第7話、ユウトを縛るモノ
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原野を進む中、真琴がえらく瞳を輝かせキョロキョロしてるなと思ってたら、突如走り始めた。
そして若かりし頃はかなりヤンチャで街の人たちからは変わり者と呼ばれるお爺さんから育てられたアルプスに住む少女のように、『あはははっ』と甲高い笑い声を上げながら何処へ行くことなくグルグル回転しながら俺の周辺を回ると、これまた例の少女のように大の字になるようにして草むらへ倒れこんだ。
「あー面白かった。ユウトー、キミもやりなよ。楽しい気分になれるよ」
上体を起こし大自然へと誘う真琴。
ゴミゴミした空気の日本から離れた開放感からか、俺も一瞬走り回りたい気持ちが強くなりかけたのだけど、笑いながら走ったりクルクル回る二人ってはたから見たら怖いよなっ、に行き着き、ひとまず気持ちを落ち着かせる。
「俺はいいよ」
「アルプスごっこは嫌い? 」
「自覚してやってたわけ!? それよりさ、聞きたい事があるんだけど、いい? 」
「なーに? 」
「前世についてなんだけど、俺っていったい何者だったわけ? 」
すると真琴の顔つきが一瞬にして真剣なものへと変わる。
「ごめん、それは教えられないんだ」
「えっ? 」
「いや——」
そこで真琴が苦しそうに短く息を吐く。
「そんなせつなそうな顔で見つめられたら、グラつきそうだよ」
そしてパタパタと手を振り始める。
「いや、意地悪をして教えないわけではないんだ。キミの前世についての詮索がね、実はしてはいけない行為であるんだ」
詮索がしてはいけない行為?
「不思議に思うかもしれないけど、決まりは決まりだからそうとしか言えないんだけど。……ごめんね」
「いや、いいよ! なんか逆に、真琴に迷惑をかけてるっぽくて申し訳なくなってきてるから」
すると真琴が考える人や物理の葛西先生のようにポーズをコロコロ変えながら逡巡した後に、いっときの間を置きその口を開く。
「——やっぱり言える範囲で、なんとか説明してみる! うーんと、キミ自身が直接詮索する事がタブーなんだけど、この宇宙に住まう生物全てにとっても、キミの前世について詮索する行為がタブーであるんだ」
うっ、宇宙で禁止?
「なんだか、スケールが凄すぎてポカーンなんですけど」
「だよね」
俺が狼狽えていると、真琴がハハハッと乾いた笑いを上げた。
「あとはうーん、何が話せるかな? ——そだ、ボクが地球に転生するにあたって、地球の神とある約束を守る事を誓ってるんだ。で、その約束の内容は、ボクの過分な力を使って地球に住まう人達に干渉しない事。ともう一つ、今のキミが昔のキミの事を思い出そうとする手助けを、絶対にしない事なんだ」
「それって結構な秘密だと思うんだけど、俺が聞いても大丈夫なわけ? 」
「まぁ、考えられないくらい強力な封印が、キミには幾重にも幾重にも掛けられているからね」
そこで真琴は一度話すのをやめると、一呼吸ついてから口を開く。
「耳なし芳一って話、知ってる? 」
耳なし芳一。
琵琶の名手である芳一が、悪霊に取り憑かれてしまい夜な夜な墓の前へ連れられては演奏をさせられてしまう被害にあう。
その事を知った和尚が、悪霊を追い払おうと芳一の体中に経文を書く。
そしてその夜、芳一を迎えに来た悪霊は、経文に守られていたため芳一の姿は見えなかったが、和尚が唯一芳一の耳に経文を書くのを忘れてしまっていたため、悪霊から両の耳をもぎ取られてしまうという、ちょっと怖い昔話である。
「知ってるけど、それがどうしたの? 」
「キミの身体にはね、あれを何度も何度も、それこそ肌が真っ黒に染まるまでやった完璧版みたいなのが、細胞レベルから絡みつくようにして刻まれているんだ」
「それまじで!? 」
「うん、まじ」
「つまり、もしかして、俺のこの褐色の肌って、そういう事? 」
「そだよ、呪文が刻まれてるよ」
衝撃の事実をサクッと言い渡された。
しかしまさか、この褐色の肌に意味があっただなんて。
確かに母親はもちろん、亡くなった親父も写真を見る限りは普通の肌の色をした日本人であった。
「そしたらさ、この白髪も関係してるの? 」
「白髪のほうは関係ないから、単なる遺伝じゃないかな? 」
そう言えば、亡くなった母方の祖父が、俺と同じように生まれた時から白髪だったって聞いた覚えがある。
「まっ、とにかく、洗脳をするように何度も言い聞かせない限りは、強力な封印がされてるから思い出す事はないと断言出来るよ」
「ひとまずそれを聞いて安心したよ。無意識のうちに思い出したりしたら、どうしようってなってたから」
「ただ、明確な意思を持って、記憶の詮索はしないで貰えると助かるかな——」
そこで真琴の表情が、散り始めた桜のような儚いものへとなる。
「……キミがキミを思い出したら、きっとこれまでのように、同じ時で暮らす事が出来なくなるような気がするんだ」
おっ、俺もせっかく真琴と両想いだとわかったこの幸せを、絶対に手放したくない!
「詮索をしないと、ここに誓うよ」
そこで手を握られる。
視線を繋がれた手から真琴の瞳へ戻すと、真琴は顔を横に倒し八重歯を覗かせた。
「ついでに愛も誓っちゃう? 」
「ついでとかはいやだから、地球に帰ったら、ちゃんとした形でね」
真琴は嬉しそうにコクリと頷くと、俺の腕に腕を絡ませて密着してきた。




