第94話、探索迷いの森①
どこのダンジョンでも入るときに必ず通る、深く濃い霧の中を慎重に歩いて行く。
超大型ダンジョン、迷いの森。
現在規制が敷かれているため限られた者しか入れなく、また様々な噂話が飛び交うダンジョン。
どこかにあるという冒険者が建てた小屋に3日間寝泊まりすると、最終日の夜に悪魔が現れるとか。
満月の日にダンジョンを訪れると、運が良ければ『月夜の魔女』に出会えるとか。
奇数月の新月の日には、財宝が眠る隠し部屋への入り口がどこかの木の幹に現れるとか。
そしてこれも巷では噂話として捉えられているそうなんだけど、深部のダンジョンボス部屋では、育てるのが難しいと言われる『スライムの木』がスクスク育っていると言う。ただこの話、一部の者たちの間では真実である事は有名な話らしい。
ちなみにスライムの木が育てられるようになったのが1700年前と言う事らしいんだけど、これは現存するダンジョンで二番目に寿命が長いダンジョンでもあるそうな。
もちろん最古のダンジョンは言わずもがな、迷宮王国ラビリザードだ。
そして今回、ダンジョンにあるワープを利用する事が目的なので、ダンジョンの迷宮核は破壊せずに、ダンジョンボスのみを討伐する事になっている。
霧が段々と薄まって来た。
そろそろダンジョンの中か。
そこは薄暗いトンネルのような作りの場所であった。
ヒト三人が横に並んで、ギリギリ歩けるくらいの広さの。
そして迷いの森と言うだけあって、このトンネルの材質は樹木である。
上部はアーチを描くようにして湾曲して生えた幹や枝によって形成されており、デコボコの地面はそれらの根でびっしりと埋まっている。
これは足元を見て歩かないと、高確率で足を引っ掛けてしまうだろう。
しかしダンジョン内に衛兵さんがいなくて良かった。
今回俺たちは正式な手順を踏んでここにいるわけではない。いわゆる強行突破でダンジョン内まで来ているのだ。
しかしやっぱり歩きにくいな。
左右に蛇行して伸びるトンネルを進み続ける。
すると途中から、上方へと向け傾斜が加わり始めた。その傾斜はなだらかではあるけど、場所によってはよじ登らないといけない程の段差も有ったりする。
ちょっとした登山気分だ。
そこで登りきると、曲がりくねったトンネルの先から緑色の光が漏れている事に気付く。
あの先に、なにかある?
そして最後に大きく右にカーブしている道を進むと、そこでトンネルが終わり開けた空間に出てきた。
眼前に広がるのは、不気味な光景。
それを目の当たりにしたため、その場で立ち止まると注意深く辺りを見回す。
ここは地面の極一部だけが濃い緑色に発光している、深い闇に包まれた森。
それがこのダンジョンの第一印象だ。
それと迷いの森、今までのダンジョンと比べてダントツで暗い。
ダンジョン内のためこう言う表現は違うのかも知れないけど、見上げても星が出ていない夜空。
唯一の明かりは毒々しい緑色の光を放ち続けている一部の地面なんだけど、その光る地面もここから見て全体の1割にも満たない。
また近寄らないと確かな事は言えないけど、発光する地面はその毒々しい色のため、沼地のようにぬかるんでいそうに見える。
また葉が殆ど付いていない痩せ細った高い木々が疎らに生えているのだけど、上方は深い闇に包まれているため途中から見えなくなり、逆に下方は発光する地面によりライトアップされる形となり、そのため闇夜にその姿を不気味に浮かばせている。
さらに耳を澄ませば、断続的にどこか遠くから『チキチキチキ』と虫の鳴き声のようなモノも聞こえて来ている。
はっきし言って、このダンジョンも今までのダンジョンと同じように、嫌な予感しかしない。
「では、複眼の木を探しましょう」
クロさんが音頭をとりダンジョン探索が開始された。
話では今までのダンジョンとは比べ物にならない広さだそうで、しかもこの暗さである。一度はぐれたら再会するのは大変そうだ。
離れ離れになるのだけは避けたい俺たちは、団子状態になり進んでいく。
そしてこのダンジョンは女性だけで訪れると、ナビゲーターとなる複眼を持つ木のモンスターが現れるらしい。
そのモンスターについて行くと、ダンジョンボスへと続く洞窟まで連れて行ってくれるそうな。
しかし本当に暗いな。
少し離れた場所だと、ライトアップされたところ以外何も見えない。代わりにライトアップされた場所は結構遠くでも見えている。
これはモンスターにとっても同じであろう。俺たちが不用意にライトアップされた場所に近付けば、好戦的と言われるダンジョン内のモンスターたちが集まってきてしまう。
そうして俺たちは明かりを避け、木をよけながらジグザグに進んでいく。
そして暫く歩くと、遠くに見える一本、薄っすら明かりを受けている樹木のシルエットに違和感を感じた。
波打っているように見えるけど、おかしい、よね。そしてよくよく見れば、何かがへばりついているのが見えた。
あれは——、カナブンやカメムシのような外骨格が頑丈な甲虫類の昆虫。
しかもあの感じだと、一匹が俺の上半身くらいはありそうなビックサイズの昆虫である。
それらが沢山、木の幹の上から下にまでびっしりと群がっている。
そこで俺が気持ち悪そうにしている事に気付いたアズが、両手で俺の手首を握ると軽く引っ張ってくる。
「ねぇねぇ、なにかあったの? 」
「あぁ、敵を見つけたんだけど——」
「敵!? で、どこにいるのよ? 」
「えーと、あっちのところの木に」
指差した俺の指先を、女性陣が注視して見る。
「うわっ、たしかにいるね」
真琴が俺の空いているほうの腕に身体を寄せると、心底嫌そうに言った。
「どっ、どこよ? 」
「お嬢様、あの木です! 」
まだ見つけきれていないアズに、クロさんが膝を曲げ目線を合わせたうえで指を指す。
「あの木かしら? 」
「そう、だと思います」
愛想笑いをして曖昧な返答をするクロさん。
しかしそれで納得するアズではなかった。
「煮え切らない返答ね、なら! 」
そう言うと、一本の闇ツララを瞬時に作り上げ射出した!
