第73話、断罪の縛り
私の胸元には、ぷかぷか浮かぶバスケットボール程の大きさの球体、縮小版の蒼の世界。
そして眼前には、私に対して問答無用で斬りつけてきた冒険者風の者。
ちなみにその者の表情は真剣なものから一変、驚愕の色に染まってしまっています。
しかしそれも一瞬だけで、刃先の無くなった剣を手に、次の瞬間には後方へ大きくステップを踏み間合いを取りました。
ズザザザッと街道で砂埃を上げ脚で勢いを殺し立ち止まった男は、背筋をピンと張ると長めの前髪をかき上げながらこちらを見据えます。
「私は今、ラナイースと呼ばれています。そしてこの剣は、自慢の地龍ガイガンドの外皮を突き破り屠った、ラナイースが扱っていた頑強な劔、バクトドーガ」
男はそう述べると、自身が手にする刃先が無くなった剣を眼前にまで掲げ凝視したのち微笑を浮かべます。
「なんですけど、それをこうも簡単に使えなくしてくれるとは。……あぁそうそう、可愛いガイガンドを失った腹いせにラナイースは殺しましたよ。まぁそれからは戯れで、私がラナイースを名乗り、代わりをしているだけです」
私の怪訝な視線を勝手に解釈したラナイースと名乗った者が、説明を終えるとその剣を無造作に街道脇の草むらへと投げ捨てます。
この一見冒険者風の男、悪鬼要塞に現れた老紳士と同質の存在、列席者の一人であります。
そして遅かれ早かれ、ユウト様たちと遭遇する予定であった者。
「しかし咄嗟でビックリしたため条件反射で攻撃をしてしまったわけですが、それをそんな得体の知れない物で事も無げに受け止めてしまうのですね。……ふふっ、ずばり貴女は人ではありませんよね? 」
「えぇ」
すると男は、上げた右手の甲を口元に当てながらまた含み笑いを上げます。
「ふふっ、隠さないのですか? 」
「そのような事をしても、意味がありませんので」
するとその返答を受けた男の表情から笑みが消えます。そして腕組みをすると、その状態から上へ向けた手の平上に顎を乗せます。
「うーん、完全なるシンメトリーな造形は素晴らしいのですが、その無駄を省いてしまっているがため冷めた印象を与える中身が面白味に欠けますね。実に勿体無い」
私としては目の前の者の仕草のほうが、鼻について仕方がないのですが。
それと原初の存在の姿を真似て作られたモノが人。
そして我々のような存在は力が大幅に落ちるのもいとわずこの姿を取りたがるのですが、人の姿を形どる際、莫大な力がなければ左右対称できめ細やかな肉体の造形、また衣装を構築、それらを維持することは難しくもあると言うのですが——
この物言い、どうやらこの男は私を下位の存在としてみているようです。
左右対称であり多くの装飾を身に纏いしこの私を目の前で見ているというのに。
つまり自信があるのでしょう。
自身より地位が高い者がこの場に存在するはずがないという事を。
となると、この者はダークネスさんと同等であり超越者の一段下のクラスである、多くの星々を纏めあげる存在、しかもその中でも上位の方の者なのでしょう。
全てを見透かす瞳で、少し調べてみます。
……やはりそうでしたか。
この者は四番目の世界に存在する、一億もの星々の集合体であるラザディオルを擬人化した姿で、元は恒星の属性であります。
この星に集いし者たちを単純に力の総トータルから見た序列で見れば、人間落ちする前のダークネスさん、列席者たちの当主であるメルメリルララさんと来て、そこから大きく離れてはいますが三番目に位置する者。
そのため完全に油断をしているようです。
現に私と言う存在を少しも調べる素振りさえ見せないのが良い証拠。
ただ仮に調べられても隠蔽をかけているため、七番目様に迎い入れられ一つの理から外れた私の本質を調べることは出来ないでしょうが。
それと私の性格を侮辱したのでしょうが、自身を矮小な存在であると考える私からしてみれば、心に全く響かない言葉であります。
しかし七番目様からお借りしている身体を褒められる事に関しては逆で、悪い気がしません。
そのため素直な気持ちを伝えます。
「ありがとうございます」
「おやおや、貶したつもりが御礼を言われるとは。ところで貴女、ここへ何をしに現れたのですか? 」
「それは貴方がたが私たちを付け狙う行為をやめて頂きたく思いまして、そのお願いを」
すると男は半身になり、ビッと私を指さします。
「ほぅ、つまりそれは、ダンジョンを破壊し、我らが同胞を滅ぼしたのも貴女、……それに仲間が他にもいると言うことですね? 」
「えぇ、概ねそういう事になりますが——」
すると私が質問の返答をしている最中だと言うのに、目の前の者が右手で髪をかきあげ、その切れ長の瞳を覗かせます。
そしてもう片方の腕を胸の位置まで上げると、その指を忙しなく動かし始めDPを操作し始めました。
ダンジョンポイントを操作、つまりそれは——、戦闘の始まり。
先ほど程度の蒼の世界ぐらいならば問題ありませんが、本格的な戦闘になればこちらもそれ相応な力を使わねばならないでしょう。
そうなれば私の手元から離れ自動操縦となっている、断罪の縛りが私に襲いかかることに。
確率が高かったとはいえ、やはり避けられない運命なのでしょうか?
