第91話、修羅場
「ごめん! 」
……でもなんで、肩に手が届かないんだ?
そう、真琴の肩を掴もうとした俺の手は、ドンピシャで真琴の下にきているほうの胸の上にあった。
現在俺は真琴の背中、肩からお尻にかけてピッタリ引っ付いているので、これ以上の密着は出来なければ腕も伸びない。
真琴を安心させるためにも、映画の一場面のように後ろから両肩を掴んで抱きしめたいのに。
とそこで閃く。
そうだ、真琴の腕があるから肩に届かなかったんだ!
横になる真琴は腕を足の方へ伸ばす、所謂『気をつけ』の状態になっている。
そのため上から腕を回そうとしても、その腕一本分遠回りする形になっていたのだ。
なので正解は、真琴の脇の間から腕を入れて伸ばすだ!
俺が導き出した答え通りに腕を回してみると、初めて真琴の両肩に俺の両手が届く形になった。
でもこれ……。
成功した事はしたのだけど、真琴の胸が大きいため、俺の手首あたりで張りのある胸を押しつぶす形になってしまっていた。
そのため強く抱きすぎて真琴に痛みが走らないよう力加減に注意しながら、ギュッギュッと強弱をつけてみるが、同じく胸も刺激してしまっている。
そこで不意に、真琴が顔だけをこちらに向けた。真琴の瞳はウルウルとなっている。
俺は抗議の声を上げさせまいと、すかさず真琴の唇に唇を重ね合わせた。
とそこで——
『カチャカチャ、カチリ、……ガチャッ』
部屋に乾いた音が続けて鳴り響いた。
キスをしていた俺と真琴の動きが止まる。
そう、この音は、鍵をかけていた部屋の扉が開いた音であったから。
そしてベッドで身を寄せ合い唇を重ねあっていた俺と真琴が、視線を向けたのは同時であった。
視線の先、部屋の入り口の前に立つのは、枕を抱きしめデート時には編み込んでいた髪型をいつものストレートに戻している、寝巻き姿のアズであった。
「ユウト、今から寝るんでしょ? 私も一緒に寝るわよ」
そして固まっている俺たちを無視してアズがトコトコと歩いてくると、ベッドに上がり布団に潜って来る。
「えっ? あれ? そもそもなんでカギを持っているの? 」
頭が混乱の海のだだっ中でバタバタ溺れかかっている最中、アズが横になる俺の背中にべったり引っ付いてきた。
「ヴィクトリアにユウトの部屋にいく話をしたら、普通にくれたわよ? それとこれはヴィクトリアからの差し入れ」
そう言うとアズは液体が入った小瓶をテーブル上に置く。
「眠たくなった時に、飲むと良いって言ってたわよ」
つまり睡眠薬なのかな? じゃなくてヴィクトリアさん、貴女はなんでこの部屋のカギを持っているのですか! ?
というか、今はそんなちっぽけな疑問なんか消し飛ぶほどの超展開であって、なにから片付ければいいのか五里霧中に彷徨ってる最中であって——
「ねぇねぇ、今キスしてたのよね? 」
「えっ、あ、あぁ」
「なら私もするわよ」
俺の耳元にアズの呼吸音が迫る。
背中に引っ付いていたアズが、身を乗り出し俺の上に覆いかぶさると、頬をピンクに染め色白な顔を近づけてきている。
たまらず俺は上体を起こす。
「アッ、アズは、俺と真琴が仲良くしていても、気にならないの? 」
すると女の子座りになったアズが小首を傾げる。
「気にするわけないでしょ? 真琴は真琴、わたしはわたしなのだから」
そう言うと正面から抱きつき俺の胸に顔を埋めてくる。
「なっ、ならさ、アズは俺のことどう思っているの? 」
「そうね、簡単に言えば特別な存在よ」
アズが言う特別がどのレベルの特別なのかが問題なんだろうけど、真琴がいるここで、はたしてその質問をしても大丈夫なのだろうか?