闇ツララは樹木に巣くう大型昆虫の一匹を貫くと、一撃で黒い霧へと変える。
「あははっ、当たりね」
しかし次の光景にゾッとする。
攻撃の振動で上からボタボタと黒い影、恐らく昆虫が大量に落ちてきたのだ。
ただしそれだけならまだ良かった。
真にゾッとしたのは、木の幹に取りついていた他の昆虫たちが、落ちた昆虫たちと同じようにササッと地面を這い四方へ散っていったのだ。
その木の周辺以外は完全な闇のため、それらが今どこを走っているのか、脚を止めたのか、全く分からなくなったのだ。
「めめ、女狐! なんてことを! 」
「なによ? どうしようが私の勝手でしょ」
俺の胸の前で、見えない恐怖におののく真琴と、なぜ真琴に問い詰められているのかわかっていないアズが睨めっこをする。
取り敢えずライトアップされている木々に昆虫の姿は見えない。そして俺たちの進行方向上にも昆虫たちは散っていっている。
より一層、暗闇に気を付けて進まないと。
『チキチキ』
『チキチキチキ』
どれ程の時間が流れたのだろうか?
ダンジョン特有の静寂の中、時折あがる不気味な鳴き声を間近で聞きながら歩を進めていく。
クロさんが気配を探知しながら進んでいるとはいえ、かなりの恐怖です。
「……あれ! 」
真琴が声を抑えつつ叫んだ。
真琴の視線の先を目で追うと、そこには他と変わらない一本の細く高い木があった。
しかしその木は、俺たちから見て真横に移動している。
何本もの根を昆虫の足のように動かし、ゆっくりカサカサと。
「アレではないようですね」
暫く凝視していたクロさんが言った。目印となる複眼をその幹に見つけられなかったようだ。
俺たちは動く木が立ち去るのを、それこそ木のように微動だにせずにジッとその場で待つ事に。
しかし迷いの森、これは本当に洒落にならないな。
同じような風景に加えて、ただひたすら背景と化しているはずの木が動く。
恐らくあれも好戦的であろうから、戦闘になろうものなら突進してくる奴もいるだろう。そうなるとさらに景色がゴチャゴチャになり、来た道さえ分からなくなってしまいそうだ。
そしてそして、更にここはラビリンス型迷宮ときたもんだ。
『クイクイッ』
真琴に袖を軽く引っ張られた。
そこで真琴と同じ方向を見れば、動く木が視界の遥か隅の方にいっていた。脅威は去ったようだ。
そこで俺たちは歩みを再開させる。
それからさらに、森の中をただひたすら進んでいく。
すると地面の光でライトアップされた所が周辺に一切ない、真の闇のエリアが目の前に現れた。
流石にこう何も見えないと、前進するわけにはいかないな。
クロさんが持ってる魔鉱石で明かりを点ければ済む話だけど、それだと明かりを確保できても、闇に潜む敵に俺たちの居場所を教える事になってしまうため結果使えない。
……ん、なんだろう?
前方から湿ったうえで生温い、この場から一歩下がりたくなるような空気が、ゆっくりと俺たちを侵食して来ているような感覚に陥ってしまう。
とその時、目の前の闇の中から巨大な壁がぬらりと浮かび上がってくる!
……いや、これは、とてつもなく巨大な木の根、が何本も入り組んでいるのか?
そう、壁と思ったのは巨大な根であった。
それにこれは、元からそこにあったモノが、俺の目が闇に慣れてきたおかげで視認出来ただけである。
そしてこの行く手を遮る一本だけで身の丈以上である巨大な根が、話では巨大になりすぎたボスの根だというのだから、本体の大きさがとんでもない事が容易に想像できる。
確認のためソウルリストを見てみると、『神木二面樹』と出た。
しかしこの根、僅かにだが脈打つように動いている。
この根もボスと同じく攻撃するのは危険と言う話だけど、もしこの巨大な根が縦横無尽に動き回るのであるならば、これが如何に危険な存在なのかが分かる。
取り敢えず迂回するか。
そこから右方面に進んでいくと、樹木がかなり密集している地帯に突入した。
他と違い木々が立ち並んでいるため死角が多く、突然モンスターと鉢合わせになる可能性が高い危険な場所のようだ。
でもここも迂回していると、来た道を結構戻る事になりそうだし。
そこでクロさんと目があった。
クロさんは静かに頷くと口を開く。
「今のところ周辺に敵の気配はありませんけど、どうされますか? 」
「ボクたちの戦力ならどこを通っても問題ないだろう。ここは押し通ろう! 」
と言う真琴の意見に従った俺たちは、木々を縫うように避けながらジグザグに進んでいる。
とそこで、突然真琴とクロさんが同時に上方を見上げた!
もしかして敵!?
倣って見上げて見るが、真っ暗闇でなにも見えない!
二人は恐らく気配を感じたのだろうけど?
気配?
そうか、俺もソウルリストで確認すれば!