「あの、対話は出来ませんか? 」
「それは駄目です、それと逃走もオススメしません。この後のおもてなしが、極限にまで痛烈なものになりますので」
「待ってください」
「ん? ……いまさら命乞いですか? 」
「いえ、貴方は御一人ですけど、仲間は呼ばないのですか? 」
「何を言ってるのですか? いくら我らでも、たまには息抜きが必要でしょう? その楽しみを他の者に邪魔はされたくないではないですか? 」
「そうなのですか? 」
「そうなんですよ! 」
「わかりました。では、よろしくお願いします」
私がお辞儀をしている最中、そこで今までの晴天が嘘だったかのような、例えるなら蛍光灯を消した夕暮れ時の部屋ぐらいにまで辺りが一気に暗くなります。
そして顔を見上げてみれば、男の背後に樹木の年輪のように、内に幾重にも重なった巨大な歯車型の魔法陣が。
それらは各々右へ左へ複雑に回転を始めたかと思うと、それよりは小型ですが同じような歯車型の魔法陣がその周辺に次から次へと現れていきます。
そうして男が私たちの周囲に結界を構築していく中、男の服が発光しだし、一度最高潮にまで強めた光が弱くなってくると服装が一変、老紳士と同じような燕尾服へと装いが変わりました。
そして目の前の者の瞳が怪しげな光を放つと同時に、この者の世界が構築、闇の空間が私たちを包み込むようにして展開されていきます。
これは広大な宇宙そのもの。
素晴らしい、これはかなり強力な結界、世界であります。
この者、世界の構築に関していえばあのダークネスさんを遥かに上回る力を有しているようです。
流石にここまでくると、私も腹を決めなければなりません。
目の前の者を見据え戦闘態勢に入ろうとしていると、その者がニタリと笑みを浮かべます。
「な~に、残りの奴らの情報を聞き出さないといけませんので、ギリギリのところでやめてあげますよ。ただそれまでは、……星々の引き合う力の渦で、ダンスをするがいいでしょう」
目の前の者がその場に新たな空間、ゲートを出現。
そこからビー玉くらいの大きさの色とりどりの球体が飛び出してきます。
あれは、その一つ一つが元は岩石惑星。
あのビー玉化する過程でその質量をかなり削った物となってはいますが、それでも直撃を喰らえばこの肉体でさえタダではすまないでしょう。
そしてそれらは、さながら私を中心に公転する惑星のように円運動を始めています。
その数147個。
そしてこの私の動きを縛る強烈な重力磁場。
「準備は整いました、……あとは高みの見物といかせて貰いましょうか」
そう言い残すと、目の前の者が私の視界から掻き消えてしまいました。
すると私の内から、七番目様の意識が鮮明になってきます。
『ククッ、滑稽だな。因果率の奔流を観察するところから始め、吹けば消える僅かな痕跡から推測し、見つけたはいいが雁字搦めになっている手掛かりを丁寧に紐解き、その繊細で正確な緻密動作でじっくりと手繰り寄せ、そしてついにはあのユウトという存在へと到達する事が出来たヴィクトリアを前に、この様な子供騙しなかくれんぼなど』
その美しい声音が私の頭に響く中、既に私の瞳に捕捉されている男に対し、私は強く念じながら瞳を一度だけ瞬かせます。
すると目の前の男の姿が誰からでも目視出来るようになり、そしてその姿が完全に停止して見えます。
そう、それは私が攻撃を行なったから。
またそれによって、彼の瞳から見える景色はその全てが高速で動く色としか認識出来ていないはず。
そう、私は、目の前の者をその空間ごと切り取り、私が作り出した新たな世界、時間が停止へと向かい猛スピードで進む、極限にまで時の流れが遅い世界へと転移させました。
