてくれてありがとう、って。ううん、すぐ会えるから。また遊んでね」
「す……」
「す?」
「す、す……す」
「すがいっぱいだね」
「……すみません、プリン食べてくれていいです」
「……いじくなし。……うそ。いただきます。うん、おいしい」
三咲は笑って、プリンを平らげた。
僕は一人、残されたトマトを口にした。
いただきます。
「……すっぺぇ」
「あ、来たみたい。車、家の前に止まった。じゃあね。プリンおいしかったー。ばいばい」
三咲が去ったあと、僕は情けなくて、寂しくて、涙が止まらなくなった。そこに母さんがやってきた。
「幸太郎、どうしたの」
「三咲がさ、引っ越しするって、今日。……さっき聞いたから」
「あんた知らなかったの? なんか家建ててたけど、やっと入れるようになったんだって」
「え?」
「ほら、裏の工事してたとこ」
僕は窓の外を見た。二軒先の家の前に、引っ越しのトラックが止まっていた。
「あれ!?」
「あ、プリン、食べた? 三咲ちゃん来るからプリン買ったのよ。あと近くだけど、挨拶した? なんて言ったの?」
僕はまだ口の中に残る、最高に酸っぱくて、でもどこか愛おしい味を噛みしめた。
「……すっぺぇ」
僕はトマトが好きになったのかもしれない。