超展開に頭がまったく追いつかない。
「その特別ってのを、ボクにも詳しく聞かせてくれないかな? 」
真琴だ。起き上がってきた真琴には先ほどまでの弱々しい雰囲気は微塵もなく、鷹のような鋭い眼光でアズを見据えている。
「そうね、一緒にいる事が多くなってわかってきたのだけど、ユウトはいい匂いがするの」
「匂い? 」
そこで俺の胸に顔を埋めるアズが、その小さな可愛らしい鼻を俺の胸に引っ付けてクンクン鳴らす。
「そう、この匂い。この匂いがなんなのか、私にもわからない。でもこんないい匂いを嗅いだのは、生まれて初めてだから。まっ、直感の一種だと思って貰って構わないわよ」
そこでアズが俺の方を見上げながら、嬉しそうに微笑む。
「それになんか、ほっとけない部分が可愛いのよね」
「ふーん。……わかった」
真琴がぶっきらぼうにそう呟くと、それからは何も言わなくなった。
と言うか真琴、今ので納得したの? てっきり怒涛の言葉責めから始まり、血で血を洗う争いが行われるのではと心配していただけに、安心はしたのだけど——
そこで真琴を見ていたアズが、小首を傾げた。
「あれ? あんた泣いてたの? 」
「こっ、これは、違うよ」
慌てた真琴が、寝巻きの袖で涙の跡をゴシゴシ拭いていく。
「そうそう——」
そんな真琴に、俺からスッと離れたアズが近寄っていく!?
「あんたも不思議といい匂いがするのよね」
「……え? 」
そしてやすやすとアズの接近を許した真琴が、アズに両腕を掴まれた状態で唇を重ねられた。柔らかな唇が柔らかな唇により、軽く吸われながら擦り合わされる。
「んん! 」
真琴がもがき抵抗しようとするけど、アズに両手首を握られ動きを押さえ込まれる。そして組んずほぐれつの結果、ベッドに押し倒されてしまった。
そこでさらにハムハムをするアズ。しかし真琴は口を固く結んでいた。
と言うか、なんなのこの展開! まさかアズの探究心がここまでとは!
そんなこんなであたふたしていると、アズが真琴から顔を離す。
「真琴とのキスはいまいちだったわね」
「当たり前だ! と言うか、お前はなにを考えてい——」
なおも話す真琴の口内に、アズの指が差し込まれる。
「油断したわね、ちゃんと最後まで確かめときたいから」
再度、アズが真琴に唇を重ねた。今度は真琴の口内にアズの小さな舌が侵入する。そしてそこからのキスは、ディープなやつだった。
「んあっ、んん! 」
ジタバタする真琴であったが、湿っぽいネチャネチャ音が二人の間から連続して鳴り始めた頃から、瞳を閉じ一気に抵抗する力が弱まったように思える。
そしてアズは止まらない。次なる一手、真琴の大きな胸を弄り始めたのだ。寝巻きを着ているがノーブラである真琴の胸に、アズの小さな手が食い込む。
しかしそれは、真琴の両腕が解放された事を意味していた。すかさず脱力してしまっていた真琴に力が宿る。アズの肩を掴み両腕を伸ばすと、見事引き剥がす事に成功。
その際、口と口が離れる時に、すぐにプツンッと千切れたけど真琴の開かれた口とアズの可愛らしく出している舌との間で、唾液が蜘蛛の糸のようになっていた。
ベッドでは横になったまま、はぁはぁ息を荒くしている真琴。対して、頬を染め恍惚な表情で舌なめずりをしながら真琴を見下ろしているアズ。
……。
女の子と女の子、所謂百合っているのをはじめて見たわけなんだけど、なんかかなりグッとくると言うか、超エロかったです。
そんな事を考えていると、アズが俺の胸元に戻ってきた。そして見上げながらに言う。
「お互いに動かし合うのも気持ち良いけど、ヌリヌリの時にされた、無理矢理奪われる感じの方が好きかも」
えっ?
「まぁー、真琴の胸は、ずっと触っていたくなるくらい気持ちよかったけどね」
ちょっと待って! 無理矢理奪った? それって、誰からされたの? 俺に記憶はないんですけど……。
アズがなんでディープなキスを知っているのか不思議に思ってたけど、アズもされちゃってたわけ?
……いや待てよ、アズはヌリヌリの時って言ったよね。つまりそれは、あの無意識の空白の時間帯で俺が奪ってしまっていたとでも言うのだろうか?
なんかそうだと言われたら、そんな気がしてきました。
と、とにかくだ!