ただそちらは良いのですが、この程度の攻撃でもやはりダメでしたか。
私が彼を時の狭間に閉じ込めた瞬間、私が作りあげた断罪の縛りが私を拘束しようと発動されました。
今はまだ、なんとか抑えが効いているのですが、それも時間の問題。
もって一分後には私の力が断罪の縛りを下回ってしまいます。
男を見やります。
ほっておいてもあとほんの少しで完全に時間が停止するのですが、念のために今のうちに彼を、捉えた次元ごと閉ざしてしまいましょう。
『バキュシィッ』
作り出した空間が完全に停止をする直前、その姿に、また私が作り出した世界に亀裂が走る音が——
そしてその亀裂の内から、竜巻なんて比べ物にならない、猛烈な灼熱の突風、プラズマ流が。
そして亀裂をこじ開けようと、莫大な熱量と共に真っ赤に燃え滾る巨大な手が亀裂の内から現れます。
彼が作り出した147個の球体が一瞬で蒸発をする中、この星自体が蒸発しないよう、瞬時に蒼の世界を自身と辺りに展開。
しかし彼の反応速度、本当に素晴らしいです。
本能で瞬時に格の違いを感じとり、間髪入れず決断したのでしょう。
人型をやめ、本来の在るべき姿に近い形を取ることを。
この星の周辺は混沌に落ちてしまいそうになりましたが、それによって彼の命は延命されました。
しかし今回に限っては、それは愚策でしかありませんが。
私へと牙を剥く断罪の縛りが新たに一本追加、私の脇をすり抜け彼へと向かいます。
そう、この場で本来の力を解放なんてすれば、断罪の縛りが襲いかかる事は逃れようの無い道理。
断罪の縛りは、彼の燃え滾る腕に巻きつくと亀裂の中へもぐるぐる巻きついていき、巻きつかれた箇所はその負荷に耐えきれず即座に消滅していきます。
そうしてこの灼熱の空間が元の街道の姿へと戻るのには、そんなに時間はかかりませんでした。
そして今、力の均衡が破れ断罪の縛りが私にも巻きついていきます。
メガネの其処彼処に皹、亀裂が走り、魂を刻々と削られる感覚に陥り足元がふらつく中、一瞬辺りが光に包まれたあと景色が変化していっている事に気がつきます。
どうやらダンジョン魔術師の洋館の解放されし恩恵が、遠く離れたこの街道まで来たようです。
街道沿いの両脇にポンポンポンと芽が出てきたかたと思うと、それらがあっという間に若くしてどっしりとした巨木へと成長、一帯が緑に包まれていきます。
そして暖かな木漏れ日が、膝まづいてしまった私を照らします。
私が作り出した縛りはユウト様の完全版とは違う不完全な劣化版ですが、矮小な私なんぞでは耐えられるものでは……。
でも一度耐えてしまえば、持ち直してしまえば……。
そこでレンズ部分に大きな皹がピシッと走ります。
やはり、ここまでなのでしょうか?
右側のフレームが崩れ落ちていきます。
……あぁ、だめ、でしたか。皆さんから、ユウト様から、私の記憶が、思い出が消えて——
そこで存在感を存分に発揮する巨木の枝から、地球の桜のような桃色の花が咲き乱れていきます。
綺麗ですね。
ユウト様、最後までお供出来なくて申し訳ありませんでした。
さしでがましいですが、無理を承知で私の存在がユウト様の記憶の片隅にでも残って頂けたら、幸甚でございます。
それと皆さん、今までありがとうございました。
……七番目様、申し訳ございません。
あとを宜しくお願い申し上げ……ま……
風に吹かれ視界を遮るほどの花吹雪が舞い散る中、私の黒縁メガネがブリッジのところで真っ二つに折れ、続いてフレームとレンズ部分が風に吹かれ空気中に溶け出したところで、私の思考が不鮮明なもの……に……。




