第60話、仲直り
灯火喰らいを倒しているため、時間と共に部屋に篭っていた闇が晴れていく。
薄暗いけど、目を凝らせばなんとか部屋の奥まで見える程度にはなってきた。
そして真琴は一人、まだ制圧したその部屋にいた。
いつ動くか分からない、壁に掛けられたままの仮面や戦闘のゴタゴタで床に落ちた仮面を壊して回っているのだ。
そして今も床に転がる仮面の一つを壊そうと、キラーモードの真琴が歩みを寄せていく。
「真琴さん、ちょっと待って下さい! 」
声をあげたのはクロさんだ。
足元の仮面を冷酷な瞳で見下ろし今まさに踏みつけようと片脚を上げていた真琴が、その一言で動きを止める。
「どうかしたのかな? 」
余韻そのまま冷めた瞳でクロさんを睨みつける真琴。うん、怖いです。
「そ、その、多分その仮面はドロップアイテムだと思います! 」
「……なんだって」
真琴はスッと目を細め足元の仮面を品定めすると、それをおもむろに拾い上げる。
それは仮面……と呼ぶより、祭などの出店で陳列されている、お子ちゃまが喜びそうなお面と呼んだ方が相応しい代物であった。
ゆるキャラと言うか、萌えキャラと言うべきなのか、地球上の動物ではないけど、ゲームやアニメとかでよく見かけるレベルの可愛らしい小動物のお面。
この小動物を例えるなら、鏡餅とピカピカうるさい電気鼠を足して二で割ったような生物が妥当であるように思える。
「クロさん、あのお面は何かの生物をモチーフにしていたりするのですか? 」
「えっ、はい、北のレガラシー王国の野に生息する、耳長雪鼠のように見えます。可愛らしいですよね」
流石ファンタジー世界、アニメで見るレベルの可愛らしい動物が野に生息しているんだ。
真琴は手にしたそのお面の表面を裏拳で軽くコンコン叩く。
「見た目よりは固そうだけど、はたしてこれは使えるのかな? 」
たしかに真琴の不安も分かる。
強度はお世辞にも有りそうには見えないし、お面を装備して戦うからには、湖から復活したホッケーマスクマンみたいにガチガチに固定してたり、緑の古代マスクのように顔と一体化してないと簡単にずれてしまいかえって危険になるだろう。
そしてなにより、ビジュアル的な問題も発生する。
「えーとですね、ドロップ品での装備品だと、高確率でマジックアイテムの可能性がありますし、それにこの感じだとおそらく……」
そう言うクロさんは、落ちていた木片を拾いあげる。
「真琴さん、その仮面をこちらに向けて構えてもらえないですか? 」
言われこちらに向けて構える真琴を見るや否や、クロさんはその木片をオーバースローで投げ放った!
するとお面に当たった瞬間、……いや当たる寸前に、半球状で半透明な薄い膜のようなものがお面の前方1センチ弱の空間に現れた。
「おおぉ」
それを見た真琴が感嘆の息を漏らした。
「やはり、魔力補強されていますね! 」
嬉しそうに言うクロさん。
真琴に視線を移すと、腕を組みウンウン言いながら考えている。
「今の感じだとちょっとした御守り程度にはなるわけだ」
真琴はそのお面を頭の側頭部に添えて、お面に付いていた紐を顎にかける。
そして腕を組んだまま斜に構え、そこから右腕を捻り手の平を上下逆さまにして前へ突き出すと、人差し指を反らして指の腹を俺たちに見せる形でこちらを指し示す。
「気に入った、採用だ」
こう言うのってなんなんだろう。
……そうか、無駄に格好をつけてるって奴か。
さてと、一応ナンバリングされている灯火喰らいを倒しているから、来た道を戻って最初の部屋にあった正面の扉が開いているかどうかの確認だった。
まだ開いていないのなら、こちら側のまだ入っていない部屋に入るか、最初の広い部屋にあった反対側の扉の先を進む事になるわけなんだけど——
そこでアズをチラ見する。
彼女はお腹の回復が終わってから、ずっと独り廊下の壁に背中を預け、伸ばした右脚の踵で退屈そうにトンットンッと地面を軽く蹴っている。
さっきはなんで怪我してる事を黙っていたのか、思わず怒ってしまった。
けど時間が経って改めて冷静に考えてみると、アズも悪気があったわけじゃないと思えてきていたりする。
と言うのももしかしたらこのゲーム、俺が回復をすると減点されるルールになっているかも知れないし、俺に心配かけまいとして虚勢を張っていたのかもしれない。
現にアズは優しい。
ついさっきも俺が歴然たる童貞だと言われた時、恐らく俺を励ますためだけに歴然たる処女であるとわざわざ告白もしてくれた。
そうだ、そんな女の子がわざわざ傷を隠すような事をするのは、彼女なりに何かしらの考えがあっての事だったのだろう。
それをバッサリ切ってしまったのは、俺が物事を自分本位に考えてしまったからにほかならない。
謝らなければ。
……でもどのツラ下げて謝ればいいのだろう?
「これって? 」
「真琴さん、どうかされたのですか? 」
また何かを拾い上げる真琴に、クロさんが歩み寄るのが見える。
その片隅には、アズが退屈そうにトントン。
ええい!
どうこう考えても、まずは謝るのが先決だ!
俺は何を恐れているのだ?
また自分本位に考えた挙句、俺自身が変に見られる事を恐れているのでは?
見られるなら見られてもいい!
俺が一番したい事は想いを伝える事であり、なぜ伝えたいのかは、彼女に元気が取り戻されればと思っているからだ。
そう、何も俺のことを気にする必要なんかないじゃないか!
「アズ! 」
俺の呼びかけに一瞬床を蹴る脚が止まるが、アズはこちらを少しも見ることなくまた脚の動きを再開させる。
「アズの事情も考えずにさっきは怒鳴ってしまって、ごめん」
しかし俺の声には全くの無反応である。
それでも俺は続ける。
「俺が全面的に悪かった。……その、どうしたら許してくれるか、教えてくれないかな? 」
そこで初めてアズが顔を上げる。
その瞳は少し赤く充血しており、また涙ぐんでいるようにも見えなくもない。
「どうせ言っても、ダメとか言うんでしょ? 」
……それは何でもしてあげたいと言いたいけど、高校生である俺は大人と比べて出来ない事の方が多いだろうし、仮に言われた通りにやって他の人が悲しい思いになるような事は、たとえやらないと自身が死んでしまう事であったとしてもやるわけにはいかない。
だから——
「……俺が出来ることで、尚且つ人様に迷惑をかけない事なら何でもする! 」
「わかったわ、そしたらいいのが思いついたら言うからその時はお願いね」
「あ、あぁ」
そうか、アズも急にそんな事を言われても困るよね。
またすぐこの場で言われない事に少しだけホッとしてたのだけど、時間が経つにつれて即答じゃなかった事に対して恐ろしく感じて来てるのは、きっと俺の気のせいですよね?
「ユウトー! キミも確認してくれないかなー? 」
「あ、ああ! 」
部屋の全てを破壊しつくした真琴が、何かを握りながら呼んでいる。
そこで俺の学生服の裾が軽く引っ張られる。
アズがその小さな手で軽く握ってきているのだ。
それからアズは部屋の中を進む俺の後を、服の裾を握ったままおとなしくついて来るのであった。