「そろそろ寝ないと明日に響くから、二人とも寝るよ! 」
「わかったわ」
そう言うと、パフッとアズが狭いベッドの上で横になる。
……えっ、これって。
狭いベッドの上には、まだ僅かにハァハァ呼吸を乱す姿を見せないよう顔を背けている真琴に、耳まで赤く染めたアズは敷布団に銀髪を乱しどこか妖艶な笑みを浮かべてこちらを見据えている。
そして空いているスペース、俺が今から寝ようとしている場所は、そんな女の子達の間の狭いスペースだ。
「ここ狭いけど? 」
「真琴が詰めれば大丈夫でしょ」
たしかに真琴のほうに若干スペースがある。あと俺が別の部屋に行ってもついてくるだろう。
つまり、これは仕方がないこと……。
そう自身に言い聞かせながら、俺は寝転び真琴に詰めて貰うよう、真琴の名を呼びながらチョンチョンと肩に触れたわけなんだけど——
真琴はビクンッと身体を震わせ、吐息と一緒に声を漏らした。
「えっ、あっ、真琴、大丈夫? 」
「ごごごめん、詰めたらいいんだよね! 」
「ああ、すまない」
そうして出来たスペースに横になる事ができたのだけど、アズが俺の身体に腕と脚を絡ませる程の密着をしてきた。
……このアズの胸が腕に当たる感触、アズはちゃんと下着を着けてきているようだ。と言うことは、寝巻きの下は一緒に選んだあのフリルの付いた黒の下着であって——
ダメだ、さっきからエッチな想像ばかりしてしまっている。そこでまたアズが身を乗り出して来た。
「ねぇねぇ、また熱い口づけをして」
「そんな事してたら眠れなくなるだろ? 」
「どうして? 」
「それは、……興奮してしまう、からであって」
「ふーん。じゃ、おやすみなさい」
「えっ、あぁ。……おやすみなさい」
一呼吸置いて、フゥーとため息をつく。しかしアズが、素直な子でよかった。苦しい説明になってしまったけど、納得はしてくれたようだ。
ただ女の子二人に挟まれて、こんなにも甘い香りと熱が伝わってくる中、健全な男子は眠る事が出来るのだろうか?
そして中々眠りにつけなかった俺は、ヴィクトリアさんの差し入れがある事を思い出す。そして一口飲んでみて再度ベッドで横になった俺は、気がつけばうつらうつらしてしまい——
そして——
雨雲が覆う陰鬱とした荒野を一人走っていた俺は、断続的に耳が何かの音を捉えている事に気がつく。そして嫌な予感がして見上げた。するとそこには不気味な雰囲気を醸し出す、長い黒髪を携えた見知らぬ女が。
そいつは枯れ木の枝に、気怠そうに身体を横たえており、その長い黒髪を指に巻きつけながら宙に出している脚をプランプランさせている。
そんな女に目が離せなくなっていると、いつの間にか上体を起こしたその女の肩には大きな鋭い鎌が——
とそこで腹部に鋭い痛みが!
見れば真一文字にパックリ裂けている腹部。そして次の瞬間には盛大に鮮血が噴き出し始める。
「うっ、うわぁ! 」
——ってここは?
目を見開くと暗い部屋の天井が。
……夢だったのか。でもなんだか頭がクラクラするし、まだ腹部が……圧迫されている?
視線を少し下にズラすと、時折ボヤけるけどアズがいるのが分かった。彼女は俺のお腹の上に跨っている?
「あの、なにをしているのですか? 」
「もう、起きるのが早いわね。もう少しジッとしてなさいよね」
そうしてアズが抱きつくようにして、俺の首筋にキスをしてきた。それは小鳥がついばむような可愛らしいキスなんだけど、どこかぎこちなくもどかしいため、時間と共に悶々としてくる。
そこで視線を感じる。真琴だ。しかし彼女は抗議を上げるのではなく、恍惚な表情で俺たちを見つめているような。
——このままでは色々と不味い。
「アズ! 」
「……はーい、わかったわよ」
そうしてアズがしぶしぶといった感じで、俺の上から退いてくれた。
と言うか、アズさんのお陰でどんな内容だったかもう忘れたけど、怖い夢を見ちゃったんですけど?




